■17 バズりました
異変は、お爺さんが私達の集落を訪れ、そして去って行った日の――翌々日から起き始めた。
「んー、イイ感じになって来たねぇ」
「だね」
徐々に《ベルセルク》の集落の設備は完成していっていた。
その様子を私とイクサは眺めている。
食事をするための食事処スペースや、宿泊のための簡単な住居。
流石に、旅館や料亭なんて高級感溢れるものは作れないし似合わないと思うので、このくらいの感じで十分だろう。
「森の奥の温泉は?」
「大浴場が完成したから、今は湯舟を増やして浴場の分配を始めてるところだよ」
私が《錬金》で生み出した〝ステンレス配管〟を使い、沸き上がるお湯を分配する事にした。
実際の温泉街でも、一つの宿で温泉に入るだけじゃなく、色んな温泉宿を回ったりする温泉ラリーがポピュラーだし、健康ランドとかだと『○○の湯』みたいな感じで何種類もお風呂があったりするし。
場所が変われば風景、風味も変わるし――その方が良いと考えたのだ。
あと、人がいっぱい来たら大浴場一つじゃ回らないしね。
「この前のお爺さんにも大絶賛のお墨付きをもらったし、そろそろ人を招く段階に入ろうかな」
空を見上げながら、私は呟く。
そこで。
「ただよぉ、どうやって人を連れて来るんだ?」
数名の《ベルセルク》達が、首を傾げながら議論を始めた。
「宣伝とかするのか?」
「この道は、ほとんど人が通らないしな」
《ベオウルフ》のみんなも議論に加わる。
「今になったら余計な事をしちまってたかもしれねぇけど……獣人の野盗が出るって事で、人間も警戒してこの周辺には近付かなくなっちまったんだ」
「うーん……」
申し訳なさそうな顔の《ベルセルク》達。
私も腕組みし、唸る。
人を連れて来るには、宣伝か客引きしかない。
でも、観光都市の方に出向いてやっても、果たして効果はあるのだろうか?
あの街の人間は、基本的に獣人に対して警戒心が高い……何より、私達のやろうとしている事は、街に来るお客さんをこっちに横取りしようという魂胆だ。
当然妨害をしたり、何だったら領主が感付いて騎士団を使って何かしてくる可能性もある。
「王都や、他の街でやるかい? そちらに人手を回して」
「うーん……やってもいいけど、かなり時間と手間がかかるし……」
懊悩し、ハッキリとした方針を決め切れずにいる私達。
すると――。
「すいません」
そこで、集落の入り口に誰かが訪れていた。
壮年の男性の二人組だ。
見た感じ、キッチリした格好をし、頭には帽子を被っている。
かなり、高貴な身なりの人物っぽい。
「こちらに、観光都市に新しくできた温泉地があると聞いてきたのですが」
「え?」
一瞬呆気に取られた私だったが、彼等の向こうに、数台の馬車が停車されている事に気付く。
「………」
おそらく、この二人はあの馬車の御者……召使のような人達なのだろう。
「はい、ここがそうですが」
「おお! こちらでしたか! では、早速ですが入らせていただいてもよろしいでしょうか? あちらで、私達の主人様方がお待ちですので」
「あ、はい、どうぞどうぞ」
私が言うと、集落の中に馬車が入って来る。
「見た感じ、貴族か商家か、誰にしろかなりの金持ちっぽいね」
「どうして、ここのこと知ってるんだろう? まだ、全然情報も出回ってないはずなのに……」
疑問を抱く私。
しかし、集落を訪れたのは彼等だけではなかった。
「すいません、こちらがマコ様という方が責任者を務める温泉街でよろしかったでしょうか?」
「え? あ、はい」
「申し訳ございません。我々、王都より参りましたカストルベル家の者なのですが……」
「あ、どうぞどうぞ、こちらです」
更に更に、どんどんこの集落にお客さん達が訪れてきて――瞬く間に大賑わいとなり始めたのだ。
「あ、あの! すいません!」
この事態がよくわからず、来客のご案内等をみんなにお願いし、私は来訪者の一人に声をかける。
「この場所の事って、まだ限られた人間しか知らないはずだったんですけど……どちらで聞き付けて来られたんですか?」
「いえ、わたくし共も噂を聞いただけなのですが……かなり評判が良いと伺っておりますよ」
ど、どういう事?
ますます頭を抱える私。
その時だった。
「おじさん!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
私と、そしてすぐ近くでこの騒動の整備に当たっていたガライが、声のした方を見る。
「あ、あれ? メイプルちゃん!?」
そこには、先日王都で出会ったエルフ――あ、いや、《ブランクエルフ》だったか――の少女、メイプルちゃんがいた。
彼女を養子に迎え入れた貴族、ブルードラゴ家の主人夫婦――つまり、メイプルちゃんのご両親もいる。
「やっぱり、おじさんだったんだ!」
駆け寄って来たメイプルちゃんが、たまらずガライに抱き着く。
ガライも、まだ困惑している表情だ。
「え? メイプルちゃん達、どうしてここに?」
「評判を聞き付けて、もしやと思いましてね」
そんな私達に、メイプルちゃんのお父さんが説明する。
「評判?」
「先々日から、王都を始め各地で噂が流れはじめましてね。マコさんという方が、観光都市バイゼルの近くで温泉街を作り出したと」
「マコさんと言えば、今や王都でも有名になったアバトクス村名産直営店の店長を務めていた方。しかも、実際に訪れた方がその地での体験を絶賛されていたようで。瞬く間に噂が広がり、皆が我先にとやって来たというわけでしょう」
メイプルちゃんのお母さんも、微笑みながらそう付け加えた。
知らなかった……そんな事になっていたなんて。
ん? 待てよ?
そこまで詳細な噂が流れたという事は……。
「マコ! やはり貴方達の事だったのですわね!」
予想通り、出た!
王都でうちの店をかなり御贔屓にしてくれていた、貴族のお嬢様達だ!
「……でも、一体どうしてそんな噂が……あ」
その時、私の脳裏に、先日この土地を訪れた――あのお爺さんの姿がよぎった。
この集落を訪れた部外者なんて、あの人しかいない。
なんだか雰囲気的に只者ではなさそうだったし、あの人が関わっている可能性は高い。
……しかし。
「影響力強すぎない?」
次々にやって来るお客さん達の量を見て、私は思った。
正直、あの観光都市バイゼルの街中の風景と比べても遜色は無い。
それこそ、完全に温泉街のようだ。
「マコ! ここにはあの子達は居ないのかしら!?」
そこで、貴族のお嬢様達が興奮した様子で私に問い掛けて来る。
「あの子達?」
「決まってるでしょう! ウリ坊ちゃん達ですわ!」
「王都のお店にも最近顔を出さなくなってしまって、わたくし達ウリ坊ちゃん欠乏症だったのですわよ!?」
「会いに行けるアイドルだったのに!」
「INS48だったのに!」
INS48ってなに?
でもまぁ、確かに、私達が王都から撤退した後は、ウリ坊ちゃん達もアバトクス村に帰って来てたからね。
「ウリ坊ちゃん達に着せるためのお洋服もいっぱい用意してきましたわ!」
「えーっと、確かに一匹はいますけど……」
『こりゃ!』
ちょうどそこに、グッドタイミングでチビちゃんがやって来た。
しかも、チビちゃんだけではない。
『ぽんぽこ!』
『きゅーん!』
『ぷー』
この地で仲良くなったマメ狸のポコタ、バンビちゃんと子豚ちゃんも一緒だ。
「きゃあああああ! お友達が増えてる!」
「かわいいいいいいいいいい!」
一瞬でみんな、お嬢様達に取り囲まれてしまった。
めっちゃ大人気じゃん。
まるで温泉アイドルだね。
「これだけ人気が出るなら、いっそ他のウリ坊ちゃん達にも来てもらった方がいいかな?」
とにもかくにも、こうして私達の集落に大量のお客さんが雪崩れ込んできた。
真相はわからないが、ともかく良い意味で評判が広がった――バズった結果と言えるだろう。
こうなったなら、私達がやらなくちゃいけない事は一つ。
お客さん達が満足するサービスを提供し、もっとここを活性化する!
※ ※ ※ ※ ※
こうして、《ベルセルク》達の集落は一夜にして大盛況の観光地へと変貌した。
森の奥の温泉を堪能し、地域の特色を生かした新鮮な料理に舌鼓を打つ。
一つ一つの質は申し分のないもの。
お客さん達の評価も良好……いや、大絶賛に近いものだった。
「はぁ……良いお湯だった」
「ここ最近の疲れが一気に吹っ飛んだ気分だ」
「野生の動物達が湯舟に浸かって来た時はびっくりしましたが……面白い体験ができたと思いましたよ」
温泉に入り、目に見えて肌艶が良くなった方々が、そう賞賛していた。
そして何より、評価が高かったのは料理だ。
中でも、《ベルセルク》達が獲って来た魚介類に大いに感動してくれていた。
「おお、この脂身! まるで牛の肉のようだぞ!」
「エビもイカもぷりぷりだ!」
「海の幸にこういった楽しみ方があったとは……」
当初、やはり獣人が携わっているという点で難色を示す人も少なくは無かった。
しかし、私達の王都での活動が功を奏していたのだろう。
あの直営店を実際に訪れ虜になった人達にとっては、最早獣人だからどうこうという差別意識も薄れていたし、実際に目の前で「うまいうまい」と食べられては、「じゃあちょっとだけ……」と手を出さないわけにもいかないようだ。
温泉に料理、お酒を堪能し――翌日。
「とても楽しかったですわ」
皆さん満足し、帰路に就いて行く。
噂通りだった、評判に偽りはなかったと、とても良い笑顔だ。
貴族のお嬢様達も、チビちゃん達との別れを惜しみながら帰って行った。
「絶対、また近い内に来ますわ!」
「今度は、応援用のうちわも作ってきますからね!」
何を応援するつもりなんだろう?
「ふぅ……」
とは言え、帰って行く人もいれば、来る人も後を絶たない。
一晩経っても人の流れが尽きない状況に、私も目を瞠るばかりだ。
しかもどうやら、この集落の噂を聞き付けたのか、街の方からも人がやって来ているらしい。
「マコ」
そこで、背後からイクサが声をかけて来た。
「彼等が、マコと話をしたいそうだ」
イクサに連れられて、何人かの男の人達がそこにいた。
見た感じ、お客さん……という感じではなさそうだ。
「彼等は各地を転々としている行商人で、向こうの街で出店しようとこの地に来たところ、僕達の集落の話を聞き付けたらしい」
「まさか……」
「ああ、彼等はこっちで店を開いた方が儲かると踏んだようだ。つまり、出店を希望している」
おお!
これは、かなりのチャンス!
街へ向かうはずだった行商人が、こちらで店を開く。
これは、つまり――あの観光都市から、お客さんだけではなく、商人も奪う事が出来たという事だ。
「やったぞ! 街に直接金を落とす客だけじゃなく、街にショバ代を払う商人もこっちに取り入れたって事か!」
私の話を聞き、《ベルセルク》の皆も大盛り上がりだった。
「そう、その通り。でもね、私が思うに、利益はそれだけじゃないと思うんだよね」
「……? それだけじゃない?」
疑問符を浮かべる皆の一方で、私は、既に次の狙いに焦点を合わせていた。
 




