■16 お客様第一号です
「みんなー! お客様ですよー!」
「「「「「え!?」」」」」
近くの道で行き倒れていたお爺さんを連れて、私達は《ベルセルク》の集落へと帰還する。
皆は、集落の入り口で荷車から降りて来た私達の姿を見て驚く。
まぁ、いきなり知らない人が現れたらしょうがないか。
「お、お客様って……まだ、出迎えられるような状態じゃないぞ?」
困惑する《ベルセルク》達を前に、お爺さんも戸惑う。
「あ……あの、本当にお招きいただいてよろしかったのかな?」
「大丈夫、大丈夫。体験版みたいなものですから。クロちゃん!」
『なんだ? マコ』
お爺さんには呼び寄せたクロちゃんの背中に乗ってもらい、早々に森の方へと案内する。
彼は、かなり疲れている。
長旅の疲労もあるし、その旅の途中で体を壊してしまったとも言っている。
となれば、まず真っ先に向かうべきは――。
「はい! ここが我が集落名物! 源泉かけ流しの大浴場です!」
「おお……!」
木の香り漂う広大な湯舟を前に、お爺さんは感嘆の声を漏らした。
近くに作られた脱衣所で用意をしてもらい(タオルも無料提供)、早速入浴をしてもらう。
「……ふぅ」
湯舟の縁に背中を預け、体を白濁のお湯に浸けながら、お爺さんは木々のざわめきだけが木霊す静かな空間で、深く溜息を漏らした。
「木々の良いにおいが心を和らげる……温泉も、体に染み込むようだ」
「ご満足いただけて、何よりです」
私は、湯舟の縁から少し離れた場所で膝をつき、お爺さんに応える。
なんだか、老舗旅館の女将さんにでもなった気分。
「景色も良い」
この大浴場は、いわば露天風呂。
屋根は無く、周囲を簡単な柵で覆った形をしている。
空と、周囲の山々の壮大な風景を眺める事が出来るのだ。
『こりゃこりゃ!』
するとそこで、どこから忍び込んで来たのか。
ウリ坊のチビちゃんが現れて、勢いよく温泉へと飛び込んだ。
「おや?」
お爺さんは驚いた様子でチビちゃんの方を見る。
更にそこに、ポコタ、子鹿ちゃん、子豚ちゃんも続いて現れ、温泉の中を元気に泳ぎ回り始めた。
『ぽんぽこー!』
『きゅーん!』
『ぷー』
「もう、みんなー、温泉で泳ぐのはマナー違反だよー」
「ははは、元気な子供達だね」
まるで孫を見るような目で、お爺さんはチビちゃん達の姿を和やかに見ていた。
※ ※ ※ ※ ※
温泉を堪能し、すっかりポカポカになってもらったお爺さんには、再びクロちゃんの背中に乗ってもらう。
「どうでしたか? 温泉は」
「うむ、なんだか体の疲れや不調が一気に消えたようだ。少しだけ若返った気分だよ」
『それは流石に言い過ぎだろう』
クロちゃんのツッコミも、お爺さんには残念ながら鳴き声にしか聞こえない。
でも、確実に先程までに比べて血色も良くなり、声や動きにもエネルギーが感じられるようになっている。
やっぱり、あの温泉の効能は凄いんだね。
「体調も良くなって、食欲も湧いてきたよ」
「それはちょうどよかったです! 集落の方に戻りましたら、お食事をご用意させていただきます!」
そんな感じで話ながら、私達は集落へと帰る。
「よし……ブッシ! ラム! お願いしていいかな!」
「ああ、わかった……少し緊張するな」
「任せろ、マコ!」
早速、料理長に任命した二人に動いてもらう。
この土地の名物をふんだんに使った料理で、お爺さんをおもてなしするためだ。
「っと……ここでいいのかな?」
「はい、どうぞ」
お爺さんを、屋外に作った簡単な食事処――王都の直営店の時のようにテーブルと椅子を並べ、雨風除けに屋根を設置した施設――に案内し、席についてもらう。
「お酒は飲まれますか?」
「そうだね……じゃあ、軽く」
まだ地酒等の調査をしていないので、これに関しては街の酒屋で仕入れて来たものになってしまうけど、一応お酒大好きの《ベオウルフ》達やラムに吟味してもらって、名産品に合うようなお酒を提供する。
「お待たせしました!」
「しましたー」
そしてそこに料理を運んで来るのは、王都の働きですっかりウェイターが様になった、マウルとメアラ。
「ほう……これは」
彼等が運んできた料理を見て、お爺さんは目を丸める。
アバトクス村から輸入し、育てられた野菜を使ったサラダ。
燻製にした、この森の木々の香りが浸み込んだ塩漬け肉はお酒の肴に。
「この小さな鍋は……」
「えーっと、〝しゃぶしゃぶ〟……じゃ伝わらないか……お肉やお魚、野菜をさっと熱を通して食べる料理です」
私が錬成した小さな〝鉄鍋〟を使った、異世界版しゃぶしゃぶ風鍋。
更に、先日大好評だった鮭に加えて、貝やエビの焙り焼きをご提供。
目にも舌にもおいしい料理の数々が、お爺さんの前に並べられていく。
「いただきます」
お爺さんは、次々に料理を口に運んでいく。
一口食べる度に、うんうんと頷き、顔を綻ばせる。
野菜の自然な甘み、燻製の風味、魚介の触感……そしてお酒を嗜みながら、凄く上品に料理を楽しんでいる。
やっぱり、かなり高貴な身の上の人なのかな?
(……でも、そんな人が一人で行き倒れているのもおかしいし……うーん……)
何はともあれ、料理は完食。
「……今まで生きてきた中で、こんなに満たされた料理は初めてかもしれないな……」
そんな感想をいただいた。
嬉しい事言ってくれるね。
ブッシやラム達にも伝えないと。
「ふぅ……しかし、こんなに酒を飲んだのも久しぶりだ」
「あ、結構酔いが回ってしまってる感じですか?」
お爺さんは頬を赤らめ、体を少し揺らしている。
さっき温泉にも入ったし、満腹+更に体も温まって、次は眠くなってきてしまったのだろう。
「今日はもうお休みになって、海を見に行くのは明日にしませんか?」
「ん……そうだね、そうさせてもらおう……」
すっかり出来上がったお爺さんを支え、《ベルセルク》達の居住用の家とは違う――宿泊用の建物の一つへと、お爺さんを案内する。
そこで横になってもらい、就寝してもらった。
眠りについたお爺さんの顔は、とても朗らかなものだった。
※ ※ ※ ※ ※
翌日、早朝。
まだ少し暗い内に、エンティアの引く荷車に乗せてもらい、お爺さんと私達は海へと向かった。
付き添うのは、私とイクサ。
目的地は、イクサの所有する海岸だ。
「おお……」
到着すると同時、水平線の向こうから朝日が現れた。
水面を照らすオレンジ色の光を、海岸に立ち真っ直ぐ見詰めるお爺さん。
「……綺麗だ」
「ですね」
目を細め、感じ入る様に、お爺さんは――。
「……遂この前、妻を亡くしてね」
そう、語り出した。
「私ももう長くないと思って、ふと、最後にバイゼルの海を見たいと思い、ここまでやって来たんだ」
「……そうだったんですね、でも――」
「ああ、別に交通手段なら何でもあった。だが、何の装備も持たず、誰にも告げず、私は一人、勝手に歩いて行く事にしたんだ」
「どこから来たのかは知らないですけど……体を壊すくらいの距離を歩いて辿り着こうなんて、無茶ですよ」
「ああ、無茶をしたかったのだろう」
お爺さんは苦笑する。
「きっと私は、自暴自棄になっていたのかもしれない。人生の大半、愛する妻の事をほとんど蔑ろにして来た」
「仕事が忙しかったんですか?」
「……それもあるし、敵が多かったというのもあるかな」
敵が多い……か。
「大切だから、遠ざけるべき……と思ってたんですね」
「ああ。結局、私は日々の雑事に忙殺され、彼女が病に伏していた事も知らなかった。彼女が希望して、私に心配させぬようにと黙っているよう周囲に注意していた事も……久しぶりに再会した彼女は、もう目を開ける事は無かった」
「………」
「単純に後悔し、自棄になった。最後に間抜けな事をして、苦しんで死ぬならそれもいい。そう思って、特に何も考えずここまで来て……あなた達に出会った。出会えて良かった」
そこで、お爺さんはふっと笑い――。
「あんなに美味い料理や美味い酒を飲んだのは本当に久しぶりだ! まだまだこの世には楽しめる事がある! うかうか死んでる場合ではないな! ……そう思えてね」
次の瞬間、呵々大笑しながら大声を上げた。
その姿に、一瞬面食らった後、私も笑う。
「うんうん! そう思えるのが一番だよ! 何を隠そう、私もあの《ベルセルク》達を救うために戦ってる最中だからね。うかうか落ち込まず、前を向くようにしてるんだ」
「……? 戦っている?」
疑問符を浮かべるお爺さんに、私は事情を説明する。
あの集落の《ベルセルク》達が、観光都市から追い出され、不当な扱いを受けているという事。
その逆襲のために、あの集落を観光地化して再生しようとしている事。
「なんと……そんな事が」
私の話を聞き、驚くお爺さん。
……そこで。
「こっちだ!」
「いらっしゃったぞ!」
海岸に立つ私達のところに向かって、何者かが駆け寄って来る。
いや、複数だ――何人もいる。
皆、男性で、黒を基調とした服を着ている。
キッチリ整えられた髪型や端正な顔立ちから、育ちの良さそうなお坊ちゃんとか、もしくはホストのような印象を受ける。
しかし、その服の上からでもわかるほど、体格ががっしりしている。
なんとなく、只者じゃない雰囲気を漂わせていた。
「総帥、探しました」
「こんなところにいらっしゃったとは……」
「いきなり姿を消されて、心配致しました。一体どうしたのですか?」
口々に、彼等はお爺さんに言葉を投げかけていく。
……というか今、総帥って聞こえたような。
「ん、すまなかったみんな……そろそろ戻るよ」
そう言うと、お爺さんは男性達に連れられ、砂浜を戻っていく。
エンティアで送らなくても、大丈夫かな?
「マコさん」
そう考えていたところで、お爺さんの方から声を掛けられた。
「あなた達の集落の温泉、とても心地が良かった。料理もおいしく、何よりあなたの優しさが、私の心を満たしてくれた気がする」
「……あ、ありがとうございます」
いきなりの感謝に、ちょっと虚を突かれてしまった。
私は慌てて頭を下げる。
「この恩は、必ず返させてもらうよ」
そう最後に言い残し、お爺さんは去っていった。
早朝の海岸に、私とイクサ、エンティアが残される。
「やっぱりあの人の顔、ずっと昔、どこかで見た記憶が……」
去っていくお爺さんの背中を見送りながら、イクサはそう呟いていた。
※ ※ ※ ※ ※
後に、このお爺さんがとんでもない人物だったという事。
そして、あまりにも大きな恩返しをされる事になるのを、この時の私達は知る由も無かった。




