■15 ブッシの隠された特技です
――というわけで、私達が《ベルセルク》の集落の発展計画を開始して、三日目の朝が訪れた。
この日、私達は大まかに四つの班に分かれて行動を開始した。
一つ目の班は、ウーガ率いる農作班。
畑に植えた野菜は、一晩経つ間に更に成長し、どの野菜も一気に収穫できる量になっていた。
彼等の今日の仕事は、野菜の収穫。
主なメンバーは、ウーガ、兎の獣人のムー、レイレ、マウルとメアラ、フレッサちゃんとオルキデアさん、《ベルセルク》が数名となっている。
二つ目の班は、ガライ率いる温泉班。
昨日、デルファイの掘り起こした温泉を利用し、ガライ達に大浴場を建設してもらう予定だ。
最早、私の助言なんて要らないほど建築能力の成長したガライが陣頭に立ち、王都出店時に参加した、手慣れた《ベオウルフ》のスタッフ達と共に、大浴場の制作を進めている。
「なんで俺様が……」
それと、約束通り動物君達のための小さな温泉も作らなきゃなので。
そっちの制作は、デルファイにお願いしている。
『ぽんぽこー!』
『きゅんきゅん!』
『ぷー』
『頑張ってくださいポコー』
野生動物達の応援を受けながら、作業をするデルファイ。
まぁ、デルファイには彼等の声は鳴き声としか聞こえないのだけど。
そして三つ目の班は、集落の建物班。
と言っても、こっちは昨日、ガライ達温泉班がいた班なので、作業はほとんど終わっている。
《ベオウルフ》数名が作業を引き継ぎ、小屋があった場所にいくつもの一軒家を建築中だ。
さてさて、最後の班。
四つ目は、漁業班。
ブッシ達、男手の《ベルセルク》が数名、イクサと一緒に海に向かった。
彼等には、実際に船を出して漁をして来てもらうのだ。
そんな感じで班を分け、各自作業を進めること数時間。
昼を過ぎた頃――。
「帰ったぞ!」
集落に、ブッシ達が帰って来た。
彼等は歩きだが、エンティアとクロちゃんの引く荷車には、大量の魚介類が積まれている。
「凄い! これ全部獲って来たの!?」
「久しぶりの漁で勘が鈍ってるかと思ったが、そんな事は無かったぜ」
「ああ、一度海に出たら、体が自然と思い出すもんなんだな」
大笑する《ベルセルク》達の一方、私は山積みの収獲物を見る。
いや、これは十分凄い。
魚や貝、エビにタコ、ともかく新鮮な海の幸がいっぱい溢れている。
え! あれってもしかしてウニ!?
「ひえぇ、高級食材の宝庫だぁ」
「今夜はご馳走だ。今まで、あんた達からは恵んでもらってばかりだったからな、俺達の土地のもんも腹いっぱい食って行ってくれ」
「バカ、こりゃ売り物にもするんだろ? 全部は食えねぇよ」
そう、こうして新鮮な魚を獲って来て、築地のように売り捌ければこれ以上も無い収入源だ。
いや、それだけじゃない――。
「ねぇ、この土地には、魚介類を生かした郷土料理とかってある?」
「料理?」
観光資源になるほど有名なら、きっとそれを活かした料理なんかもあるはずだ。
そう、料理のバリエーションが欲しい。
単純に煮たり焼いたりするだけではなく、蒸し焼きとか塩釜焼とか。
私の質問に《ベルセルク》達は首を傾げながら熟考する。
「料理なぁ……このバイゼル鮭なら今が旬だ。脂が乗ってるから、焼いて食ったら美味いぞ」
「ああ、あと魚卵も珍味だしな」
「鮭! いいね!」
鮭なら〝アルミホイル〟を錬成して、ホイル焼きにするっていう手もあるね!
それに鮭の魚卵って言ったら、イクラだ!
(うーん……ウニにイクラかぁ……)
ああ、やっぱり日本人だから、〝あれ〟を想像しちゃうなぁ。
まぁ、それ以前にこの世界にお米が無いと無理だけど。
「……魚を捌いて刺身にできるような職人がいないとだしねぇ」
「サシミ?」
聞き慣れない言葉だったようで、《ベルセルク》達は更に首を傾げる。
「うん、刺身。煮たり焼いたりするんじゃなくて、生の魚の引き締まった身を切って、新鮮なまま食べるんだよ」
「え!? 生で食べるのか!?」
私の発言に《ベルセルク》達だけじゃなく、その場にいるみんなが驚いている。
「やめとけ、マコ。魚を生のまま食ったりしたら、腹を壊すぞ」
そうか、魚って寄生虫とかが居るんだ。
じゃあ、この世界では養殖の魚とかって手に入るのかな?
でも、みんなの雰囲気から察するに、あまり魚を生で食べる文化自体無さそうな感じだしなぁ。
「じゃあ、刺身はお預けか。残念……ちなみに、みんな魚って捌けたりする?」
「切り分けるのなら、ブッシが一番得意じゃないか?」
「ん?」
いきなり水を向けられ、ブッシが顔を上げた。
「俺達の中じゃあ、魚の身を捌くのならブッシが一番だ。な?」
「まぁ……ある程度だがな」
「そうなんだ! ねぇ、ブッシ、試しにこの鮭とか捌いてみてもらっていい?」
私がズズイっと顔を寄せると、ブッシは「わ、わかった」とバイゼル鮭を受け取る。
「……と言っても、今は包丁なんて無いしな……」
「あ、私が錬成するよ」
《錬金》を発動し、各種包丁セットを生成。
更に、昨日切り出した木材を使ってまな板も用意し、準備万端。
「久しぶりだからな、あんまり期待しないでくれよ」
そう言って包丁を握るブッシだったが、心配など必要無かった。
テキパキと流麗な手際で、見る見る内に鮭を捌いていくブッシ。
鱗を剥がし、内臓を取り、頭を落として、中骨に沿って身を切っていき――。
「こんな感じか?」
「おお!」
事前に私がお願いした通り切り分けてくれたそれは、完全に現代の切り身と同じ代物だった。
赤い魚肉が輝いて見える。
出来栄えの凄さに、その場にいた皆が目を丸めている。
「凄いよ、ブッシ! 正に職人技! 芸術品!」
「そ、そうか?」
「なに!? 芸術だと!?」
どこから聞き付けたのか、デルファイが飛んで来た。
本当、芸術っていう話になると行動が早いね。
「デルファイ、動物さん達の温泉は?」
「とっくに出来上がった! 奴等も泣いて喜んでたぞ!」
「本当?」
「それより、なんだこれは!」
デルファイは、まな板の上に切り分けられた鮭の切り身を指差す。
「ああ、ブッシが捌いてくれたバイゼル鮭だよ。綺麗でしょ。芸術的だね、って」
「ぬぅ……魚の肉なのか? ……ぬぅ」
あ、ちょっと敗北感覚えてる。
確かに、まるで機械で切りそろえたかのように切り口やサイズも正確だからね。
「どう? デルファイ。他の魚も同じように切って揃えたら、色彩鮮やかになると思うんだよね。切り身やイカを並べて花に見立てるってのも芸術点高くない?」
「……所詮、魚の死骸だな」
もー、そういう事言って。
歯軋りしながら言っても負け惜しみにしか聞こえないよ。
でも、デルファイが嫉妬するくらいの芸術性って事は、やっぱり相当凄いって事だよね。
「じゃあ、早速いただこうか」
と言っても、生のままでは食べられないので、今回は焼き魚にする事にした。
更に一口大に切り分けてもらった切り身を、以前のように錬成した〝串〟に刺して、バーベキューの如く火で焙る。
溢れる程の脂が滴り、バイゼル鮭の串焼きが完成した。
「……んん~~~!」
すごい脂!
口の中で溶ける!
塩分も良い感じ!
「うおおおお! 酒が飲みてー!」
一緒に試食していたラムがそう叫んだ。
私はお酒が飲めないけど、きっと日本酒とかに合うんだろうなぁ、これ。
「どう? デルファイ」
「ぐぅ……うまい」
苦々しい顔で呟くデルファイ。
でも、美味しいのは認めるんだね。
このお魚は絶対に特産品になる――そう確信した。
「というわけで、ブッシ! 我が集落の板前さんとして腕を振るってね!」
「お、おう」
なんやかんやで、ブッシも嬉しそうだった。
「うー……焼いてこれだけおいしいんだもんね。刺身にできたら、どんな風になるのかなぁ……」
「……ねぇ、マコ」
未だ諦めきれない私に、そこでレイレが声をかけて来た。
「マコはそんなに、魚を生で食べたいの?」
「んー……できるならねぇ」
「そう。どうにかして方法は無いのかしら?」
「そうだねぇ……養殖で育てられて寄生虫が体内にいない魚とか……あ、そうだ、一旦冷凍保存すれば寄生虫が死滅するんだっけかな」
「冷凍……」
私の発言を聞き、レイレは何やら考え込んでいた。
※ ※ ※ ※ ※
そんな感じで、《ベルセルク》達の集落は一気に発展を遂げていく。
食べ物、温泉、木材を使った工芸品……売りになるものも順調に手に入り、それを活かした特産も考え付き始めた。
そんな時だった。
《ベルセルク》達の集落観光地化計画開始から、五日目の昼。
「いやぁ、大分仕入れられたね」
今日は久しぶりに街へと向かい、今後必要になってくるであろう色々なものを購入して来た。
調味料や、お酒等々。
ついでに冒険者ギルドへも顔を出し、コルーさんへの挨拶がてら情報収集もしてきた。
と言っても、何か変わった事があったかというと、特に何もない。
依然、領主であるスティング王子は私達に対し興味は示しておらず。
冒険者のサイラス達は、《ベルセルク》制圧の任務で不正(わざと行動を起こせるようにし、街に報復に来させるよう放置した)が発覚したため、ペナルティを受けたとか、その程度だった。
エンティアの引く荷車に乗って、私とイクサは、集落へと帰っている途中だった。
『姉御』
「……ん?」
集落までもう間近、というところまで来た――その時。
エンティアが何かに気付いた様子で、私を呼んだ。
「どうしたの、エンティ――」
荷車から体を乗り出し前方を見て――気付く。
道端に、誰かが倒れている。
「どうしたんだい? マコ」
「……誰かが倒れてる」
イクサに言い、私は荷車から降りると、その人の傍へと急いで駆け寄った。
倒れていたのは、ご老人だった。
素材の良さそうな衣服を着た、お爺さん。
倒れて乱れてはいるが、髪型や髭もきちんと整えられた、紳士然とした雰囲気の人だった。
「ん、んん……」
私が肩を揺らすと、彼は唸り声を発しながら目を開けた。
「大丈夫ですか? おじいさん」
「ん……ここは……どこですかな?」
「観光都市バイゼル……までもう少しの道の上です。何かあったんですか?」
私はお爺さんに問い掛ける。
身形は良いが、表情を見るに、かなりげっそりしている。
「いや……どうやら、私としたことが、行き倒れてしまっていたようですな」
ははは、と乾いた笑い声を発し、お爺さんは言う。
いや、絶対笑い事じゃないですってば。
「久しぶりに、観光都市バイゼルの近くの海が見たくなりましてね……人には黙って、ここまで来たのですが……いやはや、歳には敵わないもので、旅の途中で体調を崩してしまい、そのまま強行で歩いてきたのが悪かったのでしょう……」
「そうだったんですね」
ここに来る途中で体調を壊し、休まずに歩いて来て、そして倒れてしまったのだという。
確かに、無茶をしちゃったのかもしれないな。
「よかったら、この近くに私達の集落があるんですが、休んでいきませんか?」
流石に放っておくわけにもいかないし、ここからなら《ベルセルク》の集落の方が近い。
そこで私は、お爺さんにそう提案する事にした。
「集落……この近くにですか?」
「はい、最近出来た新しい観光地……あ、いや、今作っている途中なので、予定地なんですけど……ともかく、温泉もあるので、良かったら浸かって体を癒していかれたらどうかと思いまして」
「ほう、温泉が……」
驚いた様子のお爺さん。
体調を崩したという事もあるし、湯治をするのも悪くないはずだ。
あの温泉は、凶暴な野生動物の性格を穏やかにするほどの効能があるみたいだしね。
「それは、是非とも味わってみたいものですね……」
「でしょう。そうだ! よければ、お食事等も提供させていただきますよ。これから観光地として展開していけるかどうか、よければお客様第一号になってください!」
「か、構わないのですか?」
私は笑顔で頷き、お爺さんを荷車に乗せると、集落へと向かう事にした。
「………」
「……? どうしたの? イクサ」
「いや……」
荷車の上で、目を瞑って体を安静にしているお爺さんの姿を見て、イクサが何か訝るような顔になった。
「……以前、どこかで会った事があるような……」




