■14 温泉発見です
森の中を先行するポコタを、私、ムー、ウーガが追い掛ける。
「かなり木々が鬱蒼としてきたね……まぁ、ここまで成長させたのは私達なんだけど」
「こんな奥の方までは……僕も来た事が無い」
木の枝を避けながら、私達はポコタを見失わないように注意しつつ、奥へ奥へと進んでいく。
『ぽんぽこー! ぽんぽこー!』
ポコタが時折上げる鳴き声(?)を頼りに枝葉を掻き分けていくと、やがて――。
「ん? ……なんだろう? このにおい……」
先程まで嗅覚には感じられなかったにおいが漂い始める。
少しクセのあるにおい。
けれど、嫌ではない。
むしろ、懐かしさすら感じる。
(……これって……)
瞬間――私の視界から緑が消えた。
「え?」
木々が無くなり、開けた場所へと辿り着いたのだ。
そして、そこには――。
「お、温泉?」
『ぽんぽこー!』
私の視線の先――そこに、地面に出来上がった窪みの中に漂う白濁のお湯があった。
湯気が上がり、こちらにまで熱気が伝わってくる。
そして、この硫黄のにおい。
間違いない、温泉だ。
(……海が近いから、温泉でもあればいいのにって、ここに来る前の車中でも話をしたけど……)
まさか、本当にあるとは。
地面から湧き出て来たお湯が溜まっているだけの温泉だが、広さは小さな池くらいある。
そして、驚くべきはそれだけではない。
今その温泉には、野生の動物達が浸かっているのだ。
『ぽんぽこー! ぽんぽこー!』
ぴょんぴょんと飛び跳ねていたポコタも、ざぶんとお湯の中に飛び込む。
ポコタだけでなく、大きなタヌキもいっぱい入っている。
他にも子鹿に……豚もいる。
何故、野生の豚が森に?
と言うか、豚って温泉に入るんだ。
まぁ、豚は綺麗好きな動物とも言われてるからね……。
「え! すごい……」
「なんだ、こりゃあ?」
追い付いてきたムーとウーガも、その光景に驚いている。
一方私は温泉に近付くと、ぱちゃぱちゃと泳いでいるポコタの一番近くにいる、一匹の大人のタヌキに手を伸ばす。
先程、ポコタがこのタヌキに何やら話をしている様子だった。
私が近付いて来ても逃げる様子が無い。
警戒していないようだ。
おそらく、ポコタが説明してくれたのだろう。
そう思いながら、私はそのタヌキの頭にちょんと触れ、《対話》を発動した。
「こんにちは」
私が話し掛けると、タヌキは驚いた様子も無く、ぺこりと頭を下げた。
『皆さんは、どちらから来られたのですかポコ?』
すごい丁寧な口調!
「この近くにある《ベルセルク》という熊の獣人の集落からです」
『そうなのですねポコ』
タヌキさんは、うんうんと頷きながら私を見返してくる。
『よければご一緒にどうですかポコ。ここは、誰でも分け隔てなく解放されている温泉ですポコ。凶暴な性格の野生動物も、このお湯に一度浸かれば見る見る穏やかになるほど、とても気持ちが良いのですポコ』
改めて、タヌキさんは私達にお湯に浸かっている仲間達を紹介していく。
動物達は皆穏やかで、人間の私に対しても警戒心が薄く、簡単に体に触らせてくれた。
『遠い所からわざわざ、大変でしたねポコ』
『この子がお世話になっているようで、ありがとうございますポコ』
『狭い所ですが、よろしければどうぞですポコ』
数匹いる仲間のタヌキさん達は、みんな丁寧な口調でこっちが恐縮してしまった。
『きゅーん!』
鹿の親子も入っており、親鹿に比べて子鹿のバンビちゃんは活発で、お湯の中でもぴょんぴょんと跳ねている。
更に、豚さん達。
タヌキさんの説明によると、人里から脱走して来たのだという。
『ぷー』
子豚ちゃんは大人しく、ゆったりと温泉を堪能している。
『こりゃー!』
そこで、我慢できなかったのか、チビちゃんも勢い良くジャンプして温泉へと飛び込んだ。
他の動物の子供達と一緒に、仲良さそうに泳いでいる。
『こりゃ! こりゃ!』
『ぽんぽこー!』
『きゅーん! きゅーん!』
『ぷー』
か、かわいい。
かわいいが渋滞している。
『お? なんだ、ここは?』
そこで、後ろの茂みがガサガサと揺れ、エンティアとクロちゃんが顔を出した。
「エンティア、クロちゃん、付いて来てたんだ」
『姉御がどこかに走って行くのを見てな』
『なんだ、動物が大量にいるな。子供もいるぞ』
エンティアとクロちゃんも、動物の子供達に興味を示したようだ。
「本当、かわいいよね」
『む? ふふん、確かに可愛いが、我が子供の頃の方がこの何倍も可愛かったのだぞ、姉御』
そこで、エンティアが鼻をツンと上に上げて言う。
張り合ってるのかな?
『何を言う。俺が子供の頃なんて、お前の何百倍もかわいかったぞ』
更に、クロちゃんまで乗っかり出した。
『その時マコと出会っていたなら、悩殺間違い無しだったな』
『はぁ!? 貴様の赤ん坊の頃なんて、どうせただのタワシと見分けがつかないようなもんだっただろうが!』
『はぁぁぁぁぁ!? お前の赤ん坊の頃なんか、完全に白粉をパフパフするアレだろうが!』
『見た事あるのか!?』
『無いわ!』
「もう、すぐ喧嘩する」
わちゃわちゃし出した二匹は置いといて、私は再びタヌキさんと話をする事にした。
「この温泉って、結構前からあるの?」
『はい。凶暴な動物や、毒性の強い植物が多いこの森の中でも、何故かこのお湯の近くでは緑も豊富で動物達も穏やかなので、静かにこの近くで暮らしておりましたポコ』
この温泉の効能なのだろうか?
どうやら、滾々と湧き出て来ている温泉が周りの土壌にも染み渡り、この周辺の森は健康的な土壌となっているらしい。
「実はですね、タヌキさん。私達は、近くの《ベルセルク》達の集落の復興と、それからこの森の再生を進めているところなんです」
『それはそれは、善良な方々なのですねポコ。そういえば、先程森の木々が見る見る内に健康的に成長していっていたのも――』
「そう、私達の仕業なんです」
――もしかしたら、この温泉は使えるかもしれない。
そう思った私は、タヌキさん達を始め、その場に集まった動物達と交渉を開始する。
この温泉をもっと大きくして、人間達も楽しめるようにしたい。
無論、みんなも自由に入りに来れるようにもしたり、他の場所にもお湯を引いて湯舟を増やすよう計画する――と。
『それはとても素晴らしい考えだと思いますポコ。この温泉の良さを一人でも多く、一匹でも多くの方々にもお伝えする事が出来るなら、私達も嬉しいですポコ』
タヌキさん、めっちゃ良い人(タヌキ?)だった!
他の動物達も喜んで了承してくれた。
温泉のおかげかもしれないけど、みんな優しい……。
『ただ、今以上に大きくするという事なのですが、そんな事が可能なのでしょうかポコ?』
「任せてください!」
※ ※ ※ ※ ※
今以上に大きくするためには、地面の穴を広げて、湧き出るお湯の量を増やさないといけない。
そのためには、人手が必要だ。
そこで、集落からみんなを呼び寄せ、温泉の底を掘る事にした。
「森の奥にこんな場所があったなんて……」
「ここまで入る事は、ほとんど無かったからな」
ブッシ達をはじめとした《ベルセルク》達も、この光景を見て驚いている様子だ。
「しかし、どうやって掘る?」
「〝バチヅル〟とかなら錬成できるけど」
ガライに問われ、私は提案するが、よくよく考えてみればかなりの重労働だ。
お湯の中で穴を掘るなんて、結構時間が掛かるかもしれない。
ちなみに、〝バチヅル〟とは、片方が鍬、片方がツルハシ状になっている農具の一種である。
「なんだ、面倒だな」
そこで、声を上げたのはデルファイだった。
「手っ取り早く、俺様がやってやる」
「へ?」
言うや否や、デルファイは手の中に爆弾を作り出すと、それを温泉の中へと投入した。
「ちょ、ちょっと待ってデルファ――」
止める間も無く、爆発が起きる。
『こりゃー!』
『ぽんぽこー!』
吹き上がり飛び散る、水飛沫に土塊。
その中で、デルファイはバンバン爆弾を制作しては投下していく。
「ちょ、ちょっと! いくら何でも考え無し過ぎるでしょ!?」
レイレが耳を押さえながら叫ぶのも無理はない。
でも、こうなった以上はもう突っ切るしかない。
「デルファイ! 絶対に温泉の水脈を掘り当ててよ!」
度重なる爆発と共に、どんどん地面の穴が拡大していく。
一番最初にあった小さな温泉も、跡形も無く消えてしまったため、動物達も不安な表情をしている。
……が、その時。
「ん?」
爆弾の投入を行っていたデルファイの手が、そこで止まる。
地面が、揺れている。
爆弾により地面が抉られ、更に振動と衝撃により、地盤が揺さぶられたからだろう――。
揺れは徐々に大きくなり――。
――破裂音と共に、地面の底から温泉が噴き出した。
「うわああああああ! 熱ッ! 熱い!」
「温泉だぁッ!」
まるで噴水のように沸き上がった温泉に、《ベオウルフ》や《ベルセルク》達はあたふたとしている。
確かに、熱い!
よくよく考えれば直で噴き出した温泉だもんね、熱くて当然か!
「何はともあれ、温泉ゲット!」
先刻の何倍も大きな窪みとなった地面いっぱいに、お湯が溜まっていく。
規模で言ったら、流石に市民プールは言い過ぎだけど……それに近いくらいはある。
「ありがとう、デルファイ!」
「かっかっ、俺様の芸術的な爆発により新しい観光資源が創造されたようだな」
「少しは加減しなさいよ、バカ!」
「何故殴る!」
レイレに引っ叩かれているデルファイは置いといて、今後の予定を思案する。
まずは、湯舟を作らないといけない。
湯舟が出来上がったなら、建物も作れば立派な温泉宿だ。
「湯船に使う材木は……この森の木を使えば、問題無いかな」
集落で家を作っている時にわかったが、この森の木はきっと水に強い。
木の匂いを嗅いだ時、頭をよぎったのは檜だった。
檜や松は、日本では大昔から建材として重宝されてきた木材。
特に松は、松脂という樹脂が豊富で、これはつまり対候性・耐水性に優れているということだ。
松は日本だけではなく、外国でも昔から優秀な建築木材のトップに君臨しているくらいだ。
逆に、檜や松のような針葉樹はにおいが強すぎるため、燻製のチップには向かないとも言われてもいる。
だが燻製にしても問題無かったし、むしろ良い風味が付いていた。
この森の木は、建材、食材、加工品等、多様に使えるハイブリットな樹木なのかもしれない。
「これは、大きな観光資源を手に入れたね」
目前に出来上がった大浴場、そこではしゃぐチビちゃんやポコタ達を見て、私は呟いた。
※ ※ ※ ※ ※
野菜の農作、森林の復活、そして幸いにも――その森の奥で温泉を発見する事が出来た。
これは、《ベルセルク》の集落観光地化計画にとっての大きな一歩と言わざるを得ないだろう。
温泉周りの作業はガライ達にお願いし、私は一旦、集落へと戻ってきた。
「食べ物に関しては、王都でも評判の高い野菜を栽培して収穫する事が出来るけど……できれば、他にも何かが欲しいね」
「うん」
イクサの発言に、私も首肯する。
確かに、何か――食べ物で、この土地特有の何かがあって、それを生かせれたらいいんだけど……。
「やっぱり、名物と言ったら海産物だろうな」
そこで、《ベルセルク》達がうんうんと頷きながら言った。
海産物か……確かに、この土地特有の名産って感じだね。
温泉街感が更に高まるし。
「じゃあ、みんなに漁に出てもらって、海産物をいっぱい採って来てもらえばいいのかな」
「いや、マコ……すまないが、俺達も人間達から追放された身だ。前にも話したが、浜辺の貝だって隠れて少しずつ取って来てるくらいで、海で漁なんてまず確実にさせちゃくれない」
「じゃあ、僕の別荘近くの海岸で漁をすると良い」
そこで、懊悩する《ベルセルク》達にイクサが言い放った。
「え?」
「海近くの崖の上に、僕の別荘があるんだけど、あの一帯は僕のプライベートビーチだからね。好きに使ってくれて構わないよ」
凄い!
流石王族! スケールが違うね!
「船も用意できるか?」
「小舟くらいでいいなら」
「いや、十分だ。久しぶりの漁か……腕が鳴るぜ」
《ベルセルク》達が、顔を見合わせ笑い合う。
やる気は十分だ。
というわけで、《ベルセルク》達にイクサの所有する土地の海に出てもらい、魚介類を取って来てもらう事になった。
計画は着々と、成功に向けて前進して行っている。




