■12 集落に大援軍を呼びます
「観光地にするって……言われても」
「こ、ここをか?」
《ベルセルク》達の集落を、街に負けないくらいの観光地に発展させ、お客さんを奪い取る。
そうすれば、向こうもこっちを無視できなくなるし、接触の手掛かりになる。
加えて、《ベルセルク》達の村も豊かになる。
正に一石二鳥、どころではない良い所取りな作戦を提案した私に対し、《ベルセルク》のみんなの反応はいまいちだった。
まぁ、当然だよね。
「マコ……確かにあんたがすげぇ人だってのは、俺達全員が知ってる。でもな、あまりにも唐突な上、夢物語過ぎて理解できねぇ」
彼等のリーダー、ブッシが困惑しながら言葉を紡ぐ。
「こんな、枯れて死んだ、劣悪な環境としか呼べないような場所に、一体どうやって観光地なんかを作るんだよ」
「ふふふ、既に手は打ってあるよ」
私が言うと、彼等の間にざわめきが広がった。
「まず第一に、おいしい作物の栽培」
「さ、作物? つったって、ここで野菜やら果物なんて育つわけ……」
「育てられる環境にすりゃあ良いってことだよな」
私の後ろに控えていたウーガが、あっけらかんと言った。
流石ウーガ、わかってるね。
「そう。実は昨日の夜、既に私達の仲間の《黒狼》――クロちゃんにお願いして出発してもらってたんだ」
「そういやぁ、あの黒いでかい方の狼、いきなりいなくなったと思ってたんだ……」
「出発したって、どこに行ったんだ?」
「私達の住む村、アバトクス村だよ」
きっと今頃、もうアバトクス村についている頃だろう。
「今から、一足遅れてエンティアにも行ってもらうんだけど……クロちゃんには元々、またこの村で炊き出しをするために、アバトクス村に食料を取りに行ってもらったんだ」
村人の《ベオウルフ》達とは会話できないので、私が書いた手紙も持たせて、クロちゃんには食料を運んでもらうため走ってもらった。
「つまり、アバトクス村の……市場都市や王都で、市民だけじゃなく貴族にも大人気の作物がもうすぐ大量にこの村にやって来る」
「それを、売るの?」
「王都と同じように、直営店を作るって事?」
私の発言に、マウルとメアラがそう質問する。
「うん、半分正解。後から走ってもらったエンティアには、また別の依頼の手紙も持ってもらってるんだ」
「別の依頼……それが、もしかして……」
気付いた様子のブッシに、私は頷く。
「そう。野菜や果物の苗も運んで来てもらう。私達の村には、《アルラウネ》っていう植物に関連する魔族の人達もいるし、ほとんどの《ベオウルフ》が農作に携わってるから、この集落まで問題無く苗も運んできてくれるはず。その苗を使って、畑を作るんだ」
「いや、待ってくれ、マコ。それはわかったが、さっきも言った通り俺達の集落は農作なんてできるような土地じゃ――」
まだ半信半疑のブッシの目の前で、私は《液肥》を発動する。
いきなり、私の手中に現れたアンプル状の物体と、その中を満たす三色の液体を見て、《ベルセルク》達は驚く。
「これは《液肥》って言って、私の魔法で生み出した特殊な肥料。この肥料を使えば、活力を失った土地を活性化して、植物や作物を元気良くハイスピードで育てる事も可能なんだ」
「この集落は毒性の強い植物で満ちた森に囲まれてる。あんた達は知らないだろうが、凶暴な野生動物やモンスター、危険な虫なんかも生息してるんだ。もし新鮮な食い物なんか作ったら、そいつらが襲ってくる可能性も……」
「虫に関しては問題無いかな」
私は、右手に《液肥》を持ちながら、左手に今度は《殺虫》を発動し、殺虫剤を生み出す。
「この殺虫剤で、大抵の害虫は除去できる。モンスターとか野生動物も、私の《対話》で話して大人しくしてもらう事もできるし」
「……あんた、本当に何でもできるんだな」
感心、いやもう感心を通り越して呆然とした表情で、ブッシが呟く。
いやいや、何でもは言い過ぎだよ。
出来る事だけ。
「さて、それじゃあ作戦第一段階の準備に、まずは畑を形だけでも作っておこう。それと、昨日壊されちゃった家の修繕も、またやらないといけないしね」
私が「おう!」と腕を振り上げると、ウーガやマウル、メアラ達も「おう!」と応じる。
《ベルセルク》のみんなは、まだ半信半疑なので反応は緩やかだ。
でも、少しずつ――彼等の目の中にも、何か、光のようなものが灯り始めているのがわかった。
※ ※ ※ ※ ※
というわけで、家の修繕はガライに指揮を執ってもらい、《ベルセルク》の男衆の半分と手分けして進める事になった。
その一方で、私達は苗を迎え入れるための畑づくりを始める。
集落の居住区から少し離れた開けた場所に、畑仕事班が集合した。
「うーし、場所が決まったらまずは土を掘り返すところからだ!」
ウーガが、こちら側に振り分けられた《ベルセルク》達に指示を出す。
うちからはマウルやメアラ、それにレイレも参加している。
「あたしも一回、畑を作ってみたかったのよね」
「レイレってお嬢様の割に結構アクティブだよね」
腕まくりをしながら、ふんふんとやる気満々な彼女を見て、私はコメントする。
「ちょっと芸術家! あんたも暇ならこっちを手伝いなさいよ!」
「なんで俺様が土仕事なぞせにゃならんのだ。俺様は食う専門だ」
「意味わかんない事言ってないで、来なさい!」
地べたに横たわって寝ていたデルファイを、レイレが無理矢理引っ張って来る。
なんだかんだで、良いコンビかも。
さてさて、私はまず人数分の〝スコップ〟を錬成し渡していく。
元々、熊の獣人と言うだけあって彼等もパワーはかなりのものだ。
土の掘り起こしは、すぐに終わった。
「よし、そうしたら次は土を更に細かく砕くぞ」
私は続いて、〝鍬〟の頭を錬成する。
柄に関しては、私が〝回転刃〟で切った周辺の森の木を更に削り出し、棒状にして差し込んだ。
「わ! 凄い、マコ! いつの間にそんな事できるようになってたの!?」
「うー、うるさい……」
びっくり顔のマウルと、耳を押さえているメアラ。
うん、この時代の人には、この木を切る音はかなりの騒音かもしれないね。
でも聞いてる内に結構クセになってくるんだよ、カット音。
とにもかくにも〝鍬〟を作成し、皆で掘り起こした土を更に細かく砕いていく。
「さてと」
一通り土を柔らかくしたところで、私は《グリーンマスター》のスキル、《土壌調査》を発動する。
「……うん、やっぱり」
「マコ、土の感じはどうだ? 野菜や果物は育ちそうか?」
「ううん、ダメダメだね」
ウーガに聞かれ、私は首を振るう。
「だよなー、俺も見た感じ思ったんだ。昔の俺達の村の土っぽいって」
ウーガの言う通り、簡単に確認しただけだけど、ここの土地の質はかつてのアバトクス村と同じだった。
でも、だからこそ安心した。
「ウーガ、じゃあ心配いらないね。私達の村と同じやり方が通用するって事だから」
「おう。そうだ、せっかく海が近いんだし、貝殻とか大量に集められねぇかな。貝殻の粉末を撒いておくだけでも、結構植物が育ちやすくなるんだよ」
「へぇ、凄いねウーガ」
いつの間にそんな知識が。
ちなみにウーガのやろうとしている事は、貝殻の粉末――石灰を使って、酸度を調整するという事だ。
「貝殻ならあるぞ」
そこで、畑仕事に参戦していた《ベルセルク》の一人が、集落の端っこの方を指差す。
「元々、俺達は海で漁をして暮らしていたんだ。どこの場所でどんな海産物が採れるかは、大体把握している。人間に見付からないように、夜の浜辺で密かに貝を拾ってきたりしてるんだ。まぁ、気付かれるわけにはいかないから本当に細々とだがな」
「貝塚があるんだ」
貝を食べた後の貝殻を捨てる場所があるらしい。
《ベルセルク》達が、そこの貝殻を持って来てくれたので、それらを砕いて粉末状にし、掘り起こした土に混ぜる。
「よし、じゃあ更に、ここに私の《液肥》を投入!」
《液肥》も混ぜ込み、よく掻き回し土に馴染ませていく。
「うっしゃ! これで下準備は万全だろ! そしたら、遂に畝作りだ!」
テキパキと指示を出すウーガは、とても頼りになる。
これが……かつて村では『アホのウーガ』と呼ばれていた彼だからね。
いやぁ、人は変わるもんだ。
私は《錬金》で〝レーキ〟――通称、校庭を整地する際に使われる〝トンボ〟とも呼ばれているアレだ――の、頭を生み出し、それに木の柄を付けていく。
土を盛って作った畝を〝レーキ〟で整え……。
そして、時刻が夕方に差し掛かった頃。
「おっしゃああ! 完成だ!」
ウーガが歓喜の声を上げる。
《ベルセルク》達の集落の一角に、決して狭くない……いや、かなりの広さの畑が出来上がった。
うわー、改めて見ると絶景だね。
「はぁー、疲れたー」
「畑仕事なんて初めてだぜ」
「俺もだ。力仕事には自信があったつもりだが、腕が震えてるよ」
作業を終えた《ベルセルク》達は、そう話し合いながら笑っている。
そう、笑い合っている。
人間を憎み、憎悪の感情で染まっていた彼等の表情に、自然な笑みが浮かんでいた。
「おお、凄いね。みんな、よく頑張ったみたいじゃないか」
そこに、イクサとスアロさんがやって来た。
「あ、イクサ、頼んでたものは買って来てくれた?」
「ばっちりだよ」
イクサが親指を立てる。
そこに、「なんだなんだ?」と《ベルセルク》達が集まって来る。
「みんな、今日はお疲れ! 明日は本格的に作物を植えていくから、仕事はここまでにしよう!」
ガライ達の方の作業も終わったようで、昨日の襲撃で壊された家々の修繕もほとんど完了だ。
よし、じゃあ――。
「今夜は宴会にしよう!」
「は?」
「え、宴会?」
私の言葉に、困惑する《ベルセルク》達。
「……いや、悪いがマコ」
その中から、ブッシがバツが悪そうな顔で言う。
「せっかく、ここまでしてもらってるあんた達に何も出せないのは忍びないんだが……酒も食い物も、この集落には……」
「それなら無問題」
言って、私は指差す。
そこに、山積みになった食料、それにお酒があった。
面食らっている《ベルセルク》達に、私は説明する。
「イクサとスアロさんに頼んで、街で調達してきてもらったんだ」
「僕達だけ作業もせずにサボっているのも申し訳ないからね。いやぁ、エンティアも黒い狼君もいないから運ぶのに骨が折れたよ」
「い、いいのか?」
困惑する《ベルセルク》達に、私は頷く。
「いいのいいの。自慢じゃないけど、うち、今のところ結構財政的に裕福だから」
というわけで、本日の業務は終了。
私達はアバトクス村で毎夜催されているようなノリで、宴会を開いた。
大人も子供もみんな混じって、おいしい料理とお酒に舌鼓を打つ。
「はは! こんなに楽しいのは、いつ以来だろうな!」
数名の《ベルセルク》達は、感動し、少し泣きながらそう言っていた。
飲んで歌って騒いで笑って、宴は夜中まで続き――。
その日、私達も彼等の集落で一夜を明かす事になった。
※ ※ ※ ※ ※
そして、翌日の朝。
皆が段々と目を覚まし、起き上がり始めた頃。
『姉御ぉぉ! 待たせたな!』
『マコ! この白毛玉よりも俺の方が数秒早く到着したぞ!』
そこに、エンティアとクロちゃんが到着した。
二匹の後ろには、荷車一杯の作物と――。
「お! ここが手紙に書いてあった《ベルセルク》の集落か! 確かにひでぇな!」
「マコ様! ご用命を聞き付け、やって来ましたわ!」
「来ましたです!」
ラムやバゴズ達、《ベオウルフ》。
それに、オルキデアさんとフレッサちゃん。
更に更に――。
『コラー! 姉御ー! 俺達も来たぞ、コラー!』
イノシシ君達も荷車を引き、荷物や村の仲間達を連れて来てくれた。
突如現れた大軍団を前に、《ベルセルク》達も唖然としている。
「よし、頼もしすぎる援軍も来てくれたところで」
私は振り返り、彼等に言う。
「《ベルセルク》の集落観光地化計画、本格始動と行きますか!」




