■7 クレームには誠実に対応します
「全く切れない、ですか?」
「ああ! 試し切りにそこらへんの木でもぶった切って切れ味を見てやろうとしたが、小枝一本落とせなかったぞ!」
先程、私の作った刀を買った冒険者なる人物は、店先でそうがなり立てる。
かなり立腹しているのが勢いからわかる。
おそらく、酒の影響も手伝って、相当気が大きくなっている様子だ。
「なんつぅナマクラを仕入れてんだ! お前の目は節穴か!?」
本当は私のスキルで生み出した刀なのだが、建前上、仕入れたという話で先程通しておいた。
そのため彼は、私を鑑定眼の無いダメ商人だと思っているのだろう。
とにもかくにも、まずは彼を落ち着かせないといけない。
「かしこまりました。申し訳ございませんが、先ほどの刀を――」
「嘘吐くな! 切れない剣なんてあるわけないだろ!」
そこで、声を荒らげたのはメアラだった。
人間嫌いの彼は、その赤い眼を吊り上げて、冒険者の男性に食って掛かる。
「そうだ、お前の腕が悪いだけじゃないのか!?」
更に、横から大人の《ベオウルフ》達も追撃してくる。
彼等は基本、自分達側の非を認めないスタイルだろう。
気持ちはわかるが、少し大人しくしていて欲しい。
『姉御、こいつ食うか?』
更に、エンティアがその巨体を持ち上げて冒険者を睨み下ろす。
その迫力に、彼も流石にたじろいで見える。
……まったく、もう。
「はい、みんなストッープ!」
そこで私は、再度声を張り上げて皆を制止する。
皆が目を瞠って停止する中、私は改めて冒険者の彼に話し掛けた。
「先程ご購入いただいたものですが、見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「お、おう」
彼から日本刀を受け取ると、私はその刀身を見る。
見た目的には、特に問題が有るようには思えない。錬成した時のままだ。
そこで私は、試しにその刃を自分の指先に当ててみる。
「マコ! 危ないよ!」
と、マウルが叫ぶ。
一方、確かに私の指先には傷一つ付かない。
普通の刀なら、刃を添わせただけで皮一枚容易く切れるはずだ。
「……あ」
更によく見ると、刀身の半ばあたりに刃毀れがあるのに気付く。
あちゃー。
もしかしてこれ、初日に作ったやつかな?
あの時は確か、直前に錬成に失敗しちゃって、MPが少し足りない状態でこの刀を生み出したんだ。
だから、不良品が出来ちゃったのかも。
そう判断すると同時に、私は冒険者の男へと深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ございません。こちらの不手際で、大変ご不快な思いをさせてしまいました」
「……ま、まったくだ」
私の冷静な態度に、冒険者の彼はどこか面食らったように口籠る。
そう、相手が怒っている時ほどこちらは冷静に。
早口に対しては、一言一句ハッキリと。
高圧的な態度に対しては平然とした態度で。
そして心を青空のように。
優しさと笑顔が映えるナイスガイ、仮●ライダークウガのゴダイ・ユウスケを思い出しながら、私はいつもこういう時に対応している。
「よろしければ、まだ同等の商品は残っております。新しいものと交換いたしましょうか?」
「……もういい、どっちにしろ信用できん。それよりも――」
「かしこまりました。では、ご返金で対応させていただきます」
私は先程、彼から受け取った金貨四枚をそのままお返しする。
受け取った冒険者は、「……騒いで悪かったな」と言い残し、その場を後にした。
「大丈夫、マコ?」
一部始終が終わると、マウルが心配気に私を見上げて来た。
「大丈夫だよ」
「まったく、嫌な客だったな」
隣で獣人達が、彼の消えて行った方向を見ながらそう囁く。
その言葉を聞いて、私は驚いた。
むしろ、私はこう思ったくらいだ――「なんて優しいお客さんだろう」と。
こちらが非を認め、交換か返金で対応すると言えば、素直にそれに応じてくれたのだ。
こんなに良いお客さんは、そうそういない。
私の知る限りでは、こちらに非があるのを良い事に、延々と文句を言ってくる者や、それ以上の誠意を見せろと請求してくる者もいた。
ぐちぐちと問題を泥沼化させて、こちらが疲弊する様を楽しんでいる者もいる。
そういえば以前、自宅まで行って謝罪する姿を動画に撮られた事もあったなぁ。
そういう人達は、ネット上でクレーマーのコミュニティを作っていて、店や企業にどういう対応をさせたかどうかを自身の功績のように競い合っているのだ。
「うーん……全然良い人だと思うけどなぁ」
「ハァ!?」
「あんた……器がでかすぎるぞ」
驚く獣人達とマウル、メアラを見て、私は首を傾げる。
……それとも、自分が現代社会に毒されてるだけなのだろうか?
※ ※ ※ ※ ※
――時間は過ぎ去り、夕刻。
結局、その後、刀は一本も売れなかった。
というよりも、販売を取り止める事にした。
他の刀も念のため試してみたのだが、まともに切れるものが一つも無かったのだ。
つまり、全てナマクラだったということだ。
「どうして切れないんだろう……」
やっぱり、ホームセンター店員の自分では、ちゃんとした刀は錬成する事ができないのかな?
「うし、今日はこれくらいにしておくか」
一方、獣人のみんなは商売に見切りをつけて、帰り支度をし始めた。
「今日は災難だったな、マコ」
「まぁ、宿屋でゆっくり休め」
今から村に帰るのは時間が掛かるし、夜道は危険が伴う。
街の安宿で一泊するという話は聞いていたので、私達は市場を後にし、市街の方へと向かう事にする。
「よし、じゃあ、行こっか」
荷物をまとめ、エンティアの背中に背負ってもらい、私達は宿に向かおうとした。
その時だった。
「すまない、少しいいかな?」
背後から声を掛けられ、私は振り返る。
先程まで私達が出店していた店先に、一人の男性が立っていた。
その人物を見た瞬間、私は一瞬、ドキリとした。
耳に掛かるほどの長さの金髪に、中性的で整った顔立ち。
何かの紋章が入った白いコートを纏った姿は――かなりのイケメンだ。
「実は、ある噂話を聞いてここまで来たのだけど」
丁寧な口調で、彼は言いながら、今し方私がエンティアの背中に乗せた荷物の方を見る。
「君達が、ここで〝切れない剣〟を売っていた方々かな?」
「なんだ? 何か文句でも……」
「おい、やめろ」
獣人の一人が突っかかろうとして、他の獣人に止められた。
どこか、その人物の姿を見て気後れしているようにも感じる。
否、獣人達だけではない。
道行く通行人達も、彼の姿を見てざわついているように見える。
「おい、あの制服……」
「どうして、こんなところに……」
と、何やら思い掛けない人物の出現に驚いているようだ。
そんな中、彼は私に言う。
「店じまいしたところを呼び止めてすまない。よければ、その剣を僕にも見せてくれないか?」