■11 観光都市はキナ臭いです
街を出て、未だに唖然としている騎士達の間を駆け抜け、橋を越え森を越え、私達は《ベルセルク》達の集落に帰還した。
「ただいま!」
「え!? もう帰って来たのか!?」
到着した私達を見て、集落に残り負傷者のケアをしていた《ベルセルク》達が驚きの声を上げた。
「あのAランク冒険者達は……」
「全員叩きのめしたよ」
「門は……」
「無理矢理こじ開けた」
「い、医者と解呪を使える魔法使いは」
「ほい」
私は、荷車から降りて来るお医者さん達とプリーストの方々を指し示す。
「……あ、あんた……本当に何者なんだ……」
「その説明の前に、まずは早くみんなの治療をしないと」
私は、負傷した獣人達の下にお医者さん達を連れていく。
皆、布の上に横たわり、苦し気な呻き声を上げている。
「レイレ! みんなの様子はどう!?」
「マコ! と、とりあえず、深い傷口は凍らせたり、患部は冷やしたりして応急処置はしてみたけど……」
「ナイス!」
見たところ、レイレを始め、マウルやメアラ、ウーガ、デルファイ達のおかげで、症状が深刻な状態にまで陥ってしまっている者はまだいない。
今から十分な治療をすれば、まだ間に合う。
……しかし。
「話は、本当だったのか……」
医療鞄を抱えたお医者さん達は、横たわった獣人達の姿を見て、動揺を見せる。
その理由は、なんとなくわかる。
彼等とて、あの街の人間。
やはり、街で評判の悪い獣人達の治療には前向きではないのかもしれない。
来てもらった三人のお医者さん全員が、互いに目を合わせながら二の足を踏んでいる。
「申し訳ない、イクサ王子のご命令という事で、わけもわからぬ内に来たが、その……」
「構いません」
そこで、彼等よりも先に動く人達が居た。
プリーストの皆さんだ。
純白の修道服に身を包んだ女性が四名、バラバラに負傷者達の下へと向かって行く。
「我々で処置します」
そして各々が怪我人の前に膝を折ると、両手を合わせて、祈りを捧げるようなポーズを取る。
口元で小さく……おそらく祈りの言葉だろうか……を、囁きながら。
瞬間、彼女達の体から神々しい光が発生し、その光が苦痛に表情を歪めている獣人の体を包み込んでいく。
『おう、まるで我の魔法のようだな』
『お前の魔法はただ光るだけだがな』
その光景を見て、エンティアとクロちゃんがそう話している。
なるほど、おそらくこれが、彼女達の用いる魔法、曰く聖神様の奇跡というやつか。
光に包み込まれた獣人の体の負傷が、徐々に治っていくのが見える。
また、体に滲んでいた呪いによる黒い痣も、薄れて消えていく。
「治癒と解呪を同時に行いながら、治療をしていきます。何分、一人でも負担が激しい魔法ゆえ、時間が掛かるのはご容赦を」
プリーストの一人が、額から汗を滲ませながらそう言った。
「いえいえ、こうして尽力していただけるだけで十分ありがたいです」
呪いを消され、傷も治った獣人は、一転し穏やかな表情になる。
その姿を見て、私もホッと胸を撫で下ろす。
「………」
「無理矢理ここまで連れて来たのは僕だ、無理強いはしないよ」
黙って見ているお医者さん達に、イクサもフォローするように言う。
「……いや、申し訳ありません、我々も治療に参加します」
そこで、お医者さん達も動き出した。
怪我人の傍に腰を下ろし、医療鞄を開ける。
「目が覚めました。目前に怪我人がいるのだ。それを助けなくて、何が医者か」
イクサが私の方を見て、微笑みを浮かべる。
よかった、これで、みんな助かりそうだ。
主に解呪と治癒を進めるのは、プリーストの方々。
お医者さん達が応急処置を行い、そのサポートを私達がする。
順調に、治療は進んでいく。
「ふぅ……」
しかし、20名近い獣人達の治療だ。
なにぶん、数が多い。
プリーストの方々も、疲弊が見て取れる。
「大丈夫ですか?」
「お心遣い、ありがとうございます《聖女》様」
「いや……本当に《聖女》なのかどうかはわかりませんけど……」
聖教会という組織が、悪魔を祓った私を勝手に《聖女》と認定しているようなんだけど……どうなんだろう?
《聖女》ってガラじゃないんだけどなぁ。
困惑する私を見て、プリーストさんも微笑みを浮かべる。
「《聖母》様であれば、この人数でも一度に治癒を施せるのですが」
「《聖母》?」
「はい、聖教会に身を置く信徒にして大幹部様、そして、マコ様同様Sランク冒険者のお一人です」
へぇ、凄い立場の人じゃん。
「聖教会の信徒史上、最高力の治癒、解呪、加護などの魔法の力を身に宿し、その能力の高さから聖教会が定める《聖人》に認定され、称号が授けられた御方です」
「《聖人》? 称号?」
「聖教会において、特別な奇跡を身に授かった方を《聖人》と呼ばれるのです。マコ様もそのお一人ですね」
……うん、いつの間にか私の知らないところでだけどね。
「マコ様の《聖女》、そして《聖母》様も、その称号の一つなのです」
「へー」
そうこうしている内に、数時間。
遂に、全員分の処置が完了した。
幸運にも死者は0人。
後遺症が残るような者も出ずに済んだ。
『ぽんぽこー!』
『こりゃー! こりゃー!』
マメ狸のポコタも治癒が施され、今は元気にチビちゃんと一緒に走り回っている。
「いやぁ、よかったよかった」
「ああ、本当に……」
まだ安静な状態にしなければならない者もいるが、その一方、既に立って動けるようになるまで回復した《ベルセルク》達が、背伸びする私の下へとやって来た。
「本当にありがとう……全て、あんたのおかげだ」
「いやいや、私のやった事なんて大した事じゃ」
「何言ってんだ」
先頭に立つブッシが、穏やかな表情で言う。
どこか、泣きそうな目をしているようにも見える。
「不遇を強いられた俺達の惨状を見て、家を直したり食い物を恵んでくれたり、俺達を襲った冒険者を叩きのめして、しかも治療のために街から貴重な治癒や解呪の力を持つ冒険者まで連れて来て……それのどこが大した事じゃないだ」
「ああ、そうだ」
「あんた、一体何者だ? 本当に神の使いじゃないのか?」
押し寄せて来る獣人達を前に、私も何と返答していいのか困ってしまう。
そこで。
「うふふ、皆様、この方は我が聖教会が《聖人》――《聖女》様と認定した御方なのですよ」
私の後方にいたプリーストの方がそう言った。
「今のお話を聞かせていただき、実に感動いたしました。あまりにも慈悲深い行いの数々……実は、聖教会におけるマコ様の《聖女》認定に関しましては、まだ仮の段階だったのですが」
「まぁ、そりゃそうですよね」
「しかし、今回こうしてお会いして確信いたしました。マコ様が《聖女》であるという事実は確実でしょう! わたくしからも、聖教会本部へご報告をさせていただきます!」
「ええ! ちょっと待ってください! それは流石に早計――」
「なに!? 聖教会!?」
「じゃあ、やっぱり神の使いじゃないか!」
そんな感じで、最後はわちゃわちゃとなってしまったが、今回の一件は無事解決する形となった。
プリーストさん達や《ベルセルク》のみんなを説得し落ち着かせるまでが、一番時間を要したかもしれない。
※ ※ ※ ※ ※
そんな一夜が明けて、翌日。
みんな疲れていたので、《ベルセルク》達の集落で一晩過ごさせてもらい、朝になったタイミングで街へと戻って来た。
お医者さん達やプリーストの方々にお礼を言ってお別れし(プリーストさん達には、聖教会にはくれぐれも大袈裟には伝えないように……と念を押した)、私達は改めて現状を確認する。
「昨日、街中で遊ぼうと来てみたら、獣人が街から追い出されてるっていう話を聞いて……街外れの集落に向かった」
「そこで、僕達は街を追放された熊の獣人……《ベルセルク》達の野盗と遭遇。彼等が理不尽な理由で街を追い出され、劣悪な環境で生きる事を強いられているという事実を知る」
私とイクサが順番に、事実を紡いでいく。
「その事実を知り、真相の究明のため街へと戻ったら……」
「あのイキリAランク冒険者、サイラスの手により集落が襲われていた。急いで戻り、傷付いた獣人を救うため再び街へ。Sランク冒険者マコの摩訶不思議パワーでサイラス達一味をフルボッコにし、プリーストや医者の協力も得て、何とか大事には至らずに済んだ……と。実に濃厚な一日だったね」
「うん、ちょくちょくイクサの個人的脚色も入ってるけどね」
何はともあれ、私達が今からやらなくちゃいけない事は一つだ。
「この地域の領主である第三十七王子、スティング王子に直接の接触を試みてみるよ」
イクサが言う。
獣人の追放であれ何であれ、最大の決定権を持つのは領主だ。
こうなったなら、直接会って話をするのが早い。
「スティング王子の邸宅はどこにあるの?」
「あの、都市の中心にできた壁の内側だ。僕とスアロで向かってみるよ」
領主への会合の打診は、イクサに任せる。
流石に、同じ王族からの打診となれば、向こうも聞かないわけにはいかないだろう。
一方、私とガライ達は一旦冒険者ギルドへ向かい、本来昨日やる予定だった、全獣人関連の任務の受注をする事にした。
しばらくし、冒険者ギルドでの用事(コルーさんが快く応じてくれたので、早急に済んだ)を終え、私達はイクサと合流するため待ち合わせの場所へと向かった。
――しかし。
「会えない?」
「ああ、そう言われた」
待ち合わせ場所に、イクサとスアロさんは苦い顔で立っていた。
「あの都市中心を囲う壁を越えようとしたところで、門番の騎士に止められた。事情を説明したら、領主に直接確認をすると言われてね……それからしばらく待たされた後、会う事は出来ないと断られた」
「なんか……怪しいね」
私は訝る。
もしかしたら、昨日の一件――イクサが獣人を守るために戦った私達と一緒にいた事は、あの場にいた騎士達も知っている。
それがスティング王子の耳にも届いていたとするなら……。
「スティング王子は何かを隠していて、それをイクサに知られたくないのかも」
「公にしたくない何かがあるのかもしれないね。当然、僕は引き下がる気はなかった。『何なら、この場で王位継承権者同士の戦いを申し入れる。監視官を呼ぶ』とも言った」
「おお、そうしたら?」
「『好きにして構わない』だとさ。そもそも、相手に会えないんじゃ戦いにならない。決闘を申し込めない。というか、それ以前に僕達の目的は彼と会う事であって戦いじゃない。つまり、どうする事も出来ない状況ってことさ」
「……ふぅん」
私は、都市の中心区画を覆う壁を見る。
「……あの壁の内側にも、入る事は出来ないのかな?」
「僕は侵入を拒まれた。マコ達の情報も向こうが掴んでいると考えれば、みんな門前払いにされる可能性が高い」
「私やガライのSランク冒険者の権限とかでも無理かな?」
「おそらくね。あの区画は、スティング王子の治外法権のにおいがする」
「……仕方が無いね」
私は嘆息する。
確実に何か、今回の一件の核心を握っているであろう人物――スティング王子が、こちらからの接触を拒んでいる。
となれば、何としてでも会わなければならない。
「出て来てもらおう」
「……うん?」
「向こうが自分から、嫌でも私達に会いたくなるようにするんだよ」
「……どうやってだい?」
私の発言に、イクサは腕組みをする。
否定したり、難色を示したりはしない。彼はいつでも、私の考えを真剣に汲み取ってくれる。
「街中で暴れて、騒ぎを起こしたりするとか? それでは、領主私設や市井の騎士団が沈静化に動き、何だったら君達は犯罪者になるだけだ」
「当然違う。王都の時と一緒。私達のやり方でやるんだよ」
「?」
釈然としないイクサに、私は微笑む。
※ ※ ※ ※ ※
「と、いうわけで」
私達は、《ベルセルク》達の集落へと戻ってきた。
そして、集まった彼等を前に宣言する。
「この集落を復興して発展させて、あの街に負けないくらいの観光地にしちゃいたいと思います」
「「「「「……は、はいぃ!?」」」」」
私の言葉に、皆が驚きの声を上げた。
ある意味、今まで私達のやって来た事の集大成でもあるかもしれない。
アバトクス村の発展に、王都への出店。
村興しと商売で培ったノウハウを、ここで爆発させる。
「街からお客さんを奪い取って、こっちを大流行りにしちゃえば、向こうもこっちを無視するなんて出来なくなるからね。正に、一石二鳥!」




