■9 集落を襲った冒険者達へ仕返しです
エンティアの引く荷車が、森の中をひた走る。
「う、うおお!」
隘路のため大きく跳ねる荷車の上で、ブッシが飛び出さないように必死に縁を掴んでいる。
私とガライ、イクサはもう慣れたものなので、冷静だ。
やがて木々の間を抜けると、舗装されていない地面に着地。
すぐ目の前に、都市を囲う外縁の城壁が見える。
その壁に向かって、真っ直ぐに駆けるエンティア。
すると、大きな幅の川と、その川に架かる橋が見えて来た。
「……居やがった、あいつらだ」
ブッシが憎々し気に呟く。
橋の上に複数人の冒険者達がおり、道を塞いでいる。
その先頭に立つのは、見覚えのある双剣の戦士。
Aランク冒険者、サイラス・イエローストン。
サイラスは私達の姿を見て、「やっと来たか」とでも言いたげな表情を見せる。
そして同時に、迫って来るのが獣人の群れではないと理解し、大きく目を見開いた。
「ガライ、門が」
「ああ、閉じている」
橋を渡った先にあるのは、街へ通じる外壁に作られた門。
しかし、その門は当然閉まっている。
更に、門を守る門番もいる。
「……だけじゃないな」
ガライが言う通り、今門の前には、門番と呼ぶには多すぎる数の騎士達がいる。
街への入り口は、領主の私設騎士団が守っていると言われていた。
ならばきっと、サイラス達に呼ばれたのかもしれない。
おそらく、『集落の獣人達は制圧したが、もう二度と街や人間には手を出さないと命乞いをされたので、命は奪わずに来た』。
『しかし、その場凌ぎで嘘を吐き、報復にやってくる可能性もある』
『だから自分達で、この門の前を守る』――とでも、言ったのではないだろうか。
一応念のため、門を守るために騎士達を呼び――そして、狙い通り獣人達が復讐に来れば、彼等の目の前で思う存分返り討ちに出来る。
自分達の活躍を見せる観衆を一人でも多く稼ぐために。
くだらない。
(……させないよ……そんな歪んだ〝正義のヒーロー〟には……)
「なんだ、お前等はぁ!?」
突進してくる私達を前に、サイラスとその仲間の冒険者達が、橋を塞ぐように壁となる。
通さない気だ。
『どうする姉御、このまま轢くか?』
「ううん、エンティア、そのまま真っ直ぐ……」
エンティアは走る。
やがて、橋の上、両者の距離が縮まった瞬間――。
「ジャンプ!」
私が叫ぶ。
同時、エンティアは跳躍。
壁を作っていた冒険者達の上を、飛び越えた。
「なっ!?」
「通すなッ!」
ジャンプしたエンティアと荷車に向かって、冒険者達が武器を向ける。
――その中、私だけが荷車から飛び降り、彼等の前に着地した。
「は――」
まずは一人目。
手中に錬成した〝単管パイプ〟を振り抜き、手斧を握っていた冒険者の顔面を撃ち抜く。
「がぼぁ!」
鼻っ柱を強打されたその冒険者は、空中で回転しながら橋の下の川に落ちていった。
「なんだ、この女!」
「俺達がBランク冒険者だと――」
何かを言わせる気も、聞く気も無い。
瞬時、今度は槍を構えて突っ込んできた冒険者達の前に、〝防獣フェンス〟を召喚。
盾となるように前に突き出したそれに、二人の冒険者の槍の穂先が突き立てられる。
しかし、私が魔力を注いで防御力を強化したフェンスは貫かれず、代わりに反動で二人の手の中の槍が弾き飛ばされた。
「なにっ!?」
「せいッ!」
困惑する二人に向かって、私は横薙ぎに、フェンスを思い切り振り抜く。
横っ腹を強打された二人もまた空中に弾き飛ばされ、川へとドボンした。
「おい! たかが女一人に何やってんだ、お前等!」
「調子に乗るなァ!」
次々に襲い掛かって来る冒険者の群れ。
残っているのは、剣を握った近接戦闘スタイル達。
容易い。
私は近寄って来た先から、三メートル程の長さで召喚した〝単管パイプ〟で、虫を払うように叩き飛ばしていく。
悲鳴を上げながら吹っ飛び、川へ着水し流れていく冒険者達。
瞬く間、残されたのはAランク冒険者――サイラス一人となった。
「……チッ……意味が分からねぇ、お前何者だ? なんで、あの獣人の味方をしてんだよ」
サイラスは腰の双剣を抜き、両手に握る。
自分達の頭上を飛び越えていく瞬間、ブッシの姿を確認したのだろう。
私達が、《ベルセルク》達に味方して、自分達を攻撃していると判断したのだ。
「集落で酷い姿になってる連中を見て、かわいそうだとでも思ったのか? あいつらは、獣人だぞ? しかも、野盗を組んで人間を襲う穢れた獣人だ。そんな連中、死のうが苦しもうが自業自得だろ」
「君が今から悲惨な目に遭うのも、自己責任の自業自得だよ」
私は召喚した〝単管パイプ〟を手の中で消し、無防備な姿のままサイラスへと歩み寄っていく。
「まだ真相は明らかになってない。もしも、全てが明るみになった後、私達の擁護してた獣人達の方が悪いって結論だったら、それはごめん。その時は八つ裂きにされるなりなんなり、責任は取るよ」
「………」
「でも今、君達をフルボッコにする理由は単純明快」
サイラスの双剣の間合いに、私は踏み込んだ。
「君達なんかを、ヒーローなんて呼ばせない」
「……意味わかんねぇんだよッ!」
サイラスが切り掛かって来た。
二つの剣が左右から、私を切り裂こうと迫り来る。
なるほどね、双剣の利点は逃げ道を無くすことなんだ。
右も左も塞がれた、後ろに下がるにはもう遅い。
なら――。
私は手中に〝鉄筋〟を錬成。
約十㎜の太さで五メートル近い長さを持ちながら、強力な靭性を持つこの金属の棒により、私の体は棒高跳びの選手のように空中に持ち上げられた。
「なっ!?」
サイラスの目には、私の姿がいきなり消えたように映ったのだろう。
だが瞬時、私が彼の頭上にいる事に気付く。
その時には既に、私は一メートルの〝単管パイプ〟を錬成し、それをサイラスの頭部へと振るっていた。
「チィッ!」
が、その一閃は寸前で躱される。
代わりに、彼が次に放ったのは、どす黒いオーラを纏った剣の一閃。
おそらく、サイラスの魔法――呪いが纏わりついた剣戟だ。
私は〝単管パイプ〟と〝鉄筋〟をクロス、更に空中で〝鉄板〟を召喚し、その一撃を受け止めた。
そして衝撃に乗っかり、そのまま距離を取る。
「てめぇ……いい気になるなよ?」
先刻までの舐め腐っていた態度が消え、サイラスの全身に殺気が滲み始めている。
やっと本気って感じだ。
やはり、なんだかんだ言って実力が認められているだけはある。
強い。
「……じゃあ、私も本気で行こうかな」
「あん?」
そこで私は、手の中に〝ある物〟を召喚する。
そういえば、この世界に来てまだ一度も、この金属製品は召喚した事が無かった。
結構ホームセンター用品の中ではポピュラーな方だと思うけど。
まぁ、召喚しなかった理由は明確だ。
作ったところで、動かせないから。
「なんだぁ? そりゃ」
サイラスは、私が生成したものを見て眉を顰める。
それは、丸い円盤状の金属。
但し、その外縁の部分は鋭く尖った刃の形をしている。
これは、丸鋸に使われる〝回転刃〟だ。
「……《錬金Lv,3》」
そして私は、錬成したその刃に、更に魔力を込めるよう意識する。
成長した《錬金》スキルの説明に書かれていた文言。
『魔力を動力に変える』。
私の解釈が正しいならば……。
瞬間、掌の上に乗っかっていた〝回転刃〟が、空中に浮かび上がり――。
そして甲高い音を立てて、空中で回転を始めた。
ギュィィィィィィィイイイン! という、耳を劈く高速回転音。
今私の目前に、触れればあらゆるものを切り裂く、最強の刃が誕生した。
「おい、なんだ、それは……」
サイラスも、回転するその刃を前に、どこか臆したように息を呑む。
この回転音が、根源的な恐怖を呼び覚ましてるのかもしれない。
「行くよ」
私の合図と同時、思考に同調し、〝回転刃〟は真っ直ぐサイラスに向かって飛来した。
「っ!」
サイラスは慌てて双剣を重ね合わせ、それを受ける。
「うおおおおおおおおおおおお!」
激突に加えて回転の威力は絶大だ。
火花を飛ばしながらせめぎ合う刃と刃……しかし徐々に圧され、彼の双剣は弾かれた。
「な、何だ、その刃は!? 刃そのものが動いてんのか!? なんつぅスピード! その上、なんつぅ力――」
そこで、ボキン、と音が聞こえた。
「……あ?」
見れば簡単な事。
サイラスの双剣が二本とも、剣身が真ん中から折れて、橋の上に落ちた音だった。
「……あぁ!?」
俄かには信じがたい光景だろう。
しかし、あの刃を受け止めた時点で、切断はこっち側の特権と化したのだ。
「お、俺の剣が……」
そして、狼狽するサイラスに。
「……はっ!」
私は瞬時に近付き、その頭部に、〝単管パイプ〟の一閃を叩き込んだ。
「ご、あ……」
べたん、と、サイラスは橋の上に倒れる。
彼は頭部を兜等で防御していなかったので、大分手加減して殴っておいた。
「一応、これで仕返しは完了……っていう事にしといてあげるよ」
後は、終わるまで静かにしててね――と言い残し、私は橋を門の方に向かって歩いていく。
「待ち、やが、れ」
しかし、そこで、ふら付きながらサイラスは立ち上がる。
そして、胸元に仕込んでいた隠し武器――ナイフを握り、その刃に呪いを纏わせる。
「死ね、やぁあああ!」
背後から私の背中へと、その刃を突き立てようと飛び掛かって来た。
「……言ったよね、静かにしててって」
瞬間、私はまだ錬成したまま、空中にドローンよろしく待機させていた〝回転刃〟を操ると。
彼の周囲の橋板を、高速で切り裂いた。
「……あ?」
「できないなら、遠くに行ってて」
まるで落とし穴の様に、サイラスの立っていた場所の床板がすっぽ抜け、彼は真下の川へとボッシュートされた。
「ごがっ! ま、待て! 助け、俺は泳げない、がぼぼ……」
何やら叫んでいたけど、そのままサイラスは川の流れに乗って、下流の方へと流されて行った。
「ふぅ、さてと」
〝回転刃〟は抹消し、橋に空けてしまった穴の上には、とりあえず〝鉄板〟を乗せて塞いでおく。
それを見届け、私は門の方へと向かって走る。
門の前では、既にエンティアの引く荷車が停車中。
周囲は、騎士達に取り囲まれていた。
「なんだ、貴様らは! 怪しい動きをするな!」
包囲した荷車に向けて、騎士達が武器を構えながら叫んでいる。
それはつまり、突如現れ、あまりの速さで状況を変えていく私達に、どうしていいのかわからないという事だ。
「ガライー!」
荷車の前に立っていたガライに、私は叫ぶ。
「こっちは終わったよ!」
「……了解した」
それを見届け、ガライが動き出した。
包囲する騎士団――門の前を守っている騎士達の方に、助走していく。
「な、なに――」
騎士達は、突如突っ込んできたガライに臆し、身を引いてしまった。
その刹那、彼は自身の右腕に、魔力を籠め――。
何倍にも膨れ上がった膂力で持って、門に拳を打ち込む。
爆音と共に、閂で施錠されていた門が、無理矢理押し開かれた。
「「「「「何やってんだお前ぇぇぇぇええええええ!?」」」」」
騎士達の中からそんな叫びが聞こえる。
まぁ、こんな事されたら、そう叫びたくもなるよね。
「まぁまぁ、みんな」
とそこで、荷車の上に立ったイクサが騎士達に呼び掛ける。
騎士達はイクサの姿を見て、一瞬呆気に取られた後、見覚えのあるその顔に瞠目した。
「「「「「い、イクサ王子!?」」」」」
「ここは僕の顔に免じて、さ」
イクサは今や、王族に関連する者達の間では有名人だ。
瞬く間に王位継承権所有者二名を倒し、現在第三位の位に立つ王子。
魔法研究院の創立者にして、今ではアンティミシュカの所有していた土地、ネロの所有していた闇社会のパイプを手にした、王位継承者最有力候補の一人なのだ。
「開ける開けないでごちゃごちゃ話し合ってる時間が面倒だから、先に門の方を壊させてもらったよ。じゃ、詳しい話はまた後でね」
呆ける騎士達をどかしながら、エンティアの引く荷車が破壊された門を潜る。
「よし、じゃあ、まず私達は冒険者ギルドに向かうよ」
「その間に、僕達は先回りして街の医者達に声を掛けて来ようか」
「あ、ああ」
騎士達と同じく呆然としていたブッシに、イクサが言う。
目的に向けて、私達は迅速に行動を開始した。
「……あんた」
「うん?」
「……ありがとうよ」
エンティアの荷車が、街中を駆ける。
その最中、ブッシが私に言った。
「あいつらを、叩きのめしてくれて」
「いえいえ、半分は私の八つ当たりだから」




