■6 獣人達の事情です
「オオオオラァッ!」
先頭で突っ込んで来た《熊の獣人》が、その手にした斧を振り上げる。
体は大きい。
《ベオウルフ》とは違い、顔や腕などの造形は人間に近いが、頭部に生えた熊の耳は、やはり彼らが獣人であるということを物語っている。
即ち、人間に対して恨みを持ち。
その敵意や殺意は、純粋だ。
「よっと」
私は手中に《錬金》により〝単管パイプ〟を錬成。
長さ1mほどのそれを、魔力を込めて振るう。
《熊の獣人》の、振り上げた腕に叩き込んだ。
「ぐぁっ!」
衝撃により、斧が手放される。
私は瞬時にもう片方の腕、そして両足も同様に〝パイプ〟で殴打し、自由を失った彼の体に錬成した〝鎖〟を巻き付ける。
「ごめんね、場が収まるまで大人しくしてて」
そして、同じく生成した〝南京錠〟でロックをかけ、身動きを封じた。
「はい、マウル、メアラ、それとレイレも」
私は三人に、農具の〝鉈〟を錬成して渡す。
持ち手の部分を適当な布で巻いてすっぽ抜けないようにしてもらったのを確認すると、荷車から降りる。
既に、その場は戦場と化していた。
しかし、戦況は一方的である。
「うぐぁっ!」
「くそ! なんだこいつら!? ただの人間じゃないぞ!」
私達を襲った獣人の野盗達は、荷車で駆け抜けられないようにと、後方へ下がらせないように前方と後ろを塞ぐように現れた。
というか、私達を取り囲むように襲ってきた。
その人数は、10人~20人ほど。
結構な大人数……だけど、既にその大半が地面に倒れている。
まず、ガライの膂力には敵わない。
《鬼人族》という種族の血が混じった亜人であるガライは、筋肉の質が普通の人間とは違う。
獣が混ざっており、巨体の《熊の獣人》達だって力はあるかもしれないけど、それに加えてガライはその人生の大半を血濡れた闇社会で過ごしてきた。
経験も、味わった修羅場の数も違う。
ほとんど一撃――《熊の獣人》達は顎を撃ち抜かれ、一瞬で昏倒されていっている。
「おごっ! ……」
「安心しろ、峯打ちだ」
スアロさんの抜刀は、《熊の獣人》達に攻撃の隙すら与えない。
皆が手にした斧や剣を初手で破壊し、次の一閃を首筋に叩き込んでいく。
彼女の足元にも、意識を奪われた獣人達が転がっていく。
「うわああ!」
「な、なんだこいつ、爆弾を使うぞ!」
「荷車に近づけねぇ!」
「はんっ、俺様の芸術性の欠片も理解できなさそうな連中だな、つまらん」
一方、デルファイは荷車に近づく獣人達を牽制してくれている。
《火蜥蜴族》という魔獣の血が混じった亜人のデルファイは、魔力を使用し高熱の息を吐く事ができる。
その熱気をガラスの風船の中に閉じ込め、即席の爆弾を生み出すことができるのだ。
彼は爆弾を作っては近くの地面に投げ、獣人達の接近を許さない。
マウルやメアラ、レイレ等の非戦闘員を守ってくれている。
『くぉら! この獣人ども! 大人しろ!』
『少し痺れさせてやろう』
更に、イクサが荷車から解き放ったエンティアとクロちゃんも制圧に参加している。
全長2m以上ある巨獣二匹に飛び掛かられれば、どうする事もできない。
二匹に押し倒され、更にクロちゃんには微弱な電流を浴びせられ、制圧されていく獣人達。
戦闘は、瞬く間だった。
「よし、これで終わりだね」
あれよあれよ、《熊の獣人》達は私の〝鎖〟で縛り上げられ、完全に降伏するしかなくなっていた。
獣人盗賊団、制圧である。
「くそ……くそ……人間なんかに……」
《熊の獣人》達は、身動きできない姿勢のまま悔しそうに声を漏らしている。
「貴様ら、ただの商人や旅人じゃないな」
一番先頭に立ち、斧で襲い掛かってきた獣人が言う。
おそらく、彼がこの中ではリーダー格のようだ。
「身形を偽って俺達を騙したのか……冒険者だな」
「うん、まぁ、そんなところだけど……別にあなた達を倒しに来たのは任務とかじゃないよ」
私は言う。
「そもそも、戦う気なんてなかった。私は、あなた達と話しがしたくて来たんだ。成り行きでこうなっちゃったけど」
「ふん……人間の言うことなど、信用できるか。この後、俺達をどうするつもりだ? 騎士団に突き出すか? 奴隷として売るか?」
うーむ……かなり荒んでいるね、これは。
「ううん、そんな事しないよ。私達は、あなた達が獣人だからっていって、別に酷薄な目に遭わせたいとか、そういう考えもないから」
ほら、と、私は荷車の方を指さす。
マウルにメアラ、ウーガが荷車から降りてきた。
「狼の……獣人?」
「《ベオウルフ》。私達は、ここから遠く、《ベオウルフ》の暮らすアバトクス村から旅行で来たんだ。この観光都市に来て偶然、あなた達の話を聞いたんだよね」
「獣人と、一緒に暮らしているのか?」
「おい、ブッシ! 騙されるな! 俺達を油断させるための罠だ!」
驚く獣人のリーダー、ブッシに、後ろの仲間が注意をする。
「いやいや、この状況で油断させたって何の意味もないでしょ?」
「う……」
口籠る仲間の獣人。
「……何が目的だ?」
続けて、ブッシが口を開く。
「君達に聞きたいのは、今あの都市で話されている噂話が事実かどうかという点だ」
そこで、イクサが私の横へと出てきた。
「なんだ、貴様は……」
「僕は第三王子、イクサ・レイブン・グロウガだよ」
「なっ! 王子だと!?」
瞬間、殺気立つブッシ。
「貴様、あの領主の仲間か!?」
「全然、仲間じゃないよ。なんなら、王位継承権を争う敵同士なくらいだ」
ふぅ、と、イクサは困ったように嘆息を漏らした。
「そして、一言だけ言っておく。僕は、事の内容によっては君達の味方になるつもりだ。真実を話して欲しい。観光都市バイゼルから獣人が消えた理由は、君達による犯罪の増加や、人間に対し横暴を働くようになった事だと、そう言われているが――」
「事実無根だ!」
ブッシが叫ぶ。
いや、ブッシだけじゃない、仲間の獣人達も叫ぶ。
「俺達は嘘の情報で街を追い出されたんだ! あの街で漁をして暮らしてた! 人間達ともそこそこ上手くやっていた! なのに、ある日いきなり――」
「それまでに、そういう事が起こる前兆のようなものは見受けられなかったのかい?」
「知らん! そりゃあ、大なり小なりの揉め事や事件はあったかもしれないが、そんなものは人間同士の間にだってあるような程度のものだった! こんな大事になるような事なんてなかった! だからいきなりだったんだ!」
「………」
私は、顎に指を当てて思考を巡らす。
「マコ、これは僕の憶測だが……」
「わかってるよ、イクサ」
イクサの言いたい事はわかる。
〝ある日、いきなり〟
原因の見えない、唐突な事件が起こった時、私達の頭の中にあるワードが浮かぶようになってしまっていた。
――《悪魔族》。
人を誑かし、惑わし、甚振る、正体不明の魔族の存在。
「俺達は街を追い出され、こんな森の奥の辺鄙な土地にまで追い遣られた……呪われた土地……かつて王族に力を奪われ、獰猛な野生動物や毒を持った植物ばかりが生息する、死んだ土地だ」
ブッシが苦し気な声で呟く。
「その、力を奪った王族って……」
「詳しくは知らない。だが、アンティミシュカっていう王女と、そいつが使役する王権兵団の仕業だ」
ま た お ま え か。
物語から消えた後も、嫌っていうほど悪影響を残していくね、彼女。
まぁ、何せかつては第三の地位にまで上り詰めた人間だ。
それくらいの事をやってたということか。
「俺達は、そんな土地で貧しい自給自足を強いられてるんだ……だったら、誰であろうと襲って奪うしか生きる道はねぇだろ。その相手が人間だっていうなら、容赦も要らねぇ。俺達がこうなったのは、元を辿れば人間共のせいだ」
「うん、話はわかった。じゃあ、お願いがあるんだけど」
私は、すっかり顔を落としてしまったブッシに言う。
「今のあなた達が暮らす集落に連れて行ってくれないかな?」
「……なに?」
※ ※ ※ ※ ※
「うわぁ……これは、酷いね」
と、私は思わず呟いてしまった。
そう言えるくらい、案内された彼等の村は酷い惨状だった。
かつて貧しい村と言われていたアバトクス村を彷彿とさせる……いや、それ以上だ。
荒れた土地の上に、無作為に立ついくつもの家は、小屋という表現すらできないほどの掘立小屋。
そのほとんどが、壁や屋根に穴が開いている。
村中に死臭や腐臭が蔓延し、烏の鳴き声やハエの羽音が聞こえる。
「生活水は?」
「ここには引かれていない。近くの川で汲んでくる」
井戸のあるアバトクス村以下だ。
「……わかるか? ある日いきなり、俺達はこんな状況に投げ捨てられたんだ」
ここまで私達を案内してくれたブッシが、憎々しげに言う。
ちなみに、彼等を拘束していた〝鎖〟は当然もう消失させている。
「こんな目に遭わされて、人間相手に良い感情が持てると思うか?」
「うん、無理だね」
私は、犬小屋が少し大きくなった程度の家の前で、椅子に腰掛け小さく蹲っている老人の《熊の獣人》を見る。
更に別の家からは、小さな痩せた子供が顔を出し、こちらを見ている。
……あまり、こういう表現はしたくないけど。
貧困地帯、その言葉が当て嵌まる。
「ん?」
そこで、ウーガが声を漏らした。
彼の視線の先には、この村を囲う森との境目――そこに立つ、まだ幼い子供の姿があった。
(……あれ? ……)
但し、少し気になる容貌をしていた。
獣人ではあるが、他の獣人同様《熊の獣人》ではない。
性別は……男の子、だろうか?
白に近い銀色の髪。
小柄な体。
赤い目。
そして頭頂部から延びる、一対の長い耳。
(……〝兎〟? ……)
「おーい、お前……あっ」
気づいたウーガが声をかけようとしたところで、その《兎の獣人》の子供は森の中に消えてしまった。
「何だったんだろうね?」
「さぁなぁ」
私とウーガは、揃って小首を傾げた。
「さぁ、案内したぜ。もういいだろ。とっとと帰ってくれ」
一方で、《熊の獣人》達は掠れた声で言った。
意気の消沈した声からは、もう私達と争う気など無いという雰囲気が伝わってくる。
イクサは言っていた、元は温厚な獣人達だったのだと。
怒りや憎しみで人間を敵視しているが、きっと根本は平和に暮らしていたいのだ。
「いや、まだ帰れないかな」
そんな彼等に、私は言う。
「な、なんだよ! まだ俺達から何か――」
「まず、家を補修しないと。それに、生ゴミや不衛生なものは焼却処理が必要だよね」
村の改めて見回しながら、私はそう喋る。
「ウーガ、荷車にまだ野菜があったよね?」
「おう」
「じゃあ、炊き出しができるね。健康的な食事もしないと」
「な……何を言ってるんだ? お前ら……」
《熊の獣人》達は呆けている。
でも、この状況を見せられて何もせずに帰るというのも忍びないのだ。
「不要な材木や工具はあるか? 無くてもいいが、とりあえず直せそうなところから直していく」
ガライが腕をストレッチしながら言う。
「まったく芸術的じゃねぇ村だな。このにおいは気分が悪くなる。体に悪そうなもんは燃やしてやるから連れてけ」
怪訝な顔をしながらも、デルファイが言う。
「マコ、調理器具は出せるか?」
「うん」
「うし、マウル、メアラ、レイレも手伝ってくれ。まずは、川で水汲みしてこねぇとな」
ウーガも動き出す。
私は、依然茫然としている《熊の獣人》達を振り返り、笑顔を向ける。
「というわけで、ちょっとこの村でボランティアをさせていただきます」




