■4 海を堪能します
皆で話し合った後、準備を済ませ、私達はイクサの別荘を後にする。
「すまないね。せっかくの広い屋敷なんだから、使用人でも雇っておけば朝食なりすぐに用意できたのだけど、こういう時は身内だけで盛り上がるのが一番かと思ってさ」
「別に大丈夫だよ、そこまで気を使ってもらわなくて。というか、イクサって王子なのにどちらかと言うと感覚が庶民的だよね」
そんな感じで会話を交わしながら、私達は街へと向かった。
海や山等、観光資源に囲われた豊かな都市――観光都市バイゼル。
訪れると、賑やかな雰囲気に包まれた街は、既に人でごった返していた。
観光客や、この街で暮らしながら生活をしている地元の住民、更に流浪の商人等、様々な人種が行き交っているのがわかる。
「うわぁ、凄い人だね! 王都と変わらないくらい多いよ!」
「まだ朝なのに……」
その光景を見て、マウルとメアラが少なからずテンションを上げている。
「確かに、すげぇ人間の数だな。でも流石に、獣人は俺達くらいか?」
「……のようだね」
ウーガも、街中を歩き進みながらそうコメントする。
対し、イクサはどこか、腑に落ちない様子で彼に返答した。
……どうしたんだろう?
何か、気になる事でもあったのかな?
「何はともあれ、まずは朝食にしましょう。その後は、お待ちかねの水着タイムも含めて買い出しね」
「レイレ、水着タイムって何?」
という事で、レイレの発言通り、私達は街中で開いている適当な食事処で簡単な朝食を済ませる。
その後、店の人に場所を聞き、海水浴用の用品を売っているお店へと足を運んだ。
皆で、水着を物色する。
この世界の水着は、現代みたいな化学素材のものではなく、ある程度水に強く透けにくい生地を使ったものだった。
と言っても、デザインは現代のものに近い。
「じゃあ、みんなで試着しましょう!」
凄く盛り上がっているレイレの提案により、試着ファッションショーが開始される事となった。
まずは女性陣から、というわけで――。
「どうかしら!」
言い出しっぺの法則ということで、最初はレイレ。
試着室のカーテンを勢いよく開け、彼女は水着姿で登場する。
ビキニタイプの、装飾や色使いがかなりゴージャスな水着である。
ポーズもビシッと決まっている。
「おお、ゴージャス」
「いいじゃないか、雰囲気も相俟って似合ってるよ」
男性陣から絶賛されて、レイレもドヤ顔である。
「じゃあ、次はスアロね!」
「うう……何故、私まで……」
続いて、着替え終わり、姿を現したのはスアロさん。
ワンピースタイプの水着である。
シックな色合いで、大人しめな雰囲気だ。
あまりこういうのに慣れていないのか、スアロさんは赤面している。
「うんうん、中々似合ってるじゃない」
「スアロさん、やっぱり綺麗ですね」
レイレと私がコメントする。
男性陣からも、概ね好評である。
「あはは! いいねいいね、似合ってるよ! スアロらしくないところがかえって新鮮でいい!」
爆笑しているイクサを睨むスアロさん。
「君、いつかスアロさんに後ろから切られても文句言えないよ」
「じゃあ、次はマコの番だね。楽しみだな」
レイレ、スアロさんと来て、次は私の番となった。
しかし、水着なんて本当に高校生以来かもしれない。
「よっと」
レイレに選んでもらった水着に着替え、私は皆の前に姿を現す。
ちなみにデザインは、準ビキニタイプ。
下がハーフパンツのような形になっているものだ。
「いやぁ、水着なんて久しぶりに着るけど、人前に出るのはちょっと恥ずかしいね、コレ」
「………」
私の姿を見て、皆黙っている。
え……何!?
何か、おかしい所でもあった?
一応、腰回りのお肉とかは大丈夫だと思うけど!
「ちょっと、イクサ! 何か言ってよ!」
「何というか、ちょっと……いかがわしいね」
何そのコメント!?
「普段、あんまりそういうイメージをしないようにしてた人間がそういう姿になると、途端にいかがわしく感じる。そんな感じ」
イクサ、何真剣な顔で言ってるの!?
ウーガも頷くな!
デルファイ、どうでもよさそうな顔するな!
ガライ、助けて!
「あーもー、恥ずかしいな! はい、終わり終わり! 次に行こう!」
気付くと、他のお客さん達もこっちを見て来ていたので、私は早急に元の服に着替える。
男性陣の水着は、女性陣とは違いすぐに決定。
お会計を済ませ、水着以外の買い出しも行い、なんやかんやでお昼頃。
私達は、イクサの別荘近くの海岸へと戻る事となった。
※ ※ ※ ※ ※
『お、戻って来たか。待ちくたびれたぞ』
『こりゃー!』
お留守番をしていたエンティアとクロちゃん、それにチビちゃんも連れて、私達は砂浜へと向かう。
昨日の夜は、月と星の明かりだけが照らす神秘的な雰囲気だったけど、昼間は太陽の光が降り注ぐ絶好の海水浴場といった感じだ。
「さてと、じゃあまずは何しようかな?」
「マコ、スイカ割りしよう!」
「スイカ、持って来てあるから」
マウルとメアラが、村から持って来たスイカを運んで来る。
その他にも、ウーガが選別した野菜や果物もいくらか持って来てある。
ちなみに、スイカ割りは出発する前からやろうと話していたので、それ用の木の棒も既に用意されている。
「ん~……たまには、海辺でゆっくりするのも気持ち良いわね」
パラソルを広げて、その下で横になり日光浴するレイレ。
「はい、レイレ」
私はリラックスしているレイレに、飲み物を持っていく。
「あら、ありがとうマコ。これは?」
「一応、まだ試作段階だけど。ほら、王都のお店で出しているフルーツソーダをテイクアウトで販売できないかなと思って」
手持ちサイズの瓶の中に、王都のフルーツソーダを入れて、私が錬成した〝シャンパンストッパー〟で栓をする。
試作品だけど、これで一般販売できないかと考えているものだ。
「凄いわね! いつの間に、こんなの思い付いたの!」
「レイレの魔法で冷やせば、もっと飲み頃になると思うよ。あ、ちなみにその瓶はデルファイに言って特注で作ってもらったんだ。手で持ちやすいように曲線部分を入れたりね」
まぁ、元ネタは某世界的人気炭酸飲料のボトルからなんですけど。
私とレイレは、スイカを食べ終わったマウルとメアラと共に、海に入って遊んでいるデルファイを見る。
デルファイは風船を作って海中で爆発を起こし、水飛沫を作ってはしゃいでいる。
芸術は爆発だー! とか叫んでいるのがわかる。
「あいつ……性格は悪いけど、腕は確かなのよね」
少し凍りかかったソーダを飲みながら、レイレがポツリと呟いた。
色々と諍い事も多いけど、レイレもデルファイの事を少なからず認めているようだ。
「ふふふ」
「あら? あたし、何かおかしな事言った?」
『うおおおおお! 海だ! 塩辛いぞ!』
一方、どぼーーーーーん! と巨大な音を立てて、エンティアが海に飛び込んでいる。
『うはははは! どうした黒モジャ! そんな仏頂面して楽しくないのか!? もっとはしゃげはしゃげ!』
『な、なんだこいつ、鬱陶しい奴だな……』
クロちゃんと一緒になって、波打ち際ではしゃいでいるエンティア。
クロちゃんも若干引き気味なほどハイテンションである。
『くくくっ、しかしお前につられたからというわけではないが、確かに俺も海に来るのは初めての事。気分が高揚してきたぞ』
なんだかんだ言って、クロちゃんも楽しそうである。
そのせいか知らないけど、体から電気が滲み出ている。
『おわ! 危ないぞ、貴様! 電流を流すな!』
『おっと、すまん、楽しくなると電流が漏れてしまうのだ』
危険だな、クロちゃん。
「そういえば、イクサ。魚とか、海の幸が取れるところってこの近くにあるのかな?」
そこで、近くで優雅に椅子に腰掛け読書をしていたイクサに、私は問い掛ける。
「ああ、あの岩の向こう辺りに、海釣りができる場所があるらしい」
「そっか、ちょっと夕食の調達に行ってこようかな」
「俺も行こう」
というわけで、イクサに案内してもらって、私とガライは魚が釣れるという場所に行く。
岩の切り立った、磯のような場所だ。
魚だけでなく、貝とかもいそうである。
「どうする? のんびり釣りでもするかい? 確か、釣り竿もあったと思うけど」
「いや、直接入って捕ってくる」
準備運動をしながら言い切るガライ。
うん、実に男らしい発言。
「じゃあ、ガライ、良いものあげるね」
私は《錬金》を発動し、〝銛〟を生成する。
ホームセンターで売っているような小型のものだけど、無いよりはマシだと思う。
「これで、バンバン捕まえちゃって」
「ああ」
「捕った獲物を入れておく用の網を持って来るよ。大漁で頼むよ? ガライ」
※ ※ ※ ※ ※
「うわぁ……」
――数時間後。
本当に大漁になった。
イクサの持ってきた網の中に、何十匹もの魚、それに貝やタコまで犇めき合っている。
「……流石に、乱獲しすぎたか?」
と、濡れた髪を掻き上げながら、ガライもちょっと気にするくらいだった。
何はともあれ、新鮮な海の幸がいっぱい手に入った。
「わあ! 凄い! 全部捕まえたの!?」
「普通に漁に出たくらいの収穫量じゃないかしら、これ……」
浜辺に帰ると、マウルやレイレにそうコメントされてしまった。
「お! 魚の方は大量だな! じゃあ、野菜の方も準備するぜ!」
ウーガが、村から持ってきた野菜を取りに行く。
『おお! 遂に、待ちに待った海の幸だな!』
『なんだ? 夕飯か?』
「うん、今からバーベキューだよ」
私は《錬金》を発動し、〝バーベキューコンロ〟、ついでに〝網〟も錬成する。
加えて、〝鉄串〟も錬成。
釣って来た魚や、ウーガの持ってきた野菜をその場で捌き、串に刺して準備していく。
その間に、〝バーベキューコンロ〟に街で買っておいた炭を入れ、デルファイに火を熾してもらう。
そして――。
「「「「「かんぱーい!」」」」」
各々方、お酒の注がれたグラス(子供達と女性陣はソフトドリンク)をぶつけ合わせ、バーベキューパーティー開始となった。
「うまッ! この魚、脂が乗っててうまいぞ! まるで肉みたいだ!」
「酒が進むね」
ウーガが焼き魚の味に感動している。
イクサも頬張りながら、グイグイとお酒を飲んでいる。
「タコもおいしいよ!」
「貝もね」
マウルとメアラも、海産物を食べるのは初めてらしい。
『やはり捕り立てが一番だな。身が引き締まっていて美味い』
エンティアやクロちゃんも、はぐはぐと生の状態の魚を食べている。
なるほど、刺身もいいかもしれないね。
『こりゃこりゃ、もぐもぐ』
チビちゃんも、焼いた野菜をおいしそうに食べている。
「流石に生魚は無理だけど、干物とかならお土産に出来ないかな?」
「あたしの魔法で冷凍保存して、マコの《錬金》で長期保存できるような容器を作れば、数日くらいは保たないかしら?」
「あ、レイレ、いいねそれ、ナイスアイデア」
「ふふふ、あたしもマコの影響で少しは頭が回る様になってきたわよ」
と、そんな感じで。
新鮮な海の幸のバーベキューに舌鼓を打ち、その後はデルファイの爆弾と私の《錬金》で即席花火なんかも作ったりして。
なんだかんだ、リゾート初日は大満足で幕を閉じたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
しかし、翌日。
私達はこの観光都市で、予想だにしていなかった一大事件に巻き込まれていく事になる。




