■2 海の近くのリゾート地です
旅先で使う着替え等の荷造りに、村に残ったみんなへの色々なお願い。
諸々の準備を済ませている内に、時はあっという間に過ぎ去り――。
「いよいよかぁ」
アバトクス村の入り口。
用意された二台の荷車と、それを引っ張るように繋がれたエンティアとクロちゃん。
遂に私達は、出発当日を迎えた。
「じゃあ、大体10日くらいしたら帰ってくるから」
「おう、楽しんで来いよ」
集まった村のみんなと、一時の別れの挨拶を交わしていく。
なんだかんだで、彼等に村の事を任せて私達だけで遊びに行くのだから、色々感謝しなくてはいけない。
「本当に、ありがとうね」
「だから、いいって。別に俺達だって連れて行ってもらえるのに、自分達の事情で断っただけだからな」
「そうそう、俺達は俺達でやりたい事があるだけだから」
「お土産、忘れんなよ~」
「ウーガ、向こうで迷子になるなよ?」
「なるかよ! せめてマウルとメアラに言えよ、そういうのは!」
大笑いする《ベオウルフ》達。
私は続いて、オルキデアさんとフレッサちゃんの下に行く。
「オルキデアさん達も、渡した《液肥》は自由に使っちゃっていいですからね」
「かしこまりました。マコ様達も、存分に楽しんできてくださいませ」
ふふふ、と、オルキデアさんは、そこで妖しく笑う。
「ガライ様やイクサ様もご一緒なのですから、マコ様も少しくらい羽目を外してしまってもよろしいと思いますわよ?」
「もう……オルキデアさんって、女王様のくせにそういう話好きだよね」
一方、マウルはフレッサちゃんと話をしている。
「僕がいない間、庭の菜園をお願いね」
「はい! 任されましたです!」
「向こうで綺麗な花を見つけたら、摘んでくるからね」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
ニコニコと笑い合う二人。
あー、やっぱりこの二人を見てると癒される。
「おーい、各々方、準備はよろしいかな?」
エンティアの引く方の荷車に乗ったイクサが、そう急かす。
ちなみに、今回用意されている荷車は、いつも使っている普通の荷車ではなく、幌の付いた馬車仕立てのものだ。
王都での売り上げを使って購入したものである。
最近のアバトクス村の財政は、王都出店のおかげもあって大分良好だ。
「オッケーだよ、イクサ。じゃ、みんな乗って」
私達は、エンティアとクロちゃんがそれぞれ引く荷車に乗り込む。
海沿いの観光地でリゾートかぁ……
今更だけど、なんだかワクワクしてきた。
「それでは、しゅっぱーつ!」
※ ※ ※ ※ ※
「ごめんね、エンティア。いつも肉体労働させちゃって」
『全く問題ないぞ、姉御。向こうに着いたら、思う存分はしゃいでもいいのだろう?』
荷車を引くエンティアに語り掛ける。
王都と村を行き来していた頃、エンティアには運搬役や伝令役でかなり頑張ってもらったからね。
労う私に対し、エンティアはとてもウキウキした様子でそう語る。
「クロちゃんもありがとうねー!」
『……俺がマコの乗る方の荷車を引きたかったぞ』
後続のクロちゃんにもそう叫ぶ。
ちなみに、なんだかんだでクロちゃんは《黒狼》の群れを離れてすっかり私達の村に居付いてしまった。
他の《黒狼》達は、王都近くの牧場・農場地帯での暮らしを完全に気に入ってしまっているようで、別に気にしていないとは言っているけど……。
『むっふっふっふ、確か、そこは海の幸も山の幸も食べ放題の楽園なのだろう? 楽しみではないか、楽しみではないか』
「食べ放題かどうかはわからないけど、そんな感じなんだよね? イクサ」
ルンルンと、若干スキップ気味のエンティア。
私は、同乗するイクサに問い掛ける。
「ああ、僕達が今から向かうのは、グロウガ王国の端に位置する海沿いの観光地。スティング王子が治める領地さ」
「スティング王子?」
イクサは、ポケットから取り出した紙を広げる。
そこに描かれているのは、このグロウガ王国の地図だった。
「ここだよ」と、イクサは地図の端っこを指さす。
「第三十七王子、スティング・ベア・グロウガ。僕よりも年上の王子でね、ただ本人はそれほど王位継承戦に乗り気じゃない。それよりも、今はこの豊かで楽しい土地の領主経営の方に熱心になってる人なんだ」
「へぇ」
イクサの説明によると、そのスティング王子が領主を務める土地の中心が、観光地として盛んな、観光都市バイゼル。
そのバイゼルを中心に、山や川、海と様々な観光資源があり、王族や貴族の別荘地としても成り立っているのだという。
「僕もスティング王子とはしばらく会っていないけど、クセの強い王子・王女達の中でも珍しいくらいの普通の人さ。どちらかというと、僕と波長が合うタイプだからね」
王位継承に興味が無くて、自分のやりたい事をやって楽しんでる。
その点を聞けば、確かにそんな感じもする。
「冒険者ギルドや魔法研究院は、街中の方にあるんだよね?」
「ああ、でも、街の方に行くのは少し後でもいいかもね」
イクサは地図を見せてくる。
アバトクス村のある場所から指を這わせ、まず海沿いの拓けた地帯を指さす。
「僕達がまず向かうのは、街から外れた海沿いの別荘地の方。そこにある僕の別荘が宿泊場所になるから、初日は長旅の疲れを癒そう」
続いて、その地帯から少し離れたところに書かれた〝観光都市バイゼル〟という文字を指す。
「別荘地から市街までは、歩いて数十分くらいだ。二日目以降は、こっちに行って海以外の場所も楽しもうか」
「う~、ワクワクしてきた!」
「あたしも観光都市バイゼルに行くのは初めてだから、想像がつかないわね」
はしゃぐマウル。
レイレも、なんだかんだで気分が高揚している様子だ。
ちなみに、改めて今回のメンバーを確認する。
エンティアの引く荷車に乗っているのは、私、マウル、イクサ、レイレ、スアロさん。
クロちゃんの引く荷車に乗っているのは、ガライ、メアラ、デルファイ、ウーガだ。
……二号車は今、どんな雰囲気なんだろう。
全く想像がつかない。
「ちなみにだけど、イクサの別荘まではどれくらいかかるんだったっけ?」
「王都よりは近いからね。約一日」
「一日かぁ」
『一日ぃ!?』
私の声を聞き、エンティアが叫び声をあげた。
『そんなに掛かるなんて聞いてないぞ!』
「ごめんごめん、でも途中から街道に合流する予定だから、今晩はどこかの宿に泊まって――」
『やだやだ! 我慢できん! 我が全速力で突っ走る!』
言うが早いか、エンティアは全力疾走を開始した。
急加速に、荷車が振動に襲われる。
「わぁ! エンティア、飛ばし過ぎだよ!」
『おい待て、白玉! お前、さては俺を振り払ってマコを独り占めするつもりだな! そうはさせるか!』
後方からクロちゃんも大急ぎで追い掛けてくる。
「確かに凄いスピードだ! これなら半日も経たずに到着できるかもね!」
「でもちょっと! もうちょっとスピードを落としてくれないかな! 聞いてる、エンティア!?」
ドタンバタンと跳ねる荷車の中で、私達は嵐のような揺れと戦わされる羽目となった。
※ ※ ※ ※ ※
「もう、エンティア! 飛ばし過ぎ! レイレとマウルが気分悪くなっちゃったじゃん!」
『うぐぐ……すまぬ、すまぬ……』
そんなこんなで。
エンティアとクロちゃんの全力疾走により、昼前に出発した私達は、夕方前くらいの時間帯に目的地へと到着を果たした。
「ま……マコ……どうしてマコは、そんなに平気なの……」
当然のように車酔いしてしまったレイレの一方で、私はケロリとしている。
なんでだろう?
運動神経?
「僕も結構クラクラ来ちゃってるんだけどね……うちの女性陣は強いねぇ」
「無論、そうでもなければ、イクサ王子の護衛は務まりませんので」
スアロさんも平気そうだ。
「でも……」
私は、青い顔をしているマウルの背中を撫でながら、目前に広がる光景を見る。
「何はともあれ……凄いね!」
そこは、崖の上。
聳え立つのは、イクサの別荘だという、決して小さくはない厳かな造りのお屋敷。
そして目の前には、海が一望できる。
陽光を反射してキラキラ輝く砂浜と、寄せては返す蒼い海の波音。
潮風に乗って飛んでいく海鳥。
すべてが美しい光景。
私達は、観光都市バイゼルの入り口――別荘地へと到着を果たした。




