■1 Sランクになっていました
「え! マコがまた新しい商品を開発したの!?」
村の広場では、試食会という名のポテチパーティーが開催されている。
そこに遅れてやって来たレイレが、不満な顔で文句を言った。
「ずるいわ! 私も見たかったのに!」
レイレ・グロッサム。
彼女は、青果関係の商売を商うグロッサム家の令嬢。
ひょんな事から私の弟子となり、この村まで追っ掛けて来た少女である。
「まぁまぁ、レイレ。なんだったら、今からでも作るから」
「うう~……マコがどういう経緯でその料理の着想を得たのか、そこまでの歴史も知りたかったのよ」
歴史て……。
彼女はどうにも、私の事を過大に評価してくれている様子なのだ。
ちなみに、レイレとデルファイの家は、以前私とガライが自宅を建設した時と同様、皆で協力して作った。
お嬢様育ちのため、この辺鄙な村での生活に耐えられるのか疑問ではあったけど、今のところこれといって文句は出ていない。
「当たり前でしょ、あたしが自分でそうしたいと言ってやって来たんだから」
胸を張って言い切るレイレ。
高飛車だけど高慢というわけではなく、本人なりに気高く生きようとしているようである。
「ふん、我慢せずに元の金持ち生活に戻った方が身のためじゃないのか? 小娘」
横になってポテチをバリバリ食べている、自堕落極まりないポーズのままデルファイが言う。
「なによ、別にあんたに迷惑をかけてるわけじゃないんだから、あたしの勝手でしょう? それはそうと、あんたこそこの村に来てから芸術品の一つでも作ったわけ? 意味がないから帰ったらどう?」
「まーまー」
またレイレとデルファイが言い争っている。
この二人、中々犬猿の仲のようだ。
まぁ、デルファイは性格上かなりの気分屋だから仕方がない。
「………」
……でも、彼のレイレに対する態度は、それだけじゃない気もする。
「やぁ、みんなお集りのようで。今日は何のパーティーだい?」
そこに、聞き慣れた声の主がやってきた。
私が振り向くと、そこにいるのは随分とやつれた様子のイクサだった。
「イクサ、大丈夫? 腐乱死体寸前だけど」
「例えに容赦が無いね、マコ。まぁ、後処理に色々苦労したけど、一応仕事は終わらせてきたからさ」
そう言うイクサの背後には、スアロさんが控えている。
彼女は私へ、軽く首肯する。
どうやら、本当に一段落ついたようだ。
「あれ?」
そこで私は、その二人と一緒に立つ三人目の人物に気付いた。
といっても、初対面ではない。
見知った顔だ。
「ベルトナさん?」
「お久しぶりです、マコ様。お元気なようで何よりです」
深々と頭を下げる彼女は、王都の冒険者ギルドの受付嬢の一人、ベルトナさんだ。
「お久しぶりです。どうしたんですか? わざわざ王都からこんな遠くまでやって来るなんて」
「本日は、マコ様とガライ様にご用件があり参った次第です」
私とガライに?
何だろう――と首を傾げている間に、ベルトナさんは手にしていた高級そうな箱を私の前に差し出してきた。
箱の蓋が開けられると、よく指輪とか貴金属なんかをしまっておくような、クッション素材の上に置かれた小さな金属のバッヂが現れた。
金色に輝くそれは、冒険者ギルドの紋章に加え、どこかアルファベットのSをあしらったような意匠をしている。
そういえば、以前ウルシマさんが見せて来た紋章に似ている。
あの時は、確かAをあしらったような形をしていた気が……。
「これは……」
「Sランク冒険者のライセンスを表す身分証明用のバッジです。この度、ご用意が整いましたのでお渡しに上がらせていただきました」
「……え! Sランク!?」
ちょ、ちょっと待って?
確か、私が昇格したのってAランクだったはずじゃ……。
「モグロ様による鑑定、悪魔族討伐の一件、そして先日のドラゴンとの戦い……その全ての実績から鑑みた結果、マコ様の実力はS級に相違ないという結論が出ましたので」
「えぇ……聞いてないよぉ……」
なんだか、凄い称号をもらっちゃった。
やだなぁ、地位が上がると、その分、責任や仕事が一気に増えるからなぁ……。
うちの職場でも、管理職になりたがらない人ばっかりだったしね。
上司の大変さを間近で見させられてるから……。
「ご安心ください。Sランクに昇格したと言っても、仕事内容や義務は他の冒険者とほとんど変わりませんので」
「本当に?」
「ええ……一部の特殊な事態を除き」
ベルトナさんは、後半を早口で言い切った。
あ、これ、緊急事態には呼び付けられるとかそういうやつですやん。
「……まぁ、いいけどさ。理不尽な目に遭うのには慣れてるし。あれ? そういえば、ガライに対する用っていうのは……」
「はい、ガライ様」
ベルトナさんは、手に持つ箱をガライの方にも向ける。
そう、彼女が持ってきたSランク冒険者のバッヂは、もう一つあった。
「今回、ガライ様にもSランク冒険者に昇格していただく事となりました」
「え! 初耳だよ!」
後ろ髪を掻くガライを見て、私は驚く。
「実力、何よりこの国の闇に葬られてきた伝説の数々。それらの実績を加味するのであれば、ガライ様はSランクで何も問題ない方です。今回、マコ様がSランクに昇格するという話をさせていただいた際、マコ様を傍でサポートできるのであればということで、Sランク昇格を容認していただきました」
「……ガライ」
「……すまない、言うタイミングを逃していた」
……私のために、内緒でそんな遣り取りをしてくれてたなんて。
優しい! 惚れ直したよ、ガライ!
「現在、この国のSランク冒険者は9名。マコ様とガライ様の加入により、11名となりました。これは、歴代でも最大数。人材が豊富なのは喜ばしい事です」
まぁ、確かに。
先日の悪魔族やネロの件は、何か巨大な陰謀が動き始めているような気配を感じた。
ベルトナさん達冒険者ギルドも、その事を重々理解しているのだろう。
だから、戦力になる人材は一人でも多く確保したいのだ。
「ところで、マコ様。道中イクサ様から聞いたのですが、旅行を計画されているとか」
「あ、うん、ちょっとバカンスの予定ですね」
イクサが紹介するという、海沿いのリゾート地。
忙しかった王都での日々の慰労に、みんなで行こうという話をしていたのだ。
「目的のリゾート地にも、冒険者ギルドの支部がございます。よければ挨拶に行かれてください。Sランク冒険者となれば、様々な福利厚生がご利用可能ですので」
へぇ、冒険者にも福利厚生とかがあるんだ。
どんなサービスを利用できるんだろう。
食堂やエンタメ施設の割引とかかな?
海沿いって事は、温泉とかもありそうだよね。
「向こうには魔法研究院の支部もあるからね、僕も院長として挨拶に行こうかな」
「あ、そういえばイクサって魔法研究院の創立者で院長なんだっけ。その設定、すっかり忘れちゃってたよ」
「設定って言わないで」
※ ※ ※ ※ ※
ベルトナさんも村を後にしたので、私達は本格的に旅行の計画を立てる事にした。
「とりあえず、出発は五日後くらいでいいよね。それだけあれば、僕からも色々と準備をするよう向こうに伝達できるから」
日取りは決定。
次は、参加者を募る。
当然、村人全員で行ければ楽しいだろうけど、流石にこの大人数での集団行動は難しい。
「そもそも、今回のはマコの慰安旅行なんだろ? だったら、王都の出店で頑張ってた奴等が参加するべきだろ」
「だな」
村に残っていた《ベオウルフ》達は、そう言って参加を断った。
「すまんが、俺達も今回は参加を見送らせてくれ」
「ラム、バゴズ、何かあるの?」
そして、出店スタッフとして参加していた《ベオウルフ》達も、その多くが参加を断った。
「ああ、せっかくだけど、今回の新商品の味付けとか、料理をもうちょっと研究しておきたいんだ」
「俺も、一緒に料理を勉強しておくぜ」
ラムとバゴズは、そんな感じの理由で村に残る事にしたようだ。
他の出店スタッフの《ベオウルフ》達も、野菜や果物の育成について勉強しておきたいということらしい。
みんな、勉強熱心だね。
「俺は他の地域で栽培されてる植物や作物を見てみたいからな、旅行に参加するぜ」
「おう、行ってこいウーガ。その間、畑は守っておいてやるよ」
ウーガは参加決定。
彼も、なんだかすっかり農家として目覚めちゃってる感じだ。
「わたくし達も、今回は村でお花の育成に勤しみたいと思いますわ。どうぞ、楽しんで来てくださいませ」
「お土産、待ってます!」
オルキデアさんとフレッサちゃんも、花の育成を優先したいらしい。
と、いうわけで……。
「じゃあ、参加はこの9人だね」
私、マウル、メアラ、ガライ。
イクサ、スアロさん。
レイレ、デルファイ、ウーガ。
「……と、こっちの二匹もか」
『海の近くか……何か、美味いものが食えるのか?』
『くくくっ……マコと長旅か。要らんものも多いが、まぁ良いだろう』
海産物を想像して涎を垂らすエンティアと、怪しく笑うクロちゃん。
こうして、旅行の参加メンバーが決定した。




