■エピローグ 久しぶりのアバトクス村です
ネロの王都襲撃を何とか最小限の被害に阻止した日から、数日が経過した。
あの後、気絶したネロは監視官に保護され、連れていかれてしまった。
おそらくだけど、どこかで治療を受けているのだろう。
ただ、あれだけの重傷を負い、尚且つ現国王への明らかな叛逆行為も見て取れた以上、今後表舞台に出て来る事はまず無いだろう。
ネロの持っていた裏社会に関する権力は、全てイクサへと譲渡された。
そのネットワークを早速使い、ネロにボコボコにされたブラドとその仲間達は、過去の色々な罪を明るみにされめでたく投獄されたらしい。
まぁ、ネロに命を奪われるよりは、まだ温情の有る処置ではなかったかとは思う。
「いやぁ、毎日忙しいね。嬉しい事だけど」
私達の経営するアバトクス村名産直営店は、今日も元気に営業中である。
営業時間を定め、極端な宣伝や新商品の展開も減らしたため、流石にオープン当初ほどの賑わいは収まって来たけど、それでも未だにこの界隈では一番の繁盛店であるらしい。
店頭に立ち、お客さんで賑わう店内を見渡しながら、私はそう呟いた。
「おはようございます、マコ殿」
そこに、ウィーブルー当主が現れた。
「おはようございます、ウィーブルー当主。すいません、先日は大騒動になっちゃいまして」
「いえいえ、マコ殿の責任ではありませんよ。驚きました。まさか、私の知らない間にあのような事になっていたとは」
さて、と、当主はそこで仕切り直すように言って。
「マコ殿、先日お伺いした際にお話させていただこうと思っていた事なのですが、どうやら今回の出店計画は成功と呼んで差し支えない程の状況となっております。そこで、今後の事に付いてお話をすべきかと思いましてね」
「うん、そうですよね」
流石に、これからもずっと王都の宿で暮らして店舗を経営していく――というわけにはいかない。
この土地も当主から譲られた土地だし、彼の色々な力添えが無ければそもそもお店を作る事も出来なかった。
アバトクス村からの商品の流通とか、どれだけの人員でお店を回すとか、きちんとしておかないといけない事は山ほどある。
今日まで色んなイベントがあり過ぎて考えられなかったけど、やっとその部分に触れられる時が来たようだ。
「実はですね、マコ殿。最近では、王都の市民の間でも、このお店で働きたいという希望者が多く現れているのです」
「え? そうなんですか?」
その当主の言葉に、私のみならず《ベオウルフ》のみんなも反応する。
今までだったら、当然信じられない言葉だっただろう。
「俺達、獣人と一緒に働くってことになるんだぞ?」
「いやいや、流石にそれは……」
「わかっていますよ。獣人だとか、種族に関係無く、皆さんと一緒に働きたいという方がいるんです」
当主の言葉に、《ベオウルフ》達はポカンとしている。
きっと、そんな日が来るなんて思ってもいなかったのだろう。
「そこでですが、マコ殿。この店舗の経営を、我がウィーブルー家で改めて手助けさせていただいてもよろしいでしょうか。お店の営業は勿論、そのために必要な雑務作業やコスト管理、人員の充足と教育等をサポートさせていただければ、マコ殿の負担も軽減できると思うのです」
「おう、そりゃいい考えだな」
「マコは働きすぎだぜ」
皆が口々にそう言ってくれる。
うう……優しいなぁ、みんな。
現代だったら絶対に言われないよ、『働きすぎ』なんて。
「無論、今後も商品の生産、出荷や、経営に伴いご意見を頂く事も多くあるでしょう。その際の利益や料金は、当然お支払いさせていただきます」
「うん、ありがとう、当主」
つまり、これからのこのお店の経営に関する細かい事はウィーブルー家に一任し、私達は村に帰れるという事だ。
と言っても、王都に残って働きたいという《ベオウルフ》もいるだろうから、その人達には王都で暮らすための衣食住も用意する形となる。
何はともあれ。
「そっか、久しぶりにアバトクス村に帰れるのか……」
「本当に久しぶりだね」
「王都に来なかったみんなも、元気にしてるかな」
そこで、マウルとメアラが私達の会話に参加してきた。
「帰ったら何しようか。また、ピクニックに行く?」
「いいね、しばらくしたら、また別の遠い所に行くのも楽しいかも。旅行とかね」
「旅行かぁ……俺達、アバトクス村からほとんど出たことないから、市場都市か今回の王都くらいしか、知らないや」
マウルとメアラが、「うーん」と首を傾げる。
そこで。
「いいね、それならリゾートに行くのなんてどうだい」
「あ、イクサ」
イクサとスアロさんが現れた。
「イクサ、もう事後処理の方は良いの?」
「ああ、ほとんど終わったようなもの――」
「いえ、まだ終わっておりませんが」
サラッと言って流そうとしたイクサを、スアロさんが瞬時に訂正する。
「この国の海沿いに良いリゾート地があってね、貴族や金持ちの別荘地にされてるんだ。そこで過ごしてみるのもいいんじゃないかな。なんだったら、僕がご招待するよ」
「イクサ王子、貴方は諸々の雑務から逃げたいだけなのでは?」
無視して話を進めるイクサの肩を、スアロさんが掴む。
「いいじゃないか! マコが休みをもらえるなら僕だって欲しい!」
「貴方の場合はそう簡単には休めません。影響を及ぼす規模が違うのです。ただでさえ貴族ブラックレオ家の件等、早急に処理の必要な案件が多いのですから」
「………」
私は、店の外、テーブル席の一つに腰掛けているガライとメイプルちゃんを見る。
メイプルちゃんの持っていたフクロウの木彫りの人形は、やはり二人が出会った時、ガライがお守りに渡したものだったようだ。
メイプルちゃんはガライに教えてもらいながら、動物の木彫りの作り方を学んでいる。
互いに微笑み合いながら、何の気兼ねも無く。
「………良かったね、ガライ」
ガライの持つ王都での蟠りも、解消できたようだ。
「なんで僕は休めないんだい! ずるいずるい!」
一方、イクサはスアロさんに厳しくされ過ぎて幼児退行を起こしている。
こらこら、スアロさんを困らせちゃダメだよ、イクサ君。
しかし、連休かぁ。
ホームセンター時代は、基本的にゴールデンウィーク、お盆、年末年始は商戦期間なので休み禁止。
夏休み、冬休みなんて皆無。
有休を入れての最大連休は三日までと決められてたからね。
長期で休んで旅行なんて経験、一体どれくらいぶりだろう。
「うん、じゃあ、一回アバトクス村に帰って考えようかな」
※ ※ ※ ※ ※
そして、王都で諸々の雑務や手続き、引継ぎ等を終えて、数日後。
「着いたー!」
私達は久しぶりに、アバトクス村へと帰って来た。
王都を去る際に、お世話になった冒険者の人達や近隣の方々からは名残を惜しまれたけど、別にもう二度と行かないというわけではないのだ。
しばらくしたら、また顔を出すと言っておいた。
ちなみに、ベルトナさんからは「サインを頂けないのであれば、村の方にもお邪魔させていただきます」と脅されたので、冒険者ランク昇格の書類には泣く泣くサインをしてきた。
まぁ、別に義務等が増えるわけじゃなく、冒険者としてのメリットが増えるだけと言われたので、気にしないようにしよう。
……そういえば、あの書類の昇格ランクってAだったよね?
なんか、ベルトナさんがその部分を隠してたような……。
私も、ずっとAランクAランクって言われ続けて来たからそうだと思い込んでサインしちゃったけど……。
……ま、まぁ、気にしない気にしない。
それは置いといて、今回のクロちゃん達やネロ王子の件と、悪魔族出現の件が関連しているのではないかという仮説は、冒険者ギルドやイクサにも話しておいた。
今後は、その点も警戒しないといけないだろうし。
そういえば、結局、私を探しているという聖教会とか《聖女》とかの件は有耶無耶になっちゃったな。
まぁ、何も無いなら無いに越した事はないけど。
「おう! マコ、それにお前等も! 帰って来たのか!」
王都の店の経営は、ウィーブルー当主が募集した民間の希望者と、希望して残った数名の《ベオウルフ》達に任せ、それ以外のメンバーは村に帰還を果たした。
「まぁ! お花が綺麗なまま! 皆さん、大切にお世話をしてくれていたのですね! 嬉しいですわ!」
「ありがとうございますです!」
オルキデアさんとフレッサちゃんが、色鮮やかに村中に咲き乱れる花を見て、嬉しそうに声を上げる。
『姉御、お帰り、コラー!』
『おかえり、こりゃー!』
こっちに残っていたイノシシ君達やウリ坊達も出迎えてくれた。
うーん、懐かしい。
賑やかな都会も楽しくて良いけど、こういう長閑な田舎もイイネ!
「さてと、マウル、メアラ、とりあえずしばらく空けてたから、家の掃除から始めようか――」
「マコ! 追い付いたわよ!」
そこで、いきなり背後から大声が。
振り返ると、大きな馬車と――その馬車の前に腕組みをし、仁王立ちするレイレの姿があった。
「え、レイレ? なんで、ここに……」
「勝手に王都を去るなんて、そんなことあたしが許さないわよ! だって、あたしはあなたに師事したんだから、どこに行くにも弟子は師匠と一緒でしょ!」
ビシッと、私に向けて指をさし、彼女は言う。
「あたしも今日から、この村に住むから!」
「……ええ!?」
いやいや、お嬢様。
決断力は素晴らしいけど、大丈夫なの?
「ハンっ! どけどけ、三下が! この俺様にもよく見せろ!」
そこで更に、馬車から降りて来たのはデルファイだった。
「ほほう、ここが俺様が暮らす村か! なんとも質素で地味な村だな! これは芸術的に芸術活動のし甲斐がある! 俺様の芸術で村興ししてやろう!」
「え、なんでデルファイまで……」
「そうなのよ! 聞いて、マコ! この無礼者、勝手にあたしの馬車に乗り込んできたのよ! 何度も叩き出してやろうとしたのにしつこくて!」
「マコが行くところに俺様が行くのは当然の道理だろうが小娘! お前こそここまで俺様を案内し、ご苦労だった! もう帰っていいぞ!」
「ハァっ!? あんたが帰りなさいよ、クソ芸術家!」
途端に喧嘩を始める、レイレとデルファイ。
うわぁ、騒がしくなっちゃうぞこれは。
『ふん……見るに堪えんな、少しは礼節というものを弁えられないのか、この人間どもは』
『おい、貴様! モズク! なんで当たり前のようにここにいるんだ!』
気付いたらクロちゃんもいた。
エンティアが噛み付く。
あーもー、あっちでも喧嘩こっちでも喧嘩……。
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称号、《DIYマスター》に基づき……
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……え?
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……スキル《錬金Lv,2》が《錬金Lv,3》に成長しました。
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………。
いや、このタイミングで!?
もう、色んな事が起こりまくってリアクションが追い付かない!
とにもかくにも、言い争うデルファイとレイレ、取っ組み合って巨大な白黒の毛玉と化しているエンティアとクロちゃんを宥める。
幸なのか不幸なのか、アバトクス村に一層騒がしい住民が増える事となってしまった。




