■31 王族達の事情です
地面へと墜落したネロ。
その衝撃に、地響きが起こる。
「油断するな!」
「構えろ! 起き上がるかもしれないぞ!」
冒険者達は武器を構え、その矛先を横たわったネロへと向ける。
しかし、ネロはピクリとも動かない。
当然だろう。
デルファイの爆炎に巻き込まれ、クロちゃん達の電撃に体の芯まで貫かれ、ガライの鉄拳で魔石を破壊されたのだ。
既に、決着はついている。
エンティアの背中から降りて、私は動かないネロの下へと向かう。
すぐ近くに、イクサが立っていた。
「お疲れ、マコ」
「うん、終わったよ」
私は振り返り、改めて皆に向けて声を上げる。
「みんな、ありがとう! みんなのおかげで、王都を守る事が出来たよ!」
その声に応えるように、皆が歓声を上げた。
「すげぇ! ドラゴンを倒したぞ!」
「死者も負傷者もいない! 被害もほとんど無しだ!」
「あの人が指揮してたんだろ! やっぱり、噂は本当だったんだ!」
市民達が、私の方を見て口々にそう叫ぶ。
「やったぜ、流石マコだ!」
「こりゃあもう、Aランク……いや、Sランク級の働きだろ!」
冒険者達も盛り上がっている。
巻き起こる喝采の中、私はイクサと顔を合わせ、静かに微笑み合った。
瞬間、だった。
『……終わ、リ、ジャ、ない』
聞こえた呻き声に、私は即座に振り返る。
同時、ネロが、そのボロボロの巨体を起き上がらせていた。
「まだ動けるなんて……」
いや、その体は魔石を破壊され、徐々にではあるけど縮み始めている。
体の節々に鉄杭が刺さり、黒い煙を上げ、胸元が拉げている――大ダメージを負っているにも拘らず、ネロは身を起こし。
『……殺ス、せめて、奴ダケでも……』
付け根が千切れかけている両翼を、大きく羽搏かせた。
一瞬の出来事だった。
冒険者達も、私の仲間も、瞬時には反応できなかった。
本当の本当に最後の力を振り絞る様に、上空へと一直線に飛翔するネロ。
「待っ――」
私は、彼の体から伸びる〝鎖〟の一本を握っていた。
決着も付いた事だし、〝鉄杭〟ごと《錬金Lv,2》の力を使って消失させようと思っていたからだ。
結果、上昇するネロの体に引っ張られ、私も空へと飛び上がる。
「マコ!」
寸前で、イクサも〝鎖〟を掴んでいた。
結果、私達二人は、瞬く間にネロと一緒に王都の上空まで飛翔する形となった。
「もう止せ、ネロ! 体は限界のはずだぞ!」
王都の街並み――全景を見下ろせるほどの高度にまで達した中で、イクサが叫ぶ。
「〝金属杭〟と〝鎖〟はすぐに消せる! 魔石を失って体が元に戻り始めてるんだよ!? 早く下りて!」
私も叫ぶが、きっとネロの耳には届いていない。
今彼が見据えているのは、王城。
王都の中心、一番高い場所に傲然と構える、王の城だ。
『死ンでも、イイ、お前、ダケは』
ネロの体が大きくのけぞる。
近くにいるとわかるが、彼の体内で巨大な熱量が生み出されていくのが肌でわかる。
本当に全力を賭して、王城を攻撃するつもりだ。
『ブチ、こわスッ!』
ネロの喉から、怨嗟の雄叫びと共に炎の柱が吐き出された。
先刻、彼が変貌したばかりの時に、地上に向かって吐いた熱波の数倍の威力。
きっと、ガライでも打ち消すのに相当な力を使うであろう――本当に渾身の炎が真っ直ぐ、王城に向かって放たれる。
『消エサれェぇッ』
――その炎が、王城に達する寸前に何かに弾かれて空中で霧散した。
『………ァ?』
私も一瞬、目を疑った。
消えた? 弾かれた? 打ち消された?
巨大な炎の柱が、まるで霧の様に掻き消えた――。
「やはり、居たか」
そこで、足元……私同様、〝鎖〟に掴まっていたイクサが、小さく呟いた。
「……レードラーク」
「今何が起こったのか、わかるの? イクサ」
「ああ。防がれたんだ、強大な魔法の力で」
イクサは言う。
「第二王子、レードラーク・ディアブロス・グロウガ……現役のSランク冒険者にして、国内最強の魔法使い。王城にいたようだ」
まずいな……と、イクサは呟く。
「まずい、って?」
「次は攻撃が来る」
そのイクサの発言を証明するかのように、変化は即座に起きた。
最後の力を振り絞った攻撃が抹消され、空中で茫然としているネロ。
その、頭上。
『な……』
一瞬、太陽が二つに増えたのかと思った。
それほど巨大な光体が、王都の空に発生していた。
先程、ネロの吐き出した炎よりも、何十倍も、何百倍も巨大な――熱の塊。
「レードラークは、火と水の属性を極めた魔法使い! マコ、逃げるぞ! ここにいたんじゃ、僕達まで蒸発させられる!」
「逃げるって言っても――」
喋っている間に、魔法によって生み出された灼熱の球体が、私達の頭上へと落ちて来た。
『ギャ――』
まずはネロが呑み込まれる。
断末魔の叫びさえ発する間も無く、彼の全身が光の中で焼き払われた。
あんなものを食らったら、ひとたまりもない。
私とイクサはすかさず、〝鎖〟から手を離すが――熱球の襲来は私達の落下よりも早い。
肌が焙られる、間に合わない――。
「……こうなったら――」
その瞬間、私の頭の中で一つのアイデアが浮かんだ。
でも、いけるだろうか、耐えられるだろうか――。
いや、迷っていても仕方が無い。
「イクサ!」
私は空中で、イクサの手を取る。
同時に、全身から魔力を発揮し、《錬金》を発動。
〝ある物〟を生み出すように、全力でイメージする。
「マコ!」
やがて、私とイクサの体も、灼熱の塊の中へと呑み込まれた――。
※ ※ ※ ※ ※
「な、なんだありゃあ!」
地上では、皆が騒然としている。
起き上がったネロが空へと飛び上がり、王城を攻撃。
しかし、ネロの放った炎のブレスは一瞬で掻き消され、次の瞬間、王都の空に巨大な炎の球体が生まれた。
その炎に、ネロの体が呑み込まれた。
「マコ!」
「ガライ! マコとイクサが!」
「……ッ」
地上では、マウルとメアラが悲痛な声を上げ、ガライが表情を歪めて空を睨んでいた。
刹那。
「おい! 何か落ちて来るぞ!」
冒険者の一人が叫ぶ。
その声に反応し、皆が瞬時に逃げる。
彼等のいた場所に、巨大な何かが墜落した。
「な……」
「なんだこりゃ……」
「船、か?」
それは、一見、巨大な金属の塊に見えただろう。
楕円形の形状をしたそれは、高熱を保ったまま地上へと落下し、地面を焼き溶かしながら鎮座している。
その塊の端――扉部分が、バカンと音を立てて開く。
「マコ!」
中から現れた私とイクサの姿に、その場にいた全員が驚嘆の声を上げた。
「生きてたのか!」
「うん、あの熱球に飲み込まれる寸前に、これを錬成して中に避難したんだ」
「こりゃあ、一体……」
「〝防災シェルター〟だよ」
私は背後……まだ熱を保っているので触れないが、巨大な金属の塊を指差して言う。
人間数人を乗せる事ができ、台風や津波の際には船のように水上に浮かぶこともできる、災害時のシェルターである。
普通にホームセンターで取り扱ってる商品なんだよね、これ。
お値段も物凄いけど。
多分、MPも相当消費したんじゃないかな、コレ。
「マコ……良かった、助かって」
マウルが安堵の涙を流しながら駆け寄って来た。
メアラも泣きそうな顔をしている。
ごめんごめん、心配かけたね。
「イクサ、ネロは……」
「………」
イクサは、空を見上げる。
灼熱の球体も、もうそこには無い。
そして、アレに飲み込まれたネロは、おそらくもう……。
「いえ、ネロ王子は生きています」
そこで、だった。
私達の目の前に現れたのは、あの老年の監視官だった。
彼の腕の中に、既に元の人間の姿に戻ったネロが抱きかかえられている。
「ドラゴン化した巨体のおかげで、運良くダメージを減らす事ができたようです。なんとか一命は取り留めています。力尽きて落下してくるところを、わたくしが受け止めました」
この人、一体何者なのだろう……。
まぁ、只者じゃないのはわかっていたけど。
それは置いといて、私とイクサはネロを見る。
生きてはいるが、その全身は焼け爛れ、お世辞にも無事とは言い難い姿だ。
「ネロ……」
「……ずっ……と」
イクサが彼の名を呼ぶと、ネロは掠れた声を発した。
「ずっと……気持ちが悪かった……生まれてからずっと……違和感しかなかった」
虚ろな目で、空を見上げながら、彼は囁く。
「……乳母も……召使も……同じ王の子達も……王族だろうが貴族だろうが……平民だろうが……全て同じにしか見えなかった」
「………」
「なにをされても……どんなにしてもらっても……愛せなかった……愛おしいと思えなかった……ただ利用して、役立ててやってるとしか思えなかった……」
譫言のように、ネロは言う。
「だって……ボクは……本当は竜なんだ……人間なんかとは違う……人間の体に……竜の心……体と心がちぐはぐだった……ずっと気持ちが悪かったんだ……」
心と体が一致しない。
その違和感が、彼を今日まで苛立たせ、腹立たせ、そしてその内で破壊願望を募らせてきたのかもしれない。
「……なんで、こんな体に生まれたんだろう……なんで、こんな体に産んだんだろう……壊したい……殺したい……こんな体にした奴を……僕をこの世に生み出した奴を……」
イクサ――。
と、そこでネロは、イクサを見て名を呼んだ。
「ボクは……ずっとお前が気に入らなかった……なんでお前は、そんな平気な顔をしていられるんだ? ……〝ボクと同じ〟はずなのに――」
「……?」
私は、イクサを見る。
イクサは、その言葉を最後に気絶したネロを、ただ黙って見据えていた。
※ ※ ※ ※ ※
「………」
そこは、王城の頂上。
王都を、その外の地平線まで見下ろす事の出来る場所に、二人の人物がいた。
「……ネロか」
一人は、玉座に座ってそう問い掛ける。
もう一人は、その人物の質問に静かに頷くと、再び外へと視線を戻した。
「……何か、気になるものでも見付けたのか?」
「………」
「……ああ」
玉座の人物は言う。
「ネロの足元に、イクサがいたな」
「………」
「気になるのは、もう一人の女の方か。確かに、アレは何かの手段を用い、お前の魔法から生還したようだ」
「………」
「珍しいな。お前が、そこまで他人に興味を抱くのは」
玉座の人物の言葉に、もう一人は何も返さない。
ただジッと、王都の空を見詰め続けていた。




