■30 邪竜との戦いです
「マコ様!」
「オルキデアさんはお客さん達を避難させて」
目前に滞空する、身の丈数メートルはあるだろうドラゴンの姿を見上げながら、私は駆け寄って来たオルキデアさんに言う。
「ここは都市だから、多分オルキデアさんのパワーも発揮できないと思う。でも、念のため《液肥》は渡しておくね」
「承知いたしましたわ!」
「おじさん!」
振り返ると、メイプルちゃんとその両親が、心配そうにこちらを見ている。
「マコ! 大丈夫なの!?」
レイレも、《ベオウルフ》のみんなと一緒にお客さん達を誘導しながらも、不安そうな顔で私を見てくる。
この未曽有の事態に、パニックを起こさない方が珍しいだろう。
「大丈夫だよ、レイレ」
そんな彼女に、傍にいたマウルとメアラが言った。
「マコはいつだって、僕達を助けてくれるんだから」
「ガライも一緒なら、どんな敵だって倒せるんだ」
「そ、そうは言っても……」
そこで、気付く。
私達の店のお客さんのみならず、周囲にいた王都の市民の方々も、この事態に集まって来ていた。
皆が、街中にいきなり出現したドラゴンの姿に、ざわめいている。
「な、なんなんだ、あのドラゴンは……」
「どこからやって来たんだ! いきなり現れたぞ!」
「冒険者ギルドに騎士団は!? 早くどうにかしてくれ!」
騒ぐ民衆。
その中、一部の人達が、ドラゴンと相対する私達の存在に気付く。
「おい、あれ……あの人って確か」
「あの、《ベオウルフ》達の村の特産品を扱ってるっていう店の店長の……」
「黒い狼の群れの事件を解決したっていう、あの人か!」
「いや、確か悪魔族を瞬殺した冒険者なんだろ!?」
「じゃ、じゃあ安心していいのか!?」
「悪魔族を倒したって話が本当なら、大丈夫なはずだ!」
「悪魔討伐の上にドラゴン討伐……もしそんな事が出来たら、Sランク冒険者……いや、歴史上に数人しかいないSSランク冒険者に匹敵するぞ!」
「が、頑張ってくれ! あのドラゴンを追い払ってくれ!」
なんだか、私に関する色んな噂が出回っちゃってるみたいだね……。
群衆の間にどよめきが広がり、そして瞬時に、期待と羨望の籠った視線と声が、私達に向けられ始めた。
「さて……」
王都市民の声援を浴びながらも、私は冷静に現状の対処に思考を始める。
「イクサ、どういう事かわかる?」
「まったく、想定外だよ」
傍に立つイクサが、私と同じように頭上を見上げながら呟く。
「ネロは、生まれた時から異質な存在であると王族の間でも話の種だったが……まさか、ドラゴンだったとはね」
『正しくは、ドラゴンの亜人だ』
ネロが、その真紅の眼光で私達を見下ろしながら、牙の生え揃った口を動かし、人間の言葉を喋る。
声音のトーンは、先程までの少年のものと変わらない。
「国王が、ドラゴンとの間に作った子供……か。自身の継承者としてあらゆる可能性を試しているとは言え、そこまでヤバい事をやってたのか、あの男は……」
額に手を当てながら、イクサは嘆息を漏らす。
まぁ、どうやって子作りをしたのかとかあまり想像したくはないけど……呆れたくなる気持ちはわかる。
「……それはそうと、どうしてドラゴンの亜人であるネロが、こうしてドラゴンの姿に変貌できたのか……」
「あの魔石の力、って彼は言ってたね」
ドラゴン――ネロの胸部に、肥大して輝く邪悪な色合いの石が見える。
まるで表皮の上に生えた心臓のように、それは脈打っているようだ。
「多分だけどね、イクサ。ネロは今、前のクロちゃんみたいな状態なんだと思うんだ」
『ん? 俺?』
私の発言にクロちゃんが反応する。
「何かの声に誑かされたって言ってたでしょ? おそらく、あの魔石も、その声の主にでももらったんじゃ」
そして、彼が本来持っていた破壊願望に火をつけた。
彼の願いを叶えさせられるアイテムを渡し、王都を破壊させようとしている。
「多分、説得とかは無理だと思う」
「……だろうね」
ネロは止まらない。
後は、本当に壊し尽くすのみ。
「だから、戦おう。みんなで力を合わせて、ネロを倒そう」
私は、周囲に立つ皆に向けてそう言い放つ。
「申し訳ありません……わたくしに力が残っていれば、ネロ王子の能力を鑑定し、有利な戦法を考案できたかもしれないのに……」
いつの間にか居たモグロさんが、そう悔しそうに呟く。
「ううん、多分、弱点はあれで良いと思うよ」
私は、ネロの胸の肥大した魔石を指差す。
断言はできないけど、あれを破壊できれば……。
「来るぞ!」
その時、スアロさんが叫んだ。
ネロが大きく首を後ろへ曲げた。
もう一度、炎を吐こうとしている。
『させるか!』
動いたのはクロちゃんだった。
地面を蹴って跳躍――同時に体に帯電していた稲妻を、ネロに向かって撃ち込む。
『……チッ』
雷撃が命中し、ネロが攻撃の動作を中断する。
当たった部位が黒く焦げ、煙が上がっているが、そこまで大ダメージではない。
刹那、振り抜かれた巨大な尾の一閃が、クロちゃんの体に叩き込まれた。
『ぐあッ!』
「クロちゃん!」
吹っ飛ばされた黒い獣の体が、近くの建物の外壁に衝突する。
『……まったく』
しかし直前、敏速に反応していたエンティアが、その体を受け止めて衝突の衝撃を和らげていた。
『調子に乗るからだ、バカめ!』
『……黙れ、白毛玉……』
二匹とも大丈夫なようだ。
私は胸を撫で下ろす。
「ガライ」
そしてすぐに、ガライを振り返った。
「前に、ガライが邪竜を倒したっていう話……」
「ああ」
ガライも、一瞬で理解してくれたようだ。
「今から、その時と同じ方法で動く。皆、俺の指示を聞いてくれ」
ガライが端的に内容を述べると、各々が理解し、動き始める。
私はすぐにエンティアとクロちゃんの方へと向かう。
「エンティア、私と一緒に来て」
『わかったぞ、姉御』
「でね、クロちゃん」
『なんだ? マコ』
私はクロちゃんにだけ、あるお願いをする。
「クロちゃんが、今回の戦いのキーマンになるから」
『……ククク、悪くない響きだ』
『笑ってないでとっとと行け、黒まんじゅう』
※ ※ ※ ※ ※
――まずは、竜の機動力を奪う。
それが、ガライの指示した最優先行動だった。
空高く飛ばれてしまえば、手出しが難しくなる。
実に単純だが、その機能さえ封じてしまえば一気に戦局は有利になる。
目的に向かって、皆がバラバラに動き出した。
『うおおおおおおおおおおお!』
私を乗せたエンティアが、ネロの真正面に跳び上がる。
目前に特攻してくるエンティアに、ネロは鬱陶しそうに、丸太のような腕を振るおうとする――。
『食らえ! 神狼の後光!』
瞬間、エンティアの体から眩い光が放たれた。
彼の魔法だ。
ネーミングは、ちょっと考えた方が良いかもしれないけど。
『ッ!』
突如の光に、ネロは思わず両目を瞑る。
大きな隙を作る事が出来た。
「ふっ!」
その隙を突き、ネロの背後にスアロさんが回り込んでいた。
機動力を奪う――ならば、狙うのは翼。
片翼の根元付近を狙い、腰に佩いた刀を抜刀。
かつて私が生み出した魔道具の日本刀だ。
その刃に魔力を込める事により、斬撃が発射される。
斬撃は翼の根元に食い込み、傷を負わせる――が、切断にまでは達しなかった。
『うるさいコバエどもだ』
ぐるり、と、ネロの頭がスアロさんの方に向けられる。
瞬間、そのネロの頭部――目に向かって、私は生成した《塗料》を投げ付けた。
『……チッ』
目晦まし程度だったが、一瞬隙を作る事に成功。
その間に、スアロさんはネロの攻撃の射程から離脱する。
一方私は、エンティアに指示を出し、ネロの体に近付くように跳躍を促す。
手中に錬成するのは、先端が鋭く尖り、反対の柄の先端には丸い輪っかの作られた金属製の杭――〝金属杭〟だ。
魔力を込めて、私は生み出したそれをネロの体に向かって投擲する。
突き刺さる〝金属杭〟……しかし、鱗を突き破ってはいるが、そのダメージはおそらく針で刺された程度なのだろう。
でも、大丈夫だ……これ自体は、次への布石だ。
「おりゃあ!」
私は次々に杭を生み出し、それをネロの体中に放ち続ける。
『鬱陶しい……無意味なんだよ――』
イラつく様に体をうねらせるネロ。
「ハァっ!」
その背中に、《加速》したウルシマさんが着地した。
着地と同時に、その大剣をネロの翼の根元に向かって振るう。
『ッッ!』
先程のスアロさんの一撃に加え、突き立てられた追撃の痛みに、ネロも流石に反応した。
『この――』
「準備万端です!」
私達の攻撃の連鎖は、まだ止まらない。
ネロも、そこで初めて気付いたのだろう。
スキル《忍足》を使ったアカシ君が、既に気配を消してネロの体に降り立っていたのだ。
そして〝準備〟を終えた彼は、合図するように手を上げると、ネロの背中から飛び降りる。
「はっはぁ! 食らえ、邪竜!」
地上では、その手に〝爆弾〟を作成したデルファイがいた。
「この俺様の、芸術的爆撃を!」
叫び、デルファイが手にしたガラスの風船をネロに向かって投擲する。
確かに、彼の爆弾は強力な爆発を起こすが、今やネロは巨体だ。
大したダメージは与えられない――と、思われるだろう。
――着弾した瞬間、ネロの体の端々から次々に爆発が起こり、彼の体を覆い尽した。
『ゴ、ァアアッ!』
アカシ君が、事前にデルファイの作っていた爆弾を、秘かに体中へ設置していたのだ。
それが、連鎖して、巨大な爆発となった。
爆炎と爆圧を叩き付けられたネロの巨躯が、空から落ちて来る。
「やったか!?」
それを見て、ウルシマさんが叫ぶ。
だからそれ、フラグ!
『……それが、どうしたッ!』
悪い意味で予想が当たり、負傷した体を躍動させ、ネロは大きく羽搏くと、再び上空へと舞い上がる。
『その程度のカスみたいな攻撃で、このボクが――』
が、そこでネロは気付く。
自身の体が、それ以上、上へと上がらない事に。
翼をはためかせているのに、上昇しない事に。
まるで、何かに〝引っ張られて〟いるかのように――。
――私の仕込みが、効果を発揮した結果だ。
『なッ!?』
困惑するネロは、地上を見下ろし理解した。
「おおおおおおおお!」
「お前等、気合入れろよッ!」
そこに居るのは、大量の冒険者達だ。
この騒動を聞きつけ、冒険者ギルドに所属する彼等が、この場所にまで駆け付けてくれたのだ。
『冒険者どもを呼んで来たぞ、コラー!』
『俺達もやるぞ、コラー!』
いや、正確には、王都に残ってくれていたイノシシ君達の背中に乗って、ベルトナさんにギルドに向かってもらったのだ。
その呼びかけに応じて、彼等も我先にと来てくれたようだ。
そして、そんな彼等が、その手に長く伸びた〝鎖〟を掴んで引っ張っている。
〝鎖〟は空へと続いており、私が事前にネロに撃ち込んでいた〝金属杭〟に接続されている。
これが、私が秘かに行っていた仕込みだ。
「あの新入りが必死に戦ってんだ! 俺達がやらねぇでどうする!」
「新入りっつっても、俺達よりもランクは上だけどな! 確かAランクに昇格するんだろ!?」
「うるせぇ!」
冒険者ギルドで初日に出会った、屈強な男達――ブーマと仲間達も、〝鎖〟を持って引っ張ってくれている。
いや、まだ決まってないよ、Aランク昇格。
「魔力だ! 魔力のある奴は、この鎖に魔力を注ぎ込め!」
「この〝鎖〟は、あのマコが生み出した魔道具だ! 魔力を注げば効果があるはずだ!」
まるでクジラ漁のようだ。
屈強な男達の力と、魔力を持つ人達が注ぐ力により、鎖は強固な拘束具となって、ネロの体を地上に引きずり降ろそうとする。
『こりゃー!』
『こりゃこりゃー!』
よく見ると、ウリ坊達も鎖を咥えて引っ張ってくれていた。
あぶないよ!
『ご、あ、ああがあああああああ!』
苦悶の雄叫びを、ネロが上げる。
『こ、のッ! クソ共がぁぁああああああああ!』
ネロは咆哮を発し、自由を奪われつつある体を大きく回転させた。
自身を地上に縛り付けようとする〝鎖〟を、その全身で巻き取る様に。
「うおおおお!」
「ああっ!」
その決死の行動による衝撃に、冒険者達の体も弾かれ、次々に鎖が解き放たれる。
全身に〝鎖〟を巻き付けたまま、ネロは再び、今度こそ上空へと返り咲こうとする。
『クソどもが! 地上を這い回る虫どもがぁ! まとめて消し炭にしてやる!』
「今だよ、クロちゃん」
既に、次の準備は整っていた。
『承知した、マコ……行くぞ! お前ら!』
『『『『『了解、ボス!』』』』』
ネロを取り囲うように、その場に、何匹もの黒い狼達が集結していた。
私達が戦闘をしている間に、クロちゃんには走ってもらい、牧場地帯から仲間の《黒狼》達を呼んで来てもらっていたのだ。
『なッ――』
『全員、マコから力は授かったな!』
『『『『『おう!』』』』』
冒険者の皆が、ネロの上昇を押さえてくれている間に、集まった《黒狼》達に私はスキル《テイム》の力を使って触れていた。
彼等だって《黒狼》の一端――奥底には、魔力が眠っている。
エンティアにしてあげた時と同じ要領で、私がその魔力の起こし方を教えてあげたのだ。
そもそも、強くしてあげるっていう約束もあったしね。
そして今、《黒狼》達はネロを包囲した。
全身に、鱗を突き破って皮膚の下にまで達した〝金属杭〟、そして、それに繋がる何本もの金属の〝鎖〟を巻き付けたネロに――。
『滅せよ!』
『『『『『オオオオオ!』』』』』
《黒狼》達の電撃が、一気に炸裂した。
『ギィイあああああああああああああッ!』
最早、落雷どころの騒ぎではない量の光と熱の爆発だった。
厳密に何アンペアーで何ボルトで、何ワットなのかはわからないけど、恐ろしい量の電力がネロの全身を貫いた。
体の節々から黒い煙を上げ、白目を剥き、ネロが空中で停止。
そしてゆっくりと、地面に落下――。
『終わ、れるか』
しかし、その口からは、まだ声が聞こえる。
まだ、意識を保っている。
その現実に、その場にいる全員が驚愕する。
『まだ、何も、はじまっていない、ボクは――』
「十割使えば、どてっ腹を吹き飛ばせるが……」
そんな中、誰よりも先に動けていたのは――やはり、経験者だからだろう。
ガライだった。
「今日は、残りの七割だけだ」
空中、降下途中のネロの下にまで跳躍し。
「生きるか死ぬか、運に賭けな」
その胸――ガラ空きになった胸に埋まる、脈打つ魔石に向かって。
『ッ! やめ――』
全力の拳を、叩き込んだ。
恐ろしい音を立て、それこそ、内臓が破裂するような音を立て、魔石が粉々に吹き飛ぶ。
今度こそ意識を失ったネロの体が、真っ逆さまに地上へと墜落した。




