■29 第八王子です
第八王子――ネロ・バハムート・グロウガ。
イクサから、年齢は七歳と聞かされていた。
確かに、見た目は子供だけど……。
黒いロングコートを身に纏い、髪の毛は銀色。
その両眼の下には濃いクマがあり、めちゃくちゃ目付きが悪い。
本当に七歳なのだろうか?
随分と、大人びた風貌をしている。
背格好や雰囲気は……とても七歳児には見えない。
「……ふぅん」
静まり返った店内を見回し、ネロは呟いた。
つまらなそうな、乾いた声だった。
「これが……ね。イクサのお気に入りの店か」
「随分と悠長に現れたね、ネロ」
そんなネロに、イクサが言う。
「やぁ、イクサ」
イクサの存在に気付き、ネロは表情を変える事無くこちらを見た。
「この勝負、もう既に決着がついていると知っているのか?」
「知ってるよ。さっき、監視官から聞いた」
あ、それ。
と、そこでネロは、床に転がったブラドを指さす。
「ごめんね、ゴミ散らかしちゃって。外にも、いっぱい落ちてるけど」
「………」
抑揚も感情も無い、この状況に対しても何も感じていないような目、口調。
ブラドや、その仲間達を蹂躙したのは、彼なのだろうか?
私は、イクサに視線を流す。
「……わからない」
イクサは、私の疑問を読み取ったのか、そう呟いた。
「ネロ本人の戦闘力は、未知数……不明だ」
だが――と、イクサは続ける。
「どちらにしろ、今は関係無い。ネロ、今回の勝負が既に決着したと知っているなら、今後の事を話そうか」
「今後の事って?」
「勝負は僕の代理人であるマコの勝ち。彼女は見事、たった三日でこの店を王都一の繁盛店に発展させた」
私を指して、イクサは言う。
「君の代理人であるブラドと、暗黒街で彼が稼業としている用心棒業の仲間達は、見ての通り君に粛清されてこのザマだ。ここまでは、もう終わった事。そして今からは、僕と君の話だ」
「………」
「今回の大敗で、君の王位継承権者としての序列は大幅に落ちるだろう。様々な権利を、僕がもらい受ける事になる。この国の暗部……裏社会のネットワークを、君に代わり僕が牛耳らせてもらおう。ついては――」
「ああ、別にいいよ、どうでも」
イクサの言葉に、ネロはそう答えた。
どうでもいい、と。
「勝負はお前の勝ちだ、イクサ。よかったね、おめでとう。ああ、ボクの財産? 利権? いいよ、いいよ、全部持っていきなよ。これでお前は国王候補として大躍進だ、凄いね」
「……君は、何を言っている」
正気とは思えないネロの発言に、イクサが訝る。
うん、確かに、やけくそとか捨て鉢とか、そのレベルの話じゃない。
機嫌を損ねて無茶苦茶な事を言っているだけなのかもしれないけど、彼のトーンは本気に思える。
いや、本気というか……。
本当に、全てがどうでもよさそうだ。
「……ボクが、今日ここに来たのはさぁ」
そこで、ネロが声を紡ぐ。
店内、その内装を、商品を、集まった人々の姿を、ぐるぐると見回しながら。
「よく見ておくためだ」
「……なに?」
「……あのクソ親父のいる城」
王都の頂点に鎮座する、王城を見上げ。
「その下に栄える、人間どもの蔓延る都市」
店内のお客さん達や、すぐ近くのウルシマさんやデルファイを見て。
「ずっと気に入らなかった兄弟……イクサ」
イクサを見て。
「そして、そのイクサが大切にしてるもの」
最後に、私を見て。
ネロは、言った。
「これから自分が壊すものを、よく見ておこうと思ってさ」
「ネロ、ふざけるのも大概にしておけよ。僕はそんなバカな会話に付き合うつもりは――」
瞬間。
ネロが懐に手を突っ込むと、その手に何かを握って取り出した。
それは、手の平に収まる程度の球体。
宝石? 金属?
嫌におどろおどろしい色合いの……石、だろうか?
「それは……」
「この〝魔石〟は、ボクの中に眠る〝ある力〟を増強してくれるんだ」
「あん? 魔石だと?」
そこで、ネロの言葉に反応したのは、誰であろうデルファイだった。
「その魔石ってのは、俺様がこの前探索の任務で行った、山の洞穴に眠ってるといわれていた、噂の財宝じゃないか?」
デルファイが、ベルトナさんの方を見る。
ベルトナさんも、コクリと頷く。
確か、その財宝って結局見付からなかったっていう……。
「何故お前が、それを持ってる」
「聞こえて来たんだ」
デルファイの質問を無視し、ネロは喋る。
「ある時、ボクの頭の中に直接。『お前の願いを叶える』って。『お前の壊したい全てのものを壊せ』、って。『そのための力を与える』って。そして、この魔石が届けられたんだ」
「………」
私の記憶が、そこで渦巻き想起される。
『その兵団に住処から追い出され、復讐心に身を焦がしていた時、不意に、頭の中に声が響いたのだ』
『『神狼の末裔として、仲間を導き悪しき人間を倒すのだ』と。天啓かと思った』
クロちゃんと初めて会った時に聞いた言葉。
『奴等は狡猾な種族で、知恵が働く。加えて、残忍な性格で、人間だけではなく様々な生き物を騙して弄ぶ事を楽しみとしている』
デルファイを救出に向かった時に、ウルシマさんが話していた言葉。
そうだ、思い出せ。
洞窟の財宝は無くなっていた。
いや、違う、既に何者かに奪われていた?
では、誰に?
そもそも何故あの時――あの山に、いきなり悪魔族が出現したりしたんだ?
色々な事象が不鮮明なまま繋がり、不鮮明なまま一つの線へと化していく。
そんな中、ネロは止まらない。
手にした魔石に、淡い光が纏わりつく。
あれは、彼自身の魔力なのかもしれない。
瞬間、魔石のおどろおどろしい光沢が、生命を宿したかのように蠢く。
ネロはそれを、自身の胸に向かって押し付けた。
「が、ぁあああああああ!」
雄叫びを上げるネロ。
彼の体が、音を立てて変化し始めた。
「ッ!」
最初に反応したのは、ガライだった。
彼は床を踏み抜き、一気にネロへと突進すると、変貌していくその体を掴み、そのまま店の外に飛び出した。
「ガライ!」
混乱する店内。
《ベオウルフ》のみんなや、ウィーブルー当主、レイレに皆の避難を指示し、私も店から出る。
「え!」
外に出て、私の視界に入ってきたのは、予想だにしない光景だった。
『……この財宝は、僕の中の力を増強させる』
私は、すぐさまガライの姿を発見し、近くに駆け寄る。
『ボクの中で燻っていた……中途半端な形でしか継承されなかった……ボクが本来手にするはずだった力』
私はガライと一緒に、空を見上げる。
『ずっと、ずっと気持ちが悪かった……でも今日、これでその不快なものすべてを破壊できる』
大きく開かれた翼。
漆黒の鱗に覆われた全容。
血のように真っ赤な双眸。
その姿は――。
「あれが……ネロ?」
「……ああ」
ガライは、その変化の一部始終を見ていたのだろう。
天空を飛翔する姿は、正しくドラゴン。
ネロ・バハムート・グロウガが、ドラゴンに姿を変えていた。
『ボクは、現国王が竜との間に生み出した子供……イカレてるよね、あのクソ親父は、ドラゴンとの間に自分の子を作ったんだ』
バサリと、一層大きく翼を躍動させ、ネロは更に高度を増す。
その首が、息を思いきり吸い込むように大きく動き――。
「まずい!」
ガライが叫ぶ。
私にも、ネロが直後、何をしようとしているのか理解できた。
『消え失せろ』
ネロの口が、炎の吐息を吐いた。
バカでかい炎の波が、私達を、私達の店を、いや、周囲一帯を覆いつくさんと空から迫る。
『姉御!』
『マコ!』
エンティアとクロちゃんが、私のもとに飛んでくる。
『乗れ! 逃げるぞ!』
「ダメ! 逃げられない!」
私はガライを見る。
「ガライ!」
「……三割使う」
瞬時、ガライが拳を握り、《鬼人》としての力を発動。
彼の魔力が込められた拳が、本来の膂力と相俟ったパワーを宿す。
「エンティア! ガライを乗せて跳んで!」
『~~やむをえん!』
ガライを背中に乗せ、エンティアが地を蹴る。
空中に跳躍したエンティアの背中の上で、ガライが迫る炎の波に向かって拳を振るう。
巨大な衝撃波が巻き起こり、炎が空中で四散した。
『あちちちちち!』
着地したエンティアは、体毛についた火を転がって消す。
同じく着地を果たしたガライも、すぐに空中のネロを見上げる。
「……詳細は一切不明だけど、あいつがこの街を壊そうとしているのは明らかだ」
そこでイクサが、私達のもとにやって来た。
イクサだけではなく、スアロさんやウルシマさんも。
「……聞くまでもないだろうけど、どうする? マコ」
「決まってるよ」
ネロは、あらゆる壊したいものを壊すと言っていたけど、その中には当然、私やイクサ、そして私達のお店も含まれているようだ。
「来るなら、受けて立つしかない。それに、この王都には、私達にとって大切なものがいっぱいある」
『黄鱗亭』。
冒険者ギルド。
レイレのお店。
貴族のお嬢様達や、メイプルちゃん達の家。
そういえば、随分と知り合いも増えたものだ。
「守るためには、戦うしかない」
私は、地上を見下ろすネロを睨み上げ、そう宣言した。
〝戦わなければ生き残れない!〟――なんていう、仮●ライダー龍騎のキャッチフレーズを思い出しながら。




