■27 ガライの過去です
そして、四日目の朝がやって来た。
「勝負も俺達の勝ち! 全く何の気兼ねも無く営業できるぜ!」
今日も大賑わいの店内で、《ベオウルフ》のみんなが意気揚々とお客さんの相手をしている。
開店から数日が経ち、この客数にも少し慣れてきた感がある。
「しかし、ブラド達は昨日何もしてこなかったね」
店内。
私はイクサと、今回の王位継承者同士の決闘に関して、会話を交えていた。
「うん。最後の悪足掻きにしろ、何かやって来ると思ってたんだけど……」
「その前夜の襲撃に失敗して、人員的に痛手を負ったのかな」
もしくは、今頃、ネロの粛清を恐れてこの王都から逃げ出していたりして――と、イクサは笑う。
確かに、その可能性もゼロとは言えない。
けど、何だろう……。
何かが引っ掛かる……。
「ごきげんよう、店長さん!」
そこで、優雅な雰囲気を漂わせて、今日も貴族のお嬢様達がやって来た。
ここ数日、すっかり彼女達の憩いの場と化してしまっているようだ。
「今日も、あの愛らしい子達は元気に働いているかしら?」
「これ、あの子達に似合うと思って用意したお洋服なの。是非、着てもらって、その姿を写真に収めてもいいかしら?」
あの子達――と言うのは、ウリ坊達の事だ。
お嬢様の一人が、ウリ坊用の小さな服――現代でいう所のペットウェア――を持ってきて、興奮した様子で写真撮影を所望している。
すっかり、ぞっこんのようである。
「構いませんけど、あまり無理強いして怖がらせないでくださいね」
「マコ殿!」
そこに、久しぶりにウィーブルー当主もやって来た。
「いやぁ、申し訳ありません! こちらも何かと忙しく、やっと顔を出す事が出来ました! 開店、おめでとうございます!」
「あ、当主。こちらこそ、ありがとうございます」
「……ところで」
当主は、店内でテキパキと仕事をしているレイレの姿を発見する。
「あちらにいらっしゃるのは、確か同業者のグロッサム家のご令嬢と思われるのですが……」
「うん、まぁ、当主がしばらくいない間に、色々あってね……」
動揺する当主に、私もまた苦笑しながら言う。
「ほう、ここがマコ達の店なのか。中々、盛況してるようじゃないか」
するとそこに、また見慣れた顔の面子が現れた。
冒険者のウルシマさんだ。
「あれ、ウルシマさん!」
「マコさん、開店おめでとうございます!」
それにアカシ君もいる。
何だろう、今日はなんだかお客さんが多いね。
「君達が、本業は冒険者ではなくこの王都で店を開いている商人だという話を聞いてね。先日の報酬は問題無く手渡されたかな?」
「ありがとうございます、ウルシマさん。別に、あんなに気を使ってもらわなくてもよかったのに」
「そうもいかない。あの日、悪魔族を討伐したのは紛れも無く君の力によるものだったからね」
そういえば――と、ウルシマさんは思い出したように言う。
「聖教会の関係者達が、その噂を聞いて君の事を探しているようだったな。ここにはまだ来ていないのかい?」
「え? すいません、その聖教会って一体……」
「マコ様、お話し中失礼いたします」
うわ、出た。
ウルシマさんとの会話中、割って入って来たのは冒険者ギルドの受付嬢、ベルトナさんだった。
いきなり現れたのでびっくりした。
「先日もお話させていただきました、Aランク昇格の件ですが」
「あ、えっと、その話ってお断りさせてもらってませんでしたっけ?」
「一度はお断りいただきましたが、どうしてもと思い再度お願いに参りました」
えー、困るよ!
というか、モグロさん! モグロさんはどこ!?
あ、向こうで試食の果物食べて回ってる!
モグロさん、保護者として制御してくださいよ!
なんだか、凄い慌ただしい雰囲気に包まれる店内。
……ここに、もうこれ以上お客さんは来ないよね……と思っていたら。
「こんばんは、アバトクス村名産直営店の皆さん」
一番、招かれざる客が現れた。
ブラドだ。
しかも、仲間も引き連れている。
イクサが言っていた通り、彼等には既に、監視官から敗戦が伝えられたはず。
敗北が決まった今、一体、何をしに来たのだろうか。
「今更、よく顔を出せたね」
彼等の登場に、店内の他のお客さん達も怪訝な顔をしている。
ブラドの仲間達の中には、先日この店の中で騒ぎを起こした顔もチラホラいるからだ。
そんな中、イクサが口を開いた。
「戦局の決まったこの状況で、まだのうのうとしていられるなんて、その根性は大したものだよ」
「心配をしてくれるんで?」
苦笑するブラドに、イクサは嘆息する。
「同情してるんだよ。悪い事は言わない、早く逃げた方が良い。失敗した下僕を見逃すほど、奴は甘くない」
「はっはっ、そんな事はわかってますよ」
イクサの発言など重々承知なようで、ブラドは答える。
その表情にも、態度にも、余裕が無いのは見て取れる。
だが、だとしたら、尚更どうして悠長に現れたのか。
「……ただね、ここで逃げたところでアタシ等に行き場所なんて無いんですわ」
そう不審がる私を差し置き、ブラドは言葉を連ねていく。
「あんたならわかるでしょう? イクサ王子。ネロ王子は、この国のあらゆる裏社会、闇稼業に根を張って支配している。その力で第八王子の座に伸し上がった存在。どこに逃げたって、この国の闇の中にさえアタシ等は居場所を失った」
だから――と。
ブラドはそこで、卑屈な笑みを浮かべる。
「だからせめて、ダメもとで一矢報いさせてもらいますわ」
ピッ――と、ブラドがそこで、指差した先は……。
「ガライ・クィロン」
ガライだった。
ブラドに対し、ガライは眉間に皺を寄せる。
「この店の店員として、なんの問題も無いって顔で仕事をしてるようですけどねぇ……店長さん、あんた、随分その人と仲が良いようですね」
ブラドは、軽薄な口調で喋りながら私を見た。
「付き合いは長いんで?」
「まぁ、一ヵ月くらいかな」
私は毅然と、ブラドに言う。
「でも、彼も私達の……アバトクス村の、大事な仲間だよ」
「あぁー、そうですかそうですか。それは仲のよろしいことで、それを聞けて安心しましたよ」
瞬間、ブラドがその顔をにやけさせる。
「でもね、アタシ等みたいな裏稼業はね、嫌でもその手の噂ってのを聞いちまうんですよ」
「……何が言いたいの?」
訝る私に、ブラドはくつくつと笑う。
何か……嫌な気配がする。
「ええ、思い出した、思い出した。思い出しましたわ、あんたの事を。そりゃあ、一時期裏社会じゃあんたの話で持ちきりでしたからねぇ」
「………」
ガライは何も言わない。
何の反応も示そうとしない。
しかし、それは決してブラドの発言を無視しているのではなく、何かを覚悟したような顔だった。
「ガライ・クィロン。この国の暗部……あらゆる汚れ仕事を請け負っていた、闇ギルドに所属していたエージェント」
「……やめろ、それ以上言うな」
そこまで来て、イクサが何かに気付き、口を挟む。
しかし、ブラドは止まらなかった。
「そして、この国の貴族を殺し、その所有する財産を盗んでお尋ね者となった存在」
「……え?」
私は、ガライの方を見る。
ガライは、何も言わない。
「残念ながら、嘘でも戯言でも勘違いでもないんですわ、これが。実際、その追手を出しているのは殺された貴族の親族なんですからねぇ」
ねぇ? と、ブラドはイクサを見る。
イクサも歯噛みをしている。
彼は以前、ガライが王都に戻れない理由を『どうにかした』と言っていた。
つまり、イクサも知っていたのだ。
ガライが、何故王都を追われたのか、そして戻る事を拒否していた理由を。
そして言い方は悪いが……今回のこの王都出店のために、彼は自身の力でそれを揉み消したという事になる。
「美術品の蒐集家で有名な貴族、ブラックレオ家の当主が、ある時、海外からの貴重な輸入品の取引をする事となった。ガライ・クィロンは、その取引現場に現れ、そして、ブラックレオ家の当主を殺害し、その取引予定だった美術品をも盗み、逃亡した」
「………」
「取引があったのも、美術品が盗まれたのも全て事実。それを知り、怒ったブラックレオ家の親族、そして何よりメンツに泥を塗られた闇ギルドが、ガライを粛清すべく追手を出した。しかし、あんたは今日まで逃げおおせて来た。それは何故か……」
ちらりと、ブラドはイクサを見る。
「イクサ王子。あんたがブラックレオ家に圧力をかけ、その一件を不問にさせたんですってね?」
「……イクサ」
私も、イクサを見る。
「そう言われてしまえばそれまでだ……」
イクサは、視線を伏せながらも、迷う事無く言い切る。
「けどね、その件に関しては色々とハッキリしていない点も多かった。だから、ガライを疑うのは早とちりとも思えたんだ」
「早とちり!? じゃあ、ご本人に聞くのが早いんじゃないですかい!? どうなんです? ガライさん」
ブラドは、いけしゃあしゃあとガライに問う。
そういうことか、私は理解した。
これは――鼬の最後っ屁だ。
最後の最後、本当の嫌がらせだ。
ここには、貴族の令嬢達……そして、彼女達の家に仕える執事達もいる。
貴族を殺した暗部の人間が所属している店。
彼等の警戒心を高め、貴族達にこの店の存在を反対させるつもりなのかもしれない。
いや、敗北が決まった今、少しでも留飲を下げようとしているのか。
ネロ王子に少しでも媚を売りたいのか。
ともかく、ガライの正体に気付き、そしてその裏で起こった出来事をこの場で暴露されてしまった。
私は、その事実を知らなかった。
真実なのか、嘘なのか、何かの事情があったのか、それはわからない。
けれど、不審な点があったとは言え、イクサが一時的に貴族達の対応を制御する事しか解決策が思い付かなかったという事は、他の可能性を証明する事が難しかった、ということだ。
「イクサ王子は、個人的な縁があったようで、彼の過去を不問にするよう根回ししたようですがね、この男は殺人者なんですよ。イクサ王子も、貴族を殺した犯罪者の正体を裏で揉み消そうとしたって事ですわ」
ブラドは囀る。
その声は、店に来ていたお客さん達にも伝わり、ざわつきが広がる。
「ガライ……」
「………」
ガライは、何も言わない。
貴族のお嬢様達が、恐怖に染まった目で彼を見ている。
「そ、そういえば、以前お父様がそのような話をしていたような……」
と、お嬢様の一人が呟いた。
それを聞いた、瞬間だった。
「……おい」
ガライが、口を開いた。
矛先は、ブラドに対してだ。
「この人達は、俺の素性とは関係ない。ただの純粋な……善良な人達だ」
私達を指差して、ガライは言った。
それだけ言って、そして、一歩足を踏み出した。
「待って、ガライ」
そんなガライを、私は止める。
「ここから、去る気?」
「………」
最後に、私達が自分とは無関係だと言い残し――ここから早急にいなくなる気だ。
そんな事は、させない。
「駄目だよ、ガライ。さっきも言ったでしょ。ガライは、私達の仲間なんだよ」
真実はわからない。
今出回っている話が、紛れも無い真実なのかもしれない。
けど――私の知っているガライは、あの日、村の近くの森で出会った――野犬に襲われそうになったメアラを助けて、一緒に家を建てた、寡黙でどこか家庭的で、心優しいガライなのだ。
そんな、たった一言二言の事実を述べられた程度で、はいさよならなんてしたくない。
「庇うんですか? 店長さん」
「庇うよ。騙されてるのかもしれないし、私が物事を見通せない馬鹿なのかもしれない。でも今はまだ、ガライを見捨てるなんてできない」
「………」
膠着する状況。
あまりにも唐突な展開に、皆が言葉を失っている。
「待ってください!」
その時だった。
ブラド達の後ろ、店先から、一人の少女が必死な声で叫んだ。
「おじさんは、無実です!」
現れたのは、メイプルちゃんだった。
その近くに、彼女の両親も唖然とした顔で立っている。
皆が注目する中、彼女は、涙目になりながら叫ぶ。
「おじさんが、あの貴族の人を殺してしまったのは、わたしを助けるためだったんです!」




