■26 暑い日にはやっぱりコレです
「さぁ、あんた達、今日もお客様のためしっかり働くのよ!」
店頭に立ったレイレお嬢様が、元気に叫ぶ。
その姿を、他のメンバー達はポカンと見ていた。
「え、誰?」
「ほら、例のグロッサム家の令嬢の」
「ああ、前に宣戦布告に来た」
《ベオウルフ》達はヒソヒソ声で会話をする。
「マコの弟子になったんだって」
「え、なんで!?」
メアラから聞かされたマウルが、驚きの声を上げていた。
そりゃ驚くよね。
「あの……レイレお嬢様」
「レイレでいいわ。私はあなたの弟子なのだから」
「じゃあ、レイレ。どうしてまた、私の弟子になりたいなんて言い出したの?」
昨日まで、一応はライバル店の店長同士、競い合うライバルだったのに。
その質問に、レイレは「よくぞ聞いてくれた!」とばかりに目を輝かせる。
「マコ、あなたの姿を近くで見ていたいからよ!」
「……はい? 私の?」
「憧れたのよ、あなたのような生き方に!」
両手を合わせ、瞑目しながら、レイレは夢見るように語る。
「屈強な男共を、いとも容易く叩きのめしていくあの勇壮な姿! その若さで店を切り盛りし、多くの仲間と多大な成功を生み出す敏腕な姿! 自身の身に降り掛かる理不尽な不幸を、黙って真正面から受けて立つ姿! とても理想的だわ!」
……恥ずい!
レイレのミュージカルみたいな言葉の波を浴びて、私はなんだか顔が火照ってくる。
「なので、今日から私はあなたの弟子となり、その姿を間近で見て学ばせてもらうわ!」
そう言って、ビシッと私に指をさすレイレ。
いや、そんな仮●ライダーフォーゼのキサラギ・ゲンタロウみたいなポーズをされても。
「なんだ、この女は? いきなり現れて偉そうに」
そこまで話を聞いていたデルファイが、ズカズカと前に出て来た。
いや、君も中々偉そうだけどね。
「おい、貴様! 言っておくがマコは俺様の感性に刺激を与える程の芸術的センスを持った女だぞ! 貴様如きが図々しくも容易くマネできるようなもんだと決して思うな!」
「はぁ!? あんたこそ何様よ! このあたしを知らないような無知者がよくそんな大層な口を叩けるわね!」
突っかかって来たデルファイに、レイレは逆に突っかかり返す。
「言っとくけど、あたしはあんたの事を知ってるわよ、デルファイ・イージス! 変人の芸術家気取り! マコが認めたなら腕は確かなんでしょうけど、その傲岸不遜で人を見下したような物言いや性格はハッキリ言って礼節に欠けるわ! 店の品位を損なう可能性もあるし! 裏から出てこないで!」
「ああん!?」
「はいはい、二人とも、喧嘩はまた別の時にね。そろそろオープンの時間だよ」
犬猿の二人を引き剥がし、宥め、私は他のみんなにも指示を飛ばす。
アバトクス村名産直営店、三日目の営業開始である。
※ ※ ※ ※ ※
営業が開始すると、レイレはそれこそバイトリーダーばりにテキパキ働き始めた。
流石、青果を扱う大商家の跡取りなだけはある。
在庫の少なくなった棚の品出し指示や、困っているお客さんへのご案内など、店内の状況を敏感に察知してくれる。
それに加えての指示出しが、なんやかんやで的確だから助かる。
時間は昼を越えた当たり。
今日も、お客さんは満杯だ。
しかし――。
「んー……」
私は、屋外の飲食スペースの状況を見ながら唸る。
「どうしたの? マコ」
「うん、今日は食事のお客さんの数が少ないかなって」
「本当だ……」
マウルとメアラも、私に言われて気付いたようだ。
屋外の飲食スペースの客数が、前日までに比べて明らかに減っているように見える。
「別に、この店に限ったことじゃないけどね」
「イクサ」
そこに、欠伸をしながらイクサがやって来た。
「ここに来るまでの間に、他の店の様子も見てきたけど……特に、屋外で開いているタイプの店は、軒並み人の入りが少ないね」
「やっぱり、気温かな?」
「だろうね」
私が言うと、イクサが頷く。
今日は、肌で感じるくらいに気温が高い。
それこそ、猛暑に近い気候だ。
「最近、暑くなってきたとは思ってたけど、今日は顕著なほどだ」
「どうする、マコ。あのフルーツソーダで、お客さんを呼べないかな?」
メアラの提案に、私は顎に手をやる。
確かに、ソーダで売り出すのも一つの手だけど……。
「あ、良いこと思い付いた」
今ここには、レイレがいる。
「レイレって、確か冷気を生み出す魔法が使えたよね」
「ええ、使えるわよ」
店内に戻って聞くと、彼女は胸を張って答えた。
よし――じゃあ、こんな猛暑日に打って付けのスイーツを作ろう!
※ ※ ※ ※ ※
私は早速、厨房へと入って準備をする。
スキル《錬金》を発動。
生み出したのは、大きめの〝ステンレス容器〟だ。
「レイレ、この容器に手を当てて、魔法で冷たくして欲しいんだけど」
「お安い御用だけど、何をするの?」
私は、先日、開店祝いに牧場主のおじさんからもらったミルクや卵、それに調味料の砂糖等を用意していく。
そして、それらの材料を調合し、容器の中に入れ、ゆっくり混ぜれば――。
「じゃあん! アイスクリームの完成!」
「「「「「おおっ!」」」」」
容器の中に、立派なアイスクリームが出来上がった。
そう、私の《錬金》とレイレの《冷気》を使って、即席のアイスクリームメーカーを作ったのだ。
「マコ、どうだ? こんなグラスなら芸術的に見栄えもよくなるだろう」
「ナイス、デルファイ!」
更に、デルファイがアイスクリーム用のグラスも作ってくれて、準備万端。
「よし、ウリ坊のみんな! このお皿を店頭に運んでお客さん達に試食してもらって!」
『『『『『こりゃー!』』』』』
「みんなも、店先で呼び込み開始! 冷たいアイスクリームで、お客さん達をゲットするよ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
アイスクリームだけじゃなく、果汁を使えばシャーベットも作れる。
私が金属製の〝かき氷器〟を作り出せば、かき氷も作れる。
さて、反響は如何ほどのものか……。
※ ※ ※ ※ ※
「うひゃ~、混んだね~」
結果として、反応は良好だった。
気温が高く猛暑に近い屋外のテーブル席が、今や満員で埋まりきっている。
中には、立ったままアイスを注文している人もいる。
「大盛況だよ、マコ!」
「いや、しかし、お客さん達はいいだろうけど、運ぶ方にとっては地獄だねこりゃ」
汗を拭いながら、イクサが言う。
「何言ってるの、イクサ達の分のアイスも用意してるから、食べながら仕事していいよ。体温管理もちゃんとしてね」
「流石マコ。労働環境の管理ができてるね」
そりゃあ、当然。
ホームセンターの夏場の屋外売り場やバックヤードなんて、毎年店員が熱中症で倒れるからね。
鋭くもなるよ。
「あら? 今日も大混雑ですわね」
更にそこに、昨日の貴族のお嬢様達まで現れた。
昨日よりも、更に数が増えている気がする。
上流階級の方々にも、口コミでこの店の噂が広がっているのかもしれない。
「なにこの氷菓子! 甘い! 美味しい!」
「口の中でとろけますわ!」
アイスクリームやシャーベットを注文したお嬢様方が、キャッキャと騒いでいる。
楽しそうでなによりだ。
「これで、今日には売り上げが達成かな」
店内に戻り、大盛況の状況を見渡しながら、私が呟いた。
そこで、だった。
「わぁ、凄いいっぱいの人ですね、お父様! お母様!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くと、そこには両親と子供の姿。
以前、この店がまだ建設途中だった際に偶然通りかかった、貴族の一家だ。
まだ年端もいかない娘と、その両親。
(……メイプルちゃんだ……)
覚えている。
流れるような金色の髪に、宝石のように輝く瞳。
整った顔立ちは、この世のものとは思えないくらいに美しい。
その両耳は、先端が少し尖っている、人間とは異なるもの。
エルフの少女。
「!」
ちょうど、店の裏からガライが補充用の在庫を持ってやって来た。
彼は、店内にいるメイプルの存在に気付き、目を見開いた。
「このお花もきれい! お母様に似合――っ!」
瞬間、メイプルちゃんの方も、ガライの姿に気付いたのだろう。
それまで、天真爛漫だった顔が、一気に驚きに染まったのが分かった。
ガライは咄嗟に姿を隠そうとする。
「あ! おじさ――……」
そんなガライに、メイプルちゃんも思わず声を掛けようとする――が、その途中で、ハッとして言葉を切った。
「ガライ、あの子って……」
私が、ガライに声をかける。
「………」
ガライは、黙ったまま視線を背けている。
「どうした? メイプル」
彼女の父親が、メイプルちゃんに声をかけ、そしてガライの方を見る。
「知っている人かい?」
「……ううん、知らない、です」
メイプルちゃんは俯きながら答えて、ガライから逃れるように背を向けた。
………どういう事だろう?
私はその一部始終を、ただ黙って見守ることしかできなかった。
※ ※ ※ ※ ※
――そして、その日の営業時間は矢のように経過し。
「皆様、お疲れ様でした」
夜八時の閉店時間が回り、後片付けも終了。
店内に集まったみんなの前で、監視官が労いの言葉を放つ。
「それでは、今日の売り上げの発表です」
「あと220万G……で、勝ちなんだよな?」
「ああ、一昨日と昨日で780万だったからな」
皆が手を合わせ、祈るようにして監視官の言葉を待つ。
やがて、彼は口を開いた。
「本日の売り上げは、300万Gです」
一瞬、時間が止まった。
「三日目までの合計金額は、1080万G。おめでとうございます。この戦い、皆さまの勝利です」
「か……勝った」
「勝った、んだよな」
皆が、戸惑い交じりに言う。
あまりにもアッサリとしすぎていて、実感が沸かないのかもしれない。
「ね、言ったでしょ」
そこで、私が皆に言う。
「私達なら大丈夫。全然、負ける気がしないって」
「「「「「………う、うぉおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
瞬間、歓喜が爆発する。
《ベオウルフ》のみんなが抱き付き合って、声を上げている。
「い、1080万? ……たった、三日間の売り上げで?」
横で、レイレが引き攣った顔をしている。
「す、凄い……マコ! やっぱりあなたに師事して正解だったわ!」
「そ、そう、ありがとう」
「マコ、お疲れ様」
ぽんっと、肩に手を置かれた。
イクサだ。
「イクサも、お疲れ様。この三日間、ウェイターとして働いてくれて」
「いやいや、楽しかったよ。これで、明日からは僕の仕事の開始だ」
ふふふ、と、イクサは笑う。
「確か、明日にはネロが王都に来ると言っていたからね。この結果を目の当たりにした奴の顔を早く見たいよ。国王のお膝元、この王都で無様にも程がある大敗を喫したんだ。序列の大幅ダウンは否めないだろうね。そこを突いて、利権を搾り取るだけ搾り取ってやるよ」
イクサ、悪い顔してる。
とりあえず、そこらへんの黒い話は彼に任せるとしよう。
私は、静かにガライの方を見る。
私にとって現在、一番気になるのはガライの事だ。
(……ガライ……)
一見、何気ない風に装っているが……。
彼が抱えているものを、やはり知りたいと思ってしまう自分がいた。




