■25 夜道で乱闘です
「……んん?」
王都の夜道。
宿への道すがらを、ガライと一緒に歩いていた私。
街並みの灯りからも外れ、少し仄暗い路地に差し掛かった際、私は不意にその気配に気付いた。
「……ガライ」
「ああ」
私はガライに声を掛け、そこで立ち止まる。
そして同時に、振り返った。
「!」
瞬間、何か黒い影が、後方の物影に隠れたのがわかった。
何者かが、私達を尾行していたようだ。
「誰? いるのはわかってるよ?」
私が誤魔化す事無く言うと、物影から、暗い色合いのフードを被った人物がおずおずと姿を現した。
「あれ? レイレお嬢様?」
フードを取ると、その下から視線を泳がせるレイレお嬢様の顔が現れた。
「えーっと、何かご用ですか?」
「べ、べべべ、別に! たまたま帰り道が一緒になっただけよ!」
いやぁ、どう考えても帰り掛けの格好とは思えないけど……。
そこで、私は一つの仮説を思い付く。
「もしかして、レイレお嬢様……ずっと、私達のお店の偵察をしてました?」
カマをかけるつもりで、問い掛けてみた。
すると、彼女はビクッとわかりやすく体を揺らした。
「うちの店が繁盛してるのが気になって、偵察に来て、で、更に私達の帰り道まで尾行していたと」
「そ、そそそ、そんなわけ!」
「………」
「うぅー……そうよ! 勢いのある競合店の分析をするためなんだから、何が悪いの!?」
嘘が吐けない体質らしい。
「レイレお嬢様、私達は宿に帰る途中なので、このまま付いてきても何もありませんよ?」
「いえ、何か……何かヒントがあるはずよ!」
かなり興奮した様子で、レイレお嬢様は私に人差し指を向けてくる。
「あれだけの独創的な宣伝方法や商品を開発する思考回路が、どんな生活から生み出されているのか! あんたに密着していれば見えてくるはず!」
いやぁ、どれも現代のホームセンター知識だからなぁ。
あまり、私と一緒にいても意味はないと思うけど……。
「正直……今日、あんたの店に潜入して、色々と見させてもらっていたけど……商品、飲食サービス、店の備品や各種媒体、それにお客様への対応……どれに関しても、衝撃を受けたわ。認めたくないけど、敗北感を感じた。私も、あんな発想力を手に入れたい!」
「それは、ありがとうございます。でも、そう思ったなら別にわざわざ尾行なんてせずに、そのままレイレお嬢様のお店でもやってみたら良いんじゃないですか?」
「そんなみっともない事できるはずないじゃない!」
レイレお嬢様は言う。
「人の店のアイデアをそのまま模倣するなんて、グロッサム家の次期当主として恥ずかしい事この上無いわ!」
「うーん……でも、何事もまずは模倣から始まると言いますし――」
「マコ」
そこで、ガライが呟く。
「彼女だけじゃない。さっき俺が感じた気配は、複数あった」
「………」
「ちょっと! 何を黙って――」
そこで、私も、レイレお嬢様も異変に気付く。
周囲の暗闇の中、私達を囲うように、何人もの人影が集まってきていた。
「な、なによ、これ……」
「レイレお嬢様、この場から去ってください」
明らかに異様な雰囲気に、怯える彼女に撤退するよう言う。
改めて見回してみると――私達を包囲する者達の中には、昼間、店内で騒ぎを起こしていた男達の顔もあった。
つまり――。
「いやぁ、まったく想定外ですわ」
男達の中から、白黒髪の男が現れる。
ブラドだ。
「想定外、想定外、はっきり言って舐めてかかってましたわ。まさか初日からあれだけの満員御礼。アタシらが手を出す隙も暇もない。何とか苦し紛れに店の中にまで入れたものの、市井警備の騎士団に追い出されて、結局指くわえて成功していく様も見ているだけしかできなかった……」
「で、こうして直接的に手を下す方法できたと」
私が言うと、ブラドは苦笑する。
わかる。
いつも通りの飄然とした態度を取っているが、その表情はどこか強張っている。
焦っているのだ。
文字通り舐めてかかった結果、もう手遅れの状態にまで戦局が傾いてしまったことに。
「私がいなくなれば……って、そう考えてるのかな?」
「ここ数日間見ていればわかりますわ。あんたがあの連中を仕切っているド頭。今回の戦いの最要所は、イクサ王子じゃない、あんたですわ」
瞬間。
気配を押し殺して私の背後にまで接近していた何かが、私の体を抱きかかえた。
「何も殺そうってわけじゃない。あんたを人質に出来れば、他の連中はアタシ等の言う事を聞く他なくなる。店を動かせなくさせるのは簡単だ」
瞬時にガライが反応するが、それよりも早く、男は私を抱えてその場から飛びのく。
「おっと! 手を出すんじゃねぇぞ!」
手に持ったナイフを、私の首筋に当てて、私を人質に取り言い放つ。
「へっへっ、昼間は世話になったな? おい」
手出しを封じられたガライに、また別の男が近付く。
よく見れば、クレーム騒ぎを起こしてガライに殴り掛かり、逆に返り討ちにあった男だ。
「あの女の体が心配なら、下手なマネするんじゃねぇぞ。いいか? てめぇには、今から俺達に袋叩きにされてもら――」
「ガライ」
男の言葉など待たず、私は言う。
「遠慮なくやっちゃって」
「ああ」
刹那、ガライの拳が男の顔面を叩き潰した。
「っごぉ!」
空中で乱回転し、男の体は遥か彼方に飛んで行った。
「な!」
「てめぇ、何してんだ!?」
すかさず、他の男達もガライに襲い掛かる、まったく相手にならない。
近寄ってきた先から、その拳に撃ち抜かれて、ある者は地面を転がり、ある者は外壁に叩きつけられる。
「ひ、きゃ! な、なに」
一瞬にして巻き起こった嵐のような状況に、レイレお嬢様もわけがわからず悲鳴を上げる。
「あいつ、イカレてんのか……しかたがねぇ、おい、女!」
私を捕まえていた男が、首筋に当てた刃物に力を籠める。
「少し痛い目に――」
私は、男の片腕で体を抱き締められた状態のまま、後ろ手で《錬金》を発動。
長さ1mの〝単管パイプ〟を作成する。
錬成されたパイプの先端が、そのまま男の顎先を真上にかち上げした。
「ぶごっ!」
「さっきまでは、俺達は店の店員だ。こっちから手を出すようなマネはしねぇ」
襲い来る男達は、既に得物を出し始めていた。
しかし、そんなものは意に介せず、躱し、迎撃で吹き飛ばし、ガライは言う。
「今は勤務時間外だ。どういう意味か分かるか?」
「好きにさせてもらう、って事だよ」
私も迫る男達の魔の手を回避し、パイプを振り抜いて応戦する。
ちょっとお酒が入っているからか、結構容赦ない性格になっているかもしれない。
が、ともかく、次から次に襲い掛かってくる男達を、私達は難無く払いのけていく。
「ど、どうなって……」
そんな光景をポカンと見ているレイレお嬢様。
「くそ、この野郎!」
ガライに吹っ飛ばされた男の一人が、立ち上がり様、彼女に襲い掛かった。
暗闇に加え、直前に衝撃を受け思考がままならないまま、近くにいた人物に無差別に襲い掛かったのかもしれない。
「きゃあッ!」
迫る男に、レイレお嬢様が悲鳴を上げた。
瞬間、私は、もう片方の手に長さ5mの〝単管パイプ〟を召喚。
長槍の如く伸ばしたそれで、彼女に襲い掛かった男の腹部を痛打した。
「お、ご……」
男は腹を押さえて、そのまま地面に蹲って動かなくなる。
最早、相手は立っている者の数よりも、横たわっている者の数の方が多くなっていた。
「か、頭!」
「うろたえんなッ!」
部下の男に泣きつかれ、流石のブラドも声を荒げる。
「……ガライ」
そこで、ブラドは眉間に皺を寄せる。
視線の先には、ガライがいる。
「ガライ……ガライ・クィロン……まさか」
何かに気が付いたように、ブラドは目を見開く。
そしてすぐさま、その場に背を向けた。
「退くぞ! とっとと来い!」
「あ、頭!」
ブラドと共に、男達は負傷した仲間も連れて次々に撤退していく。
あっという間――その場には私達だけが残された。
「ふぅ……」
一息吐き、私は腰を抜かしているレイレお嬢様の元へと行く。
彼女は自身の体を抱き締め、カタカタと震えていた。
「あ、あんた達……一体何と戦ってるの?」
彼女に手を貸し立たせると、レイレお嬢様は怯え切った声で聞いてきた。
「あの男達は、暗黒街の用心棒業者……暴力稼業のならず者達じゃない……そんな連中と、どうして……ウィーブルー家と仲の良い、ただの商売人じゃなかったの?」
「んー……」
ごまかすのも難しい状況だ。
彼女はイクサの存在も知っているし、まぁ、いいだろう。
簡単に、今の私達の事情を説明することにした。
「そんな……」
「まぁ、そういうわけなんです。巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした。よろしければ、ご自宅までお送りしますよ」
「……別に、構わないわ」
フラ~っと、彼女は元来た方向へと歩いていく。
ショックな事が多い一日だったため、レイレお嬢様の中でも色々と情報の処理が追い付いていないのかもしれない。
「……ねぇ」
そこで、私達に背を向けたまま彼女は聞いてきた。
「どうして、あんたは、そんな理不尽な目に遭って普通でいられるの?」
「………」
普通……か。
確かに、こんな色々と厄介事に巻き込まれる状況って、理不尽と言えば理不尽なのかもしれない。
……ただ個人的には、販売業をやってると理不尽な状況なんて嫌っていうほど味わうから慣れてるというか。
後は、チートスキルを持ってるから……と言っても伝わらないしね。
「まぁ、これが私だから、としか言えないかな」
「………」
それだけ言い残し、私達はその場を後にする。
レイレお嬢様も、その場にしばらく立ち尽くした後、自身の向かう道を歩いて行った。
※ ※ ※ ※ ※
翌日。
勝負開始から三日目の朝。
「待ってたわよ、マコ!」
「……はい?」
開店前――私がお店にやって来ると、店頭にレイレお嬢様が立っていた。
「あれ? レイレお嬢様? ご自身のお店の方は大丈夫なんですか? そろそろ開店時間ですよ?」
「その件なら、お父様に話をしておいたわ。店舗経営は辞退したの」
「へ?」
「あたしは今日から、お店を営むという事を一から学ぶことにしたの……そう、マコ! あなたのもとでね!」
ビシッと私に指先を向けて、彼女は高らかに宣言する。
「あたしを弟子にしてください!」
「……えぇ」
異世界にやってきて、初。
私に弟子ができました。




