■5 高く売れるそうなので、刀を作ってみます
――私が《ベオウルフ》の村に来て、数日が経過した。
「お、どう? 今日の調子は」
マウルとメアラの家の横。
そこに座り込んでいる巨大な白毛の狼に、私は語り掛ける。
『おお、姉御。御覧の通り、すっかり体調は良くなったぞ』
山の主にして、自称神狼の末裔だという狼君は、ここ数日私が世話をする形となった。
彼の言葉を理解し、会話ができる私なら、逐一体調を知ることができるからだ。
この数日間、一応ありあわせの知識で、狼(というか、犬)にとって食べても問題無いものを摂取させ、体調を回復させることに成功した。
『姉御』
私が近付くと、彼はゴロンと腹を見せて寝転がった。
『腹を撫でてくれ。わしゃわしゃするやつ』
「もう、また? エンティア好きだね、それ」
舌を出しながら甘えてくる姿は、もう狼というより大型犬に近い。
ちなみに、エンティアというのは、彼の名前だ。
なんでも、彼が神狼の末裔として代々受け継いでいる由緒正しき名前らしい。
彼は太古の昔、この大陸を守っていた《神狼》という種族の末裔なのだという。
いわゆる神獣であり、通常の動物に比べて比類ない力を持っている生き物なのだとか。
《ベオウルフ》達も、太古に《神狼》を奉っていた獣人の子孫だという。
かつては大陸中に散っていた獣人達も、今では人間により淘汰され、かなり数が減ってしまっているのだとか。
しかし、《神狼》を奉る彼等と、彼等の住む土地を守るのは自分の役目と、まだ幼いらしい彼は守り神の役目を担っていたのだという。
私はエンティアの、白毛の薄いおなかを両手で撫でる。
『うひひひっ、気持ちがいいぞ、姉御』
「君、神狼の末裔としての自覚忘れてない?」
「マコ。エンティアの体調もすっかり良くなったね」
家の中から、エンティア用の水の入った桶を持ってマウルが現れた。
「でもまさか、あの山の主がうちの番犬になるなんてね。すっかりマコに懐いちゃって」
「おう、マコ! エンティアの朝飯を持ってきたぞ!」
そこで、数人の獣人達が、果物の入った桶を持ってきた。
「いつもありがとうございます。ごめんなさい、食べ物ばっかりもらっちゃって」
私がぺこりと頭を下げると、獣人達は大笑しながら。
「いいってことよ。早く良くなって、また山を守ってもらいたいからな」
「他にも、何か手助けできる事があったら言ってくれよ」
初日に、私に食って掛かった獣人も、今ではにこやかに話しかけてくる。
だいぶ心を開いてくれている。山の守り神を救ったのが、効果的だったようだ。
『今日は天気がいいな。久しぶりに山の中を走り回りたい気分だ』
「そうだね。体も良くなったし、運動するのもいいかも」
※ ※ ※ ※ ※
そんなこんなで、私はすっかりこの《ベオウルフ》達の村の一員と化していた。
私は金具を錬成し、村の家々を補強しながら――そして《ベオウルフ》の彼らは、そんな私に対し引き換えに食料を提供してくれたりしている。
今日も、手伝ってくれるマウルと一緒に、村の中を歩き回りながら補強作業を行う。
メアラの方は、まだ私に対して心を許していない様子だ。
「よぉ、マウル! 今日もマコのお手伝いか!?」
「はたから見てると、姉弟みたいだぞ!」
通り掛けの獣人達にそう声を掛けられ、マウルは照れるように笑う。
「マコ、僕達のお姉ちゃんみたいだって」
すっかり、マウルは私に懐いてくれているようだ。
うーん困った。
いや、こんな可愛らしいケモミミの男の子に心を許してもらえるのは、そりゃ嫌ではないけれど。
すっかり、この村に居座る形になってしまっている。
というか、なんだか普通に暮らしちゃってるけど、この世界に来て数日経ってるんだよね。
(……今週の仮●ライダー、観たかったなぁ……)
そんな風に考えていると、村の広場に差し掛かった際、獣人達の話が聞こえてきた。
「おい、今回の売り上げはこれだけか?」
「ああ、また税が上がったとか何だかで、だいぶ持ってかれちまったぜ」
「またか、これ以上取られたら商売あがったりだ」
数人の大人のベオウルフ達が、おそらくこの世界のものと思われる貨幣を分配しながら、そう喋っている。
「……ねぇ、マウル。あの人達って、商人なの?」
「商人というか、街でモノを売ってるんだ」
私の質問に、マウルが答える。
「山で獲れた獣の肉とか、山菜とか木の実とか、あと工芸品とか、色んなものを街の市場に持っていって、少しでもお金に換えてるんだよ」
「ふぅん、どういうものが高く売れるの?」
「この村から売ってるものは、正直あんまり……高く売れるものっていったら、やっぱり剣とか、宝石とかかな?」
「剣か……」
その言葉を聞き、私の中にある考えが思いつく。
「マウル、私、ちょっと剣でも作ってみようかな」
「え?」
目を丸めるマウルに、私は微笑む。
マウルとメアラは当然として、この村の人達にも大分世話になった。
私の力を使って、この村に少しでも恩返しができれば。
「《錬金》の魔法を使えば、もしかしたら作れるかもしれないと思うんだよね」
※ ※ ※ ※ ※
――しかし。
「……あれ?」
《錬金》スキルを使い、剣を生成。
しかし、発光が止み、私の前に出来上がったのは、歪な形をした金属の塊だった。
「これ、剣?」
「こんなんじゃ、売り物にならないよ」
マウルとメアラが出来上がった鉄塊を見て感想を漏らす。
うーん、もしかして、上手くイメージができないからなのかな?
〝アングル金具〟とか〝釘〟とかだったら、ほとんど毎日触って頭の中で鮮明にイメージが湧くし……。
でも、まったくイメージが湧かないっていうわけでもないし。
……いや、もしかしたら、触った事がないものは作ることができないとか。
「……わ! しかも結構MPが消費されてる!」
頭の中のステータスウィンドウのMPの表示を見る。
今日の朝の段階では460/460だったのだが、それが今の錬成で360/460まで減っている。
「こりゃ、無駄遣いはできないなぁ」
『姉御、これもらってもいいか?』
失敗した鉄の棒に、エンティアが噛り付いている。
……虫歯防止用のアレみたいな感じなのかな。
「うーん……直に触ったものじゃないと駄目だとすると……」
当然、私は実物の剣になんて触れた事もない。
作戦は失敗か?
と、思ったが。
「いや……そういえば」
思い出す。
そう、剣ではないが……私はかつて〝刀〟になら触った事がある。
刀剣がイケメン男子に擬人化するソシャゲーにはまっていた友人に誘われ、実物の〝日本刀〟の鍛冶の様子を見学に行った際、本物の刀剣にこの手で触れたのだ。
玉鋼の重さ、光沢、鈍い輝き、刃紋の美しさ、そのすべてが心の中に感動となって残っている。
私はイメージを開始し、再度《錬金》のスキルを使用する。
まるで、あの鍜治場で見た、刀が打たれる際に迸る火花――それに近い発光を発し、私の目の前に一振りの刃が生成される。
「凄い! でも……」
「また失敗じゃないのか?」
刀を見た事のない二人には、いまいちピンと来ていない様子だ。
でも間違いない。あの時見た日本刀と、寸分違わぬ代物が出来た……と思う。
無論、刃の部分だけで、鞘も柄も鍔も無いのだけど。
「うわぁ、MPも一気に0になっちゃってる。やっぱり、専門外のものを作り出したからなのかなぁ?」
でもおかげで、市場で高く売れるかもしれない業物が手に入った。
……しかし、この刀、正直どれくらいの価値があるんだろう?
自分が見学に行った時の刀を参考にして錬成したということは、それくらいの価値はあるのだろうか。
といっても、自分、刀に関してはそこまで知識がないし。
あの時は、何を見に行ったんだっけ?
えーっと、確か……ビゼンのオサフネが何とかって……。
「ねぇ、マコ。この剣、柄がないよ?」
「……っと、流石にこのままじゃ売れないよね」
その後、私は腰カバンの中に装備していたカッターを使って木材を加工……簡易的な柄を作成して、刀に付けた。
刀身を布でくるみ、一応、持ち運び出来る状態にする。
「よし……ねぇ、次にこの村から市場に行くのっていつ? その時に、一緒に行こうと思うんだけど」
「昨日行ったばかりだから、多分五日か六日後くらいかな」
「そっか。じゃあ、まだ時間はあるね」
流石に一本だけというのは、心許ない。
次に市場に行くまでの間に、何本か刀を錬成しておこう。