■22 貴族様がご来店です
二日目――朝。
初日の夜から明け方まで続いた、宴会の勢いは凄まじかった。
事前に用意しておいた果実酒や、アバトクス村名物の料理は、そもそもの素材の良さもあってお客さん達に大好評だった。
流石に翌朝は、朝からお酒を飲むような人達はやって来ない。
その代わり、朝食みたいなものが出ないかと訪れるお客さんが現れ始めた。
「簡単な朝ご飯と、野菜や果物のジュースを振る舞おうか」
私が事前に用意しておいたレシピと、新鮮な野菜や果物を使った健康的な果汁100%ジュース。
これで、朝から料理を求めてやって来たお客さんにも満足してもらえる。
当然、お酒をご所望のお客さんには、お酒も振る舞う。
「マコ、これでいいか?」
「うん、大丈夫。ラム、流石に料理の腕が上がって来たね」
《ベオウルフ》の中には、自分達で野菜を作るようになってから、料理に凝り出す者も現れた。
ラムなんかが顕著で、私が指示した通りのレシピをきっちり作ってくれて、ガライやイクサが、それをテキパキとテーブルに運んでくれる。
商品販売だけでなく、店のシステムが綺麗に回っているのも理想通りだ。
早朝からは、そんな感じにモーニングで売り上げを稼いだ。
そして、九時――他のお店も開店を始める時間帯が訪れる。
「さて、ここからが勝負だよ」
昨日の夜は、他の店が閉店後に開く形になったため、実質競争相手が居なかった。
今の時間からは、他店舗との戦いが始まる事となる。
一人でも多く声掛けをして、お客さんを招き入れないと……――。
と、思っていたが、前日の宣伝が予想以上に王都市民に効いていたようだ。
もしくは、昨夜来店したお客さんの口コミ効果が、もう出始めたのかもしれない。
あれよあれよ、昨夜のオープン時同様、一気に店内がお客さんで犇めき合う形となった。
「ふぅ……ん?」
作業をし、一息吐いたそこで、私は気付く。
一般のお客さんの波の向こう――店の前の道に、次々に馬車が停まり始めている。
高級そうな外観の馬車の扉が開き、中から豪奢な衣装で着飾ったお嬢様達が降りて来る。
(……貴族だ……)
やっぱり来た――と、私は思った。
この王都は中心に国王の城があり、その城と城下町の間に貴族達上級国民の邸宅がある。
昨夜の花火は、貴族達の目にも留まった事だろう。
特に、珍しいものや新しいものに目敏い彼等彼女等なら、きっと何かしら調べに来ると思っていた。
とは言え、いきなり貴族ご本人達が来訪するとまでは思っていなかったけど。
(……よし、どんと来い……)
「失礼、道を開けていただけるかしら」
一般のお客さん達の流れを割り、ドレスに身を包んだお嬢様達が、次々に店内へとやって来た。
「あら? これはごきげんよう、スナイデル家のビオーラ様。先月のパーティー以来ですわね」
「ごきげんよう、バルトロ家のメリー様。ええ、お変わりないようで嬉しいですわ」
ザ・社交辞令な挨拶を交えるお嬢様達。
「昨晩の騒ぎ、何事かと気になっておりましたが、こちらの商店の開店セレモニーだったようですわね」
「ええ、聞きましたわ。一体、どのようなものを取り扱っているのかと思いましたが……」
そこで、お嬢様達の表情が少し険しくなったのがわかった。
口元に扇子を当てて、眉間に皺を寄せている娘もいる。
理由は――彼女達の視界に映った、《ベオウルフ》達の姿のせいだろう。
この界隈ではいくらか、彼等に対する風当たりは解消されたとはいえ、そもそも獣人に対する目が厳しい国だ。
特に、上流階級の王族や貴族に、その差別意識が強くあると言われているのは知っている。
そのせいだろうか、接客中の《ベオウルフ》のみんなの表情や動きも硬い。
「あ、あ、そのショウヒンはデスネ……」
「こ、こ、こちら、30Gのお返しで……」
ありゃりゃ、ガチガチだ。
貴族達の目線が気になって、でも礼儀正しく接客しなくちゃいけない緊張感も相俟って、こうなってしまったのかもしれない。
「まぁまぁ、そう警戒する必要は無いよ」
そこで、だった。
お嬢様達の前に姿を現したのは、誰であろうイクサだった。
「彼等は見ての通り、無害で気の良い連中さ。君達も、今まで話を聞くだけで本物の獣人とここまで近くで接した事もないだろう? この機会に、彼等のことをよく理解するのもいい。貴族として、後学にも繋がると思うよ」
「い、イクサ王子!?」
お嬢様達も、やはり王子であるイクサを前にしたなら、驚きを隠せない様子だ。
「お、お会いできて光栄ですわ! 恐れながら、わたくしバルトロ家の――」
「知ってるよ。数年前に一度だけ、会ったことがあるかな。バルトロ家と言えば交易で財を成した貴族だね。変わらない美貌のおかげで、すぐに思い出せたよ」
そう言って、ニコッと笑うイクサ。
(……イクサが……なんか凄い王子様っぽいキザな事言ってる!)
なんだか吹き出しそうになって、私は咄嗟に笑いを堪えた。
しかし、ここにイクサが居てくれてよかった。
貴族のお嬢様達は彼にメロメロで、《ベオウルフ》に対する警戒心も簡単に解いてくれたようだ。
「じゃあ、マコ。彼女達にこの店の商品を紹介してあげてくれないかな?」
「はい、かしこまりました」
イクサにアシストされ、私はお嬢様達に村で採れた果物や野菜、お花、それに工芸品の数々を紹介していく。
「おいしい!」
「こんなに甘くて瑞々しい果物、今まで食べたことがありませんわ!」
試食の果物に舌鼓を打ってもらい。
「綺麗……まるで、ガラスの中に花が咲いているようですわ……」
「それに、とても良い香り」
ハーバリウムの美しさを鑑賞してもらい。
「あら、なんて可愛らしい!」
「これは、ウサギ? それに、イノシシ? この寄せ植えは庭園をイメージしているのかしら。よくできているわね」
ガライの作った木彫りや、フラワーアレンジメントに感動してもらう。
貴族でお高くとまった彼女達も、今や年頃の女の子――女子高生みたいにこの場の雰囲気を楽しんでくれている。
「わたくし、これも欲しいわ!」
「これとこれも、馬車に積んでおいて!」
あれもこれもと、次々に執事に命令してお買い上げである。
いやぁ、流石貴族、買い物っぷりも気持ちが良いね。
「ふぅ……とても楽しいけれど、少し蒸し暑くなってきましたわね」
そこで、一人のお嬢様が、そう言ってハタハタと胸元を仰ぐ。
しめた――と、私は《ベオウルフ》達に目配せする。
「よかったら、外で涼みましょうか」
そう言って、私はお嬢様達を外のテーブルへと案内する。
「特産品のフルーツを使った、目にも口にも涼しい飲み物をご用意いたします」
「飲み物?」
そこに、ガライがお盆を持ってやって来た。
テーブルの上、お嬢様達の前にそれらを置いていく。
「ふわぁ……」
と、お嬢様達の口から感嘆の溜息が漏れた。
彼女達に差し出したのは、我が村の果物と炭酸水を使った清涼飲料、フルーツソーダだ。
実は今日までに仕込みをして、果物を使ったジャムを作っていたのだ(ジャム自体は店頭でも並べている)。
私が《錬金》で、災害時の炊き出しなどに使われる〝大鍋〟を錬成。
炭酸水は、酒屋さんに提供してもらった。
酒屋さんは、保存方法が瓶に栓をするだけなので長くは保たないと言っていたけど、そこは私の出番。
《錬金》で、〝シャンパンストッパー〟を錬成し(パッキン部分は少し細工)、炭酸水の長期保存を可能にした。
後は、デルファイに作ってもらった芸術的グラスに、ジャムとソーダを混ぜる。
底に沈殿したジャムと透明なソーダが、鮮やかなグラデーションを描く。
なんとも綺麗な仕上がりだ。
いいねいいね、現代だったらインスタ映え間違い無しだね。
「綺麗! まるで宝石みたい!」
「セバスチャン!!」
そこで、お嬢様の一人が執事を呼びつける。
見ると、執事が何やら手持ちカメラのような機材を持ってきた。
「あれは魔道具だね」
横から、イクサが補足する。
「貴族のお嬢様達の間では、あの紙に風景を瞬時に写し取る魔道具が大流行りでね。良い風景を取り合っては自慢話の種にしてるんだよ」
マジか。
この世界にもあるんだ、そういう文化というか風潮。
『こりゃ、こりゃ』
と、そこで、足元から声が聞こえた。
「あ、チビちゃん」
ウリ坊のチビちゃんが、頭の上にお盆と飲み物を乗せて、ヨチヨチと歩いている。
もしかして、お手伝いしてくれてる?
偉い!
「な、なんですの!? この愛らしい生き物は!」
瞬間、チビちゃんの姿を発見したお嬢様達が目を輝かせ、我先にと手を伸ばしてくる。
『こ、こりゃ~!』
いきなりの事に、チビちゃんは怖がって私の足元に駆け寄って来た。
「こ、この子は一体!? この子もお店で売っているんですの!?」
「いやいや、売ってません売ってません、商品ではないです」
「おいくら出せば頂けますの!?」
「ですから、売りませんって。大切な従業員です。お触りも禁止です」
私の足元で『こりゃ~』と涙目になっているチビちゃん。
そのチビちゃんに群がるお嬢様達の後ろの方で、背伸びして状況を見ようとしている一人のお嬢様がいた。
この貴族達の中では、どちらかと言うと大人しい性格の方なのかもしれない。
「あっ」
すると、そのお嬢様が背伸びしようとして足元を踏み外し、コケそうになる。
「……っと」
倒れそうになったそのお嬢様を、すかさず近くにいたガライがキャッチした。
「あ、ありがとう、ございます」
意図せずお姫様抱っこのような状態になったお嬢様が、呆気に取られたような、しかし赤面した表情でガライを見上げる。
「……気を付けて下さい」
ガライはお嬢様を軽く持ち上げ、そして地上に立たせる。
うわー、紳士的。
それをされたお嬢様も、おそらく普段、あまりガライのような男性に会う機会が無いのだろう。
ワイルドで逞しい男に、ポウっとしちゃってる。
「わ、わたくしも! わたくしもしていただけるかしら!?」
「あのサービスは、いくらで受けられるの!?」
「いえ、すいませんがあれはサービスではありません」
※ ※ ※ ※ ※
その後も、お嬢様達は私達の店を十分に堪能してくれた。
貴族のお客様という事もあって羽振りもよく、あれもくださるかしら、これもくださるかしら、あとそれも――と、一気に商品を買って行ってくれた。
大分、このお店の商品というか雰囲気を気に入ってくれたようで、「また来ますわ」とのお言葉もいただいた。
「いやぁ、上客ゲットだね」
「マコ! 凄いぞ! 商品がドンドン売り切れてる!」
《ベオウルフ》達も感動したように、そう叫んでいるが――。
(……うん、確かに売れ行きは良いけど……)
これは少々、〝良すぎる〟かもしれない。
「あ、そっちももう在庫切れか」
「うん。その商品の棚のPOP、完売に書き換えておいてくれるかな」
「おう」
さて、心配が出て来た。
在庫、保つかな?




