■21 大盛況です
「どりゃあああああああ! 平伏せ愚民どもぉ! この俺様とマコの芸術的共同作業の前にぃぃぃ!」
デルファイが次々に空へと放り投げる打ち上げ花火が、王都の夜空を染め上げていく。
火蜥蜴族の血が流れる亜人であるデルファイが作り出す、ガラスの爆弾。
その爆弾と、私の《錬金》で生み出した〝金属片〟を入れて作った〝カラースティック〟が組み合わさり、即席の花火が出来上がった。
赤、黄、緑……〝金属片〟との炎色反応で、虹色に染まる空。
そして、その光と音に誘われて――。
「マコ! どんどんお客さんが来るよ!」
「ど、どうしよう……」
最初から店頭に並んでいた人達に加え、誘われて近くから人々が集まってくる。
マウルとメアラが、慌てた様子で走り回っているが――。
「大丈夫! 普通に接して、普通にお客さんからの質問に答えればいいよ」
《ベオウルフ》のみんなや、フレッサちゃんやオルキデアさん達にも、同じように言い聞かせ。
私は、玄関の扉を開けた。
「いらっしゃいませ!」
「「「「「い、いらっしゃいませ!」」」」」
入店してきたお客さん達は、まずは華やかで明るい店内の雰囲気に目を奪われている。
特に、女性客の方々が瞳を輝かせている。
店内を彩る、色鮮やかな《塗料》で塗装された壁や天井。
新鮮で瑞々しい、野菜や果物。
手書きで作られた、思わず読み込んでしまうPOP(商品の情報の書かれた板)。
良い香りを漂わせる、花々。
「どうぞ、ご覧ください! アバトクス村の名産品ですよー!」
よし、掴みは大丈夫そうだ。
やはり時間帯も相まって、若いお客さんが多いというのも、狙い通り。
「マコ、マコ」
マウルとメアラが、私の足元をつついてくる。
彼らが見ている先は、早速稼働し始めたレジの方だ。
「すごいよ! もう売れてる!」
「うん、ありがたいね……でも、だからと言って黙って見てるだけじゃ駄目だよ」
私は、店の裏側――バックヤードへと向かう。
このお店を作る際に、広めの空間を一つ、厨房のような部屋にしておいたのだ。
そこでは既に、ウーガをはじめとした数名の《ベオウルフ》達が切った果物を用意していた。
「じゃあ早速、試食タイムはじめるよ!」
「「「おう!」」」
ウィーブルー当主にもリサーチしたけど、やはり飲食物を売る場合、試食は大切なようだ。
電動工具だって、実際に手に取ってみないと使い心地はわからない。
服だって、実際に着てみないと着心地は想像できない。
パッケージだけじゃ味は伝わらない。
それに――味には自信がある。
試食で食べてもらえれば――。
「うまい!」
「なにこれ、おいしぃ!」
「こんなにうまいトマトなんて、食ったことないぞ!」
「この前、市場都市に行った時も思わず買っちまったけど、相変わらず味は絶品だな!」
よし!
反応は良好!
試食効果もあり、売れ行きのスピードはどんどん上がっていく。
「バゴズ! オレンジの棚が空いちゃう! 裏から在庫を補充して!」
「よっしゃ!」
「マウル、メアラ、あっちのお客さん達に試食品を運んであげて!」
「うん!」
「了解!」
開店して、まだ数分。
既に店内は満員状態と化していた。
「え! 何これ!?」
そこで、一人のお客さんが、展示してある商品に興味を示した。
そこは、花関係の商品が並んでいるゾーンだ。
フラワーアレンジメントなどの、創作品も取り扱っている。
そのお客さんが目を惹かれたのは、まるで瓶詰のように、ガラスの容器の中に花が揺蕩っている代物だった。
「ハーバリウムです」
私は、そのお客さんに、すすす、と静かに近付き解説する。
ハーバリウムとは、瓶の中にドライフラワーと専用のオイルを入れて作られる植物雑貨。
長期の間、綺麗な花と良い香りを楽しめる、おしゃれグッズである。
先日、歓楽街のオイルショップで透明なアロマオイルを探していたのは、これを作るためだ。
「そのお花、心を落ち着かせる香りのするお花なのですわよ」
横からオルキデアさんが解説してくれる。
一昨日、彼女にこのハーバリウム用のドライフラワーを作ってもらうよう依頼したのだ。
「くっはは、ちなみにそのガラスの瓶、この俺様の芸術的手腕によって作られた特注品だ。光が差し込む角度によって、花の見え方が芸術的に変わるよう細工が施されているのだぞ」
花火の打ち上げが一段落ついたのか、デルファイもやって来た。
このハーバリウム用のガラスの瓶は、彼の言う通り、私の希望通り作ってもらった特注品である。
「本当だ、良い匂い……」
「仕事の疲れが癒される~」
王都で暮らす若いお姉さん達が、きゃっきゃと盛り上がってくれている。
うんうん、これも成功だね。
「マコ、外の準備が済んだぞ」
店の裏手から、ガライが現れた。
彼には、お店の横の少し広い敷地で、ある準備を行ってもらっていた。
「よし、じゃあビアガーデンも開始!」
「「「「「はい、よろこんでー!」」」」」
ビアガーデンと言ったけど、ビールは出さないけどね。
提供するのは、特産品の果物を使った果実酒。
まぁ、カクテルみたいなもの。
それに、村の野菜や、いつもウィーブルー当主に仕入れてもらっているお肉を使った料理……と言っても、ほぼほぼ丸焼きなんだけど。
外には、事前にガライが作って用意してくれたイスやテーブルが並んでいる。
さながら、屋外バーだ。
「はい、メニューボードはこれね」
「最早、特産直営店どころのレベルじゃなくなってきたけど……」
私からメニューボードと注文伝票を受け取ったイクサが、その光景を見ながら苦笑いしている。
「あの村じゃ、夜の宴会も特産みたいなものでしょ! 大丈夫! ほら、イクサ! お客さんが来たよ! 注文注文!」
「はいはい、まったく、まさかホールスタッフをやる事になるとはね……まぁ、楽しいからいいけど」
イクサは、あるテーブルに着いた女性グループのところに行って、笑顔で接客を行っている。
その女性客達も、最初はイクサ王子の登場にびっくりしていたが、彼の軽快なトークに徐々に警戒心を解いていく。
ノリノリじゃん、イクサ。
まぁ、イケメンだしね、口も上手いし。
「慣れたもんじゃん、イクサ。この女たらしめ」
「ははっ、女たらしは余計だよ、マコ」
厨房では《ベオウルフ》のみんなに、お酒や料理を作ってもらい(ここ最近、毎晩宴会続きだったので、流石にみんな手際が良い)、イクサ以外にも、マウルやメアラ、フレッサちゃんやオルキデアさんにも運んでもらう。
「いやぁ……」
開店からまだ一時間も経っていないのに、凄い盛り上がりだ。
この時間帯の主な収入源は、どちらかというとお酒や料理の方に傾きそうである。
(……本当に、飲み屋みたいだね……)
でも、大丈夫。
昼間は昼間で、また別の戦略を用意している。
重要なのは、この夜の勢いを朝まで継続することだ。
「あ、スアロさん。どうですか?〝部外者〟の様子は」
「今のところ、私の出番は無さそうだ」
そこで、警備担当のスアロさんがやって来る。
彼女が指さした先には、お客さんの流れが凄すぎて、何もできずに戸惑っているヤクザさん達の姿が見えた。
「あはは、ご愁傷様」
その間にも、外のテーブル席はどんどん埋まっていき、運ばれる料理の香ばしい香りが漂い始める。
さてさて。
長い夜は、まだ始まったばかりだ。
※ ※ ※ ※ ※
さて。
そんな勢いは、結局翌朝の五時くらいまで続く事となった。
……本当に居酒屋のタイムテーブルだよ。
徹夜で棚卸の経験もある私は大丈夫だったけど、マウル達子供勢やオルキデアさんには早々に寝てもらった。
「ふわ~……眠……」
「疲れた……」
そして、夜組の《ベオウルフ》達にも休んでもらう。
事前に夜と翌日の朝組で、スタッフのローテーションを組んでおいてよかった。
「おっす……うお! すげぇ売れてんじゃん!」
「厨房、だいぶゴタゴタしてんなぁ……」
「じゃ、夜組はお休みね。朝組、おはよう。厨房と店内の掃除、それと商品補充をやろうか」
私は、入れ替わったみんなに指示を飛ばす。
既に、朝から普通のお客さん達が店に入り始めているのだ。
「ガライ、イクサ、ごめんね、ぶっ続けで」
「全然、問題無いよ」
「マコこそ、大丈夫か?」
イクサとガライには、引き続き店に残ってもらう。
と言っても、本人達の希望なので、キツイと思ったらいつでも休んでもらうつもりだ。
「……さてと、それじゃあ、ここからが本格的な営業だね」
おそらく今日、昨日の夜の花火の存在や、この店の盛況っぷりを知りながらも、時間や事情の関係で来られなかったお客さん達が来る。
これから、第二のピークが始まる。
「みんな、頑張っていくよ!」
「「「「「おお!」」」」」




