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■20 いよいよ開幕です


 ――そして、遂にオープン当日を迎えた。

 ……の、だが。


「どういうことだよ!」


 朝の店内に、ウーガの困惑した声が響き渡る。


「なんで、まだオープンしないんだよ!」

「ウーガ、落ち着いて」


 私達の店は、一応開店時間を事前に朝9時から夜8時と決めていた。

 別にルール上、営業時間は何時から何時までと取り決めしなくちゃいけない決まりはないが(やろうと思えば24時間営業でもいい)、単純に周囲の商店に合わせて決めた設定だ。

 しかし、オープン初日である今日――私は、営業開始時間になっても店を開けていない。

 しかも――。


「しかも、今日の開店時間を夜の7時からにするって……他の店が、店仕舞いする時間帯じゃねぇか!」


 グランドオープンは、今日の夜7時。

 そう、店の入り口にも張り紙を張ってある。


「そうなったら、とっくに夜だぜ? 大丈夫なのかよ……」

「落ち着け、ウーガ」


 焦るウーガの肩に、ガライが手を置く。


「マコには考えがある。その上での判断だ」

「そりゃ、そうだろうけどよぉ……」

「ごめんね、ウーガ。それにみんなも、不安だよね」


 私は、店内に集まった皆の姿を見回す。

 勝負の時間は一週間。

 今日まで、皆頑張って力を注いで作り上げてきたお店が存続するか否かの、大切な勝負なのだ。


「でも、みんな昨日も遅くまで頑張ってくれて、一旦落ち着く時間も無かったでしょ? 中には、緊張して寝られなかった人もいるんじゃないかな」


 ギクッ――と、何人かの《ベオウルフ》達が反応する。

 マウルとメアラも反応した。


「俺様は芸術的に熟睡したがな」

「デルファイはちょっと静かにしてて。だからね、今日は夜の開店まで最終確認。商品の陳列場所や説明、応対の仕方まで、みんなきちんと復習しておいて」


 それと、店のクリンリネス(掃除や商品の整理)も確実に。


「そんな、ノンビリしてていいのか?」


 呟くバゴズに、私は自信満々の表情を向ける。


「いいんだよ。むしろ、今の内に最終チェックをしっかりしておかないと、夜から忙しくなるからね」

「え?」

「マコ! じゃあ、やっぱり何か秘策があるのか!?」

「ふふふ、当然」


 私が言うと、皆が何かを期待するように、表情に元気を取り戻していく。

 うんうん、信じてくれたみたいで嬉しいよ。


「よし、じゃあみんな、夜のオープンまで準備を徹底しておいてね」

「あれ? マコ、どこか行くの?」


 問い掛けてくるマウル。


「うん、そうだ、マウルとメアラも一緒に行く? ちょっと、イクサと一緒に他のお店の偵察に行こうと思って」

「偵察?」

「そういえば、エンティアと、あの黒い狼はどこに行ったの?」


 メアラが、少し前から姿を消したエンティアとクロちゃんの事に気付いた。

 本当は一昨日の夜からいなくなっているのだが、それに今更気付くということは、やっぱり心と頭が休まっていないのだろう。

 気分転換がてら、お出かけしよう。


「エンティア達には、特別任務にあたってもらってるんだ。よし、じゃあマウル、メアラ、イクサ、ちょっと出かけて来よっか」




※ ※ ※ ※ ※




 私達が最初に訪れたのは、おそらく近隣の競合店で一番の強敵となるだろう青果商店。

 先日、ご令嬢が宣戦布告に参られた、ウィーブルー家と並ぶと名高い大商家。

 グロッサム家が経営しているという店舗だった。


「おお」


 ここら一帯で、同業者の中では一番の売り上げを出している店――とは聞いていたが……。

 実際に訪れてみると、店頭からお客さんが溢れる程の盛況っぷりだった。


「凄い……」

「中に入れない……」


 マウルとメアラが目を丸めている。


「確かに凄いが……流石に、普段からこれほどではないだろうね」


 言いながら、イクサが何やら紙を私に見せてきた。


「これって、このお店のチラシ?」

「ああ」

「あら、誰かと思えば」


 そこで、聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り向くと、豪奢な衣装を着た金髪のツインテールの少女が立っていた。


「あたしが店長を務めるお店に、何の用かしら? アバトクス村名産直営店の皆さん」

「これは、レイレお嬢様。お久しぶりです」


 私が深々と頭を下げると、レイレは「ふん」と喉を鳴らす。


「聞いたわよ。あんた達の店、今日の夜に開店するんだってね。一体何のつもりなの?」

「気に掛けていただき、ありがとうございます」

「別に心配してるわけじゃないわ。正気な行動とは思えないだけよ。だって――」


 そこで、レイレがイクサの存在に気付く。


「……え、え? イクサ王子?」

「それよりも、レイレお嬢様。今日はかなり盛り上がっていますね」


 困惑する彼女に、私は店の様子を見ながら言う。


「え、ええ、そうよ。あんた達に対抗しようとしたわけじゃないけど、今日は特売品の売り出しを決行したからね」


 レイレは少し動揺しながら、私に答える。

 この盛り上がりと、客入りの良さは、やはり何らかの販売企画の結果だったようだ。


「庶民には手に入らないような高級フルーツや、国外の珍しい作物を普段の価格から二、三割値下げで販売しているのよ。ビラも配ってね。それが話題になって、中々の集客に繋がったようね」


 なるほど、企画内容は値下げ対策か。

 確かに、この状況を見る限り効果はあったようだ。

 これは良い話を聞いた。

 流石は王都――話題を作れば、それに反応してくれる人は多くいるということだ。


「しかし、今日は暑いわね。人の量も多いし、貴重な商品が傷んだら敵わないわ」


 そこでレイレは、はたはたと自分の手で顔を扇ぎながら店内の方を見る。

 確かに、今日は気候が良い。

 陽気が良い上、人が密集しているので気温が高まっている。


「仕方がないわね」


 呟き、レイレは両手を店内の方に翳し、集中するように瞑目する。

 瞬間――彼女の体から、白い燐光が滲み出す。


「あ!」


 マウルも、その現象に気付いて声を上げた。

 彼女の構えた両手から、冷たい気流が生まれ、それが店内の方へと流れていった。


「……ふぅ、ちょっと空調をしてあげたわ」


 レイレは、額から汗を落としながら深く息を吐く。

 そして、「どやっ」と言いたそうな顔をこちらに向けてきた。


「驚いた? 私の母上は貴族の出身。だから私にも魔力が備わっていて、冷気を生み出す魔法を使えるのよ」


 自信満々に言っているけど、数秒冷気を生み出して汗だくになっている姿から察するに、そこまで魔力の量――MPは多くないのかもしれない。

「う……」と、今も立ち眩みを覚えたのか、足元をふらつかせている。


「立ち話も辛そうですので、この辺りで失礼させていただきます。お話を伺わせていただき、ありがとうございました」


 そう言い残し、私はその場を後にしようとする。


「……ところであんた達、再三になるけど、こんなところで油を売ってていいわけ?」


 そんな私達の背中に、レイレは尚も忠告をしてくる。


「言っておくけど、手加減はしないわよ、あたしは。勝負を挑んだからには、真剣に潰させてもらうから」


 ……心配しないと言いながら、忠告をしてきたり。

 高飛車で、勝気な性格ではあるけど、きっと根から悪い人間ではないのかもしれない。


「わかってますよ、レイレお嬢様。私達も、決して勝負を投げているわけじゃありません」

「……そう。ま、精々頑張ることね。張り合いがないと、私にとっても良い経験にはならないから」


 その会話を最後に、グロッサム家の商店から去る私達。


「マコ、大丈夫なの? 向こう、凄くお客さんがいっぱいいたよ?」


 マウルが心配そうに、そう呟く。

 私は「うーん……」と、少し唸り。


「そうだね、悪くない戦略だとは思うよ。値下げって安易な方法に見えるけど、確実に需要に適したインパクトのある企画だから」


 ただ……と、私は続ける。


「値下げ自体は悪くないけど、〝させ方〟はもうちょっと考えないといけなかったかな」

「値下げの、させ方?」


 繰り返すメアラに、私は「うん」と返す。


「高いものや珍しいものを値下げするのは、確かに目は引くけどもあまり意味がない事が多いんだよ。普段高くて手が出ないものって、ちょっと値下げしたって『やっぱり要らない』ってなる人の方が多いしね」


 理想は、高いものを値下げするなら、普段安いものも更に値下げする。


「需要が高いのは明らかに後者だから、来客数は更に上がる。客数が増えて、需要のあるものを安価で買って余裕があるなら、値下げした高級品も『この機会に』って財布の紐が緩むことがあるからね」

「へぇ……」


 低いものも更に下げ、高いものも下げ、相乗効果でトータルの売り上げを上げる――これが大事なのだと思う。

 そう会話を交えながら、私達は次なる店の偵察へと向かった。




※ ※ ※ ※ ※




 その後も一通り、近場の商店を見て回り、見学を済ませた私達は自店舗へと戻る事にした。

 その途中。


「ああ、これはこれは、イクサ王子」


 前方から、二人の人物が近付いてきた。

 一方は、黒いコートに黒と白に分かれた奇抜な髪色、その下には安っぽい笑みを浮かべた顔。

 ならず者集団のボス――ブラドだ。


「今日が勝負開始の正に大切な初日! のはずなのに、こんなところでお散歩中とは随分と悠長ですなぁ。それとも、自信の表れですかねぇ?」


 ブラドは、相変わらずヘラヘラとした態度でそう軽口を叩く。


「イクサ王子」


 そして、ブラドと一緒にいるのは、誰であろう王子同士の戦いの管理を務める、老年の監視官だった。


「やぁ、珍しいね。何の用だい?」

「本日より、取り決め通り一週間の売り上げを以て勝敗を決めさせていただきます……そう再確認をお伝えするため、改めてご挨拶に向かわせていただいたところ、店舗の方にはいらっしゃらないと知り、加えて偶然近くにいたブラド様と遭遇した次第でございます」


 監視官はそう言っているが、ブラドが近くにいたのは偶然でもなんでもなく、うちの店の様子を見張っていただけだろう。


「……よろしいのですか、イクサ王子」


 そこで、監視官がひそひそと、イクサに耳打ちをする。


「今回の戦い、ルールを定める際に特に物言いをされず了解を頂きました故、それ以上進言は致しませんでしたが……貴方様にとってはかなり不利な状況と思えます」

「問題無いよ」


 イクサは、静かに私を見た。


「今回の戦いは、全て彼女に託した。託した以上、男として無様に足掻きはしない。それに、逆に言えば、この戦いに勝利すればその分、ネロの株を落とす事ができるということだからね。アンティミシュカの時同様、事後取引ではガッツリ優位に立てる」

「……左様ですか」

「ああ、そのネロ王子ですがね。やはり、この勝負、ご自身の賭け馬が勝つ所を見たいと、来訪されるとお聞きしましたわ」


 そこで、ブラドが思い出したように言った。


「確か……そう、開店から四日目。なので、明後日ですね。王都にネロ王子が来られるそうで」


 ニィッと、ブラドが笑う。


「精々、その時期〝くらい〟は良い勝負ができているよう、アタシも願っておきますわ」

「お心遣い感謝するよ。無用だけどね」


 イクサはそう言って不敵に笑った。

 うーん……信頼してくれるのはありがたいけど、そこまで頼りにされると緊張しちゃうね。

 ……まぁ、負ける気は更々無いけどさ。




※ ※ ※ ※ ※




 ……――そして、時間は勝負の時に向かって迫り。

 夜、7時前。

 遂に、その時がやってきた。

 店舗に関連するすべての準備は万全。

 店内ではスタッフのみんなが、今か今かと開幕の時を待っている。

 既に、店頭には噂を聞きつけ数名のお客さん達が並んでくれている。

 ……しかし、やはり他の店の営業時間から外れて夜だからか、その数は決して多いというわけではない。


「……で、だ」


 店舗の裏手。


「こんなところに俺様を呼び出して、何の用だ? マコ」


 そこに、私はデルファイと共にいた。


「デルファイに、協力して欲しいことがあってね」

「なんだ? この俺様の芸術的感性が生かせる話か?」

「うん、そりゃもう、思いっきりね」


 私はデルファイに、今から行う事を手早く説明する。


「……おいおい、マコ」


 ふぅ……と、デルファイは銀色の長髪を落として深く嘆息した。


「やはり、俺様はお前が気に入らない」

「どうして?」

「お前の発想が、俺様が思い付かないようなものだからだ」

「じゃあ、協力はしてくれない?」

「するに決まってるだろう!」


 笑みを浮かべて、デルファイはその手にガラス玉を掴み、握り締める。


「この俺様の芸術的手腕で、お前の芸術的発想を文字通り昇華させてやろう!」

「ありがとう、デルファイ!」


 私は、前以て用意していたものを、デルファイに渡す。

 それは、デルファイに作ってもらっていたガラスの筒……試験管のような細長い筒だ。

 その中には、多種多様な〝金属の粉〟が入っており、口はコルク栓で閉められている。

 これは、〝カラースティック〟と呼ばれる商品をイメージして作ったものだ。

〝カラースティック〟とは、薪ストーブや暖炉の中に入れて燃やすと、炎色反応で炎を虹色に着色することができるという、一種のパーティーグッズである。

 デルファイがガラスを使って〝シャボン玉〟を作り、その中に私が渡した筒を入れるようにして加工する。


「行くぞ、マコ!」

「うん! 思いっきりやっちゃって!」


 デルファイは作り出した〝カラースティック〟入りのシャボン玉を、思い切り空高く投擲する。

 デルファイのシャボン玉には、彼の血に宿った火蜥蜴族の魔力が込められており、衝撃を与えると――。

 ――高く舞い上がったシャボン玉が起爆し、夜空に虹色の光を生み出した。

 ――それこそ、打ち上げ花火のように。


「な、なんだ! 今の音!」

「それに光!」


 思わず、店の中から皆が出てきた。

 夜空を染め上げた色鮮やかな光は、この王都のどこにいても見られたはずだ。

 一体何が起こったのかと、皆がその発信地に興味を惹かれてやって来る。


「おっしゃあ! 次次次ぃ! もっといくぞ、マコ!」


 デルファイが次々に打ち上げる煌びやかな光と音が、王都中にこの店の存在を宣伝する。


「来たよ、みんな!」


 そして、その派手な光に誘われて、夜の7時にオープンした我らが店舗に、続々と人が集まり始めてくる。


「さぁ、玄関を開けて! アバトクス村名産直営店、いざグランドオープン!」



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