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■19 芸術家はかなり濃いキャラです


「そうかそうか、俺様に会いたくてわざわざ冒険者になってまで助けに駆け付けたというわけか。流石は俺様。芸術的に人気だな」


 そう言って、デルファイは呵々大笑する。

 うーん……。

 奇抜な恰好といい、この性格といい。

 今更ながら、あのガラス品ショップのお姉さんが言っていた言葉を思い出す。

 ――会ったら、きっと驚く。

 なるほど、中々、いや、かなり濃いキャラだ。


「結局、財宝は無かったんだね」


 イクサが洞穴の奥――岩壁に触れながら言う。


「ああ、ホラ話もいいところだったな。まぁ、もし財宝とやらがあったなら、ギルドには黙って持って帰って、俺様の芸術作品に利用してやろうと思っていたが」

「お前、そんな事ばかりしているからずっとEランクから上がらないんだろう」


 ウルシマさんが嘆息混じりに言う。

 呆れてしまうくらいに唯我独尊である。

 この傲岸不遜っぷり、仮●ライダーカブトのテンドウ・ソウジを思い出す。


「よし、俺様のファンども! その熱意に応えて、面白いものを見せてやろう!」


 銀色の髪を振り上げ、デルファイは叫ぶ。

 彼は自身の体に括り付けているビー玉の一つを手に取り、それを握り締める。

 そして握り締めた拳に口を当て、息を吹き込む。


「え?」


 すると、彼の手の中から、ふわりと風船が生み出された。

 いや、違う、風船ではない。

 それは、ガラスでできたシャボン玉だ。


「凄いな。これ、どうやって……」


 イクサが、ふわふわと浮かぶシャボン玉に指を伸ばす。


「おい、無暗に触らん方がいいぞ」


 すると、デルファイに止められた。

 シャボン玉は空中を浮遊し、やがて洞窟の壁にぶつかる。

 ――瞬間、爆発が巻き起こった。


「!」

「うわ!」


 シャボン玉が爆ぜた――と思った瞬間、爆音と爆炎が発生し、轟音が洞窟内にこだます。

 アカシ君が、思わず声を上げた。


「くっはは、驚いたか? 名付けて、芸術的爆弾!」

「えーっと、そのネーミングセンスはどうかと思うけど……今のは、一体」

「なんだ? 俺様のファンのくせに、俺様のことをまったくわかってないな、お前。よく見ろ」


 そう言って、デルファイは自身の髪を掻き上げる。

 露わになった両頬には、薄っすらと鱗が浮かんでいる。

 鱗……爬虫類……。


火蜥蜴(サラマンダー)、か」


 隣で、イクサが合点いったように呟いた。


「ああ、正解だ。俺様は、火蜥蜴族の血が混じった亜人よ。その力が体に宿り、炎の息を吐くことができる」

「……なるほど」


 よくわかった。

 彼はガライと同じような亜人であり、その身に魔族特有の異能力を宿している。

 デルファイの場合は、高熱の息を吐く力――その力を使って、ガラスを加熱して、道具を使うことなく様々な芸術作品を加工していたんだ。

 彼がガラスで作ったシャボン玉の中にサラマンダーの魔力を封じ込めて、破裂と同時に爆発する爆弾にしたというわけだ。


「そうやってガラス細工を作ってたんだね」

「ガラスは芸術の卵だ。俺様が最も、俺様自身の才能を発揮できる素材と思ったのがガラスだ」


 そう言って、デルファイは屈託なく笑う。

 心の底から、本気でそう思っているのだろう。


「で、何故俺様に会いたかったんだ?」


 そこでデルファイは、改めて私達に問うてきた。


「まぁ、ただのファン心理ってやつかもしれないが、もしかして俺様に何か作って欲しいものでもあったのか?」

「そう! 正にその通り!」


 その言葉を待っていた!

 私はデルファイの元に駆け寄ると、懐から紙を取り出す。

 私が探している、〝ガラス細工〟のイメージを描いたものだ。


「実は、こういうのを作って欲しいんだけど」

「ん~?」


 デルファイは、私が詳細に記した絵を見る。


「……お前」


 その紙に描かれた絵を見て、デルファイは目を丸めた。


「お前、面白いやつだな! こんなもんを俺に作れってのか!?」

「え! もしかして、気に入ってくれた!?」

「逆だ! めちゃくちゃ腹が立つ!」

「ええ!?」


 デルファイは顔を顰めて怒り出した。

 なんですか、その感情の変化。


「お前が作れっつったこの作品! はっきり言って俺には無かった発想だ! そこが途轍もなく腹が立つ! まるで俺が芸術的に負けたみてぇじゃねぇか!」

「ええ……じゃあ、作ってくれないの?」

「いや、作る!」

「どっち!?」

「お前の発想の方が優れていようが、それを実際に生み出せば俺の方が芸術的にすげぇって事だからな! 嫌だっつってもこいつを作ってやる!」


 もー……よくわからないな、芸術家の考える事は。

 けど、作ってくれるっていうなら止める必要は無い。


「ともかく、まずは下山するか」


 ガライが冷静にそう言った。

 うん、そうだね。




※ ※ ※ ※ ※




 その後――私達は、夜中の山道を下り王都へと帰る形となった。

 当然ながら、行きの時間と同じだけの時間のかかる下山。

 更にその間、ずっとデルファイから「マコ! お前の発想は中々素晴らしい! お前となら芸術家として気が合いそうだ!」と延々話し掛けられ続ける形となってしまった。

 うぐぅ……疲れる……。

 ホームセンター時代も、接客中一人のお客さんに気に入られると一時間も二時間も付き添う形になってしまう時があるんだけど、正直言ってその他の作業も滞ってしまって困るんですよ……。

 何はともあれ、私達は朝方に王都へと帰還を果たした。

 朝日が昇り始めてる……。


「冒険者ギルドには、俺から報告をしておこう」


 ウルシマさんが、見るからに困憊している私の様子を慮って、そう提案してくれた。

 別に体力の限界というわけではないのだけど。

 純粋に、眠たい……。


「君達は……宿に戻って早く休むといい」


 うう、ありがとう、ウルシマさん。


「よし、マコ! 俺様も準備を進めておこう! ひと眠りしたら俺様の工房に来い!」


 デルファイは、まったく体力が衰えていないといった感じだ。

 その元気、分けて欲しい。


「マコ、結局皆に説明の無いまま一夜が明けちまった。俺が説明に行っておくから、アンタは身を休めておけ」

「あ、ありがとう、ガライ……」


 そこからの記憶は曖昧だけど、とりあえず宿へと戻った事は確かだ。

 多分、途中で眠気に耐えきれず眠ってしまったのを、ガライに抱き上げられて宿まで運ばれたようだ。

 私はしばらく、夢の世界にいた。

 ウリ坊のチビちゃん達と、マウルとメアラと草原でコロコロ転がって遊んでいる夢だった。

 ……本当に疲れているのかな、私。

 その夢の中に、デルファイが現れて私に芸術の話をしてきた瞬間に目が覚めた。

 若干、トラウマになっているのかもしれない。


「……あれ?」


 宿の自室の中――私は窓の外を見る。

 真っ暗だ。

 変だな、確か朝方に帰ってきたはずなのに……。


「……まさか」


 私は慌てて部屋を出ると、宿の受付ロビーに向かう。

 そこに居る従業員の人に聞いた。


「すいません! 今って何月何日の何時ですか!?」


 従業員の人は、私の剣幕に驚きながらも説明してくれた。

 今は、私達が下山した日の夜だった。

 ……不覚。

 ……一日中寝てしまった。


「みんな、まだお店で作業中なのかな……私も行かないと!」


 私は大慌てで、私達の店舗に向けて走り出した。

 一日寝て、体力も気力もバリバリ全回復である。




※ ※ ※ ※ ※




 オープンまであと二日……の夜。

 私は、まだ明かりがついている私達のお店に急いで駆け込んだ。

 予想通り――皆、まだ店の中で細かい装飾を作ってくれている最中だった。


「みんなごめん! 完っ全に寝坊した!」

「「「「「マコ!」」」」」


 急いで店に駆け込むと、私の姿を見た途端に皆が駆け寄って来た。

 ドドドドと、凄い勢いだ。


「昨日の夕方からいなくなっちゃって、心配してたんだよ!」

「朝、宿に帰って来てからずっと寝っぱなしだったし」


 マウルとメアラが、心配そうに私の足に引っ付いてきた。

 そんなに心細かったのかな? 


「俺達も心配してたんだぜ?」

「一応、もらってた指示通り仕事は進めてたけどよぉ」

「ありがとう、ラム、バゴズ」


《ベオウルフ》のみんなも、私の姿を見て安堵したように言う。


「今日の朝一で、ガライが事情を説明してくれたから良かったけど」

「頼むぜ、マコ。あんたが俺達の屋台骨なんだからな」

「えへへ、ごめんね」


 私はチラッと、店の隅の方にいるガライを見る。

 ナイスサポート。

 やっぱり、ガライは頼りになる。


「そうだ、マコ。マコがいない間、エンティアと……あと、あの黒い狼」

「ああ、クロちゃん?」

「その二匹と、スアロさんが店を守ってくれてたんだぜ」

『おう、姉御。一晩会ってないだけなのに、なんだか久しぶりな感じがするな』


 エンティアとクロちゃん、そしてスアロさんが私の前に来る。

 私が居ない間、彼等に店のガードをお願いしていたのだ。


『あのヤクザ共、色々ちょこまかと店に嫌がらせをしにやって来たからな。見つけ次第ぶっ飛ばしてやったわ』

「姑息な連中だった。店の周りにドブ水を撒こうとしたり、下品な文句の書かれた紙を貼り付けようとしてきたり」


 スアロさんが溜息を吐く。

 うわぁ、古典的。なんだか、昭和のヤクザって感じ。

 しかしどうやら、皆のおかげで店の平和は無事守られていたようだ。


「ありがとうございます、スアロさん。それに、エンティアとクロちゃんも」

『ふふふっ、マコの騎士として、マコの大切なものも守るのが当然の務め』

『まーた、気取った事ばかり言いおって』

「……なぁ、それよりもマコ」


 そこで、《ベオウルフ》の一人――ラムがコソコソと、店の後ろの方を指差しながら言う。

 そこに居たのは、誰であろう、デルファイだった。

 偉そうな態度で仁王立ちしている。


「マコ、あいつ一体何者なんだ!」

「今日の夕方くらいにここに来て、ずっと居座ってんだ!」

「『俺様はマコに用がある』って、全然詳しい説明しねぇし!」

「と思ったら、『暇だから話し相手にでもなれ』っつって一方的に話し掛けて来るし!」

「凄いウザいぞ!」


《ベオウルフ》達から非難囂々である。

 まぁ、やっぱりあのキャラじゃね。


「なんだこいつら、この俺様がわざわざ芸術的なトークをしてやったというのに、失礼な連中だ」


 本人は、まるで悪びれた様子も無い。


「そうだ、マコ! お前が一向に工房に来ないから、こちらから出向いてやったのだぞ! せっかく、希望の品を作って持って来てやっていたというのに!」

「え! もう作ってくれたの!?」


 デルファイは、傍に置いてあった大きな風呂敷を持ち上げ、適当なテーブルの上に置く。


「どうだ!」


 そして、風呂敷が広げらる。

 そこに現れたのは、私が彼に発注した――様々な形をした、ガラスの容器の数々だった。


「凄い! 本当に、私が指定した通りの出来だよ!」


 三角錐型のガラスの瓶――その表面に、多様な装飾の施された芸術的な出来のガラス容器。

 六角形に八角形、十二角形、オシャレな形の瓶がいっぱい。


「くっはは、恐れおののいたか、お前の芸術的発想を見事形にした、この俺様の芸術的な手腕に」

「うんうん、恐れおののいた恐れおののいた。芸術的に恐れおののいた」

「うわぁ、綺麗だね」

「見た事ない形だ」


 マウルやメアラを始め、他の皆もデルファイの作って来たガラス容器に目を奪われている。

 そうそう、正にこの反応。

 ありがとう、デルファイ。

 これで、最後のピースが揃った。


「よし、じゃあ、みんな一旦宿に戻ろうか。昨日から、本当にありがとうね」

「なに!?」


 デルファイがびっくりしている。

 いや、流石にもう夜だし、みんなぶっ続けの作業で疲れているからね。


「今からこのガラス容器の真価が発揮されるんじゃないのか!? 俺様はそれが見たくて知りたくてここまでわざわざ運んできたのだぞ!」

「大丈夫大丈夫、明日からでも遅くないよ。今日は夜も遅いから、続きは明日」


 そこで私はデルファイの耳元に顔を近づけると、ヒソヒソ声で言う。


「それに、こんな凄い出来の作品をまさか本当に作り上げてくれるなんて、かなり驚いたよ。その製造過程の話とか、聞かせて欲しいな」

「ん? そうか? 俺様の芸術的作成秘話を知りたいのか? ならばしょうがない、語ってやろう」


 デルファイはニヤニヤとしながら、そう納得した。

 よし、なんとなく、この人の扱い方がわかってきた気がする。

 というわけで、私達は今日の作業を休止し、宿へと戻る事にした。


「スアロさんも、お礼がしたいので宿に戻りませんか?」

「私は、ガライ氏と共に夜間警備を行う」


 スアロさんは、ガライと一緒に残って、ブラド達の組が何か仕掛けてこないか警備をしてくれるという。

 この人も、ガライも、全然休んでないのに……頼もしいなぁ。


「ありがとうございます。深夜に差し入れ持ってきますので。あ、オルキデアさん」


 私はそこで、オルキデアさんに声を掛ける。


「オルキデアさん、明日、こういうのを用意して欲しいんだけど」


 新商品の開発に必要な〝植物〟の内容を、オルキデアさんに伝える。


「うふふ、かしこまりましたわ、マコ様。わたくしも、久しぶりの出番ですわね」

「お姉ちゃん、頑張るです!」


 フレッサちゃんに応援されて、オルキデアさんもやる気になってくれている。

 更に私は、欠伸をしているエンティアとクロちゃんにも声を掛けた。


「ねぇ、エンティア、クロちゃん」

『ん?』

『何事だ、マコ』


 私は二人にヒソヒソ声で、〝あるお願い〟をする。


『……ほほう、わかったぞ、姉御』

『マコの願いなら仕方が無い、頼まれよう』


 こうして、私達は一旦宿へと戻り休息を取る事にした。

 私はまた結構な時間まで、デルファイの話し相手をする形になったけど。

 彼も、どうやら長い間、変わり者の芸術家として周囲から距離を取られていたようだ。

 ここまで胸中を曝け出せる話し相手が居なかったのだろう、無邪気に芸術について語る姿は、とても楽しそうだった。

 そんなこんなで、翌日の朝を迎える。

 店舗オープンまで、最後の一日が開始した。




※ ※ ※ ※ ※




 最後の一日は、皆で協力して商品開発に徹した。


「よし、じゃあ、私の指示通りよろしく!」


 先日、歓楽街周辺で掻き集めてきた素材を使って、新しい商品を作っていく。

 皆、初めて見るようなものが多いようで、作り出されていく商品の数々に驚いていた。

 そして――一瞬で時間は過ぎ去り、夜。

 作業及び、陳列、全てが完了。

 明日から、いつでも店をオープンできる状態となった。

 私は改めて、店の玄関口に立ってその全容を見る。

 掲げられた看板に、カラフルな塗料で書かれた『アバトクス村名産直営店』の文字。

 ……うーん、改めて、このお店を一から全部作っちゃったのか。

 そう考えると、どこか夢うつつな感覚に襲われる。


「お疲れ様、マコ」


 むずむずする気持ちを味わっていたところに、背後から声を掛けられた。

 イクサだ。

 彼にも、今日まで一スタッフとして色々と手伝ってもらった。

 けど、明日から始まる戦いにおいては――責任ある立場に戻る事となる。


「いやぁ、てんやわんやだったね」


 しかし、そんな気配など微塵も感じさせない柔らかい表情で、彼は言う。


「でも、何はともあれ、みんなのおかげで明日オープンの準備は整ったよ」

「どうだい? 勝算の程は」


 イクサが、私に聞いてくる。

 一週間で、1000万Gの売り上げを稼ぐ。

 それが、私達の勝利条件。


「イクサはどう思う?」

「僕は、マコなら勝つと信じてるよ」


 イクサは、一つも疑問など無いといった風に、そう言った。


「そう、ありがとう」


 私は答える。

 先程から、胸の中に生まれているうずうずとした感覚。

 これは、恐怖とか、焦燥とか、そういうのではない。

 紛れも無い、期待だ。

 ――きっと明日から、私達のお店は凄い事を起こす気がする。


「私もね、この勝負、まるで負ける気がしないんだ」


 この感覚が、まやかしか真実か。

 明日、はっきりとわかる。

 元ホームセンター店員、本田真心。

 私の集大成が、この異世界の王都でいよいよ発揮される。



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