■18 悪魔族との戦いです
「くくっ……本当に人間とは面白いな。無様に這い蹲る事がわかっているのに、自分から仲間を引き連れてやってくるとは」
そう言って、悪魔はバサリと大きく翼を広げた。
月下、大仰に展開された羽が光を受けて妖しく輝いている。
「まぁ、こちらとしては好都合だがな。吾輩に蹂躙される正に今わの際、その時に発生する恐怖の心が、吾輩達にとっては何よりの馳走」
「………」
私をはじめ、皆が悪魔の漏らす独り言を聞きながら、その挙動を警戒している。
その中、私は悪魔の背中に生えた翼を見て、少し違和感を覚えた。
(……あの翼の〝模様〟……)
「来るぞ! 構えろ!」
ウルシマさんの声が響く。
悪魔が、天空で大きく翼を引いていた。
そして引いた翼が、前方へと仰がれる。
強風が発生した。
「うおお!」
アカシ君の悲鳴が響く。
吹きすさぶ強風が、私達の体を揺らす。
否、それだけではない。
「ガライ!」
私は気付いた。
私達の隠れている岩に、徐々に亀裂が走ってきており――。
瞬間、岩が切り裂かれた。
まるで鋭利な刃によって切断されたかのようだった。
寸前、私とイクサはガライに抱きかかえられ、その場から退避していた。
アカシ君とウルシマさんも、私の声に反応し、同様に回避できていたようだ。
「風の刃か!」
百戦錬磨のウルシマさんは、瞬時に敵の能力を読み取ったようだ。
多分、カマイタチとかそういうのだろう。
翼が起こした風で、真空波の刃を生み出しているとか。
「マコ、何か策はあるかい?」
別の巨大な岩の陰に隠れた私達。
その中で、イクサが私の目を見て言った。
(……イクサ……)
イクサは、本当に私の事を信頼してくれているようだ。
それは、相手が悪魔でも変わりはないのだろう。
いつも、重大なことでも、必ず私に意見を求めてくれる。
(……じゃあ、それに応えてあげないとね……)
「なんだ……何か考えがあるのか?」
ウルシマさんが眉間に皺を寄せながら問う。
「まず、あの翼が邪魔ですね。拘束しようと思います」
言いながら、私はスキル《錬金》を発動する。
「ウルシマさん、アカシ君、私の事を信じてくれますか?」
「当然です!」
「……いいだろう、作戦を聞かせてくれ」
※ ※ ※ ※ ※
「……くっくっ、何をコソコソと」
空に浮遊したまま、悪魔は私達の隠れた岩の方を見下ろし、その顔に邪悪な笑みを浮かべている。
「取るに足らない人間共め、隠れても意味がないということをわからぬか?」
悪魔は再び、大きく翼を稼働させる。
発生する風の刃が、こちらに向かって飛んでくる――。
「ハァッ!」
刹那、岩陰から飛び出したウルシマさんが、その背に背負っていた大剣を振り上げ、襲来した風の刃を切り飛ばした。
「……ほう」
悪魔が、少しだけ感心したように声を漏らした。
ウルシマさんに聞いたところ、彼はスキル《加速》を用い剣速を速くできるらしい。
あの巨大で相当な重量であろう剣を、高速で振り抜いている。
「くくっ、いいぞ。少しは抵抗してもらわねば、面白みがない」
悪魔は嗤いながら、次々に風の刃を飛ばして来る。
ウルシマさんは大剣を振るい、それらを弾いていくが、その圧倒的な数の前に徐々に押され始める。
「くぅッ……!」
「ほれほれ、どうした。吾輩はまだ、一割の力も出していないぞ?」
嘲笑う悪魔。
瞬間――その悪魔の背後に、何かが接近した。
「!」
悪魔が振り返る。
まるで気配を感じなかったのだろう。
「うおりゃああ!」
アカシ君だ。
彼は《忍足》という、全身から物音や気配を消すスキルを持っていた。
その力を発動し、ガライに投げ飛ばしてもらい、悪魔の背後にまで到達したのだ。
そして、アカシ君は手にしていた〝それ〟を、悪魔の体に巻き付ける。
「ぐっ!?」
悪魔は、きっと急激に体に襲い掛かってきた重みを味わっていることだろう。
アカシ君が悪魔の体に巻き付けたのは、私が錬成した金属の〝鎖〟。
「せいっ!」
そして巻き付けると共に、アカシ君は同じく私の生み出した〝南京錠〟で〝鎖〟をロックする。
体、そして翼の根元に巻き付いた鎖に、更にアカシ君がしがみつき体重をかける。
翼がうまく動かせない悪魔が、地面へと落ちてくる。
「よしっ! やったか!?」
ウルシマさんが叫ぶ。
ウルシマさん、それフラグ!
「ちょこ、ざいな!」
そこで、悪魔は額に青筋を立てると、全身に全力で力を込めたのだろう。
彼の体に巻き付いていた〝鎖〟が、引き千切れた。
残念ながら、フラグは回収されてしまった。
「うわああ!」
落下してくるアカシ君は、ガライによって受け止められる。
悪魔は依然、滞空状態。
「駄目だったか……マコ、次はどうする?」
私と一緒に岩陰に隠れていたイクサが、そう促す。
「駄目だ、一旦退くぞ!」
対し、ウルシマさんはそう叫んだ。
「やはり、俺達だけでどうこうできる相手ではない! 王都に戻り、応援を――」
「一個、確かめさせてもらってもいいですか?」
そこで、私は岩陰から、ウルシマさんの隣へと出てきた。
「馬鹿! 隠れていろ!」
「んん? なんだ、小娘?」
悪魔は、私の姿を見てほくそ笑む。
「この吾輩に、何か勝てる方策でも思い付いたか? どれ、やってみろ」
完全に舐められている。
でも、都合が良い。
私はさっき、あの悪魔の〝翼〟を見た時に感じた違和感に基づき、自身のスキルを発動する。
そう――先日目覚めた、私のスキル。
その、最後の一つ。
「確か……スキル《殺虫》」
私の手の中に、淡い光が浮かぶ――。
と同時に出現したのは、霧吹きだった。
「わっ、霧吹きだ」
透明な容器に、吹き出し口のついた持ち手。
なんだか久しぶりに見た、ザ・現代という感じの代物だ。
その容器の中には、おどろおどろしい妖しい色合いの液体が揺蕩っている。
これが、殺虫剤なのだろう。
「何をするのか知らぬが――」
瞬間、悪魔が一直線に空から降下。
私に向かって、不用意に突っ込んできた。
「人間如きが、この魔皇帝が一画《蟲の王》、ベルゼバブ様が配下、侯爵クロロトレスに勝てると思うな!」
更に翼を広く展開し、全身全霊で飛来してくる。
「逃げろ!」
ウルシマさんが叫ぶが、私は動かない。
悪魔――クロロトレスが、私の目の前にまで迫った、瞬間。
「えい」
私は、彼に向かって霧吹きをシュッと吹き付けた。
「べぼおおおおぶぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!」
刹那、絶叫を上げて、クロロトレスは地面に突っ込み、勢いのままゴロゴロと転がっていった。
そのまま地上の岩石の一つに命中――砂煙を上げて停止する。
「な……」
隣で絶句するウルシマさん。
一方、クロロトレスは地面の上でのたうち回っている。
「が、ぐが、な、なんだ、この感覚は……く、苦しい……」
「やっぱり、〝ハエ〟だったんだ」
この悪魔の背中に生えていた翼。
その形、模様……見覚えがあった。
そう、蠅にそっくりだったのだ。
「虫の姿に似ているだけの悪魔……だったらまずかったかもしれないけど、試しにやってみてよかった」
「ぎ、貴様ぁ、吾輩に何を……」
そういえばさっきこの悪魔、《蟲の王》ベルゼバブの配下とか言ってたよね。
流石に、私でもベルゼバブは知っている。
じゃあやっぱり、完全に虫の悪魔だったんだ。
「た、倒した……のか?」
皆が、痙攣するクロロトレスの周囲に集まる。
ウルシマさんは、いまだに半信半疑だ。
「マコさん、一体何をやったんですか?」
アカシ君も困惑している。
言って、信じてもらえるかな? 殺虫剤をかけただけだって。
まぁ、多分、普通の殺虫剤じゃここまでにはならないんじゃないかな。
私の魔力で生み出した……ある意味、魔道具の殺虫剤だから、ここまで虫属性の悪魔にも効き目があったのだろう。
「大丈夫か? 完全にとどめを刺したほうが……」
「おっと……いや、もう大丈夫そうだよ」
抜け目なく言うガライの一方、イクサはクロロトレスの体がじわじわと消えつつある事に気付いた。
まるで霧になるように、その肉体が徐々に消失している。
「ま……まさか、この吾輩が人間如きに倒されるとは……ふ、不覚」
……なんか、ごめん。
さらっと倒しちゃったけど、きっと相当強い悪魔だったのだと思う。
「こ……この吾輩を倒したことは、魔界にも広く伝わる……貴様の功績は、他の悪魔達にも知れ渡るだろう……」
クロロトレスが、息も絶え絶えになりながら喋る。
魔界?
やっぱり、魔界という世界があって、悪魔はそこから来るのだろうか。
「ゆめゆめ、忘れぬ事だ……お前は魔界そのものを敵に回したも、同然……矮小な人間である貴様など、他の人間同様、我等の玩具となって弄ばれ、破壊される運命……」
「………」
「くくっ……この世界に生きるもの、すべてが我等の遊び道具……せいぜい、一時の勝利に酔っているが――」
シュッと。
私は、クロロトレスの顔にもう一発殺虫剤を吹き付けた。
「おぎゃあああ……」
「来るなら来なよ。君達は、遊び感覚でこの世界を無茶苦茶にする気みたいだけど――」
悲鳴と共に、勢いよく消えていくクロロトレスに、私は言う。
「悪魔だろうが、私が全員倒してやる」
まぁ、虫の悪魔に限るけど。
言っている間に、クロロトレスの全身が消え去り、霧となって消滅した。
私は、手にしていた殺虫剤を意識して消す。
どうやら、不要な時は引っ込められるようだ。
「……えーっと」
私は、皆を振り返る。
特に、驚愕の表情を浮かべているウルシマさんとアカシ君へと向き直り、何と言っていいのかわからないが状況を伝える。
「……倒しちゃったみたいです」
「倒しちゃった、じゃない!」
瞬間、ウルシマさんに凄い力で肩を掴まれた。
「悪魔を! 俺達人間にとってドラゴンに並ぶ恐怖の象徴である悪魔を、いとも容易く屠ったんだぞ! A級S級冒険者でも、対峙するには覚悟のいる相手を! マコ、お前は一体何者なんだ!」
「た、只者じゃないとはわかっていましたけど……ここまでの方とは思わなかったっす……」
「いや、あの……ま、まぁ、ともかく! 悪魔の件は一件落着ということで!」
混乱する二人を何とか宥めながら、私は先を指し示す。
「ほら! 私達の任務は、例の洞窟の調査ですから!」
※ ※ ※ ※ ※
とにもかくにも、私達は問題の洞窟へと辿り着いた。
「ここが、財宝が眠っているという噂の洞窟だね」
イクサが、ギルドで預かってきた任務の資料を見ながら言う。
悪魔の存在が大きくなりすぎてたけど、本来のこの任務の目的は、洞窟内に財宝がないかの捜査。
そして、芸術家兼冒険者の探し人――デルファイさんを、生きているなら救出する事。
「じゃあ、行こう」
私達は、洞窟へと入る――。
「……え?」
「おう、やっと救助が来たか」
入って、すぐだった。
松明が焚かれ、火の明かりが照らす洞窟内。
その中……地面の至る場所に、様々な小さなガラスの人形が並んでいた。
「やべぇ奴がいて、下山できなかったからな。どうせ後任の冒険者が来ると思って、暇潰しにここで色々芸術的に作ってたところだったんだよ。あ、ちなみに財宝の噂はホラ話だったぜ。ここの奥に行っても、壁しかなかったからな」
「あなたが……」
まだ、全然若い男性だった。
年齢は、私と同じか、私よりも下かもしれない。
銀色の髪を肩にかかる程度に伸ばしている。
その髪に隠れている顔には……なんだろう、頬に少し鱗のようなものが見える。
魔族……もしくは、亜人なのだろうか?
纏った衣服、体の至る場所に、ガラスの玉……ビー玉をアクセサリーのように着けている。
この人が――。
「芸術家の……」
「ああ! 大芸術家様のデルファイ・イージス様とは俺様の事だ!」
男――デルファイは、その顔に不遜な笑みを浮かべて言った。
「で、お前ら何者だ? この俺様の、芸術的なファンか何かか?」




