■15 ガラスの芸術家です
イクサの案内により、私達は王都の商店街の一角に向かっていた。
「ほら、こことか」
イクサが指を差した先には、ガラス細工を取り扱っているショップがあった。
私達は、早速店内へと入る。
「へぇ……なるほど、ガラスで作った容器が主な商品なんだね」
大きさが様々なガラスの容器が、いくつも並んでいる。
「どうだい? マコ。お眼鏡に適うようなものはあるかい?」
「うーん……」
確かに、これで合っている。
ただ……。
「……デザインは、一辺倒だね」
基本的には、瓶だ。
いや、それが悪いと言うわけじゃないんだけど。
サイズや形は多種多様な種類があるが、あくまでもシンプルな普通のものばかりで面白みに欠ける。
全て、規格品といった感じである。
「マコが望むような形のものは、無いみたいだね」
「うん。でもね、私が求めてるようなガラス細工って、多分、もう直接職人さんに話して作ってもらうしかないんじゃないかと思って」
「なら、探すのは店じゃなくて職人の方か」
ガライが店の中を見渡しながら、そう呟く。
そう、店ではなく、職人。
「この王都に、ガラス細工の職人さんなんているのかな?」
「いますよ」
そこで、私達に声を掛けたのは、このガラス品ショップの従業員の娘だった。
店の制服を纏ったまだ若いお姉さんが、私達の会話を聞いていたようだ。
「知ってるんですか? お姉さん」
「ええ、この先の居住区の外れの方に、ガラスを扱う芸術家の方のアトリエがあるんです」
結構、有名なんですよ――と、お姉さんは言う。
これは、良い情報が手に入った!
「ありがとう、お姉さん! できれば、その人のアトリエがどこにあるか、詳しく教えてもらえると、もっとありがたいんだけど」
「はい、大丈夫ですよ」
王都の地図を広げる私に、快く応じてくれるお姉さん。
美人だし人柄も良いし、きっとモテるね、この娘。
看板娘だね。
「ただ……」
そこで、お姉さんが顔に苦笑いを浮かべた。
「あの人は、その……うーん……」
「? 何か、問題があるんですか?」
私が問い掛けると、お姉さんはおずおずといった感じで答えた。
「ちょっと、変わった方なので。初めて会ったら、きっと驚きますよ」
その表情は、どこか楽しそうでもあった。
※ ※ ※ ※ ※
「……ここ、かな?」
広げた地図の隅に、ガラス品ショップのお姉さんが付けてくれた丸印がある。
その丸印を目指して歩いてきた私達の目の前に、そのアトリエは現れた。
アトリエ……と言っても、木造の一軒家だ。
しかも、言っては何だけど、ちょっとボロい。
「見たところ、普通の民家みたいだけど……本当にここで合っているのかな?」
「……だが、他にそれに近いような建物も無いぞ」
イクサは首を傾げ、ガライは周囲を見回している。
もしかして、どこかで道を間違えちゃったのか……。
「……――」
そこで。
私の耳に、不意にその〝音〟が届いた。
「……今の」
音は、この家の中から聞こえた。
……だとしたら。
「ガライ、イクサ、やっぱりこの家が、その芸術家の人のアトリエで合ってるかもしれない」
「え?」
「……何か、わかったのか」
私は、家の入口に立つと、ドアをノックする。
「すいません。私は、近くに青果類を扱う商店を展開予定の者で、名前をホンダ・マコと申します」
自分の名前を言って、相手の反応を待つ。
……しかし、中から返答は無い。
「あれ? もしかして、留守なのかな?」
「開けちゃえば早いよ」
私が注意する間も無く、イクサが前に出ると、扉を開けた。
「ちょっと! イクサ!」
「アトリエって事は、自分の作品を展示して開放してるってことだろう? なら、勝手に入っても大丈夫のはずだよ。もし後で見付かって怒られても、『すいません! 先生の作品を是非とも見たくて!』とでも言っておけば、芸術家なんて気を良くするだろうし」
そう言って、イクサはアトリエの中に入って行く。
……こういうところは、王子様なんだよねぇ。
「おお!」
すると、入って行ったイクサの驚く声が聞こえた。
その声に導かれ、私とガライも恐る恐る中へと入る。
「……うわぁ」
そこで私が見たのは、そこかしこに置かれた、様々なガラスの工芸品の数々だった。
単なる、ガラスの容器だけではない。
その形や色のバリエーションが、とても多い。
「あ! あれって、もしかしてステンドガラス!?」
色のついたガラスで構築された一枚絵、ステンドガラスが壁に掛かっている。
私は、部屋の中に展開した作品の数々を見回す。
凄い。
かなり独創的なデザインで、技術が窺えるガラス細工ばかりだ。
「……あ」
そこで、私は天井から吊るされていた〝それ〟を見付けた。
「やっぱり、さっきの〝音〟はこれだったんだ」
「これは、一体なんだい?」
イクサが疑問符を浮かべる。
天井から吊るされた、楕円形の薄いガラスの玉の中に、ガラスのビー玉が吊るされており、それが当たって音が鳴る仕組みのもの。
そう――私にとっては馴染みの深い代物。
〝風鈴〟だ。
「………この人、風鈴を作ったんだ」
その芸術家の人が、自分で思い付いたアイデアだろうか?
それとも、この世界のどこかにも風鈴があり、それを模倣して作ったのだろうか?
奏でられる音色は心地よく、かなり出来の良い風鈴だとわかる。
何はともあれ、これは期待できそうだ。
「それにしても、変だね」
「ああ」
キョロキョロと周りを見回していた私の零した言葉に、ガライも反応する。
どうやら、彼も同様の疑問を抱いたようだ。
流石、技術者は〝道具〟の存在が一番に気になるのだろう。
「このアトリエ、ガラスの工房だっていうのに火を熾すような場所が無い」
ガラスを熱するための、炉とかがありそうなのに……。
奥の方に工房があるのかな?
その時。
「誰だ?」
入り口の扉が開き、そう声が聞こえた。
私は慌てて振り返る。
おじいさんだった。
勝手にアトリエの中に入っていた私達を見て、顔を顰める。
「あ!」
もしかして、ご本人登場!?
「す、すいません! 勝手に上がっちゃって! どうしても、アナタの作品が見たくて!」
咄嗟に私の口から出た言葉は、さっき呆れたはずのイクサの言っていた台詞そのものだった。
恥ずかしい……。
「ああ、ワシはこの家の持ち主じゃないぞ」
「……へ?」
おじいさんの返答に、私は拍子抜けしてしまった。
「あんたら、ここに何の用だい?」
「えーっと……このアトリエの主人……芸術家の方に用が」
「ほう、あの男に仕事の依頼にでも来たのか? 珍しい」
おじいさんは嘆息する。
「だが、残念だがあいつはここにいない。数日前に出て行ったっきり、帰ってきておらん」
「え、帰ってきてない?」
「大方、金に困って適当な任務でも請け負ったんだろう」
任務?
その発言に、私は首を傾げる。
「なんだ? あんた達知らんのか? あの男は、冒険者ギルドに登録しているれっきとした冒険者だ」
「え」
芸術家であると同時に、冒険者?
なんとも、異色な二足の草鞋である。
「まぁ、いつもの事だ。その内、帰ってくるんじゃないか? それまで、気長に待っているといい」
そう言って、おじいさんは去っていく。
「どうする? マコ」
隣から、イクサがそう聞いてくる。
うーむ……冒険者で芸術家。
益々気になる。
「……よし、試しに、冒険者ギルドに行って情報を集めてみよう」
※ ※ ※ ※ ※
王都の街中に、その厳かな外見の建物はある。
石を積んで作られた要塞のようなそれは、冒険者ギルド。
王都に来た初日に、ガライと散策していた時に見た場所だ。
様々な装備をした人達が行き交う玄関を通過する。
中はかなり巨大なエントランスになっており、そこで冒険者達が情報を交換していたり、何やら掲示板の前でたむろしていたりする。
私達はまず、いくつかある受付のカウンターの内の一つへと向かった。
「ようこそ、王都冒険者ギルドへ」
受付の、きっちりとした制服を纏った理知的な雰囲気のお姉さんが、お辞儀をしながらそう出迎えてくれた。
「本日のご用件は?」
「あの、先日、ここのギルドにガラス細工の芸術家をされている冒険者の方が来られませんでしたか?」
「……デルファイ様の事でしょうか?」
受付嬢は、少し顔を強張らせてそう言った。
デルファイ……それが、彼の名前。
受付嬢さんの反応が、ちょっと気になったけど。
「確かに、先日デルファイ様はこのギルドを訪問し、そして任務を請け負い出立されました。そして、今現在も帰還されていません」
「そうなんですね……その、デルファイさんが行ったっていう任務ってどんな内容のものだったんですか?」
私が問うと、受付嬢は視線を落とした。
……なんだろう。
やっぱり、何か事情がある感じだ。
「とある山間地域の奥地に、財宝が眠っているという噂のある洞窟があります。内容は、その洞窟の調査。財宝の噂は本当かどうか、洞窟内部を探索し、その真偽を確かめるだけの低難易度……Eランクの任務でした」
しかし――と、受付嬢さんは一拍置き。
「デルファイ様の帰還が遅いため、その後にも数名の冒険者の方々がこの任務に追加参加されましたが……皆様、未だにこの任務を達成できておりません。今や、この任務はBランクにまで難易度が上昇しております」
「それは……どうして」
「皆様、洞窟に辿り着く前に、謎のモンスターの襲撃を受けて撤退を余儀なくされるからです。手練れの冒険者の方々が、何人も返り討ちにあっています。おそらく、デルファイ様も既に……」
「………うーん」
デルファイ氏は、人知れず命を落としたものと考えられているようだ。
でも、確証は持てない。
もしかしたら、その謎のモンスターに襲われはしたものの、洞窟まで辿り着いているとか、それで逆に下山できなくなってしまっているとか、そういう可能性もある。
「あの、私達がその任務に参加することとかってできますか?」
「はい?」
私の言葉に、受付嬢さんは瞠目する。
今の話聞いていましたか? というような顔だ。
「えーと、問題は無いですが……失礼ですが、冒険者の方ですか?」
「いえ、違います」
「……では、まずは登録が必要になります」
あ、もしかしたら今、呆れられたのかもしれない。
ひやかしなら帰ってくれ、といった感じだ。
受付嬢さんの声が、急に事務的になった。
「ただ、登録されたばかりの方の冒険者ランクはFランクになります。自身から希望して受けられる任務のランクは、自身のランクの一つ上まで……つまり、Eランクの任務までです」
なるほど、今の状態では、Bランクまで育ってしまったその任務には参加できないと。
「うーん……ダメですか?」
「ダメです」
受付嬢さんはきっぱりと言い切った。
「おい、お嬢ちゃん。ギルドの職員を困らせるんじゃねぇよ」
そこで、後ろの方から声が飛んできた。
他の冒険者達が、にやにやとこちらを見ている。
「どうした?」
「このお嬢ちゃんが、Bランクの任務に参加したいんだとよ」
「はっはー! 新人にはよくいるな! 高ランクの任務を請け負って、手っ取り早く名を上げようって奴がよ!」
「そういう奴は、大抵早死にするがな」
「悪いことは言わねぇ。低ランクから地道にこなしていきな」
ゲラゲラと呵々大笑する冒険者達。
馬鹿にされているようだが、まぁ、そう言われても仕方がないか。
「マコ、どうする? 別に冒険者にならなくても、情報を集めて目的地に向かうことはできるが……」
「んー……」
イクサの言葉に、唸る私。
と、そこで――。
「まぁまぁ、皆さん。そう言わずに」
一人の男が、その場に現れた。
背は低く、小柄な体格、眼鏡をかけている。
いかにもインテリというか……そんな感じの人だ。
「この方と、ベルトナ受付嬢の話していた任務は、今正に火急の一大事。解決のためには、猫も杓子も必要な状態となっております」
「モグロ様……」
ベルトナと呼ばれた受付嬢さんが、その眼鏡の人を見る。
モグロ、と呼ばれた彼は、眼鏡を光らせながら私を見る。
「試しに〝鑑定〟してみましょう。もしかしたら、その任務を解決するのに適した、お誂え向きのスキルをお持ちの方かもしれませんよ?」
「鑑定?」
「ええ、鑑定」
私が呟くと、モグロさんが言う。
「わたくしは《鑑定士》の称号を持つ、モグロと申します。冒険者の方々のステータスを鑑定し、記録するのがわたくしの仕事でしてね。どれ、あなたの能力がBランク任務に挑むに相応しいか、わたくしが見てあげましょう」




