■4 様子の変な狼が村に迷い込んできました
「すげぇ……」
「確かに、かなり強くなってるな」
それから数分後。
私は、生み出した金具を使い尽し、いくつかの家の補強を行った。
獣人達は、私が補強を施した家の壁や柱をグイグイと押しては、強度が増している事に納得している。
……しかし、確かに補強したとは言え、〝アングル金具〟を取り付けた程度でここまで極端に強くなるとは思えない。
もしかしたら、本当に魔法の加護的な何かが付加されているのかも……。
獣人達が、補強の施された家を押したり叩いたりして確認しているのを見ながら、私は思った。
「助かったぜ、人間のお嬢ちゃん。これで、次に嵐が来た時も安心だ」
「えへへ、お役に立てて何よりです」
施工した家の住人の方々が、私の下に来てお礼を言ってくる。
よかったよかった。
これで、少しは人間に対する印象が良い方向に改善してくれたらいいんだけど。
「おい! お前ら本気か! 人間に礼を言うなんて!」
その時、私の補強の提案に対し手を上げなかった獣人が声を張り上げた。
「本気も何も、この人の魔法で助けられたわけだし――」
「俺が言いたいのは、そんなに簡単に人間を信用するなって事だ!」
その獣人はズイっと私の前に出て来ると、威圧的な態度で指を突き立てて来た。
やはり、まだ懐疑的な獣人もいるようだ。というか、大半がそうか。
「いいか! お前達人間は、俺達を騙して土地を奪い、こんな辺境の場所にまで追い遣ったんだ! 人間共が当然の様に受けている恩恵は授けられず、昨日の嵐の様に自然の危険が付きまとうこんな場所に押し込めて! そうやって多くの異種族を侵略し、不当な扱いで抵抗する力も奪い、見下している! そんな奴等を容易く受け入れられるか!」
「へぇ、そうなんですね」
目を血走らせ、恨み節を吠える彼に対し、私は冷静に返した。
「な、何だお前……話を聞いてるのか……」
人間の小娘が、獣人の猛威に怖がらず、臆する事無く毅然とした態度を返した事に、彼も面食らっているようだ。
おっと、しまったしまった。
相手が熱くなっている時こそ、冷静になる。
接客業からくる職業病のようなものだ。
「皆さんが人間から受けた仕打ちや、過去の因縁は理解しました。確かに、私の事を受け入れられず、信じられないのも当然です。ですが、私はあくまでも昨夜の嵐から助けていただいた恩としてマウルとメアラの家を補強し、私にできる限りの事で皆さんの窮状を救いたいと思っただけです。そこに、獣人と人間の歴史的な背景は関係ありません。あくまでも、私の個人的な行為に他なりません」
「ぐ……」
「正直に言いますと、私には行く当てもありません。だからと言って、私がこの村に長居する気もありません。全て皆さんの意向を考慮して行動します。だから別に、この行為は皆さんを騙す為でも媚を売る為でも何でもなく、全て単なる私の気紛れのようなものと考えていただいて構いません」
それこそ、ホームセンターの業務中、お客様に対応する時のように、冷静に適切に言葉を並べていく私。
彼がそんな私に対し声を飲み込み、そして直後何かを言い返そうとした。
――その時だった。
「大変だ!」
向こうの方から大声が聞こえた。
何やらざわついている様子だ。
気になった私は、そちらの方に向かってみる事にする。
「あ、おい!」
私に食って掛かった獣人の彼も、私を追って後を付いてくる。
声の発生源に行くと、そこは、井戸を中心とした村の広場だった。
獣人達が輪を作っている。
その中心を、何か巨大なものが、のそのそと歩いているのが見えた。
「あれって……」
陽光を反射する、美しい白い毛並みの体。
それは、大きな狼だった。
狼は、どこか覚束ない足取りで進んでいる。
警戒する獣人達の中、狼はしばらく歩くと、その場にゆっくりと座り込んだ。
「あ、マコ!」
私の姿を見付け、マウルとメアラが駆け寄ってきた。
「マウル、メアラ」
「離れてた方がいいよ。あれは、このあたりの山の主の狼なんだ」
「狼……って事は、君達の仲間?」
「狼と《ベオウルフ》は別物だ」
私の言葉を、メアラがきっぱりと否定した。
なるほど。そういうものなのか。
「俺達も狼の混じった獣人だけど、本当の狼の力には及ばないから。それにあの白い毛並みの狼は、特別なんだ」
「特別?」
「山の主で、神聖な守り神なんだ。村の農作物を襲う野生の動物や、狂暴な他の狼やモンスターを倒してくれてる」
なるほど、直接的ではないが、村にとっては益をもたらしてくれる存在。
だから特別視し、手を出したりしないようにしているようだ。
マウルが言う通り、狼を取り囲う獣人達も、その狼の挙動を心配そうに見守っている。畏敬の念を抱いているのだろう。
しかし……。
(……あの狼……なんか、様子が変だなぁ……)
大人しく丸まっているが、その体は大きく上下している。
呼吸音もここまで聞こえてくる。苦しそうだ。
体調が悪いのだろうか?
よく見ると目もうつろで、体が小刻みに震えている。
「ねぇ、今のこの状況って、どういう事? そんな特別な狼なら、村のみんなで倒そうとしてるとか、そんなわけじゃないよね?」
「まさか。倒すなんてありえない。山の中で見付けても、すぐに逃げるように言われてるんだ。多分、山から下りてきて、たまたま村の中に迷い込んだんだと思うよ」
「………」
見たところ、外傷も無さそうだ。
何かと戦った、とか襲われた、とかでもない。
だとすると……。
(……なんだか、アレに似てるなぁ……)
そう、アレだ。
体に合わないものを食べてしまった時の動物だ。
チョコレートを食べてしまった犬を思い出す。
ホームセンター内の動物病院に運ばれていく時の姿を。
気付くと私は、その狼へと近寄っていた。
「マコ!? 危ないよ!」
私を心配して飛び出しそうになったマウルを、メアラが抑える。
「おい、あの人間、何やってんだ!」
「食い殺されるぞ!」
周りからも、そんな声が飛んでくるが、私は静かに狼の傍で膝をついた。
接近した私に狼も警戒心を露にするが、だいぶ体力を消耗しているのか、それ以上は何もしない。
私は、そんな狼の体に触る。
「お腹が膨らんでる……君、何か悪いもの食べた?」
狼の腹部に触れながら、そう呟いた。
瞬間だった。
――――――――――
【称号】:《ペットマスター》に基づき、スキル《対話》が目覚めました。
――――――――――
「え?」
急に頭の中に開いたステータスウィンドウ。そこに、そんな文言が掲示されていた。
『何だ……貴様……』
そこで、狼の口から洩れる吐息に、言葉が混じって聞こえる事に気付く。
『我を……誇り高き神狼の末裔と知っての無礼か……寄るな……食うぞ』
「いやいや、今の状態で私なんか食べたらもっとお腹壊しちゃうよ。やめときなって」
『……何だ……何故、我の言葉の意味が分かる……いや、我も、どうして貴様の声の意味が分かるんだ? ……何故、話せる……』
「なんか、《対話》っていうスキルが目覚めたみたいだよ? それよりも、ねぇ君、何か変なもの食べた?」
驚いた様子の神狼の末裔君だったが、私の問いに対し、少し沈黙を挟んだ後――。
『山の中で……木の実を見付けた……初めて見るものだった……美味そうだったから食った』
「君馬鹿だねぇ、ダメでしょ? 変なもの拾い食いしちゃ。イチジクとかブドウとかじゃなかったの? それ」
『うぐ……知らん……苦しい……我は死ぬのか?』
狼君は苦し気に言う。
触った感じ、食べたものがまだ完全に消化され切っていない感じだ。
これ以上消化して、更に症状が悪くなる前に吐き出させられれば、まだ助かるかもしれない。
さて、催吐させるには……。
私はそこで集中し、《錬金》の力を発揮する。
発光と共に生成したのは、長い棒状の金属。
「お腹の中のもの、全部吐き出してもらうよ」
私はその棒を、彼の口の中に突っ込む。
喉を刺激するためだ。
『何をする……貴様……我を神狼の末裔と知っての……』
「はいはい、動かないでね」
狼君は抵抗するように牙で棒を噛むが、頑丈なのでそう簡単には折れない。
『うぐ、うぐぐ……』
「ごめんね、もうちょっとだから。我慢してね」
狼君の頭、白い毛並みを優しく撫でながら、私は彼の耳に囁く。
やがて――。
『ッ!』
彼は喉を大きく揺らし、胃の中のものを全部吐き出した。
凄い量だ。
これだけ体に合わないものを食べたら、そりゃこうなるって。
「どう? ちょっとはすっきりした?」
『ぜぇ……ぜぇ……体の、重さが消えた……』
「水持ってくるから、それ一杯飲んで大人しく寝てようね。そうすれば、きっと良くなるよ」
『……すまない……恩に着る』
そう言って、大人しく両目を瞑る狼君。
さて――私はそこで立ち上がる。
水の用意と、あとこの吐瀉物を片付けないと……と思って周囲を見回すと、周りの獣人達がぽかんとした様子でこちらを見詰めているのに気付く。
「お前、今、何をやったんだ?」
「え? ……治療、かな? いや、そこまで大したものじゃないけど。それより、そこの井戸って水汲めます?」
その後、吐瀉物の片付けと水汲みを終え、狼君を安静な状態にする事ができた。
その際、村の獣人のみんなが私の事を手伝ってくれたのだが……これは、少しは信用を得たと解釈してもいいのかな?
あと、ステータスウィンドウを見ると、HPとMPの数値が上がっていた。
――――――――――
名前:ホンダ=マコ
スキル:《錬金》《対話》
属性:なし
HP:300/300
MP:460/460
称号:《DIYマスター》《グリーンマスター》《ペットマスター》
――――――――――
いつの間にか、レベルアップしたということだろうか?