■12 ヤクザです
『あねご、あねご!』
『あさだよ、こりゃー!』
『おきて、おきて、こりゃー!』
「うーん……」
腕や顔や、体中にウリ坊達が乗っている。
コロコロと私の体の上を転がりながら、みんなが起こしてくれた。
「ふあぁ……よしっ」
朝。
さて、出発の準備だ。
私は身支度を済ませると、家を出る。
昨日の内に、ウーガやガライが先頭に立って、《ベオウルフ》のみんなと商品の選定を行ってくれた。
それらが山積みになった荷台が、十台近く用意されている。
主に野菜や果実、生花、それにガライの作った工芸品や、向こうでも需要に合わせて用意できるよう、作成のための材料――木材。
フラワーアレンジメントを作るための籠や、他の小物等、万全の状態だ。
「よーし……みんな! 起きて! 準備するよー!」
私は、きっと昨日の夜も宴会をしていたのだろう……広場で寝転がっている《ベオウルフ》達に、そう叫んで回る。
「朝から元気だな」
流石、ガライは既に起きていたようだ。
井戸の水で顔を洗っていたようで、頭を振るって水を飛ばす。
「そりゃもう。商品陳列は、店作りで一番楽しい段取りだからね」
ホームセンターの新店スタッフだった頃も、手伝いに来た各メーカーの営業の人達と協力しながら、色々売り場を作ったものだ。
本当に、そこだけは自由に楽しくできるからね。
そんなこんなで、ノソノソと起き上がり始めた《ベオウルフ》達と共に、出発の準備を進めていく。
『よっしゃー! がんばるぞ、コラー!』
『王都までしっかり荷物を運ぶんだぞ、コラー!』
『こりゃー!』『こりゃー!』
荷車を引っ張る役目を負ったイノシシ君達が、今回も声を上げてやる気を鼓舞している。
その足元では、ウリ坊達がはしゃいでいる。
と、そこでだった。
「おや? もう商品搬入開始か。随分、計画は順調みたいだね」
ひょっこり現れたのは、見慣れた二人の人物だった。
「イクサ! スアロさんも!」
「やぁ、マコ。こっちの仕事も一段落したからね、手伝いに来たよ」
イクサが、いつも通りの爽やかな笑顔と軽妙な口調で、私に手を振る。
「やぁ、ガライも。相変わらず、マコに扱き使われてるかい?」
「……恐縮です」
「ちょっと、イクサ。ガライに人聞きの悪いこと言わないでよ」
髪を掻くガライと、憤慨する私。
イクサは、そんな私達を交互に見比べると、安堵したように溜息を吐いた。
「……安心したよ。どうやら、向こうじゃ何も起こってないみたいだね」
「?」
「ところで、あの黒いでかい狼は何だい?」
『……ん、何者だ?』
イクサの物言いに疑問を覚えた私の一方、彼はすぐにクロちゃんの方に興味を移していた。
「あ、クロちゃん。この人はイクサ。この国の国王の息子……王子様の一人だよ」
『……ほう? 王子とな』
ふっと、いつものような気取った態度で鼻を鳴らし、クロちゃんはイクサの前に進み出る。
『お初にお目にかかる、人間の王子よ。俺は、《黒狼》を統べし群れの長、名を《黒き凶星》。マコを守る騎士の立場に立つ者だ。以後、お見知りおきを――』
『誰がマコの騎士だ、黒タワシ!』
横から飛んできたエンティアが蹴りを食らわした。
「マコ、彼は何て言ってたんだい?」
「えーっと……『よろしくお願いします』って」
「へぇ、礼儀正しいね」
……クロちゃんの第一印象は守られた。
そんな感じで、イクサとスアロさんが合流。
お昼前にして、私達はアバトクス村を出発した。
数日前、そして昨日帰ってきた街道を、今日もまた進行していく。
「……うん?」
出発から、しばらく経った後の事だった。
私は、服の内側に何か違和感を覚え、自身の体を見下ろす。
何かが、もぞもぞと、私の服の下で這い回っている。
「え!? な、なに……」
『こりゃ!』
すぽん、と。
私の服の胸元から顔を出したのは、小さなウリ坊だった。
「わ! ま、まさか……」
『こりゃ?』
昨日、一緒に遊んだウリ坊の中でも、一番幼いっぽい子だ。
チビちゃんは、ここがどこかわからない様子で、不思議そうに周囲を見回している。
しまった、昨日の夜一緒に寝たうちの一匹が、私の服の中に入り込んで、体に引っ付いたままだったんだ。
「おや? どうしたんだい、マコ。その子は?」
「な……なんだ、その可愛い生き物は……」
驚いた様子のイクサと、口元に手を当てキラキラした目でチビちゃんを見詰めるスアロさん。
「うーん、どうやら一匹間違って付いてきちゃったみたい」
『こりゃ! こりゃ!』
チビちゃんは楽しそうに首を振っている。
状況を飲み込めていないのか、気にしていないのかもしれない。
「ここまで来たら、もう引き返すのも難しいんじゃないかな?」
「仕方がないか。ごめんね、チビちゃん。王都まで、一緒に行こうか」
『こりゃ?』
「ま、マコ殿……私にも触らせてもらえないだろうか……」
スアロさんが、ふんふんと興奮した様子で手を伸ばす。
『こりゃ!』
すると、チビちゃんはスアロさんを怖がって、私の服の中にスポッと隠れてしまった。
……スアロさん、めっちゃ落ち込んでる。
「くくっ……ドンマイ、スアロ」
イクサ、そういうところだぞ。
さて。
そんな風な遣り取りを道中で行いながら、私達は王都へと向かう。
今回は大移動のため、エンティアとクロちゃんに引っ張ってもらった時のような高速移動はできない。
一日目の夜には、初日にも利用した街道沿いの宿で宿泊し、一夜を明かす。
そして二日をかけて、私達は再び王都へと戻って来た。
……そこで、思いもかけない光景が待っているとも知らずに。
※ ※ ※ ※ ※
「………」
王都に戻った私達が店舗に行くと、その内装が荒らされていた。
棚や机が倒され、色鮮やかに塗装した壁にも穴が開いている。
「あ……マコ」
床に座り込んだ、マウルとメアラ。
オルキデアさんとフレッサちゃんは、会計台にする予定だったテーブルの近くに隠れるようにして震えている。
「ま、マコ……これは……」
「すまねぇ、俺達がいながら……」
ラムとバゴズ、それに他の《ベオウルフ》達も、店に入ってきた私達に気づき、立ち上がる。
見ると、擦り傷や切り傷のある者もいる。
「お、お前ら! どうしたんだよ!」
ウーガが叫ぶ。
その後で、ガライとイクサも、状況の異変を察知し顔を顰める。
「みんな、怪我はない?」
慌てふためく皆に、私はまずそう声を投げ掛けた。
その言葉に、みんなの動きが止まる。
「あ、ああ、怪我は大したことない」
「そう……私達が王都を離れてる間に、何があったの?」
私は努めて、落ち着いた声で問う。
ホームセンター時代には、クレーマー対応や、事件等が店内で起こった際の行動を、まず初等教育で教えられる。
何より重要なのは、冷静でいることだ。
「……こうなったのは、ついさっきだ」
ラムが呟く。
メアラがマウルを立たせる。
二人は私の足元へと駆け寄り引っ付いた。
「マウル、メアラ」
「……怖い顔した男の人達が来たんだ」
「それで、いきなりここから立ち退けって言ってきた」
二人は震えながら説明する。
「怖い顔した男の人達?」
「ああ、見るからに堅気じゃなさそうな連中だった」
ウーガが、歯噛みしながら呟く。
「……王都の中には、いくつか暗黒街がある」
そこで、横からイクサが呟いた。
「暗黒街?」
「ゴロツキやチンピラ、表を堂々と歩けない、ならず者の集う街さ」
……なんとなく、わかった。
ヤクザみたいな存在ってことだ。
「人の店に乗り込んで暴れ回るなんて、そんな事するのは連中くらいだろう。だが、何故この店を狙うんだ……」
「……他の店の差金か」
ガライが、鋭い目で店内を見渡しながら言う。
「その可能性もあるだろうね。報酬さえ用意すれば、裏で汚いマネをしてくれる連中だ。この店の出店を邪魔し、立ち退けなんて言ってくるって事は、商売敵を潰そうとしたいのかも――」
「いやいや、イクサ王子、そいつはいささか早とちりってヤツですわ」
瞬間――店内に響き渡った、聞き覚えのない声。
イクサの軽妙な口調に似ているが、彼に反し浮薄と表現するしかないような調子。
その声に、皆が振り返る。
店の入り口に、黒いコートを着た男が立っていた。
黒と白に分かれた奇抜な髪色に、その下には安っぽい笑みを浮かべた顔がある。
「どなたですか?」
私は、マウルとメアラに目配せしながら、そう問う。
マウルとメアラは首を振るう。
どうやら、この店を襲ったという男達の中にはいなかった人物らしい。
……と言っても、関係があるのは丸わかりだ。
「ああ、これは失礼、アタシは暗黒街で用心棒業を営んでるチンケな組の頭やらせてもらってます。名前は、ブラド。以後お見知りおきを」
ペラペラとしゃべる男――ブラドは、そう言って頭を下げる。
「用心棒業?」
「建前上名乗っているだけさ。さっき言った、金次第で何でもやるチンピラどもだよ」
イクサが辛辣な声で言う。
「で、早とちりと言うのはどういう意味かな? ブラドだったか? この僕に意見するのなら、キチンと説明してくれるのだろうね」
「口を慎め、下郎風情。貴様の前にいらしゃるのは、グロウガ王国、国王実子、第三王子イクサ・レイブン・グロウガ様におわせられるぞ」
イクサは冷たい声で、スアロさんは覇気のある声でそう言い放つ。
対し、ブラドは。
「ああ、これは申し訳ありません! アタシのような三下が、王子様にお声がけするなど言語道断! いやいや本当に失礼いたしました、お目汚しにならぬよう、これにて立ち去らせていただきます」
「……説明をしろと言っているんだよ。早く喋るんだ」
ぺこぺこと、ペラペラと、どうにも飄然とした態度でのらりくらり、ブラドは言う。
……なるほど、この得体の知れない雰囲気、ヤクザの頭って感じだ。
「アタシらは、あるお方のご意向に沿って、正当な理由を以てこちらに出向いたまででですね」
いやはや、と、額に手を当てながら。
「いやね、アタシらとしても穏便にお話をさせていただこうと思っていたんですよ? ですけど、そちらさんが、なんと言うか、こちらのお話をあまり理解していただけなかったというか、『売り言葉に買い言葉だ』『先に手を出したのはそっちだ』、気付いた時にはドッタンバッタン」
「………」
「いえいえ、悪いとは思っていますよ。でもね、何もうちの若い奴等も無傷ってわけじゃないですからね。ここは痛み分けということで」
よく回る口で、よく喋る。
落語家のようだ……いや、失礼、落語家の皆様、すいません。
ここにきて、ブラドはまだ問題の核心を全く言っていない。
「……で、その〝正当な理由〟とやらと、君達を動かした〝ある方〟という人物の正体を教えてくれないかな。早々に」
そんな彼に業を煮やし、イクサが苛立ちながら問う。
流石に、この騒動の依頼主の正体は口にしない――と、私は思ったが。
意に反し、ブラドは口の端を吊り上げると。
「ええ、ええ、それは当然。イクサ王子のお言葉とあらば、聞かないわけにはいきませんからねぇ」
鋭い八重歯を見せて、そう言った。
改めて、黒いコートと言い、鋭い歯と言い、蝙蝠のような男だ。
「……第八王子」
そう思っていた私の思考が、次の発言に衝撃を受けた。
「第八王子、ネロ・バハムート・グロウガ。そのお方のご依頼にあらせられます」
「ッ!」
イクサが目を見開く。
その表情が、驚愕と……そして、嫌悪に染まった。
「あいつ……」
「あー! あー! 勘違いされないでくださいね、イクサ王子! なにもネロ王子は、この土地や店を力尽くで奪おうなんて言っていませんよ!」
不機嫌に満ちたイクサの顔を見て、ブラドは慌てて注釈を挟む。
「きちんと、ウィーブルー家当主が買った金額の、それこそ倍の金額でこの土地を買おうとおっしゃられてるんです」
「……僕の名前を見たからか」
イクサが呟く。
「僕の名前を後ろ盾に、この店舗の出店を支援した……そのせいで、あの〝暴君〟に見付かったというわけか」
「いえいえ、そんなイクサ王子。ご自身を責めても仕方がないでしょう。きっと偶然ですよ、偶然。ネロ王子はただ、この王都の一等地を買い、そこでご自身が支援する店を出店したいだけなのですから」
そんなはずがないのは、明白だ。
察するに――これは、王子同士の因縁のぶつかり合い。
前回、イクサがアンティミシュカの征服活動に横槍を入れたのと同様――今度は、イクサの行動に他の王子が邪魔をしてきた。
イクサの顔は、自分のせいでこのような状況になってしまったと、自身を責めている表情、そのものだ。
私は、イクサの肩に手を置く。
「ここを出て、また別の場所で店を出せばいいじゃないですか。逞しい皆様なら、どこの土地でもきっとやっていけるはずですよ?」
そして、その先でも難癖をつけて出店を取り止めさせるのだろう。
その後も、その後も。
「私達を、玩具か何かと思っているんですか? その王子様は」
私は、イクサの肩に手を置いたまま言う。
ブラドはそこで、改めて私に向き直った。
「お嬢さん、何を勘違いされてるのかは皆目見当が付きませんが……むしろ、この状況は喜ぶべきことですよ?」
ブラドは嫌らしく笑う。
「だって、相手は王族。あの方にかかれば、本来ならあんたらなんて消そうと思えば簡単に消せるんですから」
「………」
「さぁ、そうと分かれば話を進めましょう。まずこの――」
「イクサ」
私は、イクサを見る。
イクサの目が、一瞬驚きに見開かれ……そして、引き絞られる。
「……やるんだね、マコ」
「うん」
私達を応援してくれたイクサに、負い目を感じさせたくない。
私達を信じて土地を譲ってくれた当主に、申し訳ない。
何より、今日までみんなが頑張って作り上げてきたものを、簡単に奪われてたまるか。
こんな、薄汚い連中の手で。
「ブラド……君は今回の件を、ネロから委託されているんだね」
「はい? ええ、まぁ」
「わかった、つまりこれは、王子が支援する者同士の争いということになる」
私は、イクサと共にブラドを睨みつける。
「王子と王子の対決……王位継承戦の監視官を、これから呼ぶ。僕はネロに、代理戦という形で宣戦布告をするよ。この場所は渡さない」




