■11 宣戦布告されました
レイレ・グロッサム。
店の入り口に立ち、そう名乗ったご令嬢様は、胸を張って私達に言う。
……自分で自分を令嬢と言うとは……。
「あたしの事を知らないなんて、とんだ田舎者達ね。これを機に顔をよく覚えておきなさい。お客様の顔を覚えるのも、立派な仕事の内よ」
偉そうだけど、結構マトモな事も言っている。
「えーっと、レイレお嬢様。大変失礼致しました。お顔もお名前も、よく記憶させていただきます」
私はぺこりと頭を下げ、再び彼女を見る。
「それで、宣戦布告というのは?」
「ふふん、この通りの近くには、私の家が経営する青果店があるのよ」
レイレは、おそらくそのお店があるだろう方向を指さす。
「先日18歳の誕生日を迎え、あたしもそろそろ家の跡継ぎとして、実際にお店の経営を受け持ち、勉強をさせてもらうことにしたの」
「はぁ……」
「そこで手始めに、にっくき商売敵であるウィーブルー家の新店ができると聞いて、その近くのお店の経営を担当し、ぶっ倒してやろうと思っていたの」
でも――予定が狂ったのよ。
そう、彼女は溜息を吐く。
「そう……あんた達のせいでね!」
「……ああ」
なるほど、そういう事か。
言動がいちいち派手だけど、なんとなく彼女の言いたい事はわかった。
「ウィーブルー家の新店舗の代わりに、私達を倒すと」
「あのウィーブルー家が、自分の店の出店を取りやめてでも推した店。まぁ、相手にとって不足は無いわ」
宣戦布告というのは、単純に店として、という話だ。
「ここは一等地の激戦区。生半可な考えじゃ、閑古鳥と一緒に泣いて帰る事になるわよ」
ふふん、と気取った笑顔でレイレは言う。
「それと、言っておくけどあんた達のライバルはあたしだけじゃないわ。他の同系統の品物を扱う店も、あなた達に対して対抗意識を燃やしているわよ」
チラッと見ると、流石に敷地の中には入ってきていないけど、遠巻きに他の店の人間と思わしき方々が偵察に来ているのがわかった。
「まぁ、精々頑張りなさい。どこぞの田舎で作られたような、ブランドも無い品物を扱う店なんて、この王都で流行るわけがないだろうけど」
レイレは背を向け、そう言い残す。
どうやら、言いたい事は言い終わったようだ。
「お気遣い、ありがとうございます。そうならぬよう、誠心誠意努力させていただきます」
その背中に、私は言う。
レイレは「……ふん」と鼻を鳴らし、去っていった。
「なんだ、あいつ」
「いいじゃん、逆に燃えて来るよ」
怪訝そうな顔をするウーガに、私は言う。
「おう、そうだな、その田舎の名産品がどんだけ売れるか、見せ付けてやろうぜ」
「負けねぇぞ、お前ら!」
《ベオウルフ》達は、声をそろえて「おう!」と叫ぶ。
皆、心は一つだ。
「よし」
私はそこで、手を打ち鳴らす。
内装の準備は順調だ。
諸々、計画通りに進んでいる。
となれば、私は私で次の段階に行こうと思う。
「じゃあ、私は商品搬入のために一回アバトクス村に帰るから」
※ ※ ※ ※ ※
『では、出発するぞ! 姉御!』
「うん、バーンと飛ばしちゃって! エンティア!」
王都の門を出て、私達は街道を走りだす。
と言っても、実際に走るのはエンティアだ。
彼の引く荷車に乗って、私達はアバトクス村に向かう。
「うおおおお! 速ぇな、おい!」
興奮したようすで、同乗しているウーガが叫ぶ。
「この調子なら、村には想定よりも早く到着するな……」
その横で、ガライが冷静に呟く。
村へ向かうメンバーは、私、ガライ、ウーガの三人を選出する形となった。
とりあえず、農産物担当のウーガと、工芸品担当のガライと共に、村で最終的な出荷物を決める事にしたからだ。
「うひゃあ、それにしても爽快だね」
本当に、自動車に乗っている気分だ。
エンティアのこのスピードなら、行きには二日かかった旅路も、半日程度に短縮できるはずだ。
王都に残ったみんなには引き続き作業をしてもらい、私達と商品運搬班(また、イノシシ君達に協力してもらう)の到着を待ってもらう。
「……あれ?」
王都からしばらく街道を進んだあたりで、私は例の牧場・農場地帯に差し掛かった事に気付く。
見ると、そっちの方から、いくつもの黒い影が街道に向かって走ってくるのがわかった。
「エンティア、ちょっとストップしてもらっていい?」
『む?』
エンティアがブレーキをかける。
黒い影達は徐々に、私達の方へと近付いてきて――その正体がわかった。
『マコ!』
『『『『『マスター!』』』』』
《黒狼》のみんなだった。
その先頭に立つのは、クロちゃんだ。
「みんな、久しぶり。ちゃんと真面目に働いてる?」
『ああ! そりゃもうバッチリ!』
狼達は、そう言って元気そうに飛び跳ねる。
心なしか、その表情も最初に出会った時に比べて穏やかになっている気がする。
『ここは天国だぜ!』
『飯はうまいし、のんびりしながら仕事もできるし! 最高だ!』
『野生時代は毎日ピリピリしてたけど、いやぁ人間に飼われるのも悪くねぇな!』
みんな、すっかり飼い犬になってしまった様子だ。
しかし、そんな中、クロちゃんだけがどこか不服そうな顔をしている。
「どうしたの? クロちゃん。クロちゃんはやっぱり、野生時代の方がよかった?」
『いや、そういうわけではない。俺が不満なのは、マコ、お前が全く俺のところに来てくれないことだ』
クロちゃんは、ジトーっとした目で私を見てくる。
『俺は本気なんだぞ? マコ。お前の傍に立つ騎士として、共に歩みたいんだ。その白い毛むくじゃらより、遥かに俺の方がマコに似合っているぞ。あと先日のモフモフ対決も俺の圧勝だっただろ』
『貴様になど負けた記憶がないわ! まっくろくろすけ!』
「まぁまぁ、落ち着いて」
うーん、クロちゃんはどうにもこうにも私に付いてきたいらしい。
どうしたものか……。
『もう行こう、姉御! こいつと話してたら日が暮れる!』
『ん? ところで、お前達、これからどこに向かうんだ?』
「うん、私達の村に帰るところなんだ。お店に並べる商品を持ってくるためにね」
私が言うと、クロちゃんは目を見開いた。
『村! マコの住んでいる村か!?』
「え? あ、うん、そうだけど」
『ならば、俺も付いて行こう! ゆくゆく、俺とマコが共に住む予定の村だからな! ご近所さん達にも挨拶しておかねば!』
『なんだ、こいつ! うっとうしいぞ!』
エンティアが吠える。
すると、クロちゃんがエンティアの体に繋がれた荷車のロープを一本奪い、口に咥える。
『お前はどけ! ここからは俺が引いていく!』
『ふざけるな! 貴様こそどけ! 邪魔だ!』
「ちょ、二人とも――」
瞬間、エンティアとクロちゃんは同時に走り出す。
互いに互いを振り払おうとしているのだが、二匹の力によって引っ張られた荷車はすさまじいスピードを出す。
『『『『『ボスー!』』』』』
狼達は勿論、周囲の風景が凄い勢いで変化していく。
「うわわわわ!」
何とか荷車に掴まる私と、そんな私が飛び出さないように押さえてくれるガライ。
「やべぇぇ! なんつー速度だよ!」
ウーガも必死に縁を掴んで悲鳴を上げている。
『貴様、邪魔だと言っているだろ!』
『黙れ! この座は渡さんぞ!』
……もしかしてこの二匹、何気に息が合うのかも……。
※ ※ ※ ※ ※
結局、二匹のパワーにより引かれた荷車は、半日どころか三時間程で目的地に到着してしまった。
「凄い……」
『ぜぇぜぇ……黒カビめぇ……』
『はぁはぁ……白カビがぁ……』
地面にへたり込み、舌を出して荒く呼吸をしている二匹。
流石に、体力を使い切ったようだ。
しかし、何はともあれ――。
「ありがとう、エンティア、クロちゃん。無事到着だよ」
私達は数日ぶりに、アバトクス村へと帰ってきた。
「おお! マコ!」
「戻って来たか! 待ってたぜ!」
「予定より随分早かったな!」
村に残った《ベオウルフ》のみんなが、私達を出迎えてくれる。
「ただいま、みんな。どう? 作物の方は」
「そりゃもう、全力で育てて全力で収穫してたぜ!」
「俺の畑のもしっかり面倒見てくれてたよな?」
ウーガが言う。
彼の家の裏の畑には、彼が実験的に植えて育てている、多種多様な野菜や果物の畑があるのだ。
「おう、ったりめーよ。見て、びっくりして頭打つなよ! 前みてーによ」
「うるせぇ!」
私達は、ウーガの家の裏手に向かう。
「おお!」
凄い!
トマトにキュウリ、ナス、ピーマン、ズッキーニ……。
健康的な色合いの夏野菜が、いっぱい実ってる!
「野菜だけじゃないぜ!」
ウィーブルー当主にお裾分けしてもらって、育て方も教えてもらった果物の苗も、すっかり成長している。
あれはスイカだ、それにメロン、サクランボも……。
「ま、正直言うと、マコの《液肥》のおかげで放っといてもぐんぐん元気に育っちまうから、俺らがやることなんてちゃんと見守るくらいだったけどな」
「いやいや、みんながいなかったら、こんな立派な野菜も果物も作れないよ」
私が言うと、皆「へへへ」と恥ずかしそうに笑う。
いや、本当に、よく頑張ってくれたよね。
「よし……じゃあ、さっそく収穫を始めよう!」
今の時間帯は、夕方ちょい手前くらい。
できれば、明日の朝には出発したいので、急いで商品の選定を始める。
ウーガが先頭に立ち、品質を確認しながら、出荷する果物や野菜を選び出していく。
『姉御ー!』
そこで、私の足を何かがつんつんと突いてきた。
見ると、そこにイノシシ君達が集まっていた。
『帰って来たか、コラー!』
『じゃあ、また王都に荷物を運ぶんだな、コラー!』
「うん、みんなは大丈夫?」
『任せろ、コラー!』
イノシシ君達も、元気いっぱいだ。
『姉御! 今日は姉御に、紹介したい奴等がいるんだ、コラー!』
そこで、一匹のイノシシ君がそう叫んだ。
「紹介?」
『最近生まれたばっかりの、うちのチビ達だ、コラー! 姉御に挨拶したいっていうんだ、コラー!』
見ると、そのイノシシ君の足元から、更に小さい子犬くらいのサイズの子供のウリ坊達が現れた。
え! めっちゃかわいい!
『あねごー!』
よちよちと、ウリ坊達は私の足元に寄って来る。
その一匹一匹に触れると、皆の声が聞こえるようになった。
『よろしくおねがいします、こりゃー!』
『おれたちもあねごのおてつだいしたいです、こりゃー!』
『あそんで、あそんで、こりゃー!』
『こりゃこりゃ!』
そう言いながら、私の足に「ぷい」「ぷい」と、鼻を押し付けてくる。
あかん……かわい過ぎる……。
「一緒に遊んでやったらどうだ?」
横に立つガライが、そう言った。
「商品の選定は俺達でできる。マコは、少し休んでいろ」
「え?」
そう言って、ふっと笑うガライ。
ううう……みんなには悪いけど、けど……。
『あねごー! あねごー!』
『こりゃー! こりゃー!』
ダメだ! この可愛さの前には耐えられない!
ごめん!
というわけで、私はチビちゃん達と一緒に夜中まで遊び呆けてしまった。
夜には、チビちゃん達と一緒に引っ付き合うようにしてベッドで寝た。
……夢のような時間だった。
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申し訳ございません。次話の更新は9日にさせていただきますm(__)m
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