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■9 ちょっと評判がよくなりました


 喧嘩するエンティアとクロちゃんを宥め、私達は山を下り、牧場・農場地帯へと戻る。


『あ、しまった』


 その途中、不意に、クロちゃんが呟いた。


「え? どうしたの?」


 エンティアの背中に乗っていた私は、彼の囁きに振り返る。


『マコ達に追跡されている最中、密かに群れの一部をあの牧場に逆戻りさせていたのだった』

「え!?」


 一気に撤退したと見せかけて、何割かの戦力で残された牧場へと攻撃も仕掛けていたという事だろう。

 全然、気付かなかった。

 流石、変な言動だけど群れを率いる長――指揮力がある。

 ……いや、今はそうじゃなくって。


「それ、ちょっとまずいかも……」


 牧場にはラム達がいるし、私の残した〝防獣フェンス〟や〝有刺鉄線〟の罠が有るとは言え、もし戦闘になっていたら大変だ。

 こっちは丸く収まったけど、向こうはまだその事情を知らないだろうし――。


「急いで戻ろう!」


 私達は全速力で、斜面を駆け降りる。

 みんな、無事でいて欲しいけど――。




※ ※ ※ ※ ※




「おーっす、マコー、戻ったかー」

「……ありゃ?」


 しかし、戻ってみると、私の心配は杞憂に終わっていた。


『お前達! 攻撃は止めだ! 我等が争う理由は無くなった!』


 クロちゃんが叫ぶと、防獣フェンスの外で唸っていた狼達も、大人しくなる。

 そう――牧場には一切、被害が出ていなかった。

 柵が倒されていることもなく、一匹の狼も敷地内には侵入していない。

 ラム、バゴズ、ウーガの三人が、ホークを手に持って立っている。

 戻って来た私達に、柵の内側から疲れ切った声を発した。


「いやぁ、大変だったぜ、上ってくるこいつらを端から端まで走り回って振り落とすのは」

「でも、なんとか被害は出さなかったぜ」

「そっちも、ボス狼と話は済んだのか? まぁ、大人しく従ってるってことは丸く収まったんだな。流石、マコだぜ」


 へへへ、と笑う三人。

 その後ろから、隠れるようにしていた牧場主のおじさんが顔を出した。


「おお! お戻りで! いやぁ、全く頼もしい方々でしたぞ!」

「へぇ」


 三人とも、頑張ったんだね。

 凄くかっこいいじゃん。


「ありがとう、ラム、バゴズ、ウーガ」

「惚れ直したか?」

「うん、かなりね」

「ヒャッホー!」


 三人とも嬉しそうにハイタッチしている。

 私はそこで、三人の近くに横たわる、足に包帯を巻いた一匹の黒い狼を発見する。

〝有刺鉄線〟の罠にかかっていた狼だ。

 なるほど……きちんと、言い付け通り大人しくしている。

 おそらく、仲間が治療してもらっている姿を見て、他の狼達もラム達を本気で攻撃するか否か迷ったのかもしれない。


「それで、マコ殿。これは……」

「うん、とりあえず結論から言いますと、彼等がこの一帯の牧場・農場を襲う事はもうありません」


 柵の外に整列する、黒い狼の群れを恐る恐るといった感じで見詰めるおじさんは、私の発言にほっと胸を撫で下ろした。


「す、凄い! ……あなたの魔法は、このような便利な品を生み出すだけでなく、動物達を服従させる力もあるのですか!」

「服従というか……まぁ、交換条件というか……」

『マコ』


 そこで、整列した狼の群れの先頭に腰を下ろすクロちゃんが、口を開いた。


『先程も言った通り、我々はマコをマスターと認めた。マコに付いて行く』

『『『『『俺達も付いて行くぜ!』』』』』


 声を揃える狼達。

 うーん、困った。

 流石に、この数で王都に行ったら大騒ぎになってしまうだろう。


「んー……」

「しかし、凄い数ですな。もし私達の領地も、これだけの強力な狼達に守ってもらえたなら、他の野生動物や野盗に襲われなくて済むでしょうに。羨ましい限りです」

「はい……あ、それだ!」

「へ?」


 そこで、私は牧場主さんに耳打ちをする。

 それを聞いた彼は「え!? ええ、まぁ、こちらとしてはありがたいですが……」と、少し困惑しながらも了承してくれた。


「みんな! みんなに、ちょっと頼みたい事があるんだけど」

『なんだ?』

「みんなに、この一帯の牧場や農場を警備して欲しいんだ」


 要は、今までとは逆に、他の野生動物が近付いたりしないようにしたり、盗人が来たら追い払ったり取り押さえたりする役割だ。

 つまり、猟犬である。


「後は、太りすぎた牧畜を追い立てて運動をさせてもらったり……まぁ、色々と仕事はありますので。餌などはその分、私達が出します」

『俺達に、人間の飼い犬になれというのか?』


 クロちゃんが言う。

 まぁ、簡単に納得はしてくれないだろうけど……流石に、全員面倒は見れないので。


「ちゃんと大人しく頑張ってたら、また来るからさ」

『ぐぅ……俺はマコの騎士になりたいのに』


 その気持ちは嬉しいけど、今はちょっとタイミングが悪いのだ。

 ごめんね、クロちゃん。




※ ※ ※ ※ ※




 さて。

 そんなこんなで、〝王都の外れの牧場・農場を襲っていた、黒い狼の群れ事件〟は、一応解決という形となった。


「どこに行ってたの、マコ!」

「心配したんだよ!」


 帰って来た私に、早速マウルとメアラが抱き着いてきた。

 二人は夜中に起き、そして私とエンティアの姿が見えない事に気付いて不安がっていたそうだ。

 それを、ガライがずっと宥めてくれていたのだという。


「ごめんごめん」


 引っ付いて来た二人の頭を撫でる私。

 続いて、目の前に立つガライを見る。


「ガライも、ありがとうね」

「……問題は、解決したみたいだな」

「うん」


 後から知ったが、ガライは事前に、ラム達から事情を聞かされていたらしい。

 で、ラム達から言われて(ラム達が私に良い所を見せたかったので)、今回は大人しくしていたのだという。


「少し心配だったが、無事なようで何よりだ」

「エンティアのおかげかな。それに、ラム達も頼りになったからね」

「マコ……どうして、関係無い問題に首を突っ込んだの?」


 メアラが言う。

 あれ? もしかして、ちょっと怒ってる?


「今は、お店を作るのに大変なのに、それでマコの身に何かあったら……」

「ありがとう、メアラ。心配かけちゃって、ごめんね」

「……別に、そこまで心配はしてない」


 メアラがそっぽを向く。


「うん、正直に言うとね、ちょっと下心があったかなっていうのはあるんだけど」

「したごころ?」


 マウルが首を傾げる。


「それは、また明日になったらわかるかもしれないかな。とりあえず、うん、今度からはちゃんと、みんなにも言ってから動くようにするよ。反省します」


 今回みたいなのは、これっきりにしよう。

 先程言った、下心。

 昨日の昼間、エンティアには色々と言ったけど、結局、私が今回こうして人助けをした理由。

 ――王都の人達の私達に対する目が、獣人に対する目が、少しでも好意的なものになってくれればと、そういう考えからの行動だった。


「ともかく、今日はもう寝よう! 明日も朝から大忙しだからね!」




※ ※ ※ ※ ※




 結論から言うと、そんな私の下心は、功を奏したようだった。


「……おい、あの人達か? 例の狼騒ぎを解決したのって」


 翌日。

 今日も店舗建築に勤しむ私達の下に来る野次馬が、なんだか増えているような気がした。

 彼等、彼女等は、私達の姿を見ながら、昨夜の件を話している様子だ。


「ああ、冒険者ギルドへの依頼が取り下げられたんだと。ギルドで働いてる知り合いが言ってたぜ」

「狼の群れを調教して、今じゃ逆に牧場や農場で働く猟犬に仕立てたんだとか」

「すげぇな、それもやっぱり、獣人の力なのか?」


 野次馬は、《ベオウルフ》達を見ながらそう言っている。


「いや、狼共をボコボコにして屈服させたのは、あっちの人間の女らしい」

「なんでも、魔法を使ったらしいぞ?」

「マジかよ……じゃあ、相当位の高い家の生まれなのか?」

「あの白いバカでかい狼も、あの女の使い魔なんだとよ」


 ……別にボコボコにはしてないんだけどね。

 でもどうやら、情報はちゃんと、あの牧場主のおじさんが伝えてくれたみたいだ。


「だが、噂によるとあっちの獣人達も、牧場を守るために必死に狼達と戦ってくれたそうだ」

「本当か? 獣人が、人間のために?」

「ホラ話じゃないだろうな」

「いや、その牧場の経営者が実際に言ってたらしいからな」


 流石に、彼等も少し疑いの気持ちはあるようだ。

 でも確実に、私達を見る王都の人達の目が、柔らかくなったのを感じる。

 昨夜のラム達の頑張りが、きちんと反映されている気がして、嬉しい気持ちになった。

 ――そして。


「……おお」

「遂に」

「遂に?」

「……うん」


 王都に来て、数日後。

 目の前に建つ立派な木造建築を見上げ、私は皆に言った。


「とりあえず、外側は完成だね」

「「「「「ヒャッハーーーー!」」」」」


 マウルやメアラ、《ベオウルフ》のみんなが手を叩き合って喜んでいる。

 オルキデアさんとフレッサちゃんも拍手をしている。

 見事、店舗が完成した。


「みんなご苦労様。でも、まだまだ先はあるからね」

「おうよ! 次は内装だな!」


 建物自体は見事に完成。

 次は、内部だ。

 棚や小物を設置し、お客さんを迎えいれる空間を作らなくちゃいけない。


「そうそう、それに、厳密にはまだ外観があるからね。塗料を使って、細かいところまで作り上げていこう」


 私の生み出した《塗料》を使い、事前に話し合ったデザイン通りに、皆に店の外側を塗っていってもらう。

 すると、そこでだった。


「ん?」


 作業中の私達の店舗の目の前に、一台の馬車が止まった。

 見るからに高級そうな黒塗りの、四頭立ての馬車だ。


「うわあ! 見てください、お父様、お母様! とても素敵なお店が作られていますよ!」


 その馬車の扉が開き、一人の少女が出てきた。

 少女は、鈴を転がすような可愛らしい声で、そう楽しそうに言う。

 お店の外観は、女性子供受けが良いようにカラフルな色合いで仕上げている。

 それが目に留まったのかもしれない。

 身を包む高級そうなドレス。

 流れるような金色の髪に、宝石のように輝く瞳。

 整った顔立ちは、この世のものとは思えないくらいに美しい。


(……貴族の子かな? ……)


 素直にそう思えるくらい、美しい身形の少女だった。


(……あれ? ……)


 そこで一つだけ、気にかかる点があった。

 その少女の〝耳〟……人間のものに対して、先の尖った、特殊な形の耳をしていた。

 あれって、確か――。


「!」


 すると、近くで作業をしていたガライが、その少女の姿を見て驚いたように瞠目したのがわかった。

 明らかに、気配が変わった。

 そして、まるで少女の視界から逃げるように、身を隠した。


「……ガライ?」

「はは、メイプル。そんなにはしゃいでいるとコケてしまうよ」


 馬車から、おそらく彼女のお父さんとお母さんと思しき人物が現れる。

 同じように高級な衣服に身を包んだ、位の高そうな壮年の夫婦。

 ……ただ、その二人の耳は、普通の人間のものだ。


「この商店は、何を売る店かね?」


 現れた夫婦の、男性の方が私に問いかける。

 えっと、多分貴族だよね?

 だったら、言葉遣いとか気を付けないと……。


「はい、お声掛けいただきありがとうございます。この店では、遠くアバトクス村で生産された特産品を扱う予定です」

「アバトクス村? ……聞いた事のない村だな」

「野菜や果実、それに生花や木製の工芸品等を主に販売させていただきます」


 そうだ――と、私は思い出し、ポケットから木でできたイノシシの人形を取り出す。

 以前、ガライが作ったものだ。


「例えば、このような」

「かわいい!」


 そのイノシシの人形を見て、少女は笑顔を浮かべる。

 おまかわ。


「あら、とてもよくできた木彫りの人形ね」

「ああ、本当に」


 奥様も旦那様も、そう言って絶賛する。


「メイプル、お前のお気に入りと同じくらい良い出来じゃないか?」


 そこで、旦那様の方が、娘さん――メイプルちゃんにそう言った。

 メイプルちゃんは「はい」と呟き、ドレスの内側に隠すように首から下げていたネックレスを取り出す。

 そのチャームの部分に吊り下げられていたのは、宝石や貴金属ではなく、私が今しがた取り出したイノシシの木彫りと同じような、フクロウの人形だった。


(……え……)


 その、非常に完成度の高い木彫りの人形を見て、私は思わず隠れているガライの方をチラ見してしまった。


「お店が完成した暁には、来店させてもらうよ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 そう言い残し、彼らは馬車へと戻る。


「お姉さん、はい!」


 メイプルちゃんは、持っていたイノシシの人形を私に返してくれた。


「………」


 馬車が去った後、私はガライの下へ行く。

 彼はどこか遠い目で、虚空を見詰めていた。


「……さっきの貴族の子、耳が尖ってたね」

「……ああ」

「お父さんとお母さんは、普通の人間っぽかったのに」

「……エルフという種族だ」

「へぇ」


 ふわふわとした会話になってしまった。

 でも私は何となく、今のガライの姿を見て、何を思っているのかわかった。


「幸せそうだったね」

「……ああ」


 ガライは、どこか嬉しそうな顔をしていた。

 そこからのガライの働きっぷりはすごかった(いや、普段も十分凄いんだけどね)。

 陳列棚や、色々な小物を次々に組み立て、色を塗り、店の中に並べていく。

 内装の完成は、予定よりもずっと早く終わりそうだ。


「よし」


 店舗自体は、ほぼ完成。

 ここまで来たら、次の段階に進むしかない。


「それじゃあ、そろそろ商品搬入のターンだね」



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