■5 牧場を襲う狼を退治します
「あの、すいません」
昼食を終え、料亭『黄鱗亭』を出る。
他のみんなには先に現場に戻ってもらい、一方で、私は同じく店を出た別のお客さんに声をかけていた。
「ん? なんだい? おねえちゃん」
先程、近くの席で話をしていたおじさん達だ。
そう、牧場や農場を襲う謎の狼の群れの話をしていた人達。
「さっきの話、もうちょっと詳しく教えてくれませんか?」
「さっきの……ああ、狼の話か? どうしてだ?」
「いや、ちょっと興味がありまして」
訝るおじさん達に、私は言う。
「もしかしたら、その困っている農家の人達を助ける事ができるかもしれないと思って」
そう言った瞬間、おじさん達は声を上げて笑い出した。
呵々大笑である。
「やめとけやめとけ! 冒険者でも手を焼いているってのに、おねえちゃんにどうこうできるはずないだろ!」
「はい、まぁ、確かに私一人ではどうこうするのは難しいかもですが……」
『姉御』
そこで、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
私の前に立っていたおじさん二人は、私の背後に現れた存在を見てびっくりしている。
『宿屋にいても暇だ。我にも何か仕事を――ん? どうしたのだ?』
「あ、エンティア、ちょうどよかった」
宿屋で待機してもらっていたエンティアが、抜け出してきたようだ。
本来なら、この図体で王都の町中を歩き回られるのは、色々と騒ぎが起こりそうで困るのだが、今はナイスタイミングだ。
「この子、私の仲間なんです。もし野生の狼の群れが襲って来てるっていうなら、この子の力を借りればどうにかできるかな? と思ったので」
『む?』
「お、お前さん一体何者なんだ? もしかして、冒険者なのか?」
「えーっと……そういうわけではないですけど、でもまぁ、困っている人がいたら出来るだけ手助けしたい主義なので」
私が言うと、おじさん達は「ぬぅ……」と唸りながら、エンティアと私を見比べる。
そして。
「わかった、詳しく話そう」
真剣な表情になって、そう言った。
どうやら、認めてはくれたらしい。
「と言っても、お前さん、さっき俺達の話を盗み聞きしてたんだろ? だったら、その内容が全てだ」
「〝黒い狼〟の群れが、農場や牧場を襲っている……」
私の頭の中に過ったのは、アバトクス村の周囲の山や森の中に出没する野生動物達。
アンティミシュカの征服活動によって、力を奪われ邪気が滞った土地に住み、凶暴化した野生動物達の姿だった。
……もしかしたら、そんな凶暴化した野生動物が、この王都にまで移動してきたのかもしれない。
「なるほど……実際には見てみなくちゃわからないですけど、もしかしたら私達でどうにかできるかもしれませんね」
「……おねえちゃん、本気か? 本気で、その狼共を駆除してくれるのか?」
「駆除……するかどうかはわかりませんけど、方法は色々と思い付きます」
ふぅむ、とおじさんは唸る。
「本当にやる気なら、俺が話を通しておいてやる」
「え? そんな事ができるんですか?」
「ああ、俺達も、その牧場や農家から商品を卸してもらってる店の者だからな」
二人のおじさんは、そう言って頷く。
なるほど、だからそこまで詳細に話を知っていたんだ。
「あんたがどこまで本気で、どれだけの実力があるのかは知らないが、もし狼どもをどうにかしてくれたら助かる」
「はい、ありがとうございます。早速今晩にでもお邪魔させていただきたいと思いますので、よろしくお伝えください」
「こ、今晩……まぁ、早いに越したことはないが……」
私の行動力の速さに、若干引き気味である。
そういえば、友達とかからもよく言われるんだよね、『マコは決断が早い』って。
服とかアクセサリーとか、買い物でも結構すぐ決めちゃうし。
でも、それも多分職業病なんだよね……。
本当、バシバシ次の作業計画を進めて、即時即決していかないと回らないからね、この業界の仕事って。
……そうしないと回らないってのも、問題なのかもしれないけど。
何はともあれ、おじさんから知り合いの牧場主さんの名前と、その人が住んでいる牧場の場所を教えてもらった。
彼等とはそこで別れ、私は建築現場へと向かう。
『姉御、なんでわざわざそんな事をしてやるんだ? 野犬退治など』
歩いている途中、エンティアにも問われた。
ん~……農業の動物被害に関する話は、けっこう職業柄、耳に入っちゃうっていうのが第一なんだけど……。
「さっきも言ったけど、ただの野生動物の退治なら私達でもできそうだし……それに、農場や牧場とつながりを持つと、色々と便利だし。お店の宣伝にもなるかもだしね」
『相変わらずお人好しだな、姉御』
「そうかな?」
※ ※ ※ ※ ※
その夜。
一日の作業も終わり、夕餉も済ませ、皆が寝静まった後。
「……よし、行こうか、エンティア」
『うむ』
私とエンティアは、こっそり一緒に宿を出ようとする。
ちなみに、他のみんなにはこの件は話していない。
みんなは昼間の作業でくたくただ。
心配をかけるわけにもいかないし、あくまでも私が自分からやると言ったことである以上、秘密裏に解決するのが筋だろう。
「みんな疲れて寝てるから、静かにね」
『うむうむ』
廊下を抜けて、宿屋の玄関へ、
そして、入り口を出る
向かう先は、王都の外の牧場だ。
「よし、まずは王都から出なくちゃいけないから、昨日の門に――」
「ふふふ、待ちな」
するとそこで、暗闇の中から声が聞こえた。
瞬時に警戒する私とエンティアだが、現れた人物を見て瞠目する。
「ラム!」
「なぁに隠れて出ていこうとしてんだよ」
夜闇の中から姿を現したのは、《ベオウルフ》のラムだった。
部屋に戻ったと思っていたのに。
「ラム、どうしてここに?」
「実は昼間、あの料亭の外で、お前らが他の客に話しかけてるのに気付いて、隠れて見てたんだよ」
気付かなかった……。
ラムは不敵な笑みを湛えながら、自分に向かって親指を立てる。
「牧場を襲う狼の群れを退治するんだってな? 俺も同行するぜ」
「ラム……」
「くくく、待てよ、お前ら」
そこで、更に暗闇の中から声が聞こえた。
「お、お前は……バゴズ!」
続いて現れたのは、バゴズだった。
ラムがビックリ仰天みたいなリアクションをしている。
「水臭いぜ、お前らだけで行こうだなんて。俺も連れていきな」
「バゴズ……」
「へへへ、おいおい、俺は仲間外れかぁ?」
「お、お前は……ウーガ!」
今度はウーガが現れた。
ラムとバゴズが若干演技過多に反応する。
「お前らだけに格好良いところ見せられてたまるかよ。俺も行くぜ」
「「ウーガ……!」」
「ごめん、時間が無いからもう全員出てきてもらってもいいかな?」
「あ、すいません、俺達三人だけです」
というわけで、茶番終了。
ラム、バゴズ、ウーガ。
どうやら、この三人には昼間の会話を聞かれていたようだ。
「でも……本当にいいの? 疲れてるでしょ?」
「おいおい、昼間っから働いてるのはマコだって一緒だろ?」
「それに、俺達だってここ最近は畑仕事で体力が付いてきてんだ。舐めないでもらいたいね」
「俺達にも手伝わせてくれよ。店の宣伝にもなるかもっつぅなら、力を貸すぜ」
三人は、意気揚々とそう言ってくれた。
なんだろう……随分、頼もしくなったなあ、この三人も。
「……つっても、わかってんだけどな……本当ならガライを連れてくるべきだって……」
「ああ……でも、ほら……ガライはうちの主戦力だし……明日の作業もあるし、休んでもらうのが一番……」
「まぁ……本当はガライにも事情を伝えた上で、直接頼み込んで今回は出番を譲ってもらったんだけどな……マコにイイところを見せる機会をくれって」
ん……なんだか、ちょっと情けない発言が聞こえた気がしたけど。
「なんか言った?」
「いやいやいや! なんでもねぇよ!」
「それより、とっとと行こうぜ!」
「そう? じゃあ、今夜は力を貸してもらうよ。よろしくね」
というわけで、私達四人と一匹は、早速牧場へと走り出した。
『まったく、姉御はともかく大の男を三人も乗せて走るのは邪魔臭くて仕方がないぞ! 一人くらい降りろ!』
※ ※ ※ ※ ※
「おお、まさか本当に来てくださるとは……」
王都の門を出て、十数分。
エンティアに乗ってやってきた先は、先日王都に向かう途中に街道沿いに見た牧場の一つだった。
昼間のおじさん達に指定された牧場――その傍の一軒家を訪問すると、気の良さそうなメガネをかけた老年の男性が出てきた。
彼が、この牧場の主のようだ。
そしてどうやら、おじさん達はちゃんと話を通しておいてくれたらしい。
「これは……そちらの大きな狼が、あなたの使役する〝使い魔〟ですかな?」
「使い魔?」
なんだろう……そこら辺のワードの意味とかは詳しくわからないけど、多分、おじさん達も私達を紹介するのに、他に言葉が思いつかなかったのだろう。
「あ、はい。一応、個人で冒険者もどきみたいな仕事をしてまして、この子は私のペット……じゃなかった、使い魔です。後ろの三人は仲間です」
「ほう……獣人のお連れですか、これは珍しい」
当たり障りない感じで自己紹介したけど、やっぱり、若干怪しまれているようだ。
まぁ、仕方がない。
「それよりも、主さん。早速、問題の解決を進めましょう。一体、何があったんですか?」
「あ、ええ、そうですね。まずは見ていただきたいのですが……」
私に急かされ、牧場主さんは家から外へと出る。
そして、広大な牧場の方へと向かった。
よく見てみると、木製の柵の一部が壊されていたり、残骸のようなものも見える。
牧畜はいない。おそらく、すべて畜舎に戻されているのだろう。
「ある夜から、いきなり〝黒い狼〟の群れが現れるようになったのです。奴等は夜闇に乗じてここら一帯の牧場や農場を襲い、農作物や家畜を食い荒らしていきます」
『確かに、妙なにおいが残っているな』
エンティアが鼻をひくつかせる。
「最初は、柵を強化したりもしましたが、奴等の方が数も多く力も強い。そこで、王都の冒険者ギルドに依頼を出しました。冒険者の方々が野獣退治の任務として来てはくれましたが……結果から言うと、歯が立ちませんでした」
「……ふむふむ」
だとすると、かなり警戒しないといけないかもしれない。
相手は、戦いのプロである冒険者でも手古摺る相手ということだ。
「下級ランクの冒険者では手に負えない。かといって、上級の冒険者にも依頼をだすと、かなりの報酬が必要になる。いっそ、ここら一帯の主全員で金を出し合ってもいいのではと考えてもいました」
「それは、だいぶお困りですね」
「はい……」
しょぼん、と表情を落とす主さん。
「よし……わかりました。狼は、大体夜のどれくらいに来るんですか?」
「深夜です。ちょうど、月が空の真上に来る頃」
なら、もうちょっとだけ時間がある。
「ラム、バゴズ、ウーガ、早速だけど始めよう」
私は《錬金》発動する。
淡い光の発生と共に、〝獣害対策に特化した金属製品〟を生み出す。
「おお、魔法をお使いになられるのですか!?」
驚愕する牧場主さんを尻目に、私は皆に指示を飛ばしていく。
「さぁ、まずは、この牧場に〝罠〟を仕掛けるよ」




