■3 改めて双子からおもてなしを受けます
「おい、マウル、メアラ、どうして人間がお前らの家にいるんだ」
私の姿を見て驚く獣人達。
改めて見ると、屈強な体格の大人から老人まで、この村には色んな年代の獣人が住んでいたのだという事がわかる。
皆、頭から犬のような耳が生えている……おそらく、狼が元になっている獣人とかそういう種族なのだろう。
「待って! マコは怪しい人間じゃないよ!」
そこで、家の中から飛び出したマウルが、私と皆との間に立ってそう叫んだ。
「マコは良い人間だよ! 魔法使いで、僕達の家を嵐に負けないくらい強くしてくれたんだ!」
「なに、魔法使い!?」
マウルの発言に、村人達は一層大声を上げる。
魔法使い……なのかな? 私。
多分、職業名的には《ホームセンター店員》なんだけど……。
「ほら、これ」
マウルが皆に見えるように持ち上げたのは、昨日私が《錬金》で生み出した〝アングル金具〟――その、使わなかった余りの一つだった。
昨夜、マウルが『これ、ちょうだい』と言って来て、別に必要無いものだったのであげたのだ。
どこか嬉しそうに、大事そうに握り締めて眠っていた。
「マコが魔法でこれを作って、家を強くしたんだ」
「何だ、これは……」
「見た事が無い、鉄なのか?」
「しかし、こんなに滑らかで形の整った鉄は、初めて見るぞ」
ざわめき、各々会話を交わす獣人達。
「おい、見てみろ!」
そこで、双子の家の中を覗き見た一人の獣人が叫ぶ。
それに連れられ、他の獣人達も家の中を見る。
「なんだ、こりゃ……」
彼等の目には、この貧相な見掛けの小屋の中――柱や壁板や屋根、その至る場所に打ち付けられたいくつもの〝アングル金具〟が目に入っているのだろう。
「魔法の加護か? それで、この家は強くなったのか?」
うーん……認識に齟齬が。
確かに、なんだかわからないと魔除けのお札がべたべた貼りまくられているようにも見えるかもしれないのかな、これ。
例えが適切かどうかはわからないけど。
「いや、魔法とかじゃなくて、金具を使って木材を補強しただけで……」
説明する私だが、獣人の皆さんは既に仲間内で話を始めてしまっていた。
「本当に信用していいのか?」
「だが、人間だぞ……また俺達を騙そうとしてるんじゃ……」
「そうさ、魔法使いなんて王族や貴族の血を引く希少な存在。本当に魔法使いだったとしても、獣人のために魔法を使うなんて思えねぇ」
「詐欺師じゃないのか?」
……うーん、これはちょっと怪しい雲行きになって来たな。
空気の流れが少し険悪な方に振れかかっているのを察知し、私はすぐに判断を下す。
マウルとメアラを振り返り、二人に視線を合わせる。
「ねぇ、マウル、メアラ、昨日の夜はありがとうね。おかげで助かったよ。じゃ、私行くね」
人間に対して良い印象の無い獣人達に、妙な印象を与えて悪目立ちしても損しかない。
もしかしたら、マウルとメアラにも被害が及ぶかもしれない。
私は手早く二人に別れを告げて、この場から逃げようと考えた。
しかし――。
「駄目だよ!」
そんな私の考えを読んだのか、マウルが叫んだ。
「マコは大切なお客様なんだから、今から、ちゃんとおもてなしするんだ!」
良い子だなぁ……マウル。
いや、そうじゃなくて。
「ごめんね、マウル。でも、このまま私がここにいると……」
「みんな! マコを疑うようなことはやめてよ! マコは悪い人間じゃないよ! 僕達を騙したり悪く言ったりするような、他の人間とは違う!」
マウルが必死に叫んで、私の潔白を証明しようとしてくれる。
正直、昨日遭遇したばかりの私のような人間を、そこまで擁護しようとするなんて、この子は純粋すぎて少し心配になるレベルだ。
警戒して、ここまで声を上げないメアラの方がきっと賢いと思う。
けど、マウルの行動は結果として、獣人達の私に対する印象を少しだけ、改善してくれたようだ。
「……なぁ、あんた」
一人の獣人の男性が、私に声をかけてきた。
「あんた、本当に家を強くできるのか? 俺の家、昨日の嵐で壁が穴だらけなんだ」
「俺も、飛んできた木が屋根に突き刺さって雨漏りが酷くて」
「うちも」
一人がそう切り出すと、他の獣人達の中からも、徐々にだが私に対して助けを求める者が出始めてきた。
マウルの懐き具合が、懐疑的だった獣人の雰囲気を変えたのかもしれない。
ただ……。
(……う~……どうしよう、まだMPが回復してないんだよねぇ……)
頭の中に浮かぶステータスウィンドウ。
そこに表示された、MPの数値は、昨夜からいくらか回復しているとは言え、まだ2/100程度だ。
ここで好印象を残すためにも、彼等の要望に応えるべきなのはわかってるんだけど……。
「あのぉ、非常に言い辛いんですが……」
「ダメだよ! マコは疲れてるんだ!」
そこで、再びマウルが私の前に立ち、声を上げてくれた。
「魔法を使うための力を使い果たして、僕達の家を守ってくれたんだ! 今から休んでもらうんだから、みんなは帰って!」
マウル……君はきっと良い婿になるよ……。
年端も行かない少年の優しさに、少しホロリと来る私であった。
※ ※ ※ ※ ※
「マコ、待っててね、すぐに朝ごはん作るから」
村の獣人達を一旦追い返すと、私達は再び家の中に戻った。
私は椅子に座らされ、マウルが簡素なつくりの台所で料理を拵え始める。
「………」
「………ん?」
そこで、隣に立ったメアラが、じっと私の事を見詰めてきている事に気付く。
「お前、本当に、ただの好意で俺達の家を守ってくれたのか?」
「そうだよ」
「本当か? 後で、金を払えって要求する気じゃないのか?」
……おい、この世界の人間よ。
信用されてないにも程があるぞ。
大人の獣人達だけならともかく、こんな子供達にまで疑われるなんて……。
「そんな事しないよ。なんでそう思うの?」
「……そうでもないと、人間が俺達を助けるような真似をするなんて思えない」
少し俯き気味になって、メアラがそう呟いた。
私は溜息を吐く。
「あのね、昨日の夜は、この家が吹き飛んだら私自身にも危険が及ぶ事になってたんだよ? だったら、助けるに決まってるじゃん」
私は冷静に説明する。
まぁ、そもそもの理由はそうじゃなかったんだけど。
「そんなに人間が信用できないの?」
「人間は、獣人を見下してる……俺達は獣と同等だって」
ぐっと、歯を食い縛るメアラ。
「だから、俺達の父さんと母さんが、馬車の事故に巻き込まれた時も、人間の治療を優先して……父さんと母さんは死んだ」
「………」
重っ!
そんな重い経緯があったなんて……。
迂闊だった。こんな小さな子に、そんな過去を喋らせてしまった自分を恥じる。
私は立ち上がり、火の焚かれた竈で、鍋に食材を入れているマウルへと近づく。
鍋の中を覗き込むと、薄い色合いの液体の中に、刻まれた野菜が入っていた。
「へぇ、スープ?」
「森で採れたキノコとかだよ。あと、マコのために特別に干し肉も入れてあるよ」
「私も手伝うよ」
「え!? 駄目だよ! マコはお客さんなんだから!」
「いいのいいの。これ、食器?」
その後、マウルが作ってくれた料理を囲い、私達は朝餉を食べた。
昨日まで、朝は限界まで寝ることしか考えていなくて、まともに朝ごはんを食べる習慣のなかった私にとっては、とても新鮮な味がした。
「ん?」
頭の中、ステータスウィンドウを見ると、MPが20まで回復している。
よしよし。
「久しぶりだね、二人きり以外でご飯を食べるの」
そう、嬉しそうにマウルがメアラに話しかけている。
「………」
一方のメアラは、やはり複雑な表情をしていた。
※ ※ ※ ※ ※
その後、朝ご飯を食べ終わると、後片付けと一休みをし、私は家を出た。
今から人助けの時間だ。
休憩した事で、いくらかMPが回復したし、また《錬金》のスキルを使えるようになった。
私は、手の中に〝アングル金具〟を生み出し、昨日使わなかった余分な〝釘〟、そして〝木槌〟を持ちながら、広場にタムロしていた獣人達に言う。
「さぁて、じゃあまずはどの家から見させてもらいましょうか?」