■2 不安は取っ払います
「例の話は順調かい?」
村へとやって来たイクサは、そう問い掛けて来た。
何の事を意味しているかは、瞭然だ。
「王都で、店を開くという件」
「うん、正に今、そのためにみんな頑張ってるところだよ」
なるほどなるほど、と、イクサは活気立つ村の雰囲気を感じて、楽しそうに微笑む。
「マコ、そこでなんだけど、今回、僕もその事業に一肌脱がせてもらおうと思ってね」
「え?」
「王都では、色々と協力させてもらうよ」
そう言って、イクサは私に丸められた書状を手渡してきた。
私は、それを受け取る。
「これって……」
「まぁ、簡単に言うと僕の推薦状みたいなものさ」
〝魔除け〟替わりにはなると思うよ、と、イクサは言う。
「王都は商売の一等地でもある。いかに他の店を出し抜いて生き残るか、過酷な競争社会だ。中には、野蛮な手や卑怯なやり方を好む連中もいるからね」
なるほど、イクサの狙いがわかった。
「そこで、僕の名前を出せば後ろ盾にはなると思ってね」
「そういう事か。ありがとう、イクサ」
「僕も色々と処理しなくちゃいけない仕事があるから、それが片付いたら顔を出すよ。オープンまでには間に合わせよう」
後ろに立つスアロさんを振り返り、「ね」と言うイクサ。
スアロさんは嘆息をする。
そこで彼女は、私に視線を向けた。
「……マコ殿。今、イクサ王子の言った事は決して冗談ではない。場合によっては、暴行沙汰を起こすような連中もいる。貴方も妙齢の女性だ、気を付けなさい」
「スアロさん、任せてよ。私だって、それなりに腕は立つしね」
そう言って、腕を持ち上げる私に――スアロさんも強くは否定しない。
彼女も何気に、私の戦闘シーンを結構間近で見る機会に恵まれているので。
「大丈夫だよ、スアロ」
そこでイクサが、軽口を叩くように言った。
「彼女には、強力なボディガードが付いてるじゃないか」
「〝鬼人〟のガライ、ですね」
「知ってるの? スアロさんも」
ガライについて口にしたスアロさんに、私はすかさず尋ねる。
何気に、スアロさんも王族に従事する立場の人間だったと聞いた記憶がある。
となれば、なんやかんやでガライの事も知っていたのかもしれない。
「私自身、暗部に深く関わっているわけではないが、少しくらい音には聞いている」
「うーん……そこなんだけどね」
私が困ったように唸ると、イクサとスアロさんが小首を傾げる。
「どうかしたのかい?」
「実はね――」
私はイクサ達に、ガライが王都には行きたくなさそうな件を説明した。
「なるほど、やはり彼も、王都には色々と思うところがあるんだろうね……」
話を聞き、イクサは。
「だと思っていたよ」
「え?」
そう言って、私に向き直った。
「ちょっと、彼と話せないかな?」
※ ※ ※ ※ ※
「やぁ」
「………」
切り倒した木の皮を剥ぎ、オルキデアさんに乾燥してもらう。
そこから更に細かい寸法に切り出していく作業を行っている最中のガライのところに、私達はやって来た。
イクサが、そうガライへと軽快に声をかける。
ガライも、彼が王子だということは知っているので、イクサに対して頭を下げて挨拶をする。
「何か、自分に用ですか?」
「そう畏まらなくてもいいよ、ガライ・クィロン。僕から君に、一つ伝えたいことがあってね」
私は、イクサを見る。
イクサが、ガライに伝えたい事。
なんだろう……。
と考える間もなく、彼は単刀直入に言った。
「君の〝事情〟は知っている。そして、その件に関しては僕が既に手を回してある。気にするな」
「!」
その発言に、私もガライも、当然驚いて目を見開く。
「僕も、一応は王族だ。色々と調べて、この国の裏側で汚れ仕事を請け負っていた闇ギルドの存在を知った。そして、君の伝説級の雷名もね」
「………」
「加えて、そこで君の身に何が起こったのか。君が身を隠さなくてはいけなくなってしまった事情も」
やっぱり、ガライは何らかの事情があって追われてる身だったんだ。
「そして、王都に自分が行けば、その燻ぶった火種に再び火が点いてしまう可能性があると考え、この一件の出向に乗り気ではない……という感じだったのかな?」
「………」
「君は、その内容まで詳しくマコに伝える気はない……いや、伝えたいかどうかは君の自由だ、僕が口を挟む道理はない。マコだって、君の事を慮って無理に聞き出そうとしないだろう」
だから――と、イクサは言う。
「それら諸々、すべてひっくるめて、裏から手を回した。王都で、君の事を追い掛ける者はいない」
「……本当ですか」
「ああ、保証する」
イクサの言葉に、ガライは瞑目する。
彼の心中にあった懸念が、払拭されたのがわかった。
「……ありがとうございます」
そして、深々と首を垂れるガライ。
そこで、イクサが私の背中をぽんぽんと叩いた。
「ほら」
まるで、最後の一押しをしろと言うように。
……うん、わかった。
「私も、ガライが一緒に居てくれると嬉しいな」
「……マコ」
律儀で人情深く、男気のあるガライだ。
ここまでされて、言われて、それで断るはずもない。
「わかった。俺も王都に同行しよう」
そう、言い切ってくれた。
「マコ。もしも、万が一、その件であんた達に迷惑をかける事になったら……すまない」
「大丈夫だよ。お互い様じゃん。もしそうなったら、私達全員で対処すればいいんだし」
仲間なんだから、当然。
「……本当に、あんたは真っ直ぐだな」
そう言って、ガライは微笑んだ。
うわー、貴重。
ここ数日で、二回もガライが笑ってるところ見ちゃったよ。
「イクサ、ありがとうね」
何より、今回の一番の立役者であるイクサに、私は言う。
彼には助けられてばっかりだね。
この前の戦いの時といい、イクサが後ろに居てくれるっていう安心感があるから、私達は色々自由にできるんだ。
「ああ、是非とも恩に着てくれ給えよ」
そう言って、イクサはニヤニヤと笑う。
さて、これで悩みも消えた。
後は、目標に向かって全力前進だ!
「さぁ、準備準備!」
※ ※ ※ ※ ※
それから私達は、黙々と王都へ向かうための準備を進めた。
そして――数日後。
「さて、と」
遂に、出発の日が来た。
『お前ら準備はいいか、コラー!』
『ちゃんと姉御の言うこと聞くんだぞ、コラー!』
『全力で走ると曲がれなくなるから、ちゃんと力加減はセーブしろよ、コラー!』
建築用の資材をはじめ、必要な荷物を乗せた荷台を、数十匹のイノシシ君達に加えエンティアにも引いてもらう。
今回行くのは選抜したメンバーで、《ベオウルフ》はラム、バゴズ、ウーガをはじめとした20名。
そこに、私とマウル、メアラ、オルキデアさん、フレッサちゃん、ガライが加わる。
まずは、このメンバーで王都に向かい店舗の建設を開始する。
「頑張れよー」
「俺達も後から行くから、それまでは任せたぜー」
まだ商品は搬入しない。
今日持っていくのは、店舗建設の資材。
店が出来たら、第二部隊が商品を持ってやって来る。
うーん、新店のオープンスタッフになった時を思い出すなぁ。
……正直、時間は少ないし、やる事はいっぱいあり過ぎるし、仲間はバッタバッタ倒れていくし、良い思い出はないけど。
けど、その時の経験がここで生かせる気がする。
「よし、それじゃあ出発!」
私の掛け声に、「おお!」と『コラー!』という返事が響き渡った。




