■1 直営店の開発会議です
村の広場に行くと、既に主要なメンバーが集まっていた。
「おお、マコ殿」
用意された椅子に腰掛ける《ベオウルフ》達の中に一人、人間の男性が混じっている。
高級な身なりをした老年の男性。
彼は、この国の各地で高級青果店を営むウィーブルー家の、現当主様である。
ひょんな事から彼と知り合い、今ではこの村で生産される色んな特産品を彼のお店で取り扱ってもらっている。
そして今回、彼から提案されたのが、その特産物をメインに扱う直営店――アンテナショップのようなものを、王都で展開しないかという話だ。
「こんにちは、当主」
「では、早速ですが本題に参りましょう」
というわけで、当主による出店計画の概要が発表された。
まずは、立地に関して。
場所は、王都の中でも飲食系の店が並ぶ一等地なのだと言う。
「土地は既に確保しています。元々は、我がウィーブルー家の経営する青果店の次店舗を建てる予定地だったのですが」
「え? よかったんですか?」
「ええ、マコ殿には普段からお世話になっておりますからな」
市場都市で、この村の特産品を扱うようになってから、売り上げが急増したらしい。
そんな関係もあっての、今回の出店計画なのだ。
にしても、ありがたい。
「てことは、まずは店を建てないといけないのか」
《ベオウルフ》達の一人、ウーガがそう反応すると、当主はコクリと首肯する。
「まぁ、そちらの方は私共で建設させていただきます。問題は、店が完成していざ経営、となった際の店舗の内装や扱う商品なのですが」
「商品は……やっぱり、作物や工芸品が良いかな」
私は言う。
この村で《ベオウルフ》達が作った野菜。
オルキデアさんやフレッサちゃんが育てた花。
その花を使って、マウルやメアラが作るフラワーアレンジメント。
そして、ガライが木材から切り出して作る工芸品の数々。
ここら辺が、主要な商品となるだろう。
「毛皮は?」
「いや、毛皮はやめよう」
ラムの提案を、私は一蹴する。
村の近くの山で採れた山菜や木の実、それに野生動物の毛皮なんかを売っていたのだが……諸事情により、それらは出荷停止している。
売ってた本人達も、よくわからないって言うくらいのものだったからね。
「じゃあ、メインは最近できた野菜や、後はウーガが育てるのに成功させた果物あたりか」
「そういえば、ここから王都までどれくらいの距離があるの?」
そこで私が、別の疑問を口にする。
「馬車を使っても二日ほどかかりますな」
当主が答える。
市場都市までは、徒歩で半日くらいだった。
それよりも遠いのは、当然か。
「じゃあ、作物が傷まないように運搬方法も考えないといけないね。あと、わざわざ直営店なんだし、ちゃんと商品の説明ができて売り込みができる人員も必要かな」
そこで、私はその場に集まった皆を見回す。
「……誰かを教育するよりも、もういっそ、自分達で営業に行った方が早いかもしれないね」
「おお! いいね! 王都で直営業か!」
盛り上がる一同。
……だが。
「……でも、大丈夫か?」
そこで、《ベオウルフ》の一人、バゴズが言った。
不安そうな顔をしている。
どうしたんだろう?
「いや、俺達獣人が王都で商売なんかやっても、良い顔されないんじゃ」
「うーん……」
バゴズの言葉に、皆が黙り込んでしまった。
なるほど、確かに、その考えはわかる。
この国には、獣人差別のような考え方が染みついている。
そもそもは、王族の思想が原因で発生したものだと思われるが、人間と獣人との間には軋轢があるのだ。
良い顔をされない……容易く想像できるからこそ、皆、一気にトーンダウンしてしまったのだろう。
「……そうだね」
私は言う。
「でも、だからこそ行こうよ」
私の言葉に、皆が顔を上げた。
「この村で作ったものを売るんだから、その前提条件まで含めて受け入れてもらわないとさ。産地偽装なんてするわけにいかないし、ちゃんと、胸を張って売り出していこう」
「マコ……」
「うーん……そうなると」
私は、チラリと当主の方を見る。
「いっそのこと、お店自体も私達で作ろうか?」
「え!?」
皆が驚きの声を上げる。
「ま、マコ殿、しかし専門的な知識が無いのにそのような事は……」
「ううん、当主さん! マコならきっと出来るよ!」
マウルが立ち上がる。
「だって、あの家だってマコとガライが一緒に作ったんだから!」
「な、なんですとぉッ!」
当主、良いリアクションするね。
そう、何も今回が初めてというわけじゃない。
私の魔力が込められた金具と、ガライの精密な腕があれば、あの一軒家くらいの大きさの建物だって、また作れるはずだ。
「きっと、その方がインパクトあるし。お店の設計図――図面は私が引くよ」
「材料は如何いたしましょう? 流石にそれは、こちらで手配いたしましょうか?」
「うん、それもそれでありがたいんだけど……やるなら、この村で材木を作って持って行って作った方が、より話題性は作れそうだし」
木を切り、材木を作るのは、ガライとオルキデアさんがいれば可能だ。
問題は、王都まで運ぶ方法。
こうなったら、全部自分達でやりたいところだけど、それだけの物量を運ぶにはそれなりの運搬力が……。
「……そうだ! イノシシ君達!」
『呼んだか姉御、コラー!』
振り返ると、集まったメンツの足元から、数匹のイノシシ達がこちらに歩いて来た。
彼等は、村の近くの山に住んでいる野生動物。
そして先日、アンティミシュカを倒す際に力を貸してもらった事から、色々あって交流するようになった子達だ。
「イノシシ君達! また君達に力を借りる時が来たよ! 王都で経営するお店の材料や商品、色んなものを協力して運んで欲しいんだ!」
『任せろ、コラー!』
『俺達にかかれば楽勝だぜ、コラー!』
イノシシ君達は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら応じてくれた。
まったく、可愛い奴らめ。
《塗料》の力も目覚めたし、外見も内装も、自在に店舗を彩れる。
「よーっし、みんな! 王都でお店作り、頑張るよ!」
私の掛け声に、皆がわーっと声をあげてくれた。
「楽しそうです!」
アルラウネの少女、フレッサちゃんも、そう言ってお姉ちゃんのオルキデアさんに抱き着いている。
いいねいいね、この子に売り子をやってもらえば、売り上げアップ間違い無しでしょ。
「マコ殿、流石にこの人数全員は……」
「わかってますよ、当主」
と言っても、村人全員で行くわけにはいかない。
この村を空けるのも危険だ。
なので、あくまでも選別した十数人程が適正人数だろう。
なんだったら、交代形式でもいいし。
「ね、ガライもいいでしょ?」
そこで、私は隣に立つガライに、そう何気無く問い掛けた。
「……ああ」
しかし、それに対し、ガライはどこか表情を曇らせ、歯切れの悪い返事をした。
「……ガライ?」
……あ。
そこで、私は思い出す。
そうだ、ガライは元々、王都の闇ギルドに所属していたのだ。
そして、何らかの事情により、そこを離れなくてはいけなくなった……。
「………」
※ ※ ※ ※ ※
それから数日間、私達は出店のための準備を進めた。
私は、現役で店舗経営を営む当主からアドバイスをもらいながら、店の図面を引き。
《ベオウルフ》のみんなにはいつも通り、畑仕事に精を出してもらい。
ガライには、工芸品や材木の準備を。
オルキデアさんやマウル達には、そのためのサポートをしてもらった。
「………」
私の引いた図面を基に、ガライが木を切り出し、木材を作っていく。
黙々と、作業を忠実にこなしてくれてはいるけど、どこか表情は晴れない。
(……やっぱり、ガライ、王都に行きたくないのかも……)
以前、無理には聞かないと言った。
彼にだって色々と事情があるだろうし。
それにもし、ガライが王都に行く事によって何か問題が起きて、こちらに飛び火する事を懸念してくれているのだとしたら……その心遣いを無碍にするわけにはいかない。
「うーん……やっぱり、私からハッキリ言うべきかな」
村の中をうろうろと歩き回りながら、私はずっとその事で悩み続ける。
設計図は出来ている。
建築作業の力仕事は、《ベオウルフ》のみんなの手を借りればできない事もないだろう。
でも、正直に言ってしまえば、ガライを失うのは痛い……。
……彼が傍にいてくれるだけで、安心感があるのだ。
「うーん……ん?」
いつの間にか、私は村の入り口付近にまで差し掛かっていた。
そこで、入り口に誰かが立っているのを見て、足を止める。
見覚えのある顔だ。
否、忘れるはずがない。
耳に掛かる程度の金髪に、相変わらずの好青年然とした甘いマスク。
魔道具研究院の制服を纏い、肩から掛けているのはあらゆる物を収納する魔道具の鞄。
「イクサ!」
「やぁ、マコ。どうしたんだい? 難しい顔をして」
この国の王位継承権を持つ、第七王子……いや、今は第三王子か(頭の数字は、継承権の優先順位を意味している)。
イクサ・レイブン・グロウガその人が、私の前に立っていた。
傍には当然、監視役でスアロさんもいる。




