■プロローグ 我が家に色を塗ります
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名前:ホンダ=マコ
スキル:《錬金Lv,2》《塗料》《対話》……
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「……ん?」
頭の中でステータスウィンドウを開き、自分のステータスを確認しようとして、私はスキルに見慣れない単語が追加されているのに気付いた。
そうだ、この前――この村を奪いにやって来た、第三王女アンティミシュカとその王権兵団を倒した夜。
エンティアの体の上で、マウルとメアラ、それにガライと一緒に寝た夜――意識が落ちる寸前に、何かステータスに変化が起きたのだった。
すっかり忘れていた。
「でも……《塗料》か」
元ホームセンター店員の私からしたら、かなり馴染みのある単語だ。
正直、そのイメージ通りなのだとしたら、こんなにわかりやすい能力もないだろう。
「となると、早速試してみた方がいいかな」
「あれ? どうしたの? マコ」
そこで、エンティアとの散歩から帰って来たマウルとメアラが、家の中、一人で突っ立っている私を見て、不思議そうに小首を傾げた。
「ううん、何でもない。あ、そうだ。マウル、メアラ、刷毛って持ってる?」
「ハケ?」
「そう、動物の毛で作られた……あ、そうだ、筆とかでもいいよ」
「うーん、筆……持ってないかな」
マウルとメアラは腕組みをして難しい顔をする。
そっか、流石に無いか……。
『うむ? どうしたのだ、二人とも。こんなところで顔を顰めて』
そこで、家の中に巨大な白い狼が入って来た。
神狼の末裔を名乗る狼、エンティアだ。
『うーむ、しかし姉御。なんだか最近、暑くなってきたな。我もそろそろ毛の生え代わりの時期でな、ごわごわして気持ち悪いのだ』
「夏毛に代わる季節なんだね……って、エンティア! ナイスタイミング!」
『ぬ?』
エンティアの白い体毛は、滑らかで柔らかい。
それを使えば、きっと上質な刷毛が作れる。
「後は桶と、それから水も必要かな……ようし!」
私は、パンっと手を打ち鳴らす。
二人と一匹は、びくっと驚いた。
「マウル、メアラ! ガライを呼んできてくれるかな! エンティア! 今から毛を梳こう!」
『おお! 若干モフモフ度が落ちるゆえ、姉御を悲しませるかと思い打ち明けるか悩んでいたが、そう言ってもらえると嬉しいぞ!』
「なになに! 今日は何するの!」
エンティアもマウルもメアラも、わくわくした様子で私を見る。
愛い奴らめ。
私はそんな彼等に、指を立てて告げる。
「ふふふ……この家を、もっと強くするよ!」
※ ※ ※ ※ ※
唐突だけど、自己紹介します。
私の名前は、本田真心。
ホームセンターの店員として、重労働に次ぐ重労働で毎日疲弊しまくりの、いわゆる社畜と呼ばれる社会人でした。
ある日、ヘビーなスケジュールが重なり、帰宅すると同時に玄関で寝落ちしてしまった私。
次に目覚めると、そこは現代とは違う、ファンタジーな異世界でした。
頭の中でイメージすれば、自分のステータス画面が出てくる――そんなRPGチックな世界。
加えて私は、何やらホームセンター店員時代の知識や経験からなのか、三つの称号を持っていました。
《DIYマスター》《グリーンマスター》《ペットマスター》。
そして、それらの称号に基づき、様々なスキルが目覚めていく事となります。
《錬金》――あらゆる金属を自在に生み出す力(但し、ホームセンターで売っている、私が触れた事のある金物に限る)。
《対話》――動物と意思の疎通を行う事ができる。
《液肥》――植物を成長させる、三種類の液状肥料を生み出す事ができる。
……などなど。
そしてそんな私は、偶然出会ったマウルとメアラという狼の獣人の双子と共に、《ベオウルフ》達が住むアバトクス村で生活を送っています。
他にも、アルラウネの王女様のオルキデアさんとフレッサちゃん。
かつて闇ギルドに所属していた、〝鬼人族〟の血の混じった亜人――ガライ。
彼等ともひょんな事から出会い、今はこの村で一緒に暮らしています。
更に、この国の国王の息子――即ち王子の、イクサや、そのお供(というか、監視役)のスアロさん。
とにもかくにも、多くの人と出会い、そして交流をしながら、今ではすっかりこの世界の住人となった私は、今日も自由気儘な生活を送っています。
※ ※ ※ ※ ※
「こんな感じか?」
「うん、そうそうこんな感じ!」
長身で引き締まった体格。
黒髪の下に精悍な顔立ちの男性が、私へと言う。
彼はガライ。この村で一緒に暮らしている、元闇ギルド所属の戦士だ。
ガライが私に手渡してくれたのは、木製の柄にエンティアの梳いた毛を挟み、私が《錬金》で生み出した〝針金〟を巻き付けて固定した道具。
どこからどう見ても、正真正銘の刷毛だ。
白い毛の部分に触れてみるが、申し分ない柔らかさである。
「よしよし」
「マコ、桶を持ってきたよ」
そこに、マウルとメアラが木製の桶を持ってくる。
中身は空っぽのままだ。
「オッケー、じゃあ……」
私は集中し、私の中に新しく生まれた力――《塗料》を発露するよう意識する。
全身から淡い光が溢れ、私の伸ばした手先へと集まっていく。
その光が、球状の塊となり――。
「わぁ!」
マウルが驚きの声を上げた。
空中に、球状の液体が浮かんでいる。
揺蕩うそれは、真っ白な色の液体だ。
「よし……」
私はそれを、空の桶の中に落とす。
バシャリと音を立てて、液体は桶の中に入った。
「なにこれ……ミルク?」
「違う違う、間違って飲んじゃ駄目だよ?」
私は桶の中を覗き込むと、においを嗅ぐ。
……うん、このにおい、間違いない。
「やっぱり。ちゃんとした、〝ペンキ〟だ」
その名の通り、《塗料》は〝ペンキ〟を生み出す力だった。
においの弱さからして、これは水性塗料だろう。
塗料には大きく分けて、水性塗料と油性塗料がある。
水性塗料とは、別に水性マジックのように水が掛かったら落ちてしまうとかそういうのではなく、成分に水が含まれている塗料という事だ。
塗り易く、においも弱い、素人向けの塗料。
逆に油性塗料は、においが強く乾きにくいが、その分、塗料としての強度は強い。
「家の壁を塗るなら……やっぱり、油性にしておこうかな」
私は桶の中の塗料を捨て(地面に穴を掘って埋める)、桶を水で洗うと、改めて、今度は油性塗料を生み出すように意識してみた。
空中に生み出される、黄色がかった液体。
今度はちゃんと、油性塗料を生み出すことができた。
色も、意識した通り木目を浮き出たせるライトオーク色のステイン系。
……凄い。
いや本当に、この能力、相当凄い力だよ?
だって、〝ペンキ〟はただ家の壁や屋根に色を塗るためだけのものじゃない。
撥水剤や防腐剤が含まれているから、防水効果、防腐効果も付与される。
更に、シロアリとかの害虫による侵害を防ぐための、防虫効果、防蟻効果もあるのだ。
しかもこれは、私の魔力を使って生み出した〝ペンキ〟。
《液肥》とかの前例から考えるに、きっとかなりの効果があるはず……。
……この世界のバランスとか崩しちゃわない?
……いや、それを言い出したら《錬金》も《液肥》も《対話》も、どれもそうなんだけど……。
「これを壁に塗るの?」
「ドロドロだね……」
「うん、そうだよ。あ、その前に――」
現在、私達の家は、外壁を〝金属サイディング〟で覆っている。
この上から塗っても意味ないので、外す事にした。
……しかし、ガライ達と一緒に外した〝金属サイディング〟を地面に並べるが……これ、どうしよう?
「うーん……別に、他に使い道も無いしなぁ?」
完全に産業廃棄物だよ、これ。
私の《錬金》、生み出す事はできても、生み出したままだから、その後の処理に困るんだよね。
「あーあ、《錬金》で生み出せるのはいいけど、不要になったら消す事も出来たらいいのにね」
そう思いながら、私はサイディングに触れる。
瞬間、触れたサイディングが、光の粒子となって空中に霧散した。
「……ええ!」
嘘!
消す事も出来たの!?
私は試しに、他のサイディングにも触れてみる。
……消せた。
「こ、こんな便利な機能も付いてたなんて……」
知らなかった。
……あ、いや、待てよ?
私は頭の中で、ステータスウィンドウを開示する。
「……Lv,2になってる」
さっきは《塗料》の方に目が行って忘れていたが、《錬金》がいつの間にか、《錬金Lv,2》にレベルアップしている。
もしかして、成長した?
だから、私が生み出した金物は私の意思で消す事もできるようになったとか。
……まぁ、ともかく。
「やったぁ! 超便利能力ゲットー!」
「わ! びっくりした!」
「……マコって、よく唐突に叫ぶよね」
「ごめんごめん! さ、壁に〝ペンキ〟を塗って行こう!」
ハイテンションな私に後押しされ、マウルとメアラ、それにガライも家の壁の塗装を開始する。
――それから、数時間後。
「できたー!」
「終わったね」
「うんうん、いい感じ!」
生木だった外壁が、明るいライトオーク色に彩られ、本格的な木のお家という感じになった。
木目も浮き上がって、中々雰囲気がある。
「きっとこれで、この家はもっと強くなったよ。雨や湿度、それに虫害にも耐えられるようになったからね」
「本当!? 凄いね!」
「マコ、ガライ、もうこの村のみんなの家も作り直してあげたら?」
メアラ君、サラッと凄い事言ってくれちゃったね。
いや流石に、私もこの家を作った時は二日徹夜してふらふらになっちゃったよ。
「どうかな? ガライ」
「……面白そうだな」
そう言って、ガライはふっと微笑む。
もう、ガライも乗り気じゃん。
……と言うか、何気にガライが笑った顔、初めて見たかも。
「おーい、マコー! ウィーブルーの旦那が来たぞー!」
そこで、向こうの方からこの村に住む《ベオウルフ》の一人、ラムがやって来た。
「ウーガの奴も、他の連中ももう集まってるぜ?」
「え? 何かあるの?」
「おいおい、忘れたのかよ!」
ラムが驚いた様子で叫ぶ。
「王都でやる予定の、俺達の村の直営店! 商品の選別とか、店のデザインとか! 今日話し合う予定だったろ!?」
「……あ、そっか」
家の塗装に夢中で、すっかり忘れていた……。
そう、私達には直近、一大プロジェクトが待ち構えているのだ。
この国の王都で、ウィーブルー家の力も借り、私達の村の特産物を売り出す直営店を開く事になったのだ。




