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■エピローグ 露天風呂を作ります



 アンティミシュカによる征服の魔の手が村に伸び。

 そして、私達の力により、その魔の手から村を守る事ができた――あの日から、数日が経過した。


「ほら、マウル! メアラ! 早く早く!」

「ま、待ってよマコ!」

「速過ぎるってば……」


 空は蒼天――雲一つない、日本晴れ(日本じゃないけど)。

 私とマウルとメアラは、あの戦いのあった草原を走っていた。


「あはは! 気持ち良い!」


 山から下りてくる風が当たり、汗の滲む体を心地良く冷やしてくれる。

 今日、私達はこの平原にランニングをしに来ている。

 別に理由はない。

 単なる運動。

 こんな晴れた日に外を走るのは、健康的で気持ちが良いのだ。

 仕事勤めだった頃は、仕事中がほとんど運動みたいなものだったので、休みの日は一日中ほぼ横になっていた。

 でも、そんな労働から解放された今、なんだか無性にこういう運動がしたくなったのだ。

 きっと、体力とは別のゲージ……そう、意欲が湧いてきたのだろう。


『わはは! 姉御! 我にとってはこのくらい朝飯前だぞ!』


 普段着から薄着の運動着に着替えた私とマウル達、そしてエンティアで、山を越えてこの草原まで走って来た。

 草の上に思い切り寝転がると――私が初めてこの世界に来た時の、あの匂いが鼻腔をくすぐった。


「マコ、凄いね。僕、もうくたくただよ」


 同じくバタンと草原に寝そべり、マウルが笑いながら言う。

 と言っても、マウルもまだまだ元気で体力有り余る子供だ、息遣いはそこまで辛そうではない。


「でも、気持ち良いね! ね、メアラ!」

「はぁ……はぁ……う、うん」


 一方、メアラは結構息を切らしている。

 しかし別に、メアラの方が体力が無いとか、そういうわけではない。

 ここまで、メアラは全力疾走に近い速度を出して私を追い抜いたり、一所懸命走って来たのだ。


「どうしたの? メアラ。なんだか、気合入ってるね」

「……俺、もっと強くなりたい」


 ボソっと、メアラはそう呟いた。


「メアラは強いよ。マウルを守るために、いつもちゃんと前に立って、しっかりして」

「ううん……そういうのじゃなくて、ガライみたいに……」


 以前、メアラは野犬に襲われそうになったところをガライに助けられた事がある。

 その経験から、彼にどこか憧れを抱いているのかもしれない。


「強く……マウルや………………マコも、守れるくらい」

「え? なんだって?」

「な、なんでもない!」


 勢い良く叫ぶメアラ。うん、まだまだ元気だね。


「よし、じゃあ休憩もしたし、村に帰ろうか!」

「うわー、またここまでと同じ距離を走るんだー」


 べたー、っと地べたの上で転がるマウル。

 ふふっ、マウル君、わかってないね。


「マウル、今日の最大の目的は、ここから家に帰った先にあるんだよ」

「え?」


 そう、自らの体を追い込むランニング。

 気持ちの良い汗を流した後には、更に嬉しいご褒美が待っているのだよ。


「というわけで、しゅっぱーつ!」

「あ、待ってマコ!」


 マウルとメアラ、そしてエンティアが、慌てて私の後を追って走り出す。




※ ※ ※ ※ ※




《ベオウルフ》達の暮らす村、アバトクス村へと私達は帰還する。

 今日もみんなは、畑仕事にしっかり精を出している。

 その一方で、最近は何割かの《ベオウルフ》は山の開拓へと向かっている。

 妙な植物の伐採や、《液肥》を使った土壌の改善をするためだ。

 前回、イノシシ君達には大分お世話になったので、これからは彼等にも住みやすい環境を作ってあげたいからね。


「おう、マコ! どこまで走って来たんだ!?」

「楽しそうだなぁ!」

「今度、俺の畑で果物も作ってみようと思うんだ! また見てくれよ!」


 帰って来た私達に、ラム、バゴズ、ウーガのいつもの三人衆が声を掛ける。

 全力で働く《ベオウルフ》達。

 そして、今夜も宴会で夜通し飲むのだろう。

 でも、がっつり体を動かして帰って来た今の私には、その気持ちわかるよ。

 私達は家へと帰る。

 すると既に、ガライが庭のテーブルに諸々の道具を用意してくれていた。


「ありがと! ガライ!」

「なにこれ、金属の桶?」


 テーブルの上に置かれているのは、大きな金属製のバケツだ。

 タライに近いかもしれない。

 鈍色のその容器の中には水が溜まっており、中には新鮮な果物――桃や林檎、バナナもある――が浸かっている。

 果物は、ウィーブルー家当主から差し入れしてもらったものだ。


「わ! 冷たい!」


 バケツの中に手を入れたマウルが、その水の冷たさに驚く。


「川の中に入ったみたいだ!」

「ふふふ、良いリアクションをありがとう」


 そう、このバケツは私が《錬金》で生み出したもので、ちょっと特殊な作りの金属製商品なのである。

 このバケツは、保温・断熱効果の高い、いわゆる真空断熱構造のステンレスで作られたバケツ。

 夏場、気温の高い屋外でも、飲料などをキンキンに冷えた状態で保冷できる優れものなのだ。


「ふっふーん、更にね~」


 私は冷えた果物をバケツから取り出し、包丁を使って手頃な大きさに切り刻む。

 それを、これまた錬成した〝擦り下ろし器〟で丹念に潰し――グラスに注ぐ。

 これで、果汁100%、果肉入りのスムージー風ジュースの完成だ!


「ほら、マウルとメアラ! ガライも!」


 出来上がったそれを、みんなで飲む。

 太陽の下、運動で適度に火照った体に、冷え冷えのジュースが染み渡る。

 甘みも酸味も、見事な調和。これは、差し入れしてもらった果物も相当良いやつだなぁ。


「おいしぃ~!」

「マコ、これってお店とかで売ってるやつじゃないの?」


 ほほう、君達良いリアクションをするようになってきたね。

 これなら食レポ芸人の道も夢じゃないぞ! 目指さなくていいけど!

 そんな感じで、私達は美味しいフルーツを飲料にしたり、当然そのまま食べたりしながら、実に健康的な食事でお腹を満たす。

 そうなってくると、私は次のやりたい事に、どうしても手を伸ばしたくなってきた。

 せっかく運動をして、汗もいっぱい掻いたのだ。

 となれば……。


「昼間から露天風呂っていうのもいいよね……お風呂、作ろっかなー」

「え! お風呂?」


 マウル達も驚いている。

 実は、今まで私達は体の汚れを落とすのに、近くの川や井戸水を使って水浴びをする程度だった。

 なので、今日はついでにお風呂を作ろうと決心する。

 と言っても、作り方は簡単だ。


「こんな感じか?」

「うん、そうそう! 正にこんな感じだよ、ガライ」


 家の裏庭に、石を何段か積み竈門を作る。

 そして、出来上がったその竈門の上に――私は《錬金》で、巨大な〝ドラム缶〟を錬成した。

 中身の入っていない空の〝ドラム缶〟は、結構ホームセンターで売っているのだ(しかも、色々なサイズがある)。

 そのドラム缶の中に水を汲み、そして竈門で火を熾す。

 湯が沸けば――あっという間に、露天風呂の完成だ。


「今日のマコ……いつにも増して凄いね……」

「行動力の化身……」

「ふふふ、気持ち良さそ~。さーて、それじゃあお湯も沸いたし」


 そこで、私が上着に手を掛けると――マウルとメアラが、びっくりしたように目を丸めた。


「ま、マコ!?」

「ん? どうしたの? 二人も一緒に入ろうよ」


 流石に、私とマウルとメアラ二人が一緒に入れる程度の広さはある。

 けれど……二人は、なんだかよそよそしく視線を外している。


「ぼ、僕はいいよ……」

「俺も……」


 少し頬を赤らめながら、そう呟く二人。

 ……あ、もしかして、恥ずかしがってる?

 あちゃー、しまった、そりゃそうか、二人とも男の子だもんね。


「あー……そっか、じゃあどうしよっかなー」


 そんな二人の初々しい反応に、なんだか私も変な感じになる。

 目を泳がせ、視界に入ったのは……ガライだった。


「………」

「………」


 ………。

 ……いや、流石に! 流石にガライは、ね! ね!


「と、とりあえず、一人で入りまーす……」


 というわけで、男性陣には撤退してもらい、私は一人露天風呂に浸かる事となった。


「……ふぅぅ」


 と言っても、やはり久しぶりの湯舟は実に気持ちが良い。

 じんわりと体の芯に伝わってくる温かさに、喉の奥から溜息が漏れてしまった。


「……はぁ」


 青空の下、爽やかな風が吹く中の、昼の露天風呂。

 最高に気持ちが良い。

 マウル達にも後で入ってもらって、感想を聞きたいな。

 温泉リポーターの道も目指してもらおう。ならないだろうけど。




※ ※ ※ ※ ※




 お風呂から上がり、庭のベンチに腰掛けながら髪を拭いていると――誰かが目の前に立った気配がした。


「やぁ、マコ」

「……わっ! イクサ!」


 やって来たのは、イクサだった。


「お風呂上りかい? タイミングが良かったね」

「良かったのかな? ……まぁ、いいや。今日はどんな事情で来たの?」


 軽い遣り取りを挟むと、イクサは私の隣に腰を下ろした。

 少し離れた場所から、スアロさんがこっちをジッと監視しているのが見える。

 スアロさんが一緒……という事は。


「諸々の事後処理が終わった事を伝えに来たくてね」


 諸々……と簡単に言ったけど、きっと王位継承権所有者同士の戦いの勝敗に関する、権利の移動とか、他の事とか……ともかく、面倒な事がいっぱいあったのだろう。


「少なくとも、アンティミシュカによる君への報復はまず無いようにした。今や彼女も弱体化し、そこまでの余裕も無くなったからね」

「そっか……ありがとうね、イクサ」

「……マコ」


 そこで、イクサが……不意に、真剣な表情になった。


「うん?」

「……僕の称号は、今やアンティミシュカから奪った第三王子。加えて、他の王位継承権者を直接蹴落としての昇格……これは完全なる、他の王子・王女達に対する宣戦布告と受け取られている。僕は、この競争に身を投じる覚悟をした」


 眼を鋭く細め、彼は言う。


「君の持つ力は、大きな武器になると思っている……できれば、君が傍にいてくれたら……」


 しかしそこで、イクサの目には、この村の光景が改めて映ったのだろう。


「イクサ?」

「……いや、なんでもない」


 イクサは微笑んで、立ち上がった。


「これからも、時々顔を出すよ。その時はよろしく」

「うん……イクサ、別にいつでも会いに来てくれていいんだよ?」

「え? それは君を研究院に招いて、魔法の仕組みや素性、生み出す魔道具に関する事を、色々と調べさせてもらってもいいという事かい?」

「いえ、そこまでは言っていません」


 興奮しない、興奮しない。

 スアロさんが凄い怖い顔で見てるよ、イクサ。


「マコ殿おおおおおおぉぉぉぉ!」


 絶叫を木霊させ、ウィーブルー当主がこちらに走ってやって来る。

 いきなりの登場だよ。

 もう全力疾走がすっかり板についたな、この人。


「おう、これはイクサ王子! ご機嫌麗しくございます! それよりも、マコ殿!」


 凄いなこの人、王子を押し退けてこっちに来た。


「実は本日! 一つ商談があって参ったのですが!」

「商談?」

「ええ! この村で作られる作物、工芸品の人気が、最近では街中に知れ渡りかなりのブームとなっているのです!」


 へぇ、凄い。

 知らない内に、そこまでの事になってたんだ。


「そこで、よければ! この村の特産品を取り扱った直営店を、王都で企画展開させていただけないかと思っているのです!」


 当主の口ぶりから考えるに、要はアンテナショップのようなものを作りたいらしい。

 うわぁ、なんだか大事になって来たっぽいなぁ。

 まだまだ、やりたい事はいっぱいあるとは言ったけど……全部並行させてやるのは、流石に大変かも……。


「どうですかな、マコ殿! 是非!」

「やろうよ、マコ! 面白そう!」

「俺達も手伝うよ? ね、ガライ」


 いつの間にやら、話を聞いていたマウルとメアラ、それにガライもやってくる。


「うわぁ、楽しそうですねぇ。わたくしも、ご協力させていただきますわよ?」

「ご協力するです!」


 オルキデアさんに、フレッサちゃんも。


「おお! なんだかすげー事になってんな!」

「マコ! 当然やるよな! こいつに乗らねぇ手はねぇぜ!」


《ベオウルフ》のみんなも。

 笑顔を浮かべ、わいわいとはしゃぐみんなを見ていると、私もなんだか顔が綻んでしまった。

 うん。

 ま、いいや。

 やってみよう。

 私は椅子の上に立って、皆に言う。


「よーし、もっともっと、この村を盛り上げるよ!」


 春の特撮映画祭ばりのどんちゃん騒ぎ、それもそれで楽しいじゃん。




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[良い点] 春の特撮映画祭(笑)
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