表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/168

■31 アンティミシュカを脅します



 アンティミシュカとバドラス団長を倒し、二人の拘束も完了した。

 一息吐いた私は、改めて状況を見渡す事にする。


「うわー……ボロボロだね」


 自分で仕掛けておいて、そんな感想を漏らすのもどうかと思うけど……。

 イノシシ君達の波状攻撃に飲み込まれ、更にオルキデアさんの根の蹂躙に地形ごと崩され。

 加えて、スアロさんとエンティアに確実に各個撃破されてしまった王権兵団の現状は、ボロボロと言うしかなかった。

 まともに立っている騎士の方が少ない。


「お、おい、あれ……」

「アンティミシュカ様……バドラス団長……」


 更に、完全に捕縛された二人の姿を見て、彼等は動きを止めていく。

 総大将が倒されたのだ。

 単なる兵である彼等にとっては敗北以外の何物でもなく、これ以上戦う理由もない。


「じゃあ……みんなー! 投降してこの場に集まってくださーい!」


 ……えーっと、この言い方で合ってるのかな?

 多分違うと思うけど、私は戦いの終了を告げる。


『おらおら! 降参しろ、コラー!』

『姉御のとこに集まれ、コラー!』


 イノシシ君達が敗残兵を追い立てて、こちらへと連れてくる。

 もう完全にこっちの兵だ。


「……マコ」


 動ける兵達が集まってきたところで、ガライが何かに気付いたように声を発する。


「あ……」


 彼の目線の方向を見ると、平原を、こちらに向かって進んでくる騎士達の一団が見えた。


「あれは、アンティミシュカの呼んだ応援だね」


 更にその場に、新しい声。

 進行してくる兵団を見ながら、イクサが現れた。


「イクサ」

「と言っても、大丈夫だよ。彼等がこちらに手出しするような事はない」


 イクサは、体を〝ワイヤー〟で拘束され、地べたに膝を落としたアンティミシュカを見下ろす。


「これ以上もない程、勝敗は決している」

「……何してるのよ、あんた達!」


 既に意識が戻っていたようだ。

 瞬間、アンティミシュカが顔を上げて、集まっている騎士達に向かって喚き散らす。


「ボサっとしてないで、とっととこいつ等を殺せ!」


 騒ぐが、騎士達は動揺し動かない。

 アンティミシュカが人質に取られていて、容易く動くわけにはいかない……というのもあるだろうけど、結局のところ、彼等は自らの命を懸けてまでアンティミシュカのために動く気は無いのだろう。

 残念だが当然の状況とも言える。


「騒いでも無駄だよ、アンティミシュカ。彼等には、大人しく敗北を認めて投降するように伝えてある」


 イクサが、遠方でこちらの様子を窺うように待機している援軍を指さして言う。


「嘘だ……負けていない……私はまだ……」

「アンティミシュカ。第三位王位継承権所有者である君は、第七位王位継承権所有者である僕からの正式な宣戦布告を真っ向から受け取り、そして負けた」

「負けていない! 私は負けを認めてなんて――」

「いえ、貴方様の負けでございます。アンティミシュカ王女」


 その場に、また新しい声が発生した。

 私達が振り向くと、そこに、一人の老年の男性が立っている。

 黒い背広のような衣服……スアロさんが着ているものに近い……を着た、ダンディな老紳士である。

 その人物を見て、アンティミシュカの表情がサッと青褪めた。


「理解したようだね、アンティミシュカ。彼は、国王に仕える直属の部下の一人。この王位継承戦に関する判断や取り決めを監視、管理、審判する立場にいる者だよ」

「そういう……事だったのね……」


 アンティミシュカが、青褪めた顔のまま歯噛みする。


「あんたの、その余裕たっぷりの態度……監視官を挟んで、勝敗を確実に記録させられる事を考えて……」

「無論、勝つ自信があったかと言われたら微妙なところだったよ。でも、流石はマコだ。そんなものは杞憂だったね」

「え? 私?」


 イクサに言われて、私は振り向く。

 ごめんね、まだちょっとよく状況を呑み込めていないんだけど……。


「単純な話さ。今回の戦いを、第三王女アンティミシュカと、第七王子イクサによる正式な王位継承権者同士の、互いの権威をかけた戦だったと記録する。そして勝ったのはマコのおかげだけど、この僕の勝利という形で国王に報告させてもらうんだ」

「お、お父様に!? ……」


 その発言を聞き、アンティミシュカの顔色から完全に血の気が無くなった。


「僕からの要求は簡単だ。別にこの場で君を抹消する事だってできる。だが命は助けよう。その代わり、第三の称号と、君が今まで支配してきた土地のすべての権利を僕がもらう」

「なっ! ふ、ふざけ……」


 怒気を孕んだ咆哮を発しようとして、しかしアンティミシュカは黙る。

 イクサの冷徹に染まった眼光を真っ向から見て、黙るしかなくなったのだろう。


「……け、権利は渡してもいいわ……だから、この事をお父様の耳に入れるのだけは……」

「僕に負けたと話されたくないのかい? だったら、征服しようとした村に住んでいた獣人達の反抗に遭い、無残にも敗北したとでも言おうか?」

「ッ!」

「それこそ、国王の失望は大きいんじゃないかな。大人しく、僕に負けたという事にしておいた方が良いと思うよ」


 うーん、このドSめ。

 逃げ道を塞いで、完全に囲って潰すやり口……流石だね、イクサ。


「と、いうわけで、僕からの要求は以上です」

「かしこまりました。では、この内容を国王に報告し、沙汰は以後、改めてお伝えさせていただきます」


 ぺこりと、恭しく頭を下げる老紳士。

 どうやら、これで全て終わりのようだ。

 細かい戦後処理とか諸々は、この後イクサが後片付けをしてくれるらしい。


「………」


 ……ただ。

 私は、項垂れたアンティミシュカの方を見る。


「ふざけるな……殺してやる……」


 ぶつぶつと呟かれる言葉から、強い怨念が伝わってくる。

 これだけの敗北を喫しながら、彼女の心は折れていない。


「絶対に、殺してやる……この私をこんな目に遭わせて……何度だって這い上がって、這いずり上がって……イクサも、獣人共も、どれだけ時間がかかっても皆殺しに……」

「……待って、イクサ」


 私は言って、アンティミシュカに近付く。


「……何よ」


 アンティミシュカは、私を睨み上げる。

 私は黙って、手の中に《液肥》を生み出した。


「マコ?」


 首を傾げるイクサ。

 イクサには悪いけど、このまま終わっても、アンティミシュカは必ずまた、同じ事を繰り返すだろう。

 彼女の心を、この場で折らないといけない。

 もう二度と、自分達に手を出すようなマネをさせないように。


「飲んでください」


 私は、生み出した《液肥》を彼女の口元に近付ける。


「……それは何?」

「いいから飲んでください」


 感情を極限まで押し殺した声音で私が言うと、アンティミシュカはグッと表情を引き攣らせたが……大人しく口を開いた。

 私は、彼女の口腔に《液肥》を流し込む。

 大した量ではなかったが、まぁ当然、アンティミシュカは苦味に咳き込みながらそれを嚥下した。


「ゲホッ! ゲホッ! ……何よ、これ……何を飲ませたの? 嫌がらせ?」

「これは、私の魔法で作った魔法薬(ポーション)です」


 以前、ウーガの言っていた言葉を思い出しながら、私は言う。


「魔法? そういえば、なんで王族でもないあんたなんかが……」

「この魔法薬には私の魔力が注がれていて、飲んだ人間の体に浸透します」


 かなり適当な事を言っているという自覚はある。

 でも、彼女も私の使う魔法を完全には把握していない。

 その曖昧な情報を使って、アンティミシュカに脅しを掛ける。


「そして、その魔力は、私の任意で好きな時に爆破させられます」

「……は?」


 一瞬、アンティミシュカは呆けたような顔になった。

 だが次の瞬間、私の言葉の意味を理解したのだろう、額から汗が噴き出した。


「そ、そんなの出鱈目……」

「オルキデアさん」


 アンティミシュカのか細い声を無視し、私はオルキデアさんに目配せする。

 彼女も私の意図を察してくれたのか、自身の力を操り、地中で根を成長させる。


「さっきの巨大な植物の根も、私の魔法薬で成長させたものですが……」


 ぱちん、と指を鳴らす。

 瞬間、地面が爆発した。


「!」


 その光景に、アンティミシュカは恐怖を露に瞠目する。

 と言っても、本当に根が爆発したわけではない。

 オルキデアさんが地中で根を動かし、爆発したかのように見せかけてくれたのだ。

 私は膝をつき、アンティミシュカと目線を合わせる。


「もしもあなたが、また同じように私達の村を襲おうとしたり、他の獣人達の住処を不当に奪おうとするような話を聞いたら、私はあなたの体を爆発させます」


 ホームセンターで仕事をしていた頃は、よく万引き犯を捕まえた。

 初犯であったり、少なからず理解できる事情が見えた際には、私は警察に引き渡さず見逃す事も多かった。

 それを甘いとよく言われたが……でも、私はそういうとき必ず、事務所で万引き犯に脅しを掛けていた。

 防犯カメラの映像も残した。

 私服警備員を介した調書もある。

 個人情報も記録した。

 もし今後、また同じような事をしたり、他店や他の店舗でそういう事をしてるっていう噂が少しでも耳にしたら、それらをそのまま警察に持っていく――と。

 おかげで……まぁ、あくまでも私の把握している限りだけど、その人達の再犯は見掛けなかった。

 今回、同じ要領でアンティミシュカを脅す。


「わかりましたね?」

「………」

「わかりましたね?」


 私の発する機械のような声に、アンティミシュカは震えながら頷く。

 とりあえず、これで大丈夫だろう。


「優しいな、マコ。いつもなら問答無用で吹っ飛ばしてるっていうのに」


 イクサが私の肩に手を置き、そう言ってきた。

 この男、アンティミシュカの恐怖心を煽るためのセリフだとはわかっているけど、人を爆弾魔のように……。

 そこでイクサが、私の耳元に顔を寄せ、囁く。


「大丈夫だよ。僕の手にした力の全てを懸けて、彼女には二度と同じマネはさせない」


 ……流石、イクサ。頼りになる。




※ ※ ※ ※ ※




 こうして、私がこの世界にやって来て初めて遭遇した、大きな戦いの幕は閉じた。

 撤退していくアンティミシュカ軍を見送り、私は深呼吸する。

 はー、疲れた。


「終わったな、マコ」


 隣で、ガライが言う。


「うん」

「……帰るか」


 私はガライに微笑みかける。


「うん、早く帰ろっか」


 イノシシ君達、オルキデアさん、スアロさん、イクサ、エンティア、ガライ……みんな、私を信じて戦ってくれてありがとう。

 早く村に帰ろう。

 今頃、マウルやメアラ、村のみんなが帰りを待ってるはずだから。

 そしてきっと、今夜も祝勝会と称しての宴会が開かれるんだろうな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] 継承戦ってガチの戦闘可なのか… 性欲を抑えられず何十人も子供を作って妃たちには重い肉体的な負担をかけ、国庫からも無駄な支出を増やし、更にその子らを国内で争わせて国土・国民を疲弊させるなど 国…
[一言] 全力で単管振るえば物理的に爆散させられるので、はったりとは違う(多分)w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ