■30 アンティミシュカとガチンコです
「ハァッ!」
バドラスの拳が、ガライの腹部に叩き込まれる。
「っっ……」
膝を折り、ガライはその場に手を付く。
混戦極まる戦場の中、ガライとバドラスは拳を交えていた。
「ふんっ……どうした? さっきから、防戦一方だぞ」
バドラスは余裕の姿でガライを見下ろす。
兜を被っていて見えないが、その表情は笑みを浮かべている事だろう。
「この程度か? この程度の実力で、本当に邪竜を素手で倒したのか?」
「………」
「調子が悪いのか、劣化したか……それとも、所詮は眉唾の話だったのか」
「あんた……人間じゃないな」
膝をついた姿勢で、ガライがそう問い掛ける。
「……ふ、やはりわかるか」
それに対し、バドラスも苦笑交じりに答える。
「厳密に言えば、〝半分は人間〟だ。この意味、お前ならばわかるだろう」
「………」
そこで、ガライの目前、バドラスの体が肥大した。
腕が、足が、上背が――まるで拡大するように、3~4倍程に巨大化していく。
「自分の体には、人外の血が混じっている。あのアルラウネのように、魔力を宿す種族……魔族の血がな」
遠く――大地をめくり上げてうねる根の光景を見て、バドラスは呟く。
「自分の体に流れているのは、〝巨人族〟の血。自分は、巨人族の血が混じった亜人だ。魔力を込めれば、こうして体を肥大化させ、通常時の数倍の膂力を発揮できる」
バドラスが拳を振り上げ、振り下ろす。
打ち付けられた拳は、途轍もない威力で大地に亀裂を起こした。
「やはり、同族だから感知したか。お前もそうなのだろう?」
一瞬早く、中空へと跳躍し回避していたガライへと言う。
「なぁ、〝鬼人〟のガライよ!」
「………」
※ ※ ※ ※ ※
私は、馬車の扉を開け車内へと飛び乗った。
何度もイノシシ達による突進を受け、ぐちゃぐちゃに散らばった内装が目に映る。
その中に、アンティミシュカの姿は見当たらな――。
「ッッ!」
急に、首を締め付けられる感覚に襲われ、私は声を上げようとした。
しかし、声帯ごと何かに巻き付かれた喉は、呼吸も発声もままならない。
「ふふっ、残念。もう少しだったのにね」
背後から、アンティミシュカの声。
「なぁんて、あんたの思い通りにいくはずないじゃない。調子に乗ってんじゃないわよ」
そこで、床に転がった手鏡に映った光景を見て、今私がどういう状態になっているのか理解した。
どうやら扉の内側に隠れていたアンティミシュカにより、奇襲を受けたらしい。
私の首には、彼女の手に握られた鞭が巻き付けられていた。
「イノシシを使って襲撃してくるなんて、如何にも田舎女の考えることね。でもここまでよ。このままジックリ、縊り殺してあげる」
「ぐ、ぅぅ!」
私は抵抗する。
何とか首に巻き付いた鞭に指をかけ、振り解こうとする。
しかし、締め付ける力も強く、脳に酸素が供給されないのか、意識がふらふらとし始めた。
「ふふふっ……あんたも本っ当に馬鹿ね。こんなくだらないマネさえしなければ、苦しんで死ぬ事もなかったのに。これでわかったでしょう? 王族に逆らえば、巨大な力に楯突けば、どういう結末になるのかって」
「っ……っ……」
「そう、そうよ、私は王族、私は強者の側、私は勝利者の側、あんた達とは違う、選ばれた存在なのよ、わかる?」
脳内麻薬に浸っているのか。
アンティミシュカは、興奮したように私の耳元で喋り続ける。
「私はね、娼婦の子だったのよ。自分の継承者を作るために、あらゆる可能性を考えていたお父様が、身分を隠して娼婦との間に作った子供」
首に巻き付いた鞭に何とか指を掛ける。
電流のような痺れが指先に発生し、痛みを伴った。
……そう言えば、彼女も王族だということは、その身に魔力を宿しているのかもしれない。
この鞭も魔道具なのだろうか?
「私の母親は、お父様の事を本気で愛していた。私を身籠って産んだ後、お父様の行方がわからなくなると、そのまま病んで容易く死んだわ。残された私は、母親が働いていた娼館の下働きになった」
「ぐ……うぅ!」
魔力を宿した魔道具なら、こちらも魔力を使えば拮抗できるはず。
私は、《錬金》や《液肥》を使う時の要領で、指先に魔力を集中する。
「娼館を経営する主人夫婦や、他の娼婦共に奴隷のように扱われた。毎日毎日、過酷な労働を強いられる日々、寝る暇も食事をする暇も無い。その上、少しでも気に入らない事があれば暴力も振るわれた、理不尽な扱いを受けた……あんたなんかに想像できる?」
頭が朦朧としているからだろうか――私の脳裏に、ホームセンターで働いていた頃の記憶が駆け巡る。
彼女の言葉も相俟って、走馬灯じみた回想だ。
「いっそ死んだ方がマシだとも思っていた……そんなある日、私が成長した頃、国王の使いが私の下に来た。そして私が、国王と血の繋がった娘で……お父様が私を、正式に自身の後継者の一人と認めたと告げたの! 私の人生はそこで変わった! いいえ、元に戻った! お父様は私の事なんて、遊び半分で作って、興味半分で継承者と認めた程度だってわかってるわ! それでも、私には神からの啓示と同義だった! 今まで私を馬鹿にしていた娼館の主人夫婦も、他の売女共も! 私の正体がわかったら態度をコロッと変えて震えながら土下座してたわ! これが本当の〝あたし〟なのよ!」
なるほど、その時きっと、彼女の中で何かが壊れた……。
いや、何かが生まれたのかもしれない。
「娼館は燃やして、主人夫婦は路頭に迷わせ、娼婦共は貧民街の慰み者に蹴落としてやった! わかる!? 力の有る者はそれを行使し、力の無い者を踏み躙る権利がある! 支配する権利があるのよ!」
「うる、さい!」
私の魔力の籠った指先が、鞭に触れる。
バチンと衝撃が走り、鞭の拘束が緩む。
「くっ!」
何とか拘束を振り解いた私だったが、ふらつく体を背後からアンティミシュカに押し倒される。
彼女は私に馬乗りになると、今度はその手で首を絞めて来た。
「邪魔だ! 消えろ! お前如きが私の前に立ち塞がるな! 私こそ王! 王になる! お父様の後を継ぐのは私だ! 私は常に支配者の側だ!」
アンティミシュカは、床の上に転がっていたナイフを掴む。
彼女の装備の一つだったのか、この馬車に備え付けられていたものなのか――それはわからない。
アンティミシュカは、その切っ先を私の胸……心臓の真上に持ってくる。
「獣人が何よ!? そいつらが泣こうが喚こうが、どうでもいい! 私が私だけの幸せを求めて何が悪いの!? 私が手に入れた力を、私のために使って何が悪い!」
ナイフが振り下ろされる。
その刃が、私の心臓を貫く。
――甲高い金属音と共に、ナイフが弾かれた。
「なっ!」
アンティミシュカの手元を離れたナイフは、そのまま馬車の床に突き刺さる。
彼女は何が起こったのか理解できず、愕然とした表情をしている。
「おりゃあ!」
私は、そのまま彼女を引き剥がし、腕を掴むと、背負い投げの要領で壁に叩き付けた。
「がはっ……」
「はぁ……はぁ……ありがとう、マウル」
私は、服の下に隠し持っていた〝それ〟を握り締める。
それは、ここに来る前、マウルから借りていた彼のお守り……〝金属アングル〟だ。
最初に出会った時、私が嵐からマウルとメアラの家を守るために錬成した、一番初めの金属。
余ったそれを、マウルはお守りにすると言って、首から下げるネックレスにしていた。
それをこの戦いの前、ゲン担ぎのためマウルから借りていたのだ。
「力を持つ者は他者を踏み躙る権利がある、か……そうかもね」
「お前ぇ!」
覚束ない足取りで、アンティミシュカが掴み掛って来る。
そんな彼女に、私は瞬時に錬成したあるものを投げる。
アンティミシュカは、すかさずそれを手で掴もうとして――そして、手の平に走った痛みに動きを止めた。
私が生み出し彼女に投げ渡したのは、〝釘〟だ。
「……でもね……私はこの力で、マウルとメアラの家を守った。みんなの家を強くした」
続いて《錬金》を発動。
私の手中に、〝単管パイプ〟……車内である事を考え、長さは2メートル程度……を錬成する。
「マウルとメアラが強盗に襲われた時も、この力で皆を助けた」
「ま……待て――」
力の限り、魔力を宿して〝単管パイプ〟を振るう。
その直撃はアンティミシュカの体には当たらなかったが、馬車の壁を見事に破壊した。
馬車が傾く。
アンティミシュカの体が、勢いで外へと投げ出された。
「《液肥》を使って野菜を作った、オルキデアさん達の命も救えた」
「あ、ぐぅ……」
地面に叩き付けられた衝撃で、ふらついているアンティミシュカ。
私も半壊した馬車を下り、彼女の前に向かう。
「ガライと一緒に、家を作った。ガライは楽しかったって、このまま村に居たいって言ってくれた」
そして、次の金属を生み出す。
生み出したのは、〝防獣フェンス〟。
私はそれの端を握り、高々と振り上げる。
「私の力は、私だけじゃなくて、みんなも笑顔にしたいから使ってきた」
「ま、待って! まっ――」
怯え切ったアンティミシュカが、私に向かって手の平を向けて叫ぶが――もう遅い。
私は〝防獣フェンス〟を振り下ろす。
まるで虫叩き網のように、アンティミシュカに金網を叩き付ける。
「あ――」
魔力を宿した〝防獣フェンス〟による一撃が、一切の加減無く彼女の全身を殴打。
アンティミシュカは刹那にして、意識を失った。
「嫌な環境で働いて……いきなり凄い力が与えられて……でも、私はあなたとは違う。あなたの主義には、賛同できない、かな」
村のみんなの事を思い出しながら、私は気絶しているアンティミシュカにそう言った。
「……ふぅ」
とにもかくにも、直接対決は勝負あり。
私は即座に〝ワイヤー〟を錬成し、彼女の体を拘束した。
御大将、討ち取ったり。
※ ※ ※ ※ ※
「ガライ!」
馬車の前方に回ると、ガライと、なんだかちょっと大きくなっているバドラス隊長の戦いが行われていた。
ガライは、私の姿と、私の腕の中に拘束されたアンティミシュカが居る事を確認し、安堵したように嘆息する。
「……ふんっ」
一方、バドラス隊長は敗北した自身の主の姿を一瞥すると、くだらなそうに鼻を鳴らした。
「まぁいい、仕える先など誰でも一緒だ」
彼はおそらく、アンティミシュカを見限った……いや、そもそも最初から忠誠など誓っていなかったのだろう。
ガライに向き直り、構えを取る。
「今は只、貴様を屠って自分の力を証明するのみ!」
「………」
バドラス隊長の巨拳が放たれる。
刹那、ガライはその拳を敏速な動きで回避し、懐に潜り込むと、自身の鉄拳をバドラス団長の腹へと打ち上げた。
「ごっは……」
たった一撃。
その一撃に貫かれ、バドラス団長の体が動きを止める。
ガライの拳が、たった一撃で巨躯の躍動を黙らせた。
「……俺が全力を出していなかったのは、マコの身に何かがあった時の事を思って、余力を残しておくべきだと考えたからだ」
ガライは拳を引き、膝を折るバドラス団長から数歩距離を取る。
「だが、もう心配はいらないようだな」
「貴、様……」
「教えてやる、邪竜の殺し方を」
瞬間、ガライが大きく右腕を後ろに引く。
私やバドラス団長……おそらく魔力を持つ者……は、その変化に気付いた。
見た目は変わらないし、バドラス隊長の様に肥大したわけでもない。
けれど、ガライの右腕に淡い光が発生し、力が込められていくのが見える。
「あんたの言う通り……俺の中には鬼人族の血と共に魔力が流れている。そして、その魔力を使った攻撃方法が一つだけある」
ギュッと――拳が握り直される。
「条件は、俺の魔力が全快の状態である事。そして、その全てを注ぎ込んで拳を放つ事……その威力は、一撃で強靭な鱗と筋肉に覆われたドラゴンのどてっ腹に風穴を空ける」
「ま、待て! ま――」
奇しくも、アンティミシュカと同じように動揺するバドラス隊長。
その巨体に、ガライは拳を打ち込んだ。
「ッォお――」
バドラス団長の身体が、衝撃で宙に浮く。
鎧や兜は弾け飛び、体はくの字に曲がり、周囲の大気や大地にまで衝撃が伝わって破壊が起きる。
私の体も軽く浮いた。
そしてその衝撃が収まった時には、白目を剥いて昏倒するバドラス団長が地面に横たわり、その前にガライが立つ光景のみが残されていた。
「……無論、あんたには、そこまでの全力は使わないがな」
どうやら、大分手加減したようだ。
それでこの威力とは……うーむ、恐れ入る。
「お疲れ様、ガライ」
「マコ……大丈夫か?」
私の下にやって来たガライが、心配そうに手を伸ばす。
その指で私の頬に触れようとして、寸前で考え直し、指を引っ込めた。
紳士だなぁ、まったく。
「うん、大丈夫だよ」
周囲で戦っていた他の騎士達も、アンティミシュカとバドラス団長が倒された事に気付き始める。
彼女達の援軍は、まだ来ていない。
その前に、敵の総大将を叩き伏せる事が出来た。
私は、ふーっと深く息を吐く。
「じゃ、決着だね」




