■29 もふもふの津波で大混戦です
平原に展開された、王権騎士団の陣。
停車した馬車の中で、アンティミシュカは蹂躙の時を今か今かと待っていた。
……そこで。
「……ん?」
何やら、外が騒がしいような気がした。
偵察に行った斥候が、報告に戻ってきたのか?
それとも、やっと援軍がやって来たのか?
アンティミシュカはそう考えた、瞬間――。
「……きゃぁッ!」
馬車を襲った突然の衝撃に、大きく体を揺らして悲鳴を上げた。
衝撃だった。
まるで、何か巨大なものが横っ腹に激突したかのような、そんな衝撃。
「な、なによッ! これッ!」
しかも、その衝撃は一向に止まらない。
馬車は大きく揺れ動き、その中の内装は四方八方に振り回され散らばる。
アンティミシュカは、体を馬車の壁や床に叩き付けられながら、何とか声を上げる。
「ちょっと! 何が起こってるの!? 誰か答えなさい!」
「こ、攻撃です!」
外に待機していた衛兵の声が聞こえた。
「我々の陣が、攻撃を受けています!」
「攻撃、ですって!?」
馬鹿な、村の連中が攻めてきたのか?
しかし、あんな数十人程度の村人で何ができる。
イクサが兵を集めた?
いや、こんな短時間で、自分達の一軍を圧倒出来るような兵力を用意できるわけ――。
「敵は!? 数は、武器は!? 説明しなさい!?」
「イノシシです!」
外から聞こえてきた声に、アンティミシュカは一瞬ぽかんと呆けた。
彼女の頭の上に、跳ね上がったクッションがボスンと落ちる。
「ど、どういうことよ!?」
「山から下りてきた大量のイノシシの群れに、我々の陣が襲われているのですッ!」
「マジでどういうことよッ!?」
※ ※ ※ ※ ※
まるで、もふもふの津波だ。
山の中から平原へと下りてきて、猪突猛進に駆ける大量のイノシシの群れ。
百以上は確実にいる。
知らなかった……あの山の中に、こんなに野生動物がいたんだ。
『寝てた奴等も叩き起こしてきたぞ、コラー!』
『ついでに野犬やキツネやタヌキにも声かけたぞ、コラー!』
『みんなでフルボッコだ、コラー!』
私は今、エンティアの背中に乗って、そんなイノシシ達の群れの中を一緒に走っている。
向かう先は、アンティミシュカの兵団の陣。
既に先頭を行くイノシシ達の群れに襲われ、騎士達が周章狼狽している光景が見える。
夜闇の中、素早く小さい野生動物達に翻弄される騎士達。
イノシシの激突を受けて、鎧を着た体が空中に吹っ飛ばされている。
イノシシの突進……凄い威力だ……。
「マコ様!」
名前を呼ばれ、横を見る。
「オルキデアさん!」
イノシシ達の背中に乗って、並走するオルキデアさんがそこにいた。
「わたくしも戦いますわ! 故郷を奪われた痛みを、今こそ晴らす時です!」
「オルキデアさん……」
そうか、彼女達アルラウネは、アンティミシュカの略奪により国を奪われた種族なのだ。
キッと強く向けられた眼の光を見て、私は頷く。
「マコ様! わたくしに、あの薬を!」
「薬? ……《液肥》のこと?」
「はい! その内、根を成長させられるとおっしゃられていた薬を、わたくしに下さいませ!」
私は《液肥》の力により、アンプルを一つ生み出す。
表面にKを模した文字の書かれた、カリウムに特化した《液肥》を、原液のまま彼女に渡す。
するとオルキデアさんは、それを一気に飲み干した。
「うぎゅう……」
「大丈夫!? めっちゃ苦いんでしょ、それ!」
「だ、大丈夫ですわ!」
飲み干すと同時に、オルキデアさんはイノシシの背中から飛び降り、地面へと着地する。
そこは既に陣の中――敵兵のど真ん中だ。
「マコ様にいただいた力を、わたくしを媒介とし、大地に!」
オルキデアさんの体が発光する。
淡い光が、彼女の地面に置かれた手を通し、大地に染み込んでいく。
「お行きなさい! 強靭なる〝根〟よ!」
刹那、彼女の眼前の地面が隆起し――そこから、樹木ほどの太さはありそうな巨大な根っこが発生した。
「な、なんだこりゃあ!」
「根だ! 植物の根!」
「うおおおお!」
この草原に生えている植物の根を、急激に成長させたのだろう。
まるで、巨大な蛸の足のようにうねりながら――根っこは地面ごと地上の騎士達を飲み込んでいく。
そして巻き付き、雁字搦めにし、完全に身動きを奪っていく。
拘束され、何人もの騎士達が無力化されている。
「凄い……流石、アルラウネの王女……」
遠ざかっていく後方の光景を見て、私は実感した。
本当に、私の仲間は頼りになる人ばっかりだ。
『姉御、見えたぞ!』
エンティアが叫ぶ。
前方――昼間に見た、あの豪奢な馬車が姿を現した。
おそらく、アンティミシュカがいる本丸は、あそこだ。
「守りが固いな……」
「うん、やっぱり大将だからね」
背後から声。
今、エンティアの背中には、私と一緒にガライが乗っている。
私達の視線の先には、馬車を取り囲むようにして守る、複数人の騎士達の姿がある。
迫り来るイノシシの群れを、槍や松明を使って追い払っている。
『突っ込むか!?』
「うん、お願い!」
エンティアに言うと同時、私は《錬金》を発動する。
両手に召喚される、長尺の〝単管パイプ〟。
「どりゃあ!」
私はそれを、馬上で槍を振るうが如く振り回す。
魔力によって羽のように軽く、そして威力を纏った〝単管パイプ〟の一閃は、目前に待ち構えていた騎士達を圧力で後退させた。
「よし! 行って、エンティア!」
『おお!』
エンティアが跳躍する。
一気に、馬車の前にまで飛躍し、接近する――。
――その時、地上から何かが飛び上がり、エンティアの進行を塞いだ。
『ぬっ!?』
それは空中に躍り出ると同時に、エンティアに向かって拳撃を放った。
エンティアは前足でそれを受けると、ベクトルを捻じ曲げられ中空で軌道修正――少し離れた地面に着地する。
「大丈夫!? エンティア!」
『ぬぅ……こいつ』
私達の前に立ち塞がるように、漆黒の鎧を纏った騎士が一人。
他の騎士達と少し違うデザインの鎧……そう、見覚えがある。
アンティミシュカと近しい距離にいた、おそらく団長と思われる騎士だ。
「バドラス隊長!」
「おお! バドラス隊長!」
他の騎士達も、彼のファインプレーに歓声を上げる。
どうやら、名実共に団長、といった人物のようだ。
「ふんっ……ガライ・クィロン。まさか、これほどまで早く、貴様と相まみえる事になろうとはな」
「………」
エンティアの背中から降りる私とガライ。
ガライは私の前に立ち、バドラス団長と対峙する。
「マコ……こいつは、俺が相手をする」
拳を構えながら、ガライが囁く。
「あんたは、あの馬車に」
「ふんっ、そう容易くいくと思うか?」
バドラス隊長は苦笑交じりに言う。
現状、私達は敵陣の中でも、更に守りの堅い本丸にいる事になる。
周囲を取り囲う、何十もの騎士達……数では、向こうの方が上だ。
そう、数でなら。
「ぐあっ!」
後方から、雄叫びが上がる。
鎧を切り裂かれた騎士の一人が、地面に倒れた。
「……イクサ王子の御命令により、助太刀に参った」
腰に佩いた剣の柄に手をかけ、現れたのはスアロさん。
イノシシ君達の怒涛の奇襲と、オルキデアさんの攪乱により、後続の彼女もここまで達する事ができたようだ。
あれ? しかもよく見ると、彼女の持ってる剣って……私がこの前作ってイクサに全部売った、あの日本刀じゃん!
「スアロさん! その剣、使ってくれてたんだ!」
「……イクサ王子のご命令で、仕方が無くだ」
そっぽを向いて言うスアロさんだが、騎士が吶喊して来ると、瞬時に抜刀し切り伏せる。
やはり、目に見えない程の速度の居合抜きで。
しかも、あの日本刀は魔道具だから、スアロさんも魔力を持ってるんだ。
『我を忘れるな! この神狼の末裔を!』
更に、エンティアもスアロさんに動揺している騎士達に飛び掛かる。
この場の騎士達は、イノシシの群れに加え、スアロさんとエンティアの対処に四苦八苦の形となった。
そして――。
「はぁっ!」
私に背後から殴り掛かってきたバドラス隊長の、その鋼鉄の籠手に包まれた拳を、ガライが自身の腕で受ける。
「行け! マコ!」
「うん! ありがとう、ガライ!」
ぶつかり合う二人の脇をすり抜け、私は馬車へと向かう。
イノシシの激突を何回も受けて傷だらけになった馬車。
その扉を開けて、私は車内へと飛び込んだ。




