■2 嵐が来るので、家を補強します(下)
しかし、助けたいとは思ったものの、現状では手段が無さすぎる。
家を補強するための方法や知識は山の様に頭の中に溢れているのだが、そもそも道具が無い。
「ああ、こんな時に〝アングル金具〟でもあれば……」
「……あんぐるかなぐ?」
ポツリと呟いた私の言葉に、マウルとメアラが反応する。
この家に使われている木材自体は悪くない。きっと雨風に強い性質の木なのだろう。
だから、後は補強できる金具さえあれば、手っ取り早く何とかなりそうなのだが……。
「うん、金属の板なんだけどね、流石に無いかぁ」
「金属の板……こういうのか?」
そう言って、メアラは床に倒れた農具……鍬の頭の部分をいじくると、手の平に収まるくらいの小さな長方形の金属板を取り出してきた。
「あ、農具の〝クサビ〟だね」
鍬等の頭がずれないように、柄との間に挟みこんでおく金具だ。
「これ、曲げられないかな?」
〝クサビ〟を受け取りながら、私は言う。
金属の板は頑丈だ。そう簡単には曲がらない。
何か道具があればだけど、ここにはそんな便利なもの……。
「……あ」
そこで、私は気付く。
私の今の格好は、仕事から帰って来てそのまま寝落ちしてしまった、その時の姿のままだ。
私はベルトに手を伸ばす。
よし、道具鞄は装着されたままだ。
この道具鞄の中には、仕事中にすぐに使えるような小型の工具がいくつか装備されているのだ。
「確か……よし、あった!」
私はその中から、モノを挟む工具――〝モンキーレンチ〟を取り出す。
本来はそういう使い方ではないのだが、机の上に〝クサビ〟を置き、〝モンキーレンチ〟で机の天板との間に挟むように固定する。
「あとは……ちょっとうるさいけど、ごめんね!」
そして、鍬の頭を外して持ち上げると、それで〝クサビ〟の飛び出た部分を叩く。
何度か甲高い音を響かせた後、テコの原理により、クサビは途中で曲がってLの字状になった。
「それが……〝アングル金具〟?」
耳を塞いでいた双子が、私の手の中に生まれた金具を見て、そう問い掛けて来る。
「そう、でも一個だけじゃダメなんだよね。こういうのがいっぱいあれば……」
そう呟いた、瞬間だった。
軽快な音楽と共に、急に頭の中にステータスウィンドウが開いたのだ。
――――――――――
【称号】:《DIYマスター》に基づき、スキル《錬金》が目覚めました。
――――――――――
「……へ?《錬金》?」
いきなりの事に私は驚く。
《錬金》……錬金術という単語なら、私も聞き覚えはあるが。
もしかして、金属を生み出せるようになったとか?
「まさか、そんな……」
苦笑いしながらも、私は手にした金具を見詰める。
……この金具を、もっと一杯生み出せたら……。
瞬間、金具を握っていた私の手が、淡い光に包まれているのに気付く。
いや、違う、手だけではない。私の体中から光が溢れている。
「わ! マコ、どうしたの!?」
マウルが困惑した声を発する。
そこで、私の目前の空間から、まるで浮かび上がる様に、手の中のものと同じ形をした〝アングル金具〟が生まれて、地面に落ちた。
まるで、3Dプリンターで生成されたかのように、そっくりだ。
「え! え!? 今のってもしかして、魔法!?」
「お前、魔法が使えるのか!?」
巻き起こった現象に大騒ぎする双子。
一方、私の思考は冷静だった。
金属が生み出せる、《錬金》というスキル。
もしや……と思い、私は頭の中で、もっと明確に、記憶の中にあるような〝アングル金具〟をイメージする。
目の前の〝クサビ〟を折っただけの歪なものではなく、長尺のものや、大型のもの。
刹那、イメージした先から、望んだ形の〝アングル金具〟が次々に生み出され、ガチャガチャと地面に落ちていく。
「うん……後は……」
でも、アングルだけじゃ駄目だ。
私は更に、アングルを固定するための〝釘〟もイメージする。
〝アングル金具〟には小さな穴がいくつか空いており、そこに〝ネジ〟や〝釘〟を通すことによって木材に固定する。
一個のアングルを固定するのにも数本使うので、それこそ百本、二百本単位で生産しなくてはならない。
結果、床の上に、大量の〝アングル金具〟と大量の〝釘〟が犇めく事となった。
ポカンとしている双子の一方、私は準備が整ったと気合を入れる。
「よし! これだけあれば――」
そこで、再び頭の中にステータスウィンドウが浮かんだ。
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MP:0/100
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「ありゃ? これって、魔力使うんだ……」
と考えると、やっぱり魔法のようなものなのかもしれない。
まぁ、ともかく、それは置いといて、今はこの〝アングル金具〟を施工する方が先決だ。
「マウル、メアラ、この家に〝カナヅチ〟はある?」
「カナヅチ?」
「えっと、ハンマーみたいなもの」
「これの事か?」
言って、メアラが差し出したのは木製の槌だった。
「〝木槌〟か……まぁ、無いよりはマシかな。マウル、メアラも、それ、まだあるなら二人も手伝って」
私は〝木槌〟を手に、二人に指示を出す。
「お父さんが建てた大切な家、今からみんなで嵐に勝てるくらい強くするよ!」
※ ※ ※ ※ ※
――翌日。
「いやぁ、昨日の夜は凄かったな」
「うちは、雨漏りしちまったぜ」
「うちなんか、屋根が半分吹き飛んじまってよぉ」
嵐が過ぎ去り、すっかり荒れたアバトクスの村の中、村人達が外に出て雑談を交えている。
皆、頭から狼の耳の生えた獣人――《人狼》の種族だ。
「そういやぁ、あの双子の家は大丈夫か?」
不意に、一人の村人がそう呟いた。
「かなりボロボロだったからな」
「流石に今回は、ちょっとやべぇんじゃ……」
両親が不慮の事故で死に、他に身寄りを失った幼い兄弟が暮らす家がある。
助けてやりたいのはやまやまだが、この村は貧しい。
他の家の事まで考えられる余裕のある者はいない。
村人達は、村の外れに建てられた双子の少年達が住む家を、恐る恐る見に行く――。
「な……え?」
しかし、大方の村人達の予想に反し、そこには一ミリも傾く事も荒れる事も無く建つ小屋があった。
「どうなってるんだ、こりゃ……」
「奇跡でも起こったのか? なんで、このボロボロの家が全く嵐の影響を受けてねぇんだ」
驚き、どよめきながら、村人達は小屋に近付く。
一人の屈強な村人が、小屋の壁に触れ、力を入れて押してみる。
「……っ、全く動かねぇ。なんなんだ? この頑丈さは」
「ふあああ……よく寝たぁ」
そこで、小屋の扉が開き、欠伸混じりに一人の女性が現れた。
村人達は一気に視線を向け、そして驚愕の表情となる。
「に、人間の女!?」
「何でこの家に、人間の女がいるんだ!?」
「はい? ……えーっと……」
「どうしたの? マコ……え? 村のみんな?」
女性の後ろから、双子の獣人……マウルとメアラが顔を出す。
人間の女――マコは、愕然、茫然としている村人達を前にし、「えー……」と、困惑して立ち尽くす事しかできなかった。