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■28 大援軍です


「……今、何時?」


 アバトクス村から少し離れた平原。

 かつて、マウルとメアラがマコを発見した平原の一角に、アンティミシュカの王権兵団は陣を組んでいた。

 停車された馬車の中――アンティミシュカは、傍に控えた自軍の団長に問いかける。


「は、もう間もなく夕の五時を回る頃かと」

「いつまでかかってるのよ!」


 アンティミシュカは、傍らに置いてあったクッションを乱暴に掴むと、それを団長へと投げつけた。

 甲冑に当たったクッションは床に落ちる。

 無論、団長は微動だにしない。


「援軍は!? 伝令を走らせた私の軍は、いつになったらここに来るの!」

「落ち着いてください、アンティミシュカ王女」


 息を荒らげるアンティミシュカへと、団長は落下したクッションを直しながら言う。


「あの程度の村、ここにいる者達だけでも容易く制圧することはできます。しかし、今回は少々勝手が違った。予想を越える不安要素を向こう側が保有しており、なおかつイクサ王子まで関わっていた。そのため、万全を期すために兵力の増強を行っているのです」

「ふぅ……ふぅ……」

「こんな事は今までになかった。王女、想定外の事態が重なり、心が乱れているだけです。状況は順調、焦る必要などありません」

「……蹂躙してやる」


 自身の爪をガリガリと噛み締めながら、アンティミシュカは唸る。


「この私に、王族に、楯突くなんて、楯突こうなんて……〝あたし〟の腹を殴りやがった、あのアバズレ女……今度はあたしが内臓吐き出すまで腹を踏み潰してやる……それに、イクサ……不躾で無遠慮なだけの跳ねっ返りの態度がちょっとお父様に気に入られてるからって勘違いしやがって、あのクソガキ……良い機会よ、あいつもこの場で二度と生意気な事言えないくらいぐちゃぐちゃに……」


 最早、略奪などどうでもいい。

 アンティミシュカの目的は、自身の矜持(プライド)を揺さぶる者達への報復に他ならなくなっていた。

 そこで、爪を噛んでいたアンティミシュカの動きが、ぴたりと止まる。


「……あんた、あのガライとかいう男の事、やけに詳しかったわね。昔馴染みかなんかなの?」

「いえ、向こうは自分のことなど知らないでしょう」


 団長は、アンティミシュカと目を合わせることなく、真っ直ぐに前を見据えている。


「しかし、自分もアンティミシュカ様の元に来る前は、少なからず暗部に関わっていた身。彼の手腕は音に聞いていました。そして同時に、いつか競いたいとも思っていた」


 グッと、握りしめた自身の拳を見て、彼は言う。


「私は自信があります……たとえ彼が、闇の世界に伝説を轟かせた存在であったとしても、この自分の方が上だと」

「あっそ。まぁ、今回に関しては止めないわ。あんたの好きにしなさい」


 興味無さげに呟くアンティミシュカ。


「援軍はもう間もなく到着します。到着次第、即座に侵攻を開始しましょう」

「ああ、楽しみ。早くその時が来ないかしら」


 太陽が、山の向こうへと沈んでいく。

 世界を夜が覆い始める。


「あいつら、逃げたりしないわよね」

「現在、闇に紛れ様子を見てくるよう、村の周辺に斥候を派遣しております。そのような事があれば、瞬時に報告が来ます」




※ ※ ※ ※ ※




「………」


 太陽が沈み、完全な夜闇に支配された森の中を、派遣された斥候の兵達が進む。

 彼等はアバトクス村の周囲に潜み、状況を確認する役割を担った者達だ。


「どうだ?」

「どうやら、逃げていないらしい。馬鹿な奴らだ」


 村の中。

 松明が並び、《ベオウルフ》達が動き回っている様子を見て、斥候達は苦笑する。


「まぁ、逃げたところでどこにも逃げ場はないがな。どうする、いっそ俺達で夜襲を掛けるか? 斥候とはいえ20人近く散開してるんだ。あの程度の数、俺達でも簡単に制圧できるぞ」

「アンティミシュカ様に処刑されてもいいならな、勝手にやれよ……ん? おい、あれは何だ? 何か、妙なものが出来てるぞ?」


 斥候の一人が、村の中に存在する、ある違和感に気付いた。

 それと同時だった。


「……しっ!」


 また別の斥候が、反応した。

 村の方向ではなく、自分達が進んできた森の方を振り返って。


「どうした?」

「何か……音がしないか?」

「音?」

「何かが、こっちに向かって来てるような……」


 そう呟いた直後。

 斥候達の目の前に、〝それ〟はやって来た。


「なッ! ――」




※ ※ ※ ※ ※




 ――……時間は少し遡る。


 私は、エンティアの背中に乗って、一緒に村の外の山の中を走り回っていた。

 もう間も無く日が暮れ、この暗い森の中は光を失う。

 加えて、敵の侵攻も開始する。

 その前に、やっておかなくてはならない事があったからだ。


「いた……」


 木々の間を俊敏な動きで駆け抜けるエンティア。

 その背中の上から、私は目的の存在を確認する。


『姉御、近付くぞ』


 エンティアがそう呟き、一気に対象との距離を詰める。

 私達が探していたのは――。


「!」


 野生動物だ。

 この山に住み着く、凶暴な野生動物。

 茶色と白色の縞模様の毛並みに、丸い体の――イノシシだ。

 イノシシは、接近する私達に対し即座に臨戦態勢を取る。

 しかし、相手がエンティアであると気付くと、瞬時に実力の差を感じ取り、尻尾を巻いて逃げ出そうとする。

 それに追い付き、私は手を伸ばして、イノシシの背中に触れる。

 これで、私の《ペットマスター》のスキル《対話》が発動するはずだ。


「後で呼ぶから来てね! 他の子達にも声を掛けるから!」

『!』


 過ぎ去り際、私の声を聞いたイノシシが驚いたように反応する。

 私の言葉を理解できている――《対話》が成立した証拠だ。

 私とエンティアはその調子で森の中を走り回り、見付けた野生動物達に片っ端から声をかけていく。

 そして――。


「……よし、こんなところだね」


 一通り、エンティアの鼻で感じ取れた限りの野生動物達を追い掛け回し、触れ、《対話》を発動し――私達は山の頂上に立つ。


「エンティア、みんなに声を掛けて」

『うむ』


 すぅ――と、エンティアが息を深く吸い込み。


『者共! 姉御がお呼びだ! ここに集まれぇッ!』


 狼の雄叫びが、山の中に木霊する。

 山彦となって響き渡る咆哮は、普通の人間にはただの鳴き声にしか聞こえないだろう。

 だが、その言葉を理解する獣達が、やがてゾロゾロと、山頂へと集まって来てくれた。

 集まったイノシシ達は、数十匹はいる。

 皆が皆、警戒心を露わに、私達から距離を取って低く唸っている。


「ありがとう、私達の声に答えてくれて」

『なんだお前、コラー!』


 イノシシ達の中、ちょっと小さ目のウリ坊が威勢よく声を発した。


『お前、あの村の奴等の仲間だろ、コラー!』

『やんのか、コラー!』


 続いて他のイノシシ達も声を上げる。

 みんな声が高く、まるで子供のような声音だ。


『その狼と一緒にいれば俺達がビビると思ってんのか、コラー!』

『舐めんなよ、コラー!』


 みんな喧嘩腰だ。

 まぁ、これは今までのことを考えれば仕方がない。

 彼等はこの山の中で、毒に近い植物を食べて凶暴化してきた野生動物。

 性格も荒んでいるのだろう。

 加えて、基本的に人里の獣人達や、獣人達を守っていたエンティアとは敵対関係にあるのだから。


『姉御、いいのか? 言わせておいて』

「いいんだよ、エンティア」


 むしろ、こうでなくちゃ困るくらいだ。

 私は、その場に集まった喧々囂々のイノシシ達に話しかける。


「ごめんね、日頃はみんなを怖がらせるような事ばかりしちゃって」


 私の言葉に、イノシシ達はピタリと声を止める。


「いつも、危険だからって不用意に攻撃したりしてたんだよね、本当に悪かったって村のみんなも言ってるよ。今日はそれを、みんなと会話ができる私が代わりに伝えに来たんだ。本当にごめん」

『わ、わかればいいんだ、コラー』

『ベ、別にビビってたわけじゃないけど、いきなり攻撃されたらびっくりするだろ、コラー』


 イノシシ達は、私の謝罪によそよそしくなる。

 素直に謝られて、拍子抜けしたのかもしれない。


「でね、今日はみんなに、お詫びの印にご馳走を振舞おうと思って」


 私の発したその言葉に、イノシシ達の目の色が変わった。


『ご馳走!?』

『どこどこ!? どこにあるんだ、コラー!』

『待て! 落ち着け、コラー! どうせ嘘だろ、コラー!』

「ううん、嘘じゃないよ。その証拠に――」


 私は、麓の村の方を指さす。

 山頂から見える村の中央の広場――そこには、先日ウィーブルー家当主から差し入れしてもらった、まだ消化しきれていない大量の果物や木の実、野菜が山積みになっていた。

 このために、村のみんなに用意してもらったのだ。


『うひょーーーー! うまそうだぞ、コラー!』

『本当に食っていいのか、コラー!』

「いいよ、但し、まだ準備の途中だからもうちょっと待ってね」


 私は、イノシシ達にきちんとルールを説明していく。


「私が『もういいよ』って合図を出すまでは、みんなここで待機ね。準備が整ったら、私の指示でエンティアが声を上げるから、そうしたら村に向かって一気に駆けていってね、早い者勝ちだよ。それと、絶対に村の物を壊したり、村のみんなに怪我をさせるようなことはしないでね。発見次第、お食事は終了。山にお帰りいただくからね」

『わかったぞ、コラー!』


 イノシシ達はハイテンションでわいわいと騒ぎ出す。

 よし、これで第一の仕込みは完了した。


『まだかなまだかな、コラー!』

『早く早く、コラー!』

『楽しみだぞ、コラー!』


 ところで君達、なんでそんなヤンキーみたいな喋り方なの?

 狂暴な野生動物だから?




※ ※ ※ ※ ※




 ――そして、時は戻る。


「な、なんだ、こいつ等! ……グァッ!」


 山の斜面を勢い良く駆け下りていく、イノシシ達。

 その土砂崩れのような波に激突され、斥候達が次々に吹っ飛ばされていく。


『どけどけどけ! コラー!』

『俺が一番乗りだ、コラー!』

『今なんか吹っ飛ばしたけど、村の奴じゃないから大丈夫だよな、コラー!?』


 イノシシ達は斥候の存在など意に介さず、我先にと村の中央――そこに設置されたフルーツタワー(と言う名の、果物、野菜てんこ盛りタワー)に群がっていく。

 一方――イノシシの群れに吹っ飛ばされて、ボロボロになりながら山の斜面を転がり落ちてきた斥候達は――。


「ぐっ……ぶべっ!?」

「よしっ! こいつらだ!」

「ぶっかけろ!」


 村の周縁にまで転がり落ちてきたところを、待機していた《ベオウルフ》達が、それぞれ手にした桶の中の液体をぶちまける。


「ぐ、なんだ……こりゃ……」

「固っ、重い……」


 灰色の液体は斥候達の体にかかり、防具や装備の隙間にまで流れ込み、そして固まっていく。

《ベオウルフ》達が掛けたのは、火山灰を水で溶いたものだ。

 以前、マウルから草原を越えた先が火山だと聞いた時、何らかの武器になるのではと《ベオウルフ》達に話した事があった。

 火山灰を採集し、粉にして保管――有事の際には水に溶いて対象にかける。

 火山灰は、かつてコンクリートの原料にも使われていたと聞いていた。

 これに水を混ぜれば、モルタルのようになると思ったのだ。

 どうやら、その話をした際、興味を持った何人かの《ベオウルフ》が火山灰を取りに行っていたようで、今日役に立った。


「うぐぐ……」

「うまくいったね」


 身動きを封じられた斥候達。

 エンティアに乗った私は、彼等の前に立つ。

《ベオウルフ》達は、事前に私が錬成していた〝ワイヤー〟で彼等を捕縛していく。

 この上、耐荷重120㎏の金属製の縄に縛られては、彼等ももう何もできないだろう。


「さて、と」


 私は、村の広場でご馳走を堪能しているイノシシ達の元へと向かう。

 広場はイノシシ達の丸い体で犇めき合い、埋まっていた。

 うひゃー、すごいな。ウリ坊の絨毯だ。

 何気に、この上で寝転がったら気持ち良さそう。


『あ! 来たぞ、コラー!』

『ありがとな、人間! こんなうまい飯食ったの久しぶりだぞ、コラー!』


 イノシシ達は私が来た事に気付くと、ブヒブヒと嬉しそうに鼻を鳴らしながら寄ってくる。


『お前、良い奴だな、コラー!』

『当たり前だろ、姉御だぞ』


 後ろのエンティアが自慢げに言う。


『姉御? 姉御って名前なのか、コラー?』

『じゃあ、俺達も姉御って呼ぶぞ、コラー!』

『姉御、そういえばここに来る途中に、なんか変な奴ら吹っ飛ばしたぞ、コラー?』

『あ、あいつらだ、コラー』


《ベオウルフ》達に捕縛された斥候達を見て、イノシシ達が言う。


「実はね、今、私達の村が悪い人達に狙われてるんだ」


 そこで私は、イノシシ達に話しかける。


「この村からおいしい野菜や綺麗な花が作られてるって知って、その利益を奪いに来たんだよ。これから先もみんなにご飯を提供していきたいんだけど、この村が乗っ取られちゃったら、そういう事ができなくなっちゃうかもしれないんだよね」

『なにー! 許せないぞ、コラー!』

『俺達は、そういう卑怯な事が一番嫌いなんだ、コラー!』

『俺達に任せろ、コラー!』

『ボッコボコにしてやんよ、コラー!』


 奮起するイノシシ達。

 よし! ありがとう、みんな!


「ありがとう! ちなみに、その敵は……この山を越えた、向こう側の平原にいるんだ」

『よっしゃー! やってやるぞ、コラー!』

『まだ森の中にいる奴等も誘って行くぞ、コラー!』


 というわけで。

 途轍もない大援軍と共に、私達の反撃は始まった。




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[良い点] ホムセンの労働状況がわかって非常に面白いw [気になる点] ワイヤーの耐荷重は6mmで1.8トンなんですが、一体何mmのワイヤーを使ったのでしょうか? 1.2mmぐらいかな? [一言] …
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