■27 国王は争いを望んでいるようです
アンティミシュカと彼女の王権兵団が去った後――村の中はピリついた空気に支配されている。
まぁ、当然だろう。
「マコ、君がこの村にいる事は随分前から知っていたと、僕はさっきそう言ったね」
村の外れ。
私とガライが先日作った新居の前――そこに、これもまた私とガライがDIYで作った木製のテーブルとベンチが設置されている。
晴れた日に、みんなで外でご飯を食べるために作ったものだ。
私とイクサは、そこで二人きり、話をしている。
「うん」
「本当はね、もっと早く、僕はこの村を訪れようと思っていたんだ」
「………」
「ああ、大丈夫だよ。ウィーブルー家当主が密告したわけじゃない。僕独自の調べさ。彼は信頼に値する男だよ」
黙り込んだ私に対し、イクサはフォローするようにそう言った。
それを聞いて、私は安心する。
「そっか……まぁでも、よくよく考えてみればそりゃそうだよね」
「うん?」
首を傾げるイクサ。
「イクサは王族だし、権力もある。私が《ベオウルフ》達と一緒に居た姿も、あの日見られてたわけだし、手掛かりは残ってたんだもんね」
「うん、あの市場都市内でも聞き込みをさせて、以前から市場を利用していた《ベオウルフ》がどこの地域から来ているのか調べていたんだ」
そして、この村の存在を突き止めたと。
いやぁ、私の考えの方が甘かったか。
「でも、そうだとしたら、なんで今日までこの村に来なかったの?」
「本当ならすぐにでも君に会いに行きたかったんだけどね、スアロに止められていたんだよ」
こうやってね――と、イクサは羽交い絞めするようなジェスチャーをする。
ありがとう、スアロさん。
彼女がイクサのストッパー役で良かった。
「そう簡単に接触してはならない、様子を見るべきだって……彼女は慎重だから、得体の知れない君の事を、どこか危険視しているきらいがあるんだ」
まぁ、市場都市であんな大騒ぎを起こした直後が別れの挨拶だったからね。
そう思われても、仕方がないか。
「本心を言えば、即刻君に会ってその魔法の内容や素性の調査、何よりもっと魔道具を提供してもらって色々と研究をしたかったんだけどね」
「あははっ、相変わらずだね、イクサは」
私は笑ってしまった。
そんな私に、イクサは微笑を浮かべると――。
「実はね、一度だけこの村のすぐ近くまで来たんだ」
「え?」
気付かなかった。
いつ頃、来たんだろう?
「で、君がこの村で《ベオウルフ》達と長閑に暮らしている姿を見て……声を掛けるのを止めた」
「………」
「僕が関わっちゃいけないと思ったんだ」
……そうだったんだ。
「ありがとう、イクサ。私の事、考えてくれてたんだ。ごめんね、なのに私、自分の居場所がイクサにバレないようにする事ばかり考えて」
「いいさ。むしろ、それで丸く収まってたわけだし。それに、その時は諦めただけで、何かの切っ掛けを作って君と再会を果たせるよう、色々と作戦を考えていたからね」
言って、ニッと笑うイクサ。
前言撤回、この子はチャッカリしている。
そこで、私はイクサの言葉から、どうして今日彼がここに来たのか気付いた。
「そっか、だから……」
「そう。アンティミシュカがこの村に向かっているという情報を掴んでいたからね、君には申し訳ないが、居ても立ってもいられなくなってやって来たというわけさ」
イクサは、真剣な表情になる。
空を見上げ、眉間に皺を寄せる。
「アンティミシュカは、自分が王族である事に固執している」
「……」
「彼女は、少し出生に問題があってね。まぁ、そんなことを言えば僕もなんだが……うーん……」
イクサは言いながら腕組みをする。
どこから話せばいいんだろう? ……というような表情だ。
「イクサ。要点だけでいいよ。今重要なことだけ話して」
「了解したよ。まぁ、簡単に言うとね、アンティミシュカは国王の為ならなんでもするって事だ」
彼女の父親にして、イクサの父親でもある、このグロウガ王国の国王。
一体、どのような人物なのか全容は知らないが……以前からの情報から鑑みるに、あまり良い印象は受けない。
「少し、長話になるけどいいかな?」
「どうぞどうぞ」
「この国には現在、全部で61人の王子・王女がいて、後継の座を争っている」
いきなり、すげー設定が判明した。
英雄色を好むとか聞くし、王は世継ぎを多く残さなくちゃいけないからわかるけど、この数字って結構多い方じゃないのかな?
「僕の『第七』や、アンティミシュカの『第三』……この頭の数字は、別に生まれた順番を表すものじゃないんだ。あくまでも後継優先順位。王子・王女達の功績や能力が考慮され、この数字は定期的な更新によって上下する」
なるほど、ランキング制なのか。
「でも、だとすると……王族同士で結構血みどろの争いになってるんじゃないの?」
「ああ、お察しの通りさ。でも、それこそが国王の狙いなんだよ」
今のイクサの表情には、険が詰まっている。
口調こそ柔らかいが、彼が国王に対して良い印象を抱いていないのがよくわかる。
「国王は争いを望んでる。争いの中でこそ優秀な種が生き延び、更なる成長を促し、新しい領域への進歩を起こす……そうして、この国は更なる発展を遂げていくと思っているんだ。獣人の差別に始まり、各地の侵略も、彼はそれも進歩の一環と受け入れている」
……言っている事はわかる。
確かに、戦争が文明や科学を著しく発展させるなんていう話はよく聞く。
けど、その戦火に巻き込まれた方からしたら堪ったものではない。
「その次期王座争奪レースは、いつになったら決着するの?」
「現国王が崩御するか、もしくは彼が認めた時点で、第一子が次期の王となる……そして、アンティミシュカは現国王を崇拝している。彼女は自分こそが彼の跡継ぎに相応しいと、『争ってこそ』という彼の思想を極端に受け入れ、獣人の排斥や武力の増強、他国への侵攻を精力的に進めているというわけさ」
そこで、人の気配を感じ取り、イクサが前を向く。
「イクサ王子」
そこに、スアロさんが立っていた。
均整の取れた体付きの美女は、腰に携えた剣の柄に手を置きながら、イクサに報告を告げる。
彼女は先ほど、エンティアと一緒に素早く偵察に行っていたのだ。
「山を一つ挟んだ平原にて、アンティミシュカ王女の軍が陣を張っています。おそらく、近場から呼び寄せられる自軍にも応援を要請しているでしょう。完全に攻撃の構えを取り、おそらく今夜にでもこの村を襲う姿勢かと」
「……本気も本気だね」
たかが村一つを襲うのに、過剰なほどの戦力を集めている。
だが、彼女のあの幼稚で高飛車で、そしてヒステリックな性格を考えれば想像できる事態だ。
やるしかない、という事だろう。
「僕の言葉で、彼女も完全にスイッチが入った。この村を完全に潰す気だ。そしてその功績を手土産に、王に対する僕の評価を落とす気だろう」
「………」
そういえば、少し気になる点がある。
イクサは、王位争奪戦には興味の無い、王族の権威と財力を好き勝手に使って遊び歩いている放蕩王子……という評価のはずだ。
なのに、61人もいる王子・王女達の中で、七番目のランクにいるのだ。
……何か、事情があるのかな?
と、頭の端っこで考えていた私に、イクサが振り向く。
「ここから、この村は戦場になる可能性が高い。僕も既に、秘密裏に整えていた戦力を稼働させようと考えている。君や村人達は、早急に避難を進めて欲しい」
「………」
そうか、イクサの狙いがわかった。
彼は本来なら、この村の住人とアンティミシュカの兵団という抗争関係になるところを、自分との戦いという形に誘導し、どういう結果であれ私達を守ろうとしてくれているのだ。
「あのさ……イクサ」
「うん? どうしたんだい?」
「いや、ちょっと考えたんだけど……ほら、この村の土地って、結局私の《液肥》がないと作物もまともに育てられない枯れた土地なんだよね。だから、ここから私がいなくなったら何も意味が無いって、そう説明すればアンティミシュカにも……――あ、ううん、違うか」
それで丸く収まれば……と、心の中でちょっと思ったのだが、話している途中で私は気付いた。
イクサも察して頷く。
「ああ、もしそうなったら、次に狙われるのは君だ。本来王族しか持たないはずの魔法の力を持つ君に興味を持ち、君を捕縛しようとするだろう。それこそ、国王への貢ぎ物にでもするんじゃないかな?」
「まさか、私にそこまでの価値は無いよ」
「そうかい? 僕は十分な容姿だと思うけど。もしくは、面白がって実験動物か、ペットにでもされるかもね。彼女の性格なら」
「そっか……前のイクサと一緒だね」
「いやいや、僕はそこまで酷いマネをする気なんてなかったよ。心外だなぁ」
そうして、私とイクサは互いに笑う。
真面目なスアロさんからしたら、なんて緊張感の無い二人だと思われたかもしれないな、すいません。
私は改めて、真剣な表情になる。
「イクサ、気持ちは嬉しいけど、ここは私達に任せてもらえないかな?」
今回の王族の来訪は、ひとえにこの村の存在が大きく成りすぎたのが原因だろう。目立ち過ぎた、という事だ。
でも、だからと言って、獣人は獣人らしくひっそりと、大人しく周囲の目を気にして生きるなんて、そんな風にマイナスの方向へ向かわせたくはない。
皆が楽しく生きられる方向に行きたい。
なら、今後同様の問題が起こった時にも、この村の力だけで即座に対応できるような、そんな力をつけておきたい。
そのためのアイデアは、幾つか既に考えている。
『話は済んだか? 姉御』
そこに、皆が集まってくる。
エンティア、ガライ、オルキデアさんにフレッサちゃん。
《ベオウルフ》のみんな。
「マウル、顔は大丈夫?」
「平気だよ。もう痛くないから」
メアラと一緒に、顔に湿布を貼ったマウルがやって来る。
メアラはマウルを心配そうに見た後、キッと私に目線を向ける。
「マコ、俺、あいつらと戦うよ。絶対に許さない」
「無論、俺達もだぜ!」
「獣人の意地、見せてやんよぉ!」
うおおお、と盛り上がる一同。
「マコ……時間が経つにつれ、奴等の戦力は充実されていく。やるなら早急に叩くしかない」
ガライが、低く冷静な声で私に言う。
「俺の命はあんたに預けた。何をすべきか、言ってくれ」
「ありがとう。ガライ」
私はイクサを振り返る、
「イクサも、もし私の計画に乗ってくれるなら、乗って欲しい」
「……了解した。まずは、君のアイデアを優先しよう」
そして、改めて、皆の方を見る。
「私の気持ちは決まってるよ。明日も明後日も、これから先もずっと、この村でみんなと、楽しく過ごしていきたい。まだまだ、やりたい事もいっぱいあるしね。だから、こんな程度の問題でくじけるわけにはいかない。そうだよね?」
皆が声を上げる。
よし、心は一つだ。
「戦って、勝とう。大丈夫。私達にはイクサ王子もついてるんだから、困ったら全部イクサに任せちゃおう」
「おいおい、まぁ、別にいいけどね」
そして私は、皆に計画を説明する。
私の持つすべての力と、皆の持つすべての力を組み合わせた作戦を。
そう、今が勝機なんだ。
アンティミシュカは、きっとこちらを舐めている。
圧倒的な兵力でこの村を潰そうと、陣を張り、戦力の増強を待っている。
今が、彼女達を打ち倒して制圧し、そしてこの戦に勝利できる、好機だ。
全く心配は無い。
新店オープンのスタッフに任命されて、他の社員達がハードスケジュールに耐えられずガンガン病院に搬送されていく中、最後まで生き残ってグランドオープンに間に合わせることができた私だ、全然大丈夫。
それにあの時とは違い、頼もしい仲間もいる。
やってやろう。
何度も苦難に襲われて、何度も運命に翻弄されて、何度も心を折られて、それでも立ち上がり続け、戦い続けた希望の戦士。
仮●ライダーウィザードの、ソウマ・ハルトのように強い心で!
「よし! それで行こうぜ、マコ!」
「早速準備に取り掛かるぜ!」
私の案を聞いた《ベオウルフ》達が、我先にと動き出す。
さぁ、ショータイムだ!




