■26 第三王子と第七王子です
「かつて、国の上層も処理に困るような、あらゆる汚れ仕事を請け負っていた闇ギルドがありました……奴は、その構成員の一人です」
アンティミシュカの配下の騎士の一人が、ガライを指差しそう言った。
私はガライを見る。
彼は微動だにせず、ただ前を見据えている。
「その闇ギルドは……諜報、ゴタ消し、そして暗殺……国の上層から降りる、あらゆる汚れ仕事を請け負ってきた、裏の世界では有名なギルド……奴はそのギルドの中でも突出した存在として、一部では名の知れた者でした。いや、最早、伝説とも言われていた」
「………」
その騎士は、完全にガライの顔を知っているような口ぶりで、言葉を続ける。
「古代遺跡に封印されていた邪竜が、その土地を管理する貴族の不手際により、手違いで復活させてしまった事件がありました。奴はその討伐を単独で……噂によれば、素手のみで達成したと言われています」
……なんか、今凄いエピソードが飛び出さなかった?
アンティミシュカもその話に、「なによ……そのお伽噺は」と怪訝な表情で反応する。
「ドラゴンの討伐なんて、通常ならS級にランク付けされるような難易度じゃない。冒険者でも複数人で旅団を組んで、十分な装備と兵器を備えて行うものでしょ?」
「だから伝説なのです。決して表沙汰にはできませんが……」
「……尾ひれが付き過ぎだ」
そこで、今まで黙って聞いていたガライが口を開いた。
髪を掻きながら、言われた与太話を訂正する。
「その時にはサポートで十人ほど仲間がいた。色々と小細工を使って勝率は上げるためにな。まぁ……」
鋭い双眸で、ガライは眼前の騎士達を見据える。
「ドラゴンにとどめを刺したのが、この腕だっていうのは否定しないが」
……ひゃー、威圧感が凄い。
そのガライの言葉に、騎士達は流石にたじろいでいる。
どこまでが真実かはわからないが、ガライ……どうやら、途轍もない人物だったようだ。
でも、確かにそう言われても納得しちゃうような説得力があるんだよね、ガライには。ここ数日、一緒に生活したからわかるんだけど。
「お前も、俺に関して随分詳しいな」
ガライは、アンティミシュカの後ろに控え、解説を行っていた騎士に水を向ける。
その騎士も、甲冑で顔を隠したままではあるが、ガライと視線をぶつけ合わせているのがわかる。
「その口振りから察するに……少なからず、お前も〝暗部〟に関わっていたのか?」
「ああ、お前の噂なら嫌というほど聞いていたよ……ガライ・クィロン」
ガライの言葉に、騎士が答え返した――そこで、だった。
『姉御、我も戦うぞ』
私の横に、エンティアが進み出て来た。
白い毛並みの巨体を沈め、四本の脚をいつでもバネ仕掛けの様に開放できるよう構えている。
牙を剥いた口元から、唸り声を発しながら。
『久しぶりに、神狼の末裔としての力を不届き者共に思い知らせてやろう』
エンティアの放つ気配に、騎士達も反応をする。
このファンタジー世界で戦う騎士達だ。
きっと、多くのモンスターと対峙してきた経験だってあるはず。
彼等も、エンティアがただの狼や、ただのモンスターとは違う……神狼の末裔という、一線を画した存在であると肌で感じたのだろう。
「おうおうおう! 俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「ここは俺達の住む村、アバトクス村だ!」
「マコ! 俺達だって、自分の暮らす土地は! 自分達で守るぜ!」
更に、《ベオウルフ》達も、手にした農具を構えて声を上げだす。
「正直前までだったらよぉ! こんな不毛な土地、大して思い入れも無かったけどよぉ!」
「ああ! 出てけっつわれたら、大人しく従ってたかもだが!」
「今はもう、俺達にとっては簡単に手放せねぇもんになっちまったんだ! マコのおかげでな!」
「……みんな」
《ベオウルフ》達の熱い言葉に、ちょっとウルッと来ちゃった。
「……だから?」
だが。
そんな光景を前にしても、アンティミシュカは怯まない。
「だから何? あんた達数十人程度が抵抗したところで、嫌だ嫌だって駄々をこねたところで、それが何だっていうの?」
私に殴られた腹部の痛みは、もう大丈夫なのだろうか。
その顔に、再び傲岸不遜な表情を携え、彼女は吐き捨てるように言う。
「私は第三王女、アンティミシュカ・アンテロープ・グロウガ! 王女! 王女! 王の子よ! 王族に逆らうという事は、この国に逆らう事と同義! 私達をここで追い返せば、それですべてめでたしめでたしだと思ってるわけ!? この単細胞共!」
どんどん口汚い言葉を連ねていくアンティミシュカ。
この人、本当に王族? ってくらい罵倒語のレパートリーが凄い。
「私が動かせる兵力は、こんなものじゃない! なんなら何千、何万の兵を率いて、私の全力を注いであんた達を攻撃できる! そして一度逆らったなら、徹底的に指名手配してこの世のどこにも居場所を無くしてやる事だってできる!」
「………」
「逃げ場も失い、後は磨り潰されるだけ! ……どう、少しは自分達の立場ってものがわかったかしら?」
先程までヒートしていた《ベオウルフ》達も、流石に黙り込む。
うん、これは逆に良い状態だ。
皆、冷静に現状を飲み込んでくれた。
アンティミシュカの言い分は、もっともだ。
ここは王国、王の国。
王族に逆らえば、国に逆らったと見做され、それこそ単純な「立ち退け、立ち退かない」問題じゃなくなってしまう。
あくまでも冷静に、この状況に対処しなくてはならない。
一方、クールダウンした私達の姿を見て、アンティミシュカは満足したようにほくそ笑む。
「あはは、本気で逆らえると、勝てると思ったの? 何の後ろ盾も無い、無力な、あんた達如きが――」
「なら、こういうのはどうかな?」
不意に。
聞き覚えのある声が、その場に響いた。
対峙する私達とアンティミシュカの兵団。
その、ちょうど中心……私とアンティミシュカの間に、歩み寄って来たのは――。
「第七王子、イクサ・レイブン・グロウガが、王族の権限により、この村への一切の手出しを禁ずると、そう言ったなら?」
……心臓が跳び上がった。
耳に掛かる程度の金髪に、相変わらずの好青年然とした甘いマスク。
魔道具研究院の制服を纏い、肩から掛けているのはあらゆる物を収納する魔道具の鞄。
その後ろに、黒い背広に似た衣服をスタイリッシュに着こなす美女――スアロさんを携え。
「……イクサ?」
「やぁ、マコ。久しぶり、元気にしてたかい?」
イクサは、私達の前まで来ると、そう軽快な表情と声で言った。
「イクサ……!?」
一方、突如現れたイクサに、アンティミシュカも愕然としている。
「イクサ王子!? 馬鹿な、何故ここに!」
アンティミシュカの後ろの騎士の人……今更だが、この人がこの騎士団の団長なのだろうか? ……も、同じようにリアクションをしている。
「あんた……何のつもり?」
「今言ったじゃないか。この村は、僕にとっても少々縁のある大切な村でね。色々と興味が深いんだ」
イクサは村中を……そして、私を見る。
「だから、王族の勝手な目的で消すわけにはいかない。逆に保護するべきだと、そう思ってね」
「あんた……自分がどれだけお父様の事を侮辱していたか、もう忘れたの?」
アンティミシュカの目が、一層鋭くなる。
イクサに対しては、人一倍以上に憎悪を滾らせているようだ。
「『獣人も人間も平等に生きるべきだ』なんて父上に反旗を翻すような事を言い、挙句王子としての役務を投げ出して、王都を離れて気儘に道楽三昧……あんたみたいな奴を、王子と認めるわけ――」
「そう、僕は『獣人も人間も平等に生きるべきだ』なんて父上に反旗を翻すような事を言い、挙句王子としての役務を投げ出して、王都を離れて気儘に道楽三昧……にも拘らず」
イクサは殺気を迸らせるアンティミシュカに対しても、何一つ臆する事無く平然と言い放つ。
「いまだ、国王は僕から第七王子の称号を奪ってはいない」
「……ッ!」
「アンティミシュカ、何ならこの場で〝宣誓〟してもいいよ。今まで、僕は随分と呑気にさせてもらってたけど……時に、他の王子から嫌がらせを受ける事もあってね、ほとほと腹が立っていたんだ。だから決心した」
イクサは言う。
「これからは、本格的に王位継承権争いに参戦させてもらうよ」
「……!」
「アンティミシュカ王女、お気持ちは察しますが、これはまずい状況です」
表情を引きつらせ、歯を食い縛るアンティミシュカに、背後の騎士団長が早口に告げる。
「イクサ王子の後ろ盾は少なくありません……市場都市を中心に活動する商家や、各地で活動する魔法・魔道具研究院等は、イクサ王子の息がかかった者達です」
「……わかってる」
「それに……王子の背後に控える彼女は、スアロ・スクナ……王家剣術指南役を担うスクナ一族の中でも、随一の天才と称された人物。容易くは――」
「わかってるって言ってるでしょッ!」
アンティミシュカは声を荒げる。
騎士団長の人、めっちゃ解説してくれるじゃん。実は親切な人なのかな?
それはさておき、今この場、何気に凄いメンツが集まっているようだ。
イクサ、スアロさん、ガライ、エンティア。
肩書や功績や、当人自身の放つオーラとかで、それを知る人達を圧倒している。
幸福な事に、皆、私達の味方だ。
「……よぉく、わかったわ」
数瞬の睨み合い、沈黙。
その果てに、アンティミシュカはその場に背を向けた。
このまま、黙って立ち去ってくれるのだろうか……。
「……イクサ、あんたの〝宣誓〟……宣戦布告、受けてやるわ」
……いや、やっぱりそんな簡単にはいかなかった。
アンティミシュカは、怒気を孕んだ眼を向けて、怒りに震える声で言う。
「あんたが守りたいっていうこの村を、私の全勢力で攻撃する」
手にした鉄扇で、イクサに、そして私に向け。
「あんたも、この村のゴミ共も、その女も、仲良く全員、体も心も徹底的に砕いて、泥になるまで踏み躙ってやるから覚悟しなさい。あれだけの大言をほざいた以上、逃げるなんてマネしないわよね?」
「……ああ、覚悟は決めた」
イクサが言うと、アンティミシュカはその口元を吊り上げて怪しく笑う。
そして、彼女と騎士団は、村を撤退していった。
「イクサ……」
「……改めて、久しぶりだね、マコ」
私はイクサを振り向く。
彼の言う通り、随分久しぶりの再会だ。
まさか、こんな形でとは思ってもいなかったけど。
「どうして、ここに?」
「いや、実はその、なんだ……」
率直な疑問を口にした私に、イクサは言い淀みながら言葉を探す。
「……君がこの村にいるという事は、実は随分前から知ってたんだ」
「え?」
「それに関しては、この後話すよ」
そこでイクサは深呼吸をすると、村の中を見回す。
「さて、ここからが大変だよ」




