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■25 王族にだって毅然と対応します



 第三王女、アンティミシュカ・アンテロープ・グロウガ。

 そう名乗った彼女は、端的に言った。

『この土地を寄越せ』と。

 彼女が率いる王権兵団を見て、怯えるオルキデアさんとフレッサちゃんを、私は横目で一瞥する。

 彼女達アルラウネの住処を侵略し、奪った者達。

 征服者が、この村とそこから生まれる利益をもらうと言ってきたのだ。


「これだけの利益をもたらす場所を、獣人に明け渡しておくなんて勿体ないわ」


 アンティミシュカは、袖から豪奢な意匠の扇……鉄扇を取り出し、広げ、優雅に仰ぎながら言う。


「我々人間が有効活用させてもらうと言っているの、わかるでしょ?」

「……はい」


 私は一歩前に出る。

 村の皆よりも一歩前に立ち、この場所の代表として彼女と対応する構えを取る。

 なんとなく……その方が良いと思ったからだ。

 今現在、《ベオウルフ》達から発散される、重苦しい憎悪の気配を鑑みるに。


「おっしゃられる事はわかります。しかし、有効活用という点が少々気になりまして」

「なに、あなた?」


 アンティミシュカは目を細める。

 まぁ、この獣人の村に人間の女が一人いるのは、今更だけど異様な光景だろう。

 しかも、その人間がまるで村の代表のように振舞っているとなれば、怪しむのも当然だ。


「申し遅れました、私は、理由(わけ)あってこの村に住まわせていただいている人間のマコと申します」

「あっそう。で? なに? 何か文句があるの?」


 彼女は大して興味が無さそうにそう続ける。


「文句というより、進言です」

「進言?」

「先程、この村が利益を生み出す土地であるとして、人間で有効活用する……とおっしゃられていましたが、もしも我々を追い出し、後から来る者達で同様の産業を行うのでしたら、それは不可能であるとお伝えさせていただきます」


 私の言葉に、アンティミシュカは眉間に皺を寄せ、鼻白む。


「この村の作物は、ここにいる皆がいるから作れたものです」


 私が《土壌調査》と《液肥》を使い、大地を甦らせ。

《ベオウルフ》のみんなが、一生懸命野菜を育て。

 オルキデアさんとフレッサちゃんが、その植物達に力を与えてくれた。

 寄せ植えや木彫りは、マウルやメアラ、ガライ達の真心が込められた特産品だ。


「土地だけを渡したところで、意味はありません」

「……ふふっ、あなた、何か勘違いしているようね」


 そこで、アンティミシュカは嗤う。


「別に、そんなものはどうでもいいのよ。得ようが得まいが、どっちでもいい権益。私にとって重要なのは、ここがまだ〝生きている〟土地だということ」

「……?」


 生きている? どういうこと?


「今まで、私の率いる王権兵団は、様々な種族から、その暮らしていた土地を〝提供〟してもらい、その大地の力を利用してきたわ。さっき、あなたの言ったような単純な利益もそうだけど……それも活用に値しなかったり、消耗し劣化が見えてきた時には、大地の力を奪ってきた」

「大地の……力」

「要は、魔力よ。まぁ、魔法とは縁のないあなたに言ってもピンと来ないでしょうけど」


 ……いや、魔法とは縁がありまくりなんだけどね。

 それはともかく、アンティミシュカは続ける。


「魔力とは、そもそも自然界に存在する力。その大いなる力を身に宿し、操る事のできる選ばれた血族こそが王族。その王族に連なる者達による魔力の研究により、自然界に存在する魔力を奪い、活用する方法が今順調に実用化に向かっているの」


 まるで、自身達の功績を称えるように。


「その奪った魔力は、人間達の生活を豊かにしたり、もしくは他国との争いの際の魔力兵器の運用に利用されるわ。本来魔力を持たないはずの我が国の兵や騎士が、魔力を宿した武器を湯水のように使い、他国に対して圧倒的な武力を見せつけられる。爽快でしょう?」


 私の頭の中に描いたイメージは、魔力が弾丸か爆薬のように放たれ、敵国の村や町が消し飛ばされていく光景だった。


「それもすべて、この国の……グロウガ王国のため。我が父、グロウガ国王の覇を、世界に轟かせるための偉大なる貢献」


 両腕を広げて大仰に、アンティミシュカは高らかに言う。


「そしてこの私が……他の誰でもない、このアンティミシュカが、父上の意思を継ぎ次代の国王となる。そのための大いなる活動よ」

「お話は、よく分かりました」


 ぺこりと、私は頭を下げる。

 内心は冷静に……いや、もう冷徹に徹し、機械的に言葉を紡ぐ。


「しかし、申し訳ございません。その思想はいささか、私達には受け入れ難いものです」

「そうだ! ふざけるな!」


 そこに来て、今まで黙って話を聞いていた《ベオウルフ》達も、抗議の声を上げ始めた。

 いや、逆によくここまで我慢できてたと、そう素直に思うよ。


「山の野生の動物が、どんどん狂暴化しているのも、お前らが片っ端から大地を汚してるからじゃないのか!」

『姉御、我が以前食べて腹を壊した、見たこともない木の実。あれはこいつらが大地から力を奪ったせいで発生したんじゃないのか?』


 いつの間にかやって来ていたエンティアも、そう私に叫ぶ。

 確かに……ありうる。

 大地が汚れて正常な植物が育たなくなり、変種や奇怪種が生まれてしまった。

 エンティアは助かったが、そんな環境で、そんな食べ物を食べて生きている野生動物はおかしくなり、生態系の崩壊に繋がって行く。

 きっと、人間の……いや、このアンティミシュカの掲げる思想の私利私欲が、そういう災害を招いている可能性が高い。


「……ふぅ」


 しかし、そんな皆の主張に対して、アンティミシュカはくだらなそうに嘆息する。


「まったく、だからこそ他国への侵略が必要なんでしょ? 失った分は、また補充すればいい。更なる利益も奪えて一石二鳥じゃない」


 それと――と、彼女は微笑みを浮かべる。


「あなた達の抱く不満に関しては、私もきちんと考えているわ」


 その言葉に、《ベオウルフ》達はざわめく。


「確かに我々人間が繁栄する一方で、獣人や亜人、別種族は僻地へと追いやられている。でも中には、こうして生産能力のある価値ある種族もいる」


 アンティミシュカは言う。


「そこで、私は素晴らしい案を考えているの。獣人達、人間以外の種族の〝保護〟を目的とした区域の設立よ。人間が監視し、思想や繁殖も制限、無暗な種の膨張を防ぐの」


 それはひょっとしてギャグで言っているのか?

 なんだ、そのディストピアは。

 まるで動物園……いや、奴隷工場だ。

 保護するなんて体のいいこと言って、結局人間にとって都合のいいように利用するだけじゃないか。


「優秀な種のみを残し、人に利益をもたらすよう労働の教育も行う。どう? 良い考えでしょう?」

「わかりました」


 私は言う。


「お帰り下さい」


 もう、聞くに堪えない。


「本日は、冷静にお話しできるような状況ではないと思います。こちらも、そちら側の主張をよく咀嚼し、理解させて頂くのに時間が必要だと思われますので、後日、日を改めてお会いするという形で――」

「はぁぁぁぁ……」


 深い深い、不愉快そうな溜息。

 頭を下げた私の頭頂部に、畳んだ鉄扇の先端を押し付け、アンティミシュカは言う。


「あなた、〝ここ〟は大丈夫?」

「………」

「あなた達の意見など聞いていないわ。さっき名乗ったわよね? 私の後ろにいるのは、王権兵団よ」


 漆黒の鎧を纏った騎士達が、槍を、剣を、武器を構え、臨戦態勢を取る。

 その威圧感は、そこに存在されるだけで空気が震えるほどだ。


「このまま、黙って従っていればいいのよ」


 瞬間、アンティミシュカが、私の髪を掴んだのがわかった。

 頭皮が引っ張られる感覚と、耳元で囁かれる、怒気を孕んだ声。


「私が、あんた達みたいな、下等種と同じ目線で悠長に対話する必要がどこにあると思っているの」

「………」


 我慢だ。

 私は心の中でそう呟く。

 接客業をやっていれば、激昂したお客さんに髪を掴まれるのなんて日常茶飯事だった。

 それ自体は問題じゃない。問題は、今の相手が王族だという事。

 ヘタな真似をするわけには、いかない。


「ま、マコ! ……」


 そこで、私の足元にマウルが駆け寄ってきた。

 おそらく、心配して居ても立ってもいられず来てくれたのだろう。

 先程まで作っていたフラワーアレンジメントを片手に、私の服の裾を掴む。


「……あら?」


 そこで、アンティミシュカがマウルを見据え、彼が手に持つフラワーアレンジメントに気づく。


「へぇ? それ、あなた達の手作りだったのね。実はね、ここに来る前に、街で出回っていたものを一つ見掛けて、かわいらしかったから、私も欲しいと思ったのよね」

「え? ……あ、あの……」


 その発言の意図が読めず、マウルがそのフラワーアレンジメントを、アンティミシュカに差し出す。

 アンティミシュカの足が、そのマウルの手を蹴り飛ばした。

 フラワーアレンジメントが地面に落ち、草花と土がぶちまけられる。

 マウルは悲鳴を上げ、地面に倒れた。


「でも、急に興味が無くなったわ。こんな薄汚いケモノの小僧が作ったものなんて」


 ――ブチっと。

 ――切れたのは、私の頭の配線だったのか、掴まれていた髪だったのか。


「……は?」


 私は、私の髪を掴んでいたアンティミシュカの腕……その手首を握る。


「何――、ッ」


 反応しようとしたアンティミシュカだったが、私の握力に表情を歪め、慌てて腕を振りほどいた。


「お帰り下さい」


 私は言う。

 マウルを立たせ、後ろに下がっているように指示し。


「こちらとしては、その意思を変えるつもりはありません」

「………」


 私に掴まれた手首を押さえながら、アンティミシュカは眉間に皺を寄せる。


「それと……私如きが言える身分ではないと重々承知ではありますが……王族という、民の上に立ち、国を導き、人々に幸福を与えなくてはならない立場の人が、こんな小さな子供に暴力を働かないでください」


 私は至近距離で、アンティミシュカの目を真っ直ぐ見据えた。


「獣人だとか関係ありません。貴方の偉大なる御父上は、そんな当然のことも教えてはくれなかったのですか?」

「ッッ!」


 刹那、激昂したアンティミシュカが、その手にした鉄扇で、私の頬を殴った。

 目の前に火花が散る。


「貴様如きが我が父上を気安く語るな、この底辺のカスが!」


 私の拳が彼女の腹に突き刺さっていたのは直後だった。


「ごっ――」

「へらへらした顔で子供を足蹴にするような奴が偉そうな口を利くな!」


 その瞬間、全てが動いた。

 私に殴られた腹部を押さえ、蹲るアンティミシュカ。

 その向こうで、主を攻撃されたと判断した騎士達が動く。

 槍を構えた騎士が数名、私を貫かんとその穂先を突いてきた。

 私は即座に《錬金》を発動。

 錬成したのは、太さ10mm、長さ5メートルほどの、細く長く、そして無骨な鉄の長棒――〝鉄筋〟だ。

 以前錬成した〝単管パイプ〟と違い、この建材は振るうと(しな)る。

 その上硬く、断面は鋭い。

 建築現場では不注意から皮膚を切ったり、時には体を貫通するなどの重大事故にも繋がる、取り扱い厳重注意の金属部材だ。

 横薙ぎに振るわれた〝鉄筋〟は、鞭のように空中を駆け抜け、迫り来る槍の群れを弾き飛ばした。


「殺せぇっ!」


 瞬時に立ち上がったアンティミシュカが、怒号の如く叫ぶ。

 突如の現象に驚く騎士達の中から、一人が私に向かって剣を振り上げ切りかかって来た。

 いい、来るなら来い、覚悟は決めた、とことんやってやる。

 ヒートアップした脳でそう考える私の面前に、大きな黒い影が立ち塞がった。


「!」


 その影は、迫る騎士の剣を、自身の手で掴む。

 そしてもう片方の手で拳を握ると、兜で覆われた騎士の顔面に叩き込んだ。

 重低音を響かせて、騎士は後方に控えていた仲間達をも巻き込んで吹っ飛ぶ。


「ガライ……」


 ガライだった。

 私の前に立ち……まるで、私を守るように腕を伸ばし、ガライは騎士達を睥睨する。


「……ごめん、冷静さを欠いてた」

「いや、問題ない」


 今更ながら、自分の行動を恥じる私に、ガライは言う。


「俺や《ベオウルフ(あいつら)》よりも先に、あんたが手を出しただけの話だ」

「………」


 私は振り返り、フレッサちゃんとオルキデアさん、メアラに介抱されているマウルの姿を見る。


「なによ、あいつは」


 一方、アンティミシュカは、突如登場したガライを睨む。


「奴は……まさか」


 そこで、一人の騎士が呟いた。

 最初、アンティミシュカの後ろに控えていた騎士だ。


「知ってるの?」

「……あの男、〝暗部〟に身を置いていた者です」


〝暗部〟?

 その言葉に、アンティミシュカも眉を顰めている。


「かつて、国の上層も処理に困るような、あらゆる汚れ仕事を請け負っていた闇ギルドがありました」


 その騎士は、ガライを指さして言う。


「奴は、その構成員の一人です」



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