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■24 来訪者です


「ところで、当主さん」


 当主からの報告に大喜びする一同。

 その一方で、私は秘かに彼へと声を掛けていた。


「私がここにいるって事は……」

「大丈夫です。私は口が堅いので、決して口外などしていません」


 ウィーブルー当主は真面目な表情になって、そう断言した。

 よし、よかったよかった。

 私の居場所は、市場都市の中では広まっていないようだ。

 あの騎士団の人達とか、イクサとか、バレるとちょっと問題があるから、心配していたのだ。


「………」


 ……けど、イクサは今どうしてるんだろう。

 街に研究院を作り、自身の趣味である魔道具の収集と研究に没頭している道楽王子。

 けど、あの日起こった事件から察するに、きっとそんな呑気な身の上では無いということは、なんとなくわかった。

 あの溌剌とした、魔道具を前に天真爛漫に笑う彼の顔が、脳裏を掠める。

 ……むぅ、ちょっと気になるかも。




※ ※ ※ ※ ※




 その夜も、最早ほぼ毎晩の恒例行事と化しているが、村の広場で宴会が催された。

 またしても当主から大量の差し入れがあったのだ。


「うっひょー! 見ろよ、この肉! こんな脂の乗った肉食うのなんて生まれて初めてだぜ!」

「よぉ、エンティア、美味いか!? お前もよく味わって食えよ!」


 熾された焚火の上で丸焼きにされ、脂を滴らせるジューシーな牛肉を、シェラスコの様に切り分けって食している《ベオウルフ》達。

 一方、焼き上がった別の肉に丸ごとかぶり付き、エンティアは幸せそうに顔を綻ばせている。


『もっふもっふ、うむぅ、幸せだ。こんなに美味いご馳走にありつけるなら、もっと早くに村に下りて来ていればよかった』

「もう君、神狼の末裔としての自覚完全に忘れてるよね」


 エンティアに突っ込む私。


「うふふ、マコ様ぁ」


 そこで、背後から何者かにいきなり抱き着かれた。

 オルキデアさんだった。

 彼女のふくよかな胸が背中に押し付けられ、頭部に咲いた花の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。


「ちょ、オルキデアさん!?」

「マコ様ぁ、わたくし、なんだかほわほわした気分ですわぁ」


 え……オルキデアさん、ちょっと酔ってる!?

 まさか、お酒飲んだの!?


「ちょっとちょっと、誰!? オルキデアさんにお酒飲ませたの!」

「おう、マコ! 大変だ!」


 千鳥足のオルキデアさんを座らせ大人しくさせたところで、一人の《ベオウルフ》――ウーガが、私に駆け寄って来た。


「あの兄ちゃん、すげぇな!」

「え? ガライの事? 何かあったの?」

「いや、今よぉ、歓迎の意味も込めて、あの兄ちゃんと酒の飲み比べしてるんだが――」


 私は、その飲み比べ勝負の場へと向かう。

 そこには、赤い顔をして倒れている何名もの《ベオウルフ》達と、涼しい顔でお酒を飲んでいるガライの姿があった。


「駄目だ! この人、全然倒れねぇ!」

「よし、次は俺が……」


 次から次にガライに勝負を挑んでは、そして倒れていく《ベオウルフ》達。

 ガライは一向に、顔色を変えない。


「ガライって、お酒強いんだね」

「……まぁ、嫌いじゃないからな」


 次々に挑んできては無残に倒れていく《ベオウルフ》達を見て、申し訳なさそうに髪を掻いているガライに、私は言う。


「マコ、マコはお酒飲まないの?」


 すぐ近くに座っていたマウルが、コップを口元に持っていきながら、そう尋ねてきた。


「マウル……まさか、それお酒じゃないよね?」

「違うよ、木の実のジュース」


 よかった。

 お酒は二十歳になってから!


 こうして、アバトクス村の夜は、今日も楽しく騒がしく過ぎていく。

 そして明日になれば、また楽しい一日が始まる。

 こんな日々が、ずっと続けばいいのに。

 私は、そう思っていた……――。




※ ※ ※ ※ ※




「……え?」


 翌日の事だった。

 マウルと一緒にフラワーアレンジメントを作っていた私の下に、「村の入り口に、見た事の無い一団がやって来ている」と、畑仕事中の《ベオウルフ》の一人が報告にやって来た。

 他の《ベオウルフ》達をはじめ、私も村の入り口へと向かい、その問題の人物達を目の当たりにする。


「マコ……」

「………」


 足元で、メアラが警戒心を露に私の名前を呼ぶ。

 騎士団だった。

 しかし、あの市場都市で見た、甲冑を着た無骨そうな騎士達とは、似て非なる雰囲気を感じる。

 まず、その騎士団の鎧は、全て漆黒だった。

 頭の先から足先まで、闇の様に黒い鎧で覆われている。

 列を組み、無機質に並ぶ姿は、まるで人じゃない者達の集団の様に見えて不気味だ。

 そしてその鎧の肩や胸元には、厳かな紋章が刻まれている。

 後方の方で旗を掲げている者達もいるが、その旗にも同様の紋章が刺繍されている。

 翼の生えた、猛獣のような紋章

 あの紋章……どこかで見たような……。


「……そうだ」


 イクサの着る、研究院の制服にも刺繍されていた紋章。

 この国の――国章だ。


「おい、あの旗……」

「まさか、国王軍か?」

「ふざけんなよ、なんでそんな連中がこの村に……」


《ベオウルフ》達の間に動揺が広がる。

 その時だった。

 漆黒の騎士達の隊列が割れ、その中央に道が作られる。

 奥の方に、馬車が見える。

 その馬車から降り、こちらへと歩き進んでくるのは――一人の女性だった。

 腰元にまで伸びる長い金色の髪と、その頭部を飾る貴金属の髪飾り。

 すらりと伸びた足と腕。

 纏う煌びやかな衣服と、装飾品の数々――鼻筋の通った美しい顔に、細く鋭い目。

 見るからに、高貴な立場の存在であるとわかる。


「……ふぅん」


 その女性は、騎士団の列の最前までやって来ると、村の中を、その半眼で見回す。


「ここが、ねぇ……獣人に相応しい、みすぼらしくて清潔感も感じられないよくある村じゃない。本当なの? あの話は」

「は」


 その女性のすぐ後ろに控えていた黒い騎士の一人が、首を垂れながら囁く。


「今、市場都市を中心に高値で売買されている作物や工芸品の生産地……ウィーブルー家当主が口を割らなかったため、秘かに探ったところ、それがこの村であると判明しました」

「ふぅん」


 彼女は、鼻に付く、明らかに見下しているような声音で、そう呟く。

 そして、そこで、初めて私達の存在に気付いたようにこちらに視線を向けると、口元に笑みを浮かべた。


「あれが住人? 人間もいるじゃない」

「マコ様……」


 そこで、私は背後を振り返る。

 そこに、オルキデアさんとフレッサちゃんがいた。

 彼女達は、並び立つ騎士達に、恐怖に染まった目を向けている。

 フレッサちゃんは怯えて、オルキデアさんの胸に顔を埋めている。


「どうしたの? 二人とも……」

「この方々です……」


 オルキデアさんが、震える声で言う。


「忘れてはいません……わたくし達の国を侵略した……黒い姿の騎士団……人間の方々……」

「………」


 私は再度、前を見る。

 件の女性は、依然として見下すような目で私を見ている。


「……失礼ですが、この村に何か御用でしょうか」

「あははっ、御用? 御用ですって」


 不愉快な笑い声だが、私は表情を崩さないし心も乱さない。

 営業モード発動である。


「ええ、御用があって来たのよ。はじめまして、私はグロウガ王国第三位王位継承権所持者――第三王女、アンティミシュカ・アンテロープ・グロウガ。そして、この者達は私の配下の王権兵団よ」


 女性はそう名乗った。

 悪意に染まった顔……いや、逆に、悪意なんてもの微塵も抱いていないような顔で、おぞましい事を口走る。


「あなた達の村、せっかくだから私達人間のために有効活用しようと思って来たの。この土地から、出て行ってくれるかしら?」



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