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■21 助けた男性は家庭的なようです



「……う……」


 呻くように声を発し、その男性は薄らと目を開けた。

 どうやら、気付いたようだ。


「あ、気付きました?」

「………」


 私が振り返ると、彼は釈然としない顔で天井を見上げ、続いて私の方へと視線を傾けた。

 ここは、マウルとメアラの家。

 マウルが普段使っていたベッドに、更にテーブルを寄せて、彼を寝かせていたのだ。

 森の中で気絶した、身元不明の謎の人物。

 しかし、メアラを助けてもらい、その上で放置して帰るわけにはいかない。

 私達はここまで、彼を三人がかりで運んできた。

 長身の上結構ガタイがいいので、それはそれは大変だったけど――なんとか、ベッドに寝かせて安静な状態にすることはできた。

 ちなみに今、マウルとメアラには外に出てもらっている。狭いので。


「ここは……」


 彼は上半身を起き上げると、左右を見回す。

 そして自分が、どういう経緯で今ここにいるのか、何かしら察したのだろう。


「……世話になった」


 言うが早いか、彼はベッドの上から足を床に下した。


「あ、ダメですよ、まだ安静にしてないと」


 私は即座に彼の前へと行く。

 予想通り、彼は足元をふら付かせ倒れそうになった。

 それを私が支え、再びベッドへと腰を下ろさせる。


「ふらふらじゃないですか。ちゃんとご飯食べてます?」

「……10日は何も食っていない」


 大変じゃん!

 そりゃ足元も覚束なくなりますよ。


「あなた、あんな場所で行き倒れて……何があったんですか?」

「………」


 私の質問に対し、彼は口を閉ざした。

 まぁ、その辺の話は後でもできる。


「まずは、腹ごしらえしましょうか」

「……なに?」


 空腹じゃあ、体以上に思考も鈍る。

 というわけで、比較的消化に良さそうな料理をあらかじめ作っておいたのだ。

 私は、スープとパンを木製のお盆に乗せ、彼の前に置く。


「どうぞ。パンをスープに浸けると、食べやすいですよ」

「…………すまない」


 そう呟いて、彼は食事を口に運ぶ。

 しばらくし完食すると、彼は手を合わせて食器を下げた。


「あなた、冒険者なんですよね?」


 下げられた食器を片付けながら、私は何気無く聞く。


「その紋章」


 私は、彼の服の胸元を指さす。

 その懐には、先程転がり落ちた、彼の持っていたギルドの紋章を象った金属のバッジが入っている。


「……ああ、王都の冒険者ギルドの一つに所属していた」


 言うと同時に、彼は今度こそ両足でしかと床を踏み締める。


「ガライだ。すまない、助かった」


 ガライ――そう名乗った彼は、そのまま立ち上がった。

 もう立ち上がれるんだ。

 凄い回復力だ。


「何か手伝える事はあるか?」

「え?」


 唐突に、ガライさんはそう言った。


「ここを去る前に、恩を返したい」


 律儀な性格だ。良い人なのかもしれない。

 冒険者っていうと、この前、街の市場で出会ったあの冒険者の印象しかなかったのに。


「うーん、そうだなぁ……」


 私は、うーんと唸る。

 手伝ってもらうことと言っても、特に炊事洗濯は間に合ってるし……。


「炊事洗濯……あ、そうだ!」


 そこで私は一つ、良い考えを思い付いた。




※ ※ ※ ※ ※




「ひー、疲れたぁ」

「何が『疲れた』だよ。全然耕し切れてねぇじゃねぇか。まだまだやることはあるんだぞ、お前ら」

「そりゃわかるけどよう、流石に一日中これだけしてるってわけにも……」


 昼が過ぎ、午後三時程の時間。

 意気揚々と畑を開墾していた《ベオウルフ》達にも、相当の疲れが溜まってきている様子だ。

 皆が座り込み、オルキデアさんとフレッサちゃんが持ってきた水をガブガブと飲んでいる。


「みんな、朝からずっとご苦労さん」


 そこに、ガライさんを連れて、私はやってきた。


「おう、マコ!」

「いやぁ、畑仕事って大変だなぁ……こんなもん、すぐに終わると思ったのによう」

「馬鹿野郎! 作物を育てるってのは生半可な事じゃねぇんだ! 舐めるなよ!」

「マコぉ、あんたからも言ってやってくれよ。ウーガの奴、朝からずっとこんな感じで偉そうでよぉ」

「あははは……ところで、みんな」


 和気藹々とする《ベオウルフ》達に、私は言う。


「今日はずっとこの調子だし、どうせ他の家の仕事は手が付いてないでしょ? 何か手伝える事があったら、言ってよ」

「お! なんだ、マコがやってくれるのか?」

「マコ! 俺の家の掃除をしてくれ!」

「俺の服を洗濯してくれぇ!」

「ご飯食べたい!」

「膝枕!」

「はいはい、最後らへんのは無視するからね。じゃあ、とりあえずまずは洗濯かな」


 やっぱりと言うか、多いのはその辺りの要望だった。

 この人達、昨日の夕方から宴会で、そのままの勢いとテンションで畑仕事を始めたから家の事とか全部(ないがし)ろにしてるんだよね。

 だから、ちょうど助けが必要だと思ったわけで。

 ……ホームセンターの仕事の一環で、介護用品のオムツとかをおじいちゃんおばあちゃんの家に配達に行った時とか、時間に余裕があればちょっとした家の仕事を手伝ったりしたもんだ。

 それこそ洗濯とか、掃除とか。

 その時の経験で、ちょっと世話を焼きたくなったのだ。


「マコ様、わたくし達もお手伝いいたしますわ」

「あ、いいよいいよ、オルキデアさん、フレッサちゃんも。二人は引き続きみんなを応援してあげて」


 さて――と、私は背後に立つガライさんを振り返る。


「と言うわけで、ガライさん。手伝ってもらえますか?」


《ベオウルフ》のみんなの中からは、「え?」「誰?」という声も聞こえる。

 ガライさんの『恩返しをしたい』という姿勢を叶えるついでに、ちょっと手伝ってもらおうと思ったのだ。

 と言っても、彼も病み上がりなのでそこまで重労働をさせる気はない。

 あくまでも私のサポート……と思っていたのだが。


「ああ、わかった」


 まるで、すべてを理解したかのように、ガライさんはあっけらかんとした顔で、そう言ったのだ。

 ……その後、私は凄いものを見ることになる。




※ ※ ※ ※ ※




「ふぉぉ……」


 と、私は目前に広がる光景に、思わず溜息混じりの声を発してしまった。

 私の目の前に広がるのは、村中の《ベオウルフ》達の服が並び立つ物干しに干され、まるで穂波のように風にはためく光景だった。

 ほんの数十分程度で、何十という洗濯の山が片付けられてしまったのだ。

 大人の《ベオウルフ》……大柄な体型の彼らに誂えられたサイズの衣服が。


「こんなところか」

「凄いですね!」


 横に立っていた私が感嘆の声を上げると、ガライさんは驚いたように顔をこちらに向けた。


「……洗濯をしただけだ」

「いやいやいやいや! 量! これだけの量を、こんな速度で普通片付けられませんよ!?」


 井戸で水を汲み、洗濯板を使い汚れを落とし、地面に物干しを立てて通し、干していく――その手順はかなりの仕事量だ。手際が良すぎる。

 しかも、私が事前に指示した通り、洗濯ものは綺麗に汚れが落ちて、干し方も皺が寄らないようになっている。

 豪快にして繊細、そして正確な仕事……うーん、是非うちの店のスタッフに欲しい人材だね。

 ……いや、今はもう関係無い話だけど。


「得意なんですか? 家事」


 通り掛かる《ベオウルフ》達や、マウルやメアラも、この光景を前にぽかんと目を丸めている。

 そんな中、私は彼に質問をした。

 自分で言っておいてなんだが、素っ頓狂な質問だろうけど。


「いや、家事が得意というわけじゃないが……ギルドにいた頃の経験が生きただけだ」


 自身の髪をくしゃくしゃと搔きながら、ガライさんは言う。

 癖なのだろう。


「冒険者ギルドなんてのは、ほとんど荒くれ者の集まりだ。だが、俺の所属していたギルドは少し特殊でな、住むところや行き場の無い奴――それに親の居ないガキなんかを多く受け入れたり、預かったりしてた」

「へぇ」


 冒険者ギルドっていうのがどんなものなのか知らないが、どうやら会社っぽいものであると同時に、生活共同体みたいなものでもあるようだ。

 あくまでも、彼のギルドに限られた話のようだけど、孤児院っぽい印象も受けた。


「俺もガキの頃に、そのギルドのマスターに拾われた。要は、行く当てのないガキを受け入れて冒険者に育てあげるってのが目的だが、命を救われて人間並みの生活をさせてもらってる以上は関係無い。恩は返さなくちゃならない。冒険者としての仕事以外にも、言われた事は色々とやらなきゃならない。だから、何を言われても言われた通りにできるように、そういう事が得意になったんだ」


 なるへそ。個人としての技能が高いのだろう。

 いわゆる、何でも仕事ができるタイプの有能人材だ。

 でも、それにしたって凄い。


「みんなー、洗濯終わったよー」

「早っ!」

「嘘だろ! あれ、俺達全員分の洗濯物かよ!?」


 私が報告しに行くと、みんなに仰天されてしまった。

 まぁ、当然だろう。




※ ※ ※ ※ ※




 夕方。

 家の中は狭いので、私達は庭に出て晩御飯を食べていた。

 私とマウルとメアラ、エンティア、それにガライさんも。


「ガライは冒険者だったんでしょ? どういう仕事してたの?」


 食事中、メアラがガライさんに質問を投げ掛けていた。

 いつも静かなメアラにしては珍しく、彼に興味津々だ。

 野犬に襲われそうになったところを助けられたからかな?


「ガライは、もう村を出てくの?」


 マウルが、控えめな声音で問い掛ける。


「ああ、長居するわけにはいかないからな」

「……もうちょっとくらい、ここにいてもいいのに」


 メアラが呟く。


「……いや、そういうわけには」

「でも本当、私はガライさんにはまだこの村にいて欲しいな。色々、仕事を手伝ってもらえたら助かると思うし」


 私はメアラに助け舟を出すように、そう言う。

 彼の手際の良さや、昼間の仕事っぷりを褒めながら、彼にもうちょっとここにいて欲しいと遠回しに伝える。

 ガライさんは、困ったように髪を掻いていた。

 その後、夕飯を終えた私は後片付けを終えると、散歩ついでに皆の様子を見に行くことにした。

 広場では、今日一日頑張ったということで、また《ベオウルフ》達がどんちゃん騒ぎをやっていた。

 もう連日宴会だよ、この人達。

 ま、楽しそうで何よりだけど。


「お、マコ! あの洗濯プロの兄ちゃんはどこに行った!?」

「あの兄ちゃんにも礼を言わねぇとな!」

「酒ならたんまりあるって言っといてくれよ! 飲み比べならいつでも歓迎するぜ」


 酔っぱらって上機嫌になっているというのもあるけど、みんな、今日会ったばかりの彼を早くも受け入れている様子だ。

 まぁ、仕事っぷりもあるが、誠実そうな人となりも要因だろう。


(……ガライさん、お酒は飲めるのかなぁ……)


 考えながら、マウルとメアラの家の方へと戻ってきた。

 その時だった。


「わぁ! 凄い凄い!」

「すごいのです! ガライ様!」


 裏手の菜園の方から、マウルとフレッサちゃんの声が聞こえた。

 見に行くと、二人と一緒にガライさんがいた。


「いや、そこまで大したものじゃ……」


 遠慮げに言うガライさんの手元には、ナイフが握られている。

 そしてマウルとフレッサちゃんが手に持って見ているのは、木を削って作られた鳥や蛙の木彫りだった。


(……へぇ……)


 どうやらガライさんが、木片を手持ちのナイフで削って、動物の彫刻を作ったようだ。

 花と野菜が実った菜園の端々に、よく見れば木彫りの狼や猫の姿も見える。


「かわいいです!」


 フレッサちゃんが、年相応の女の子のようにはしゃいでいる。

 確かに、菜園がだいぶ可愛い雰囲気になっていた。


「へー、上手ですね」


 そこで、近付いていた私の存在に気付き、ガライさんが髪を掻く。


「……ギルドや町の子供達に、こういうのを作ってやると喜ばれたんだ」


 こそばゆそうに髪を掻く彼を見て、私は微笑む。

 そこで私の頭に、ある考えが浮かんだ。

 手先が器用で、細かい事が得意。

 しかも、体力もある。

 もしかして、彼なら……。




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