■20 ある男性と出会います
その翌日から、村のあちこちで皆が畑を作り始める事となった。
「おい! 土ってこんくらい耕しゃあいいのか!?」
「ガチガチだし石が混じってるじゃねぇか! それじゃダメだ、多分!」
「苗はこれくらい埋めればいいのか?」
「『埋める』じゃなくて『植える』な! おい、葉っぱまで土が被ってるぞ! それじゃ本当に生き埋めと変わんねぇだろ!」
何分、皆が不慣れなので、唯一経験者であるウーガの助言を受けながら、手探り状態で畝作りを進めている。
そのウーガでさえも元は独学なので、上手く助言できていないが……。
まぁ、でも、何とかなるでしょう。
「でも、凄いね、この村で作った野菜があんなに好評だなんてね」
家の中、私とマウル、メアラはテーブルに着いて、そう話をしていた。
床の上では、エンティアが丸まって欠伸をしている。
「昨日の、サンドイッチのトマトもおいしかったよ、マウル」
「えへへ、きっとマコの作る魔法の《液肥》のおかげだよ」
私が褒めると、マウルは照れたように笑う。
頭の上のケモミミも、ピコピコと嬉しそうに揺れている。
「ううん、きっと、それだけじゃないと思うんだよね」
「? どういうこと?」
「最近、この村に来たオルキデアさん達の影響もあるかもしれないと思ってさ」
窓の外、懸命に働く《ベオウルフ》達の方を見る私。
「皆さん、頑張れ頑張れですわ~」
「頑張れですー!」
畑仕事をしている《ベオウルフ》達を応援している、オルキデアさんとフレッサちゃんの姿が見えた。
一見、村に居住み、何もしていないように見えるが、植物に関連した種族であり、その種族の姫というほど高位な存在であれば、草花や果実に影響を与える力もあるはずだ。
現に、彼女達は村のあちこちで植物に自らの力を与えている。
そのおかげで、すくすく育ったおいしい野菜ができたのではないだろうか?
「って、私は思うんだけど――」
言いながら、私は少し窮屈さを感じ、椅子を後ろへと引いた。
『あいたっ!』
すると、ちょうど後ろにいたエンティアの尻尾を踏んでしまった。
『痛いぞ、姉御』
「あ、ごめんエンティア、ちょっと体勢直そうとして」
「……マコ、思うんだけど」
そこで、普段から口数の少ないメアラが、不意に口を開いた。
「この家、狭いかな?」
「……うーん」
今や三人と一匹で暮らしている私達にとって、一坪半くらい(およそ5㎡)のこの家は、流石に狭く感じられる。
〝金属アングル〟で補強されて丈夫になったとは言え、やはり狭さはどうしようもない問題だ。
「確かに、それはねぇ」
「マコ、家って作れないかな?」
唐突に、メアラが発したその提案に、私は目を丸めた。
「い、家?」
「そうだ! もっと大きな家が作れたらいいんだ!」
マウルが立ち上がって、テンション高くそう言う。
「マコなら簡単じゃない!?」
「いや、マウル、私も別に万能人間じゃないから」
苦笑する私に、マウルは「そうだよね、ごめん」と自身の盛り上がりを恥ずかしそうに自戒している。
「それに、もしそうなったらこの家を取り壊すことになるけど……いいの? お父さんが建てた、大切な家なんでしょ?」
「それはそうだけど、でも……これから先も皆で暮らすなら……」
あのメアラが、そうまで言っている。
私やエンティアの事を、本当に家族として受け入れてくれているのだろう。
(……それに……)
正直に言うと、私としてはやってみたい気持ちもある。
マウルにはああ言ったが、心のどこかで『できるかもしれない』と思っている自分がいるのだ。
根拠ならある。
今のホームセンターでは、手作りの小屋――一般ユーザーが個人で家を作れる、ログハウスのスターターキットのようなものも実際に売っている(お値段、約30万円ほど)。
無論、それは二坪くらいの小屋だが、私も試しに作ったことがある(店舗に置く展示品として)。
その時の経験を応用すれば、そこそこの大きさの家を作ることもできるかもしれない。
……と言っても、もっと大きな家となれば、それなりに図面を引いてきちんと作らなくちゃだが。
(……〝金槌〟のヘッド、〝ノコギリ〟の刃、〝釘〟とかは私の《錬金》で生み出せるとして……)
問題は、人手……そう、人手だ。
私一人で作っていたら、どれだけの時間と労力がかかるかわからない。
マウルとメアラは以ての外。
木を伐採し、規定通りの寸法で材木を削り出し、それらを組み立てて施工ができる――そんなパワーと体力、そして何より器用さと几帳面さのある人材が必要だ。
今《ベオウルフ》達は野菜作りに没頭している。
この村の発展のためにも、そちらを優先してもらう方が当然良い。
手伝ってもらうのは流石に忍びない。
……それに、こんな事言うのはアレだけど……畑を力任せにオラオラと耕している皆の姿を見ていると、正直、こういう細かい作業には向いていない気がする。
この家とか、他の家も、私が〝アングル金具〟で補強するまでガッタガタだったのだ。
きっと、そういう知識はあまり無いのかもしれない。
「父さんがいればなぁ……」
不意に、メアラがそう呟いた。
「父さんは、まだ《ベオウルフ》の中でも手先が器用な方だったんだ」
「うん。手作りの指輪を作って、お母さんにプロポーズしたんだっていつも言ってたもんね」
そう言って、メアラとマウルは顔を向かい合わせ寂しげな笑みを浮かべる。
……まずい、雰囲気が暗くなりそう!
「と、とりあえず、私達だけでもできないか、もしくはみんなの手が空いた時に手伝ってもらえるか考えておこう」
私はこの話を、そこで一旦終わらせることにした。
※ ※ ※ ※ ※
その日の昼。
私とマウルとメアラは、山に入って久しぶりに山菜やキノコを採る事にした。
この前みたいに野性の獣に襲われないように、いつでも〝防獣フェンス〟を生み出せるよう神経を尖らせておく。
「ここら辺の山って、結構険しいよね」
「この前のイノシシみたいな凶暴な獣も多いしね。キノコや山菜に混じって毒草も生えてたりするから、間違って採らないようにしなくちゃだよ」
籠に収集したキノコを入れながら、マウルが明後日の方向を指差した。
「向こうの方に、昨日行った草原があるでしょ? あの草原を越えたあっち側の山は、火山なんだって。そのせいで、時々地震も起きるんだ」
「……本当、ここら辺の土地って色々住むには大変だね」
人間達から追い遣られた《獣人》の住む場所。
悪い言い方をすれば、押し付けられたって感じなのかな。
「……あれ? そう言えば、マウル、メアラは――」
「マコ! マウル!」
瞬間、少し離れたところから、メアラの叫び声が聞こえた。
何か焦っているような、そんな声。
「メアラ?」
「行ってみよう」
マウルを連れて、私達はメアラの声がした方に向かう。
斜面を下り、向かった先、メアラの姿が見えた。
「メアラ、何が――」
歩み寄っていくと、数メートル手前で何があったのかわかった。
メアラの前――大きな木の根元、そこに、一人の男性が幹に背中を預けるようにして座り込んでいるのだ。
動かない。項垂れた顔は、両目を瞑っている。
生きているのだろうか? 死んでいるのだろうか?
どちらにしろ、こんな森の中で人が一人倒れているという事実には変わらない。私は急いで歩み寄ろうとする。
「メアラ、その人――」
瞬間だった。
メアラのすぐ横の草むらが、がさりと揺れた。
「!」
と思った瞬間、飛び出したのは灰色の体毛を生やした、野生の狼。
エンティアに比べれば体も小さい――だが、鋭い爪と牙を剥き、目を血走らせた狂暴な狼だ。
メアラは反応するが、至近距離――動けない。
私も咄嗟に駆け出そうとしたが、この前のイノシシの時よりも距離が遠く、何より狼の方が速い。
メアラの体が、食らい付かれる。
間に合わ――。
――立ち上がった男性の拳が、飛来した狼の横っ面に叩き込まれていた。
「ギャインッ!」
こちらにまで衝撃が伝わってきそうなほどの重い一撃を受け、狼の体は地面を転がり、そして白目を剥いて動かなくなった。
「え、あ……」
呆然としながらも振り返るメアラ。
そこに、膝立ちで、拳を振り切った姿勢の彼がいる。
「すごっ……」
と思わず私は呟いてしまった。それほどの早業だ。
仮●ライダーアギトのバーニングライダーパンチさながらだった。
(……って、そうじゃなくって)
改めて、その男性の全容がはっきりと見える。
端正な顔立ちだ。年齢はまだ若そうに見えるけど、開かれた鋭い双眸からは、かなりの熟練した強者っぽい雰囲気を感じる。
少しクセのかかった黒髪。
筋骨隆々とまでは言わないけど、引き締まった長身痩躯の体。
かなり鍛えているのがわかる。
服装は所々破れ汚れているが、ナイフ等、色んな装備が見える。
軍人? 兵隊? ……そんな印象を受けた。
「あの……」
メアラの元までやって来た私は、男性に声を掛ける。
「………」
するとその男性は――そのまま横に倒れ、再び気絶してしまった。
「え、ええ?」
困惑する私……うん、そりゃ困惑するでしょ。
この人、一体何者なの?
見たところ、種族は人間だとは思うけど……。
「マコ、この人……」
そこでメアラが、その男性が倒れた拍子に、彼の懐から転げ落ちた金属のバッヂのようなものに気付く。
バッヂと言うか、紋章?
「それ、なんだかわかるの?」
「これ……もしかしたら、所属してるギルドの紋章かもしれない」
ギルド?
なんか、聞いた事があるかもしれない。
そうだ、RPGゲームとかでよく出てくる……。
そんな私の疑問に答えるように、メアラは言った。
「この人、冒険者なのかも」




