■19 ピクニックでお弁当です
「マコ! こっちだよ!」
「マウル、走ると危ないぞ」
「メアラ、心配しすぎだってば」
先を走るマウルの後に続き、私とメアラは歩く。
『うーむ、気持ちの良い風だ。走り回りたい気分だぞ、姉御』
後ろにはエンティアが続く。
ここは――数日前、私が倒れていた草原。
そう、すべてが始まった場所だ。
本日、私達はこの草原にピクニックに来ていた。
天気が良く、絶好のピクニック日和だったため、たまにはこういうのも良いかなと思い、私が提案したのだ。
エンティアの散歩も兼ねて。
「ん~~~……でも、本当に良い風だね」
背丈の高い草が、山脈から流れてくる清風に吹かれて揺れている。
ざわざわと草木が擦れあう音に交じり、飛行する鳥の鳴き声や羽音も聞こえる。
見上げれば吸い込まれそうになるほどのスカイブルーと、燦燦と輝く太陽、流れる雲。
現世では絶対にお目に掛かれないような光景だ。
……いや、こういうアウトドアな場所には行こうと思えば行けたのかもしれないけど、私、そんな感じでのんびり休日を過ごしたことが無かったからなぁ。
休みの日でも、お店からバンバン問い合わせの電話が掛かってきたし。
「あ、ここ、ここ、ちょうどここら辺だよ」
ある地点に達したところで、マウルが何かに気付いたように立ち止まった。
「ここら辺って?」
「僕達が、マコと初めて出会った場所」
そっか、私、ここに寝転がってたんだ。
うーん、考えてみたら、私かなり不思議な現象に巻き込まれてるんだよなぁ。
家に帰ったと思ったらそのまま寝込んじゃって、気付いたらこの世界にいて。
時々、これがえらく長い夢なんじゃないかと思う時もある。
エンティアのモフモフの体の上で寝て、次に目覚めたら自宅の玄関なんじゃないかと。
しかし、今日までこの夢から覚める気配も無い。
よくわからないが……まぁ、しかし、他に手掛かりがないのだ。
本当に異世界転生したのだと覚悟するしかないのかもしれない。
……まぁ、別に、全然嫌な気はしないけどね。
現行の仮●ライダーを見られないのが残念なくらいで。
「さてと、じゃあさっそく、お弁当にしようか」
「やったぁ!」
エンティアが背負ってきてくれた荷物の中から、布のシートを取り出し地面に敷く。
その上に三人と一匹で座ると、続いて私は、木製のそこそこ大きな箱を中央に置いた。
これは先日、私がDIYで作った木製のバスケットだ。
「ふふふ、じゃあ二人とも、私の手料理に恐れ戦くがいいわ」
「どうして恐れ戦かなくちゃいけないんだよ」
「早く早く! マコのお弁当、楽しみなんだ!」
冷静に突っ込むメアラと、楽しそうに体を揺らすマウルを見て、私はバスケットを開ける。
「うわぁ! 凄い!」
「そこまで驚かれると恐縮しちゃうね。ただのサンドイッチだし」
私は苦笑する。
中には、この前街で仕入れて来た食材を使って作った、サンドイッチが並んでいる。
ハムとレタスを使った簡単なものや、マウルが菜園で作ったトマトと厚切りのチーズを挟んだもの。
それに、スクランブルエッグを作って、それも挟んであるものもある。
色彩も鮮やかになるよう意識した。
マウルとメアラは、早速サンドイッチを一切れずつ手に持ち、あむあむと頬張る。
「どうかな、味は?」
「おいしい!」
「うん、うまい」
マウルとメアラが絶賛してくれた。
私はホッと胸を撫で下ろす。
後ろでは、エンティアが骨付き肉をガブガブと食べている。
とても穏やかで、和やかな時間が流れていた。
※ ※ ※ ※ ※
「おや?」
ピクニックから帰り、アバトクス村に戻ると、広場に村の住人達がたむろしているのが見えた。
加えてその奥に、見覚えのある黒塗りの馬車が停まっているのも見えた。
……昨日見たばかりな気がする。
ということは。
「おお! マコ殿!」
私の姿を発見するや否や、ウィーブルー家当主が矢のような速度で走ってくる。
やっぱりだ。
っていうか、この人のテンション毎回すごいね。
松●修造を彷彿とさせるよ。
「マコ殿! 大変ですぞ! 昨日いただいたウーガ殿の作られたトマト、街の店舗で試食会を行いながら販売したところ、大人気! すぐに完売してしまいました!」
「え! 凄いじゃん、ウーガ!」
駆け寄ってきた当主の後ろ、そこに立つウーガが鼻を天に向けて誇らしげに笑っている。
「是非とも、引き続きこれからも卸売りの契約をさせていただきたい!」
「いや、うーん……それを決めるのは私じゃ――」
「俺は構わないぜ? マコ」
ウーガはあっけらかんと答える。
しかしそこで一転して、悩まし気な表情となった。
「だけど、昨日の収穫分が一日経たずで売り切れちまったんだろ? 多分、俺の収穫量だけじゃ全然間に合わないと思うんだよなぁ」
どうするか――と考えるウーガだが、そこで気付いたのだろう。
集結した他の《ベオウルフ》達を振り返り、こう叫んだ。
「そうだ! これからは村全体で、もっと畑を作って野菜を育てようぜ! そうすりゃ、もっと野菜を出荷できるぞ!」
「「「「「おお!」」」」」
他の皆も乗り気のようだ。
「マコ、どうだ? 俺達全員分の畑の肥料を用意するのは、無理そうか?」
「え? まぁ、私は別に大丈夫だけど」
「よっしゃあ! よかったな、当主さん! これから更に儲かるぜ!」
ウーガはノリノリで、当主の肩を叩く。
今更だけど、ウィーブルー家当主さんは、彼等の嫌いな人間だ。
その人間相手に、ウーガがにこやかな表情で接している。
「おお! 御了承下さいますか! ありがとうございます!」
そして、当主もそんな獣人である彼らに、今や分け隔てなく接している。
互いを尊重している。
……私がこの村に来た当初、少しは人間に対する偏見を直してくれたらいいなぁ、と思って色々とさせてもらっていたけど。
ここにきて、その想いが実を結び始めたのかもしれない。
「これは、今回の件のささやかながらお礼です! 是非とも皆さんで食してください!」
そう言って、当主が馬車の後ろに繋がれた荷台の幌を外すと、そこには溢れる程の野菜や果物、肉など、街で仕入れられた高級食材が積まれていた。
「うぉぉぉぉ! 流石だぜ、当主!」
「すげえ! 今夜も宴会だぁ!」
「ヒャッハーーー!」
盛り上がる一同。
「あらぁ、皆さんとても楽しそうですねぇ」
いつの間にか横に立っていたオルキデアさんが、盛り上がる《ベオウルフ》達を見て、頬に手を当てながら微笑む。
「なんだか、マコが来てから村の雰囲気がどんどん明るくなってきてる気がする」
そう、マウルが嬉しそうに呟く。
「………」
人に感謝され、笑顔にする……か。
接客業の第一だと思うけど、そんな感覚、忙しさの中で忘れてたな。
はしゃぎ回る皆の姿を見て、私は何か、心の奥がくすぐったくなったのを感じた。
……決して、嫌な感覚じゃなかった。




