■1 嵐が来るので、家を補強します(上)
「なにこれ……」
頭の中に浮かんだステータス画面を、改めて見直す。
HPとMP……多分、体力と魔力ってやつだろう……の数値は、両方100。
この数値が多いのか少ないのか、基準が無いのでわからない。
で、問題は【称号】という項目。
この【称号】というのが三つくらいある。
「これ何だろう? 資格みたいなもの?」
確かに、現実にもこういう資格は存在する。
まぁ、自分は勉強する時間も試験を受けに行く時間も会社が与えてはくれなかったので、全部仕事の中で覚えた知識だけど。
と言うか、ちょっと待って欲しい。
少し冷静になって来たので、もう一度考えてみよう。
そもそも、私は死んだのだろうか?
確かに相当疲れていたし、ここ数日休みなんて無く残業続きだったけど。
でも、そんな事は過去にも何回かあって、体調不良にこそ陥った事はあるもののまさか命の危機に達するとは……。
でも、自分が知らないだけで、体に目に見えない病魔が蓄積していたという可能性も考えられるし……。
……いや、そもそも、死んだも何も、自分は今こうして生きているし。
「うーん……」
疑問が浮かび、頭の中を席巻する。
そこでふと、私は気付く。
先程、後姿を見せて逃げて行った子供達が、すぐ近くにまで戻って来ていた。
子供は二人、少し離れた位置からこちらをジッと見詰めている。
頭部から生えた犬のような耳に、布を縫い合わせただけの簡素な服装。
よく見ると、顔立ちが二人とも瓜二つだ。
双子だろうか?
一方は青い目をしていて、もう一方は赤い目をしている。
赤い目の方の子が、青い目の方の子を庇うように前に立っている。
「ねぇ、君達」
と話し掛けると、双子は警戒するようにビクッと体を揺らした。
「ここってどこなのかな? 私、その……気付いたらここにいてさ」
「……記憶が無いのか?」
赤い目の方の子が反応してくれた。
しかし、依然警戒心は解いていない。
「お前、何者だ?」
「こんなところで寝てたら、危ないよ?」
赤目の子の後ろから、青目の子がおずおずと声を発した。
「ここは、アバトクスの村の近くの草原……お姉さん、おうちは? 早く帰らないと、もうすぐ嵐が来るよ」
「嵐?」
空を見ると、先程まで青色だった空が、いつの間にか灰色に染まっている。
そう言えば、結構雲の流れが速かったように見えた。
風が強いのも、そのためか。
「うーん……困った」
いきなりこんなよくわからない状況に陥って、嵐がどうのと言われても。
腕組みをし、唸る事しかできない私。
すると。
「ねぇ、行くところが無いなら、うちに来る?」
青目の方の子が、そう言った。
「おい、マウル! 知らない奴を……しかも、人間を家に招くなんて、出来るわけないだろ!」
「でも、放っとけないよ」
赤目の方の子は叫ぶが、青目の方の子も譲らない。
私は考える。
……ここにいても状況が変わるわけでもないし、嵐が来ると言うのなら、安全を確保しないと。
ホームセンター店員という職業柄、その手の災害に対する危機意識は敏感なのだ。
「うーん……じゃあ、お言葉に甘えて」
「おい! まだ良いって言ってないぞ!」
立ち上がり、接近する私に赤目の子は後ずさりしながら叫ぶ。
「メアラ、早く帰ろう。もう日が暮れる。ここにいたんじゃ、僕達も危ないよ」
「……ちっ」
青目の子に諭されると、赤目の子は舌打ちしながらも納得してくれたようだ。
「ありがとう。よろしくね、私はホンダ=マコ……えーっと、マコって呼んで」
「僕はマウル」
「……メアラ」
自己紹介を済ませ、私は双子のマウルとメアラについていく事となった。
※ ※ ※ ※ ※
しばらく歩き、太陽も沈みかけて、辺りも薄暗くなってきた頃。
マウルとメアラに連れられ辿り着いたのは、幾つもの家々が並ぶ村だった。
ここが、彼等の住むアバトクスの村という所なのだろう。
家の数や、集会所、井戸、それらの規模から察するに、そこそこ大きい村なのかもしれない。
「わかってると思うけど、この村の住人はみんな人間が嫌いだ。静かにしろよ」
間も無く嵐が来るという事で、どこの家も戸締りをしている。外に出ている人影は見当たらない。
キョロキョロと周囲を見回していた私を、メアラが注意した。
「うん、わかった」
「……まったく、マウルは優し過ぎるんだ。人間なんかを匿うなんて……」
メアラは小声でそう呟いている。
なるほど。なんとなくだけど、獣人という種族と人間は仲が悪いとか、そんな設定なのかもしれない。
「着いたよ」
そう考えている間に、村の外れに建てられた、小さな家に到着する。
……言ったら悪いけれど、ボロボロだ。
掘っ立て小屋に近い。
これ……嵐が来たら吹き飛ばされちゃうのでは?
「なんだよ」
そう思っているのが伝わったのか、メアラに睨まれてしまった。
「汚い家だと思ってるんだろ」
「ううん、趣があって良い家だと思うよ」
取り繕う私。
マウルが扉を開けてくれて、中へと入る。
内装も、扉を開けたらすぐ目の前にテーブルと椅子があり、奥に壁に備え付けられた二段ベッドがある程度の、一部屋だけの狭いものだった。
壁に立て掛けられた農具や、適当に置かれた家具等、家と言うよりも物置なのではという印象を受ける。
扉が閉められる。家の中に吹き込んでくる隙間風の音が凄い。
「……さてと」
一旦落ち着いたところで、私は試しに頬を抓ったり、目を思いきり見開いたりしてみた。
しかし、夢から覚める気配は無い。
夢じゃないのだろうか……。
もしかして、死んで別世界に転生したとか?
そういうノリのアレ?
「まぁ、なんだかよくわからないけど、だとしたらこのままずっとこの世界に居るってことなのかな――」
一人ボヤく私。そこで、マウルとメアラがジッとこちらを見詰めている事に気付く。
「………」
そういえば、この二人以外に家族は居ないのだろうか?
家の中を見回すが、当然この狭い家の中に、他に人が隠れていそうな場所は無い。
「二人だけで住んでるの?」
私は、マウルとメアラに問い掛ける。
「うん、お父さんが建てた家なんだ」
その質問に、マウルが答えてくれた。
「お父さんとお母さんは、街の事故で死んじゃって、今住んでるのは僕とメアラだけ……」
そこで、一際大きな突風が吹いたのだろう。
家の中が、まるで巨大な何かがぶつかって来たかのように大きく揺れた。
「わっ!」
立て掛けられていた農具や、壁に掛けられていた調理器具などがその勢いで床に散乱した。
「だ、大丈夫なの!? 本当に耐えられる!?」
「馬鹿にするな! 父さんが建てた家だぞ!」
メアラはそう叫ぶが、マウルは沈んだ表情だ。
「今まで何度も嵐が来て、その度に何とか直してきたけど……もう、ボロボロなんだ。今日の嵐はとても強いって村の大人も言ってたし……次は、駄目かもしれない……ごめんね、マコ、せっかく来たのに、こんな家で」
「弱気になるなよ、マウル!」
俯くマウルの肩を、メアラが掴む。
たった二人、両親を亡くした子供の兄弟が、懸命に寄り添って支え合っている。
「………」
私は家の中を見回す。
きっと壊れる度に、子供の知識と力で必死に直してきたであろう修繕の跡が、あちこちに見当たる。
……この二人は、突然何もわからずこんな世界に放り出されてしまった私を心配し、助けようとしてくれた。
なら、私も、この子達の恩義に報いたい。
(……『ライダーは助け合い』だもんね……エイジ……)
仮●ライダーオーズの主人公、ヒノ・エイジの言葉を思い出しながら、私はギュッと拳を握る。