■18 高級青果店を経営する大商家の当主がお礼に来ました
オルキデアさんが村にやって来たことによって、確かに村の雰囲気が明るくなった。
「うふふ、皆様、本日もお仕事お疲れ様です」
オルキデアさんは日中、基本的には村の中を歩き回ってはちょっとした雑用なんかを手伝ったりしている。
その一方で、村の道端等、至る所で花を咲かせ育てている。
今まで土地の問題もあるが花なんてまともに咲いていなかった村の各所が、様々な色彩で彩られている。
ちなみに彼女達アルラウネは、基本的には植物と同じような食事を行う種族で……要は、光合成や私が与える栄養なんかで十分生活ができるようだ(でも、味はやっぱり苦いらしい)。
基本、男の《ベオウルフ》ばかりで雑然としていた村の中に、華やかな雰囲気が生まれ始めている。
うんうん、良い感じだ。
これは一種、昨今のホームセンターの傾向にも近いかもしれない。
かつて、ホームセンターといえば事業者向けの大型商品をメインにしていたため、広大な店の内装は味気ない感じが多かった。
けれど今は一般ユーザーにも受けがいいように、お洒落なレイアウトにしている店が多い。
店内にカフェがあったり、工作教室があったりして、女性から子供も楽しめるような店作りがされているのだ。
「美しいなぁ、オルキデアさんは……」
それこそ花の妖精よろしく、華麗な所作で花に水を与えているオルキデアさんを見ながら、数人の《ベオウルフ》達が話している。
「いやぁ、やっぱり村に女がいると、目の保養になるなぁ」
「俺達には女がいないからな」
「マコといいオルキデアさんといい、美人がいると日々の励みになるぜ」
…………うーん、オルキデアさんが美人なのは認めるけど、私がそう言われるのはちょっと違和感があるんだよなぁ。
まぁ、今まで仕事ばっかりであんまり恋愛とかする暇がなかったから、そういうのに疎いだけなのかもしれないけど。
思いながら家に帰ると、家の裏の畑にマウルとフレッサちゃんがいた。
「こうやって……わたしの中の力を、お花にも与えることができるのです」
マウルが、自分の菜園に花を植えたようだ。
それを、フレッサちゃんの力を借りて育てているらしい。
「凄いね! 僕、この村でこんなにキレイな花が咲いてるの見るのはじめてだよ!」
「えへへ、この畑の野菜さん達は、マウル様が育てているのですか?」
「うん、マコに手伝ってもらってだけど、もうすぐ収穫できるよ」
「こんなにいっぱいの野菜を育てられるなんて、マウル様も凄いのです!」
「えへへ」
………。
はぁ……癒される。
二人がにこやかに話す姿を遠めに見ながら、私は自然とにやけてしまった。
※ ※ ※ ※ ※
「マコ」
昼下がりのことだった。
家の中でエンティアの毛繕いをしていると、外から戻って来たメアラがそう言って私を呼んだ。
「広場に、マコを訪ねてお客さんが来てるって」
「え? 私?」
この世界で、この村の住人以外に私を訪ねてくるような知り合いはいないはずだ。
……もしかして。
私の脳裏に、イクサの顔が浮かぶ。
(……ここに住んでるって、バレたのかな? ……)
また魔法の事や素性の事について、根堀葉堀聞かれてしまったらどうしよう……。
そう考えながら、恐る恐る広場に行くと、どうやら私を訪ねてきたのはイクサではなかったようだ。
大きな、高級そうな黒塗りの馬車が停まっている。
その前に立つのは、高級な身なりをした老年の男性だった。
整えられた髪形や服装、正に紳士……もしくは、貴族といった感じの雰囲気である。
「あ、おーい、マコ! この人が――」
と、私がやって来た事に気づいた《ベオウルフ》の一人が声を上げる。
すると、私がそれに反応するよりも早く、老年の男性がこちらに向かって走って来た。
「貴方がマコ殿ですかっ!?」
え! なに!?
なんか若干、ちょっと泣いてるっぽい!?
「お初にお目に掛かる! 私はウィーブルー家の現当主を務める者! 先日、市場都市にて盗賊による立て籠り事件があった青果店、その店を経営する家の長を務める者です!」
そう言われて、私は思い出した。
そうだ、マウルとメアラが人質になった、あの立て籠り事件があった店。
あの店の経営者……商家の当主の方のようだ。
「ああ、その件は大変でしたね……しかし、何故そのような方が私を訪ねて? あ、もしかして、お店を壊しちゃった弁償の請求とか……」
「弁償!? とんでもありません!」
当主さんは滂沱と涙を流しながら、私の手を握ってくる。
「確かに店の修繕もしなくてはいけませんが、それは直せばいいだけの話です! それよりも……感動しましたぞ! 騎士団の方々から聞かせていただきました! 一人の犠牲者も出すことなく、見事盗賊団を制圧したその手腕! 素晴らしい! 人質となった我が店の従業員達も大変感謝しておりました! 経営者として代わってお礼申し上げます!」
握った私の手をぶんぶんと振るう当主さん。
腕が抜けそうです。
「いやぁ、私も若いころはやんちゃと言うか、冒険者を志した時期もありまして、貴殿のような武勇あるお方を尊敬してやまないのです! きっと名のある御人であると思っていたのですが、どの方も貴方の素性を知らないとおっしゃる! 情報をもとに探し当てるのに苦労しましたぞ!」
「あ、はい、そうですか……」
どうやら、単純に私に会いたいという理由でここまで来たらしい。
困った……もしここに住んでることがバレたら、もしかしたらあの騎士団の人達とかも来たりしないよね?
イクサ達も。
あまり、事を大きくしては欲しくないんだけど……。
「あの、当主さん、できれば私がここにいる事は秘密に……」
「秘密、ですか? ふむ、よくはわかりませんが何かしら事情があるのでしょう。かしこまりました。このことは決して口外はいたしませぬ。しかし――」
そこで、当主さんは咳払いをする。
「今回の件について、一つお礼を返させていただきたいと思っているのです」
「お礼、ですか?」
「私の店の従業員を救ってくださった事に対して、経営者としてお礼を返さねば筋が通りませんゆえ」
とても仁義に厚い人だなぁ、と思う。
従業員も大切にしている、正しく経営者の鑑だ。
でも。
「うーん、お礼ですか……」
どうしよう、特に何が欲しいっていうわけでもないんだけど。
と考えていた、ちょうどその時だった。
「おーい、マコ! 見てくれよ! 遂に我が家のトマトがこんなに収穫……ん? どうした?」
ウーガが、籠一杯のトマトを持ってやってきた。
そうだ――と、私はそのウーガの育てたトマトを見て思う。
「あの、では一つご相談なのですが、私達の村で採れたこの野菜をウィーブルーさんの営むお店に並べてもらう事はできないでしょうか?」
「なんと、こちらの野菜を、ですか?」
市場に持って行って売るということもできるが、あのきちんとした店構えの店舗で売る事ができれば、当然集客力も変わってくるはず。
しかし、ウィーブルーさんは顎に手を当てると、「ふむ……」と唸るようにして眉間にしわを寄せる。
流石に、この提案はいきなりすぎたかな?
「……マコ殿、こう言っては失礼かもしれませぬが、私は商売に関しては妥協を許さない人間です」
眼を鋭くし、彼は私を見る。
「ここは人間の居住区から外れた獣人の土地。獣人の土地は、昔から作物を育てるのに向いておりません。そのような土地で運良くできた野菜では、残念ながら賞味に耐えられるかどうか」
「なんだと!」
「まぁまぁ、ウーガ、落ち着いて」
声を荒げるウーガを押さえ、私は籠の中からトマトを一つ取り出す。
「よかったら、お一つ食べていただけますか? きっと、悪い味ではないと思いますので」
なんだかんだ言っても、現代で言うところの科学的に調合された肥料で作られた野菜だ。
おかしな事にはなっていないと思われる。
「そうですか……では、試しに一つ」
当主は私からトマトを受け取ると、それを口元に運ぶ。
でも、よくよく考えたら、相手は青果店……しかも高級と名の付く作物を卸売りする店を営む商人だ。
舌も肥えてるはずだし、素人の作った野菜なんて低評価に決まってるかな。
「たとえ、尊敬し恩義のあるマコ様の口添えでも、決して評価を甘口には――」
当主はトマトを一口齧った。
「うまぁぁッ!」
めっちゃ叫び声を上げて絶賛された。
思わずこっちがビックリしてしまった。
「こ、このみずみずしさ! まるで果実のような爽やかな酸味の奥にある甘さ! こ、こんなトマト食べた事がない!」
流石、高級青果店を営むだけあって食レポが上手い。
当主は一瞬にしてトマトを平らげると、すぐさま私にキラキラと光る眼を向けて来た。
「是非、我が店で取り扱わせていただきたい!」
結論早い!
即落ち二コマ漫画でも見てるのかと思った……。
「あ、ありがとうございます、ちなみにいくつ程……」
「全部! 全部くだされ!」
※ ※ ※ ※ ※
その後、当主はウーガの作ったトマトを全て買い取ると、馬車に乗って帰って行った。
ちなみに、トマトは10個につき銀貨1枚――採れたトマトは全部で40個あったので、銀貨4枚での取引となった。
トマトの価格としては破格らしい。
「ごめんね、ウーガ。いきなりとは言え、せっかく作ってもらったトマトを全部売っちゃって」
「いや、まだまだ出来るし問題ねぇよ。それに、こんな高値で売れるなら文句なんざ全くねぇぜ」
そう言ってウーガは笑った。
しかしこれは、これから巻き起こる、私がこの世界に来てから初めて直面する程の大事件の、ほんの序章でしかなかったのだった……。




